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騎士物語  作者: RANPO
第三章 ~夏休み~
18/113

第十六話 S級犯罪者

今回のバトルはここです。


まだ学生であるロイドくんらとトップクラスの悪党との戦いです。

「話しかけるつもりはなかったんだ。本当だとも。だけど――彼女に出会った事があるということじゃあスルーはできないというモノ。やれやれ、姉さんに怒られるかもしれないな。」

 オレはもちろん、ティアナも首をふる事から知り合いではないその男が話しかけてきたのは、どうやら恋愛マスターが理由らしい。

「それに彼女に会った事のある人は何人か知っているけど、ボクのようにその力を受けた人に会うのは初めてだ。」

 そして金髪の男は――そんな二人が出会ったなら、二人の会話はこの質問から始まるのが当たり前という感じに、オレにこう尋ねた。


「少年は何を願ったんだい?」


 願い? 恋愛マスターに……占い師に何を願ったのかを聞かれたのか? いや、占い師というのは道を示してくれるような人のはずで、願いを叶えるタイプの人じゃないような……

「えっと……あの、すみません。恋愛マスターに会った事があるのは確かなんですけど……その、記憶が妙にぼんやりしてまして……」

 オレがそう言うと金髪の男は驚いた顔をした。

「覚えていない? 彼女と会った記憶が曖昧というのは信じられないな。その上自分の願いを忘れ――ああ、なるほど。つまり少年の代償はそれだったというわけか。」

「だ、代償? あの、なんの話を……」

「いや、いいんだ。それならボクの話をしつつ教えてあげよう。恋愛マスターと呼ばれる女性についてね。」

「い、いえ、でもオレたち――」

「まず前提として、彼女をボクらと同じ存在だと考えてはいけない。魔法を超えた不思議な力を使う――『存在』だ。」

 ぼんやりごまかしてこの場から去ろうとしたのだが、金髪の男は話を始めてしまった。んまぁ、なんでか記憶がぼやけているその人の事をもう一度知る機会だし……

 チラッとティアナを見て「ごめん」と言うと、ティアナは首をふって「いいよ」と言ってくれたので、オレは金髪の男の話に耳を傾ける。

「彼女は会いたいと思って会える人じゃない。言い方は悪いが、事故に遭うように出会う事が普通だろう。そして、彼女に願いを叶えてもらうとなるとその確率はさらに低くなる。ボクや少年は……言うなれば選ばれたんだ。」

「れ、恋愛マスターは……その、どんな願いでも叶えてくれるんですか……?」

「まさか。その名の通り、彼女が叶える事のできる願いの種類は恋愛――色恋に関わる願いに限定される。まぁ、要求される代償や副作用はそれに限らないけどね。」

「代償……さっきも言っていましたね。な、何かを捧げるとか……?」

「それだと語弊があるかな。代償は選べないのだから、奪われると言うのが正しいだろう。」

「副作用というのは……」

「その願いを叶える為に必要な状況を用意した際に……どうしても起きてしまう意図しないモノだね。副作用に関しては、常に悪い事とは限らないけど。」

 さらっと笑う金髪の男がそうする度に、付近の女性が頬を赤らめるのが視界のすみに見える。

「例えばボク。ボクの願いはね、『沢山の女性との沢山の素敵な出会い』だった。」

「へ?」

「出会いさ、少年。この世界には素敵な女性が大勢いるというのに、普通に生きているだけではそのほんの一握りにしか出会えない。それはとても悲しい事だ、そう思わないかい? だから出来るだけ多くの出会いをボクは願った。そして――それは叶った。」

「か、叶ったんですか……」

「ああ。普通、そんな所で出会いはないと思えるような場所、状況でも何故か素敵な出会いが起き、街に出かけようものならボクが求める限り様々な出会いがこちらにやって来る。夢のようさ。」

「ぜ、全員と……その、こ、恋人みたいになるんですか?」

「違うよ。出会い、お茶をし、会話を楽しむ――それだけさ。そうやってボクはたくさんの美しさに触れたという経験を得ていくのさ。そこらの女好きや腰を振るだけの獣と同じように思ってもらっては困るぜ?」

「は、はぁ……」

 女ったらし……というわけではないらしい。

「そして、そんな願いの代償は魔法の力だった。」

「えぇ!? じゃ、じゃあ魔法が一切……?」

「全部と言うわけじゃない。人には得意な系統というモノがあるだろう? ボクはね、時間使いでもないのに得意な系統しか使えなくなったのさ。」

 つまり、この人は第十二系統以外のどれかの系統しか使えないって事か。

「そして副作用は……まぁ当然だが、唯一の女性に出会えない事。」

「唯一?」

「さっき少年が言ったような恋人や――奥さん。互いが互いをただ一人の相手と見るような関係を女性と築けないのさ。」

「ああ……確かに、その願いだとそうなる――ような気がしますね。」

「ま、一生を共にする女性なら生まれた時から傍らにいるから構わないのだがね。」

「?」

「ふふ、こちらの話さ。さて、次は少年だね。」

「オレは……で、でもその前に、オレが何かを叶えてもらったとは限らないんじゃ……」

「悪いが断言できるよ。彼女に会った記憶が曖昧だなんてことはあり得ない。さっきも言ったけど彼女はボクらを遥かに超える『存在』だ。そんな彼女が放つ強烈な印象の記憶が消える――いや、消せるのは彼女以外にいない。」

 オレたちを超えた存在……? んまぁ、人の願いを叶えるとかいうのなら、なんかの神様みたいだしなぁ……

「少年は何かを願った。色恋関係――つまり女性が関わってくる願いを。そしてその代償として記憶を奪われた。どれくらいの期間分か、もしくは何かに関わるモノか……どういう記憶かはわからないけどね。」

「で、でもオレ別に……恋愛マスターの事以外は特に……」

「ふふ、奪われた記憶によっては記憶が無い事に気づけない場合もあるからね。おそらくそういう類なんだろう。」

「まさか……」

「そして副作用も起きている――いや、起きていないかもしれないのか。少年の願いが既に叶っているのか、これから叶うのかもわからないから副作用もどうなっているかわからない。」

「……なんにもわからないですね……」

「ただ……これはボクの想像だけど、少年が望んだ願いそのものの記憶はあると思うんだ。それを奪ってしまったら本末転倒のような気がするから。」

「……と言うと……?」

「簡単な事さ。少年が願った事というのは、今も少年が望んでいるこ――」


 瞬間、金髪の男の顔が険しいモノになり、素早い動きでポケットから何かを取り出した。

 直後視界に広がる閃光――オレは思わず目をつぶった。



「予想以上に面倒な事になったな……」



 おそるおそる目を開いたオレは予想外の光景に驚いた。時間的には夕方で、少し暗くなってお店の明かりがちらほらと光っていたノスタルジーな風景が一変、青い世界になっていた。

「なんだ……これ……」

 オレは青いドーム状の――膜というかバリアーというかそういうモノの内側にいた。ドームは透明で向こう側が見えるのだが、ついさっきまでオレの横にいたはずのティアナはそこに――ドームの外側にいた。その上――

「! フィリウス!?」

 どういうわけか、ティアナの横にフィリウスがいた。しかもその隣にはちょっと怖い顔をしたセルヴィアさん――鎧姿だから《ディセンバ》さんか――もいる。

フィリウスは何かを叫びながらドームをドンドン叩いているんだが、声も叩く音も聞こえてこない。

「やってしまった。十二騎士が三人で少年の連れが女性とあっては選択肢が少年だけだったわけだが……これは姉さんに怒られる――だけじゃ済まないかもな……」

 さっきまで樽に座っていた金髪の男もオレと同じようにドームの内側にいたんだが……今のセリフの意味は……

「名乗る気も無かったんだけどね……こうなっては仕方ない。初めまして少年。ボクはプリオルという者だ。」

「……? な、なんですかいきなり――」

「こう言えば理解が早まるかな。ボクはプリオル――S級犯罪者に認定されている『イェドの双子』の片割だ。」

「S級!?」

 そう聞いて思わず距離を取った。

S級犯罪者!? そ、そんなのがなんでこんなところに……!

「あれ、見えるかな少年。あの建物の上に立ってるの。あれが《オクトウバ》だよ。」

「え?」

 敵とわかった相手の指差した方を見るなんて隙を生むだけなんだけど、十二騎士の名前が出て思わず見てしまった。

 少し遠いけど……周りよりも少し高い建物のてっぺんに人が立っている。

 いつだったか、どこかの町にいた祭司さんの格好に近い、ゴテゴテと色んな飾りのついた服を着た――たぶん男。あれが《オクトウバ》……?

「ボクが負けるとしたらあいつにだと思ってたんだけど……まさか本人は完全サポートで他の十二騎士にやらせるとは思わなかった。」

 一体何の話をしているのかさっぱりわからないオレは、騎士の心得通り腰にぶら下げていた二本の剣を――フィリウスからもらった剣をとりあえず構えた。

「このドームは……あんたが出したのか? どうしてオレを……」

「…………普通ならそんな事聞かれてもわざわざ答えないけどね……そもそも殺せないし、こうなったらこれを機会に一歩成長してもらって……そうすればまだ姉さんへの説明がつくかな?」

 金髪の男――プリオルはやれやれという顔で両手を広げる。

「何をすればS級っていうランクが付くのかは知らないけど、少なくともそんなボクを捕まえる為に十二騎士が三人もやって来た。少年の前に立っているボクという人間はそれくらい強いという事だ。規格外の《ディセンバ》と天敵である《オクトウバ》がいないなら、十二騎士だろうとドンと来いという自信もある。」

「……大層な自信だな……」

「悪党ならそれくらいの大口を叩かないとね。だが残念、あそこにはボクが例外とした男が立っていて――今あいつは全力でボクの魔法を封じている。」

「封じる……?」

 相手の魔法を封じる魔法なんてのがあることを初めて知ったけど……《オクトウバ》というのは第十系統の頂点に立つ騎士に与えられる十二騎士としての称号。

 第四系統の火とかなら第七系統の水が苦手っていうのはわかるけど、第十系統は事象とか概念とか呼ばれる系統の一つ。それが最も影響を与える――封じる事ができる系統と言えば……同じ系統しかないと思う。

 つまり――

「あんたは――位置魔法の使い手ってことか。」

「その通り。例え十二騎士クラスの騎士が百人集まったって戦えるし、逃げ切れると思うけど――悔しい事にボクよりも使い手としての格が上の《オクトウバ》が相手だとどうもね。だから――さっきも言ったけど、ボクが負けるとしたらあの男と戦う時だろうと思っていたんだ。しかし参ったね。まさかあいつはボクの力を削ぐことに全力を使い、肝心のトドメは別にやらせようって言うんだから。悪党のボクが言うのもあれだけど、正々堂々のせの字も無い。」

「要するにあんたは……《オクトウバ》に位置魔法を封じられ、その上十二騎士が二人も来たから――とっさにこんなドームの中に避難したってわけか。」

「うんうん。そこまで理解出来ればまずは半分だね。」

 ちょっと臆病者のような行動をしたプリオルだが……よく考えると物凄い事をしている。

 オレと会話している時に位置魔法が封じられたのを感じ取り、その上他の十二騎士の存在も感知――いや、むしろ位置魔法が封じられた時点でそういう状況を予想したのか。たぶん、ほんの一瞬対応が遅ければ時間魔法の使い手である《ディセンバ》さんが、プリオルが何かをする前に倒してしまっていたのだろう。

 プリオルにしたら何の前触れもなくチェックメイトの状態にされたようなモノなのに、それを脱したという事……十二騎士が直々に倒しにくる相手だけはあるって事か。

「それじゃあ残りの半分。このフィールドの説明だね。」

 そう言いながらプリオルがポケットから取り出したのはカードのようなモノだった。

「知り合いのギャンブラーが作ったマジックアイテムでね。名を『決闘だ!』という。」

「決闘……?」

「ネーミングについては何も言わないでくれよ? ボクが付けたわけじゃないから。」

 マジックアイテム……ということは、これはやっぱりバリアーか何かなのか? でもそれならどうしてオレだけ中に……

「これはね、使用者と使用者が選んだ相手を強制的に一対一の状況に放り込むアイテムなんだ。外からの手出し口出しは一切できない。ま、観戦はできるけど。」

 ドームの外、フィリウスたちが武器や魔法をドームにぶつけているのが見えるけど、やっぱりこっちには何も聞こえないし、ドームはびくともしない。

「オ、オレと一対一になんかしたってなんにもならないぞ。オレを倒したって外にはフィリウスたちが――」

「そりゃあ、決闘しておしまいのアイテムなら使わないよ。勝った方にご褒美が出るから使ったのさ。程度はあるけど、勝者の願いをなんでも叶えてくれるんだ。」

「な……」

 というかまた願いか。

「叶うなら外の《オウガスト》と《オクトウバ》の死を望むところだけど、生憎そこまで万能じゃない。だからボクが望むのは――無事にこの場から逃げる事。おそらく、一定時間ボク以外は身動きが取れなくなったりするだろうね。」

「そんな……都合のいいアイテムがあるわけ……」

「いや、そんなに都合よくはないよ。これを使う前とフィールドに隔離した後で、使用者と選ばれた者はその状態が一切変わらない。呪い系の魔法をかけられているなら、例えその魔法が本来なら数秒しか影響のないモノだったとしても、このフィールド内では効果を発揮し続ける。強化系の魔法でも同様だから……タイミングをミスるとだいぶ困った事になる。」

「……やっぱり都合がいいじゃないか。相手の魔法が切れた時とか、こっちが呪いをかけた時に使えば――」

「残念ながら、たぶんそういう時には発動できない。これは、自分が不利な時にしか使えないんだ。」

「な、なんだそれ。なんでそんなモノ……」

「勝利した時に得られるご褒美の自由度なんかを考えると、これくらいのデメリットがないとこんなマジックアイテムは生み出せないんだよ。この辺は魔法を組み立てる際の条件や限定による強化の話だけど……授業ではまだみたいだね。」

「……なんでオレが学生だと……」

「その若さで現役の騎士はそういないぜ?」

 肩に背負っていた巨大な銃のような武器をおろしながらプリオルはやれやれとため息をつく。

「もうダメだって時に一発逆転を狙い、その場の誰かとの一対一の勝負に全てをかける――言ったろう? ギャンブラーが作ったって。」

「……状況はわかったけど……なんだってオレなんだ。」

「……純粋に勝てる相手を選ぶならあそこの大きな銃を持っている金髪のレディーにしただろう。あんな超遠距離型の銃、このフィールドレベルの広さじゃ意味がないからね。しかし残念、ボクは女性とは戦わない主義だ。」

 こいつ……女性との出会いを願っただけあるというか……さっきも何気に《ディセンバ》さんの死は望まなかったし……そういう性格なんだろう。

「それで――そうか。この場にいる男と言ったら、十二騎士二人を除くとオレだけだ。」

「そういう事だ。ちなみに今回の場合は死を勝利の条件にしていないから安心するといい。」

「……?」

「勝利条件もある程度決められるんだよ。いつもなら相手を殺す事を勝利条件にするところなんだけど……そんな事したらボクは失望されてしまう。」

 勝利条件……しかし、オレは何をもって安心すればいいのかさっぱりわからない。それに失望されるって一体誰に……

「さて、少年の望みはどうする?」

「オ、オレは……」

「まぁ、もしもオレに勝ったら――その時考えるといい。」

 勝つ……勝つ? 十二騎士が三人も出て来るような相手――S級の犯罪者に?

「ふぅむ。」

 相変わらず建物のてっぺんに立っている《オクトウバ》をチラッと見たプリオルは、パッと開いた手の平に一本の剣を出現させ――えぇ!? 封じられたんじゃないのか!?

「なるほど? 剣をギャラリーから移動させる事はできても、一度この場所に移動させてしまったらその先は何もできないようだね。戻せないし、位置も操れない。その上ボク自身の移動も封じられたとあっては――これは、ボクの強さというモノが何段階かランクダウンだな。」

 ……封じられたと言うよりは制限されているのか。

 しかし、《オクトウバ》の全力でもちょっとだけ使えてしまうプリオルがすごいのか、プリオルの魔法をこのレベルまで制限してしまう《オクトウバ》がすごいのかわからないな……

んまぁ何はともあれ、プリオルはそんな微妙な状態のまま、このドームの中でオレとの一対一を迎えたわけか……

 もしかしたら勝機もあるか……?

「少し勝つ気になったのかな? でも確かに、本来なら埋める事のできないボクと少年の実力差がきっといい具合になっている。不幸中の幸いと言うのか……恋愛マスターに選ばれた者同士、記憶に残る剣戟を交わすことができそうだね。」

 剣戟と言ったクセに巨大な銃のような武器をガチャンと構えたプリオルは、かなり絵になるポーズで声を張り上げる。

「さて、一対一だからね。普段ならこんな事しないけど――ふふ、恋愛マスターの縁となると少し礼儀を重んじたくなる。ボクは、姉さんが従える七つの星が一輝、『イェドの双子』の片割――プリオル!」

 そうして――まるでオレにもそういう風に名乗りをあげろと言わんばかりのニヤリ顔をする。本来ならそんなノリに乗る必要はないのだが――強そうではあるけどちっとも悪党には見えない爽やかなプリオルがそれをしたせいか、何となく乗ってしまうオレだった。

「オレは……えっと、セイリオス学院、一年A組の……あっと……コ、『コンダクター』、ロイド・サードニクス……!」

 言った後でかなり恥ずかしくなったが、プリオルはにやりと笑う。

「カッコイイじゃないか。ボクは好きだぜ?」

「そ、そうかよ……」

「じゃ――行くぞ少年!」

 S級犯罪者を前にいつもとあまり変わらない雰囲気で会話をしていたオレだったが、直後――この金髪のキザな男を倒すために十二騎士が何人もやってくるその理由の一部を垣間見た。

 両手でがっしり構えて使うのだろうと思えるくらいに重厚な雰囲気の巨大な銃を、まるでそこらの木の棒を扱うように軽々と振り回しながら――その銃をあっちこっちに向けて乱射したのだ。

 銃撃を警戒して回転させた剣を身体の正面に配置していたオレは、あさっての方向に放たれた銃弾の先を見てゾッとした。

 発射されたのは弾ではなかった。そんなモノよりももっと大きく、上を見上げたオレの視界を埋め尽くさんばかりに、今まさにオレに向かって落下を始めようとしているそれは――無数の剣だった。

「――っ!」

 降り注ぐ剣から逃れるため、風による加速でその場から離れたオレの目の前に、プリオルから綺麗な弧を描いて迫る無数の剣が現れた。

 とっさの風魔法と剣での防御をしながらその攻撃を乗り切ったオレの行き先には――まるでオレの動きが完全に読めているかの如く、絶妙なタイミングで剣が降り注ぐ。

 位置魔法が使えないはずなのに、まるで曲芸剣術のような軌跡で全方位から迫る無数の剣を避けたり防いだり弾いたりしているオレをよそに、銃を撃つ――というよりは舞っていると言った方がしっくりくるプリオルはそうしながら一人語りだす。

「やれやれ。いつものボクなら三手目くらいで少年をハリネズミにできていたのだが――銃を振り回しながら撃つ事で軌道を曲げるのには限界があるからね。イマイチイメージ通りに飛んでいかないよ。」

 ――つまり、この悪夢のような全方位攻撃は、プリオルの銃の腕だけで作り出されているという事か!

「その上――一度撃った剣を戻せないせいでボクのコレクションが散らばる一方だ。だが――いや、これはこれで美しいね。少年も――声は届かないだろうが外の十二騎士たちも見てくれ。これがボクのコレクションさ。」

 プリオルが言った通り、オレとプリオルの周囲には次々と剣が並んでいく。一本一本が形の違う――まさにコレクションが。

「よっと。」

 そう呟き、プリオルは剣の乱射を止めた。いつものオレなら好機と思って攻撃を仕掛けただろうけど――

「はぁ……はぁ……」

 風の魔法で急発進急停止を繰り返した事に加えて、あの巨大な銃のような武器から放たれる剣の威力は相当高く、一つ弾くだけでもかなりの力が要る。

 結局、一分にも満たない――しかもただの防戦で、オレの体力は大幅に削られてしまった。

「すまないが、少し聞いてくれるかい? 少年が何かを集めているならわかるだろうけど……コレクターは、自分のコレクションを自慢したいものだ。」

 満身創痍の、今なら簡単にとどめを刺せる状態のオレをそのままに、プリオルは剣を一本手に取り、うっとりと眺めながら自慢話を始めた。

「ボクはこの剣という芸術品に目が無くてね……ある時からコレクションを始めたのだよ。遺跡の奥底に眠る伝説の剣。持ち主を呪い殺すという曰く付きの剣。とある刀匠が生涯をかけて生み出した剣。ボクの琴線に触れたモノは全て手に入れてきた。」

 剣のコレクター……でもそれだけなら……正直どこにでもいる。酒とか皿とか、何かを集めている人の話なんかは旅の中でもよく聞いた。

女性を敬う、そんな半分騎士道みたいな生き方をしているこの男は、何故S級の犯罪者として恐れられてい――

「しかし困った事にね。全ての剣には既に持ち主がいるのさ。」

 その言葉を聞き、オレはゾッとした。その一言で、一瞬前に疑問に思った事の答えを理解してしまった。

「ボクのモノにするという事は、持ち主がボクにならなくてはいけない。つまりね、奪ったり盗んだりってだけだと持ち主はボクになってないのだよ。だから殺す必要があった。遺跡の奥底に眠っている剣なら、その遺跡を守る魔法生物や部族を。呪われた剣ならそれを世に出すまいと封印していた者を。生涯をかけて誕生した剣ならその刀匠を。奪った剣で元の持ち主を切り殺し、その剣に深紅のドレスを着せる事でボクは初めてその剣の蒐集を遂げ――あぁ、美しいと思わないかい? そう、それこそが剣の美しさ!」

 恍惚とした表情のプリオルは突然――手にした剣で自分の手の平を突き刺した。

「あぁ、素晴らしい! 一点の曇りもない金属光沢を覆う鈍い紅。故に輝きを増す刃と血の調和……そしてその血が持ち主のモノだというのであれば完璧さ! 垂れ流される主の命を浴びる時、剣の美しさは頂点に達する!」

 剣を伝う自分の血をなめるプリオルは――そう、今なら納得がいく。この男がS級犯罪者と言われてそうだと頷ける狂気が、そこにあった。

「そうして集めた八百四十九の剣はボクの秘密のギャラリーに保管し、時々こうして呼び出してこの銃――『剣銃』から撃ち放って血のドレスを着せているのさ。他人のドレスであるところが残念でならないんだけどね。もしもボクがたくさんいたなら、一つ一つをボクに突き刺したいよ。」

「は、八百……!?」

 狂気的な発想はともかく――なんて数だ。そしてプリオルの言うことが事実なら――少なくとも八百を超える数の人間を、この男は殺害している事になる……!

 いや――きっとそれ以上……千を、超えている可能性すら……

「どうだい、美しいだろう? ボクのコレクションを人前でこんなに並べるなんて事、位置魔法が封じられてなきゃしないからね?」

「――というより、伝説の剣がそんなにたくさんこの世にあったって事にオレは驚いたよ……」

 深呼吸を重ね、少し回復した体力を全身にまわしながら、オレは特に意味もなくそう言った。

「ははは。そんなわけはないさ。言っただろう? ボクの琴線に触れたモノだと。」

「なに……?」

「大量生産の剣でもね、美しさが宿る時があるのさ。例えばこの剣。」

 プリオルの手元に新たな剣が出現する。

「これはとある女性騎士が使っていた剣でね。着せた悪党のドレスの数は千を超えたという。これ自体はそこそこ良い剣というくらいのモノだが……ふふ、千のドレスを着こなしたとあっては、ボクも無視はできないさ。」

「ま、待て……女性騎士? あんたは、女性には手を出さない主義なんじゃないのか?」

「ははは、少年よ。何を言う。」

 その美貌に真っ黒な狂気を重ねてプリオルは笑った。


「剣の美しさに勝るモノなんて、この世にはないよ。」


 なんて男だ。確かにこいつは――女性を大切にする性格なんだろう。自分の有利を捨ててこの決闘にティアナを選ばなかったり、不利な事なのに《ディセンバ》さんの死を望まなかったりするくらいには。

だけどそこに剣が関わってきたら、こいつは剣を優先する。大量殺人鬼に命がどうとか今更教えようとは思わないけど、自分の性格さえ超える蒐集欲――こいつは純粋に狂ったコレクターだ。

「……なるほど、確かにS級なんだな……」

 ゆっくりと立ち上がり、周囲を見る。この場に何本の剣があるかなんてわからないけど……八百発以上も放てるワケだし、弾切れなんて望めない。そもそも、そんなのプリオルが一番よく理解しているだろうし。

 つまり……現状はこうだ。前にリリーちゃんが言っていたみたいに、おそらくプリオルのコレクションにはあらかじめ魔法による印がつけられていて……だからプリオルはそんな大量の剣をどこにいても呼び出せる。

 だけど今、この場所は《オクトウバ》の力で位置魔法が制限されている。呼び出すことはできてもその先は操れない。だから呼び出された剣はそのまま、この場所に放置される。

 そしてオレの曲芸剣術は――無数の剣を扱う剣術だ。

「物欲しそうな目だね、少年。ボクのコレクションを回転させたいのかな? 少年が使っている剣術は俗にいう曲芸剣術なわけだから当然だろうけど。」

「知ってるのか……」

「これでも十二騎士に追われる身だからねぇ? 連中に関する事はある程度調べるさ。その剣術を使えるという事がどれほどすごいかという事も理解しているつもりだ。その真髄が無数の剣を操る事にあるのもね。しかし――そう、プロゴをお手本に現状を口に出してみるといい。それは無理だよ。」

「プロゴ……? ああ、あの時間の……知り合いなのか?」

「だった、だね。ほら。」

 そうやってまた現れた二本の剣は……

「プロゴの剣だった剣だ。少年はこれに斬られた事があるのだろう? その時気づいたかな? この二本、微妙に長さが違っていてね。ふふ、時間使いの自分とかけて長針と短針のつもりだったのかもしれない。」

 ほんの軽い笑い話みたいにしゃべるプリオルだが……その剣がプリオルの手元にあるという事は、プロゴは既に……

「……それも琴線に触れたってわけか……」

「止まった時間の中で振るわれ続けた剣……グッとくるだろう?」

「さぁな……」

 二本の剣の回転はそのまま、オレは周囲に突き刺さる無数の剣に向けて風を――

「!」

 直感のようなモノを感じて横に跳んだオレ――がいた場所に剣が降り注いだ。

「少年の魔法はまだまだ未熟だよ。やろうと思ってからそれが生じるまでにだいぶラグがある。ボクは、それを待つほどいい人じゃないというわけだ。さて……」

 再び上を向いた銃口。そして放たれる一発――一本の剣。

「ここからが本番だよ。」

 今までの剣よりも重たい――存在感みたいのを感じ、さっきよりも大きく避けたオレの背後、剣が地面に突き刺さった瞬間、その場所に雷が落ちた。

「なっ!?」

「それは、ある国の王宮の宝物庫に保管されていた宝剣。振るわれる度に落雷を起こすというマジックアイテム的な剣だ。」

 ――! そういうのもあるか!

「さあさあ、ここからはボクのコレクションの中でもお気に入りの剣ばかりだよ!」

 さっきと同じように全方位から迫る剣。だけどさっきと違い、地面に突き刺さるや否や爆発し、弾いたと思ったら強烈な光を放ってこっちの目をくらませ……まるでたくさんの魔法使いを相手にしているみたいだった。

「ぐあっ!」

 脚に走る高熱の空気。腕を燃やす火炎。どこからともなく放たれるカマイタチや雷……気づけばオレは――

「――っあ……ぐ……」

 脚を止めて膝をついていた。

「あそこの《オウガスト》は全て風で吹き飛ばしていたけど……やっぱりあれができるのは十二騎士クラスだからなのだね。少し安心だ。ほら、今度は紅蓮の炎をまき散らす剣だよ!」

 真っ直ぐに放たれた剣。動くのもやっとの身体を強風でとばしてそれを避け――

「と、いうのは嘘だ。」

 風で飛んだ先、着地しようとしている地面にトンと突き刺さる一本の剣。

「そっちが、そうだ。」

 視界を埋め尽くす紅蓮。勢いも殺せず、オレはその中に飛び込んでしまい――

「ぐああああああっ!」

 熱さ――というよりは痛み。身体の内側から何かが破裂しようとするような圧迫感と柔らかく動いていたはずの四肢が硬くなる感覚。

 意識も朦朧と、オレは炎による爆風で剣の突き刺さる地面に転がった。




 夕方の、ティアナのお母さんがまさにそれをしてるんだけど、夕飯を作り始めるようなそんな時にマリーゴールド家のドアをノックしたのは一人の女だった。

「はて……どちら様じゃ――」

 ティアナのお爺さんが言い終わる前に、その女はいきなりお爺さんを抱きしめた。

「わかるわ! あなたがマリーゴールドのガンスミスよね? 会えて嬉しいわ!」

 腰の曲がったティアナのお爺さんと比較的背の高い女っていう位置関係だったから、ティアナのお爺さんは女の――ロ、ローゼルみたいな胸に埋もれた。

「なななぁ!? なんじゃいなんじゃい!」

 いきなりな事にジタバタするティアナのお爺さんと、反応に困るあたしたち。

 つまり……昔ガンスミスとして有名だったマリーゴールド家にやってきた銃の愛好家とかコレクターってところかし――


「離れて下さい!」


 なんの前触れもなく、あたしの背後からその女に向かって何かが飛んでった。そして気づくと――その女はティアナのお爺さんを残して消えていた。

「お爺さんとお母さんは家の奥へ! 他の皆さんは戦闘の用意を!」

 そう言って外に飛び出したのはパムだった。展開が早過ぎて頭がついてかないけど、パムの声色的に緊急事態って事は理解出来たから、あたしたちは武器を手に取ってパムの後に続いた。


「出会い頭に随分ねぇ? そんなにがっつく女は男に好かれないわよ?」


 空が暗くなって、明かりがティアナの家から漏れる光だけっていうこの森の中……星空を映した湖をバックに女は立っていた。

ティアナと同じ金髪を短くそろえた……女のあたしが言うのもなんだけど、かなり美人。肩にのっけてるだけの、今にも落ちそうな上着を羽織ってて……胸元がかなり開いてる上にへそが丸出しのシャツを着てる。しかも一つしかないシャツのボタンが胸のせいでかなり引っ張られてて……胸を強調するみたいな格好だから見ててイライラす――べ、別に知らないわよどうでもいいわよ、そんなこと。

下は……これまた生足が目立つホットパンツなんだけど、ローゼルのパレオみたいな長い布が腰から伸びてる上にブーツをはいてるからそこまで露出は――いえ、高いわね。

 そんな……ちょっと危ない格好をした女なんだけど、それよりもあたしたちが注目したのは腰からぶら下がってる二丁の拳銃で――あれ?

 あの女の左脚の刺青……どっかで見たわね……


「そんな欲求不満なあなたに偉大な人の言葉を贈るわ……男は、釣った魚に餌をやらないものよ。」

「どうしてお前みたいのがこんなところに……!」

 女と会話をする気のないパムは敵意がむき出しの――というよりは、強敵を前にした歴戦の勇者って顔をしてた。

 ロイドの前だと、ちょっと背伸びしてる女の子って感じだけど――それでもパムは立派な上級騎士なのよね……

「それに……なるほど? 今の七人の中にはお前も入っているわけですか……」

「ああ、これね? いいでしょう? お姉様自らいれてくれたのよ……」

 うっとりした顔で自分の左脚――刺青をなでる女。

「……それで、パム。あいつはなんなのよ。」

 あたしがそう聞くと、パムは女の刺青を睨みつけた。

「兄さんから話を聞いたはずですよ。あのマークの事も。」

「……!」


 夏休みに入る前――初日って言うほうが合ってるかもしれないわね。パムに連れて行かれる前に、ロイドはフィリウスさんから聞いたアフューカスっていうやつの話をあたしたちにも教えてくれた。

 大昔から存在する『世界の悪』とかいう大悪党と、そいつに付き従う七人の悪党。

 そうだわ……あの女の刺青の――紅い蛇。あれがそのアフューカスの一派の証なんだったわ。


「つまりなにか? あの金髪の女は――世界最悪の犯罪者の部下の一人というわけか?」

 トリアイナを構え直して、改めて警戒を強めるローゼル。

「そのようですね……そうだという事は今初めて知りましたけど。」

 そしてパムは、余裕のある雰囲気でニンマリ笑う女を指差してこう言った。


「あの女の名はポステリオール。S級犯罪者、『イェドの双子』の片割です。」


「え、S級だと!?」

 思わず叫ぶローゼル。無理もないわ……だってS級の犯罪者って言ったら十二騎士が対応するレベルの敵なんだから……

「なんでそんなすごいのがこんな所に来てるのさ……」

 あたしとローゼルが驚いて、パムが緊張した顔の中――なんでかすごく落ち着いた感じでリリーがそう言った。

「なんで? ふふ、あたしは別に弟みたいなコレクターじゃないけど……これでも銃使いだもの。今や伝説になってるマリーゴールドの家があるって聞いたら来ないわけにはいかないじゃない?」

「狙いはお爺さん――それとも、マリーゴールド最後の作品でもあると思って来たわけですか!」

「あったら嬉しいわね。でも今はまぁ別にいいわ。そこのお爺様をもらう事は確かだけど。」

「お前の為に銃を作るとでも思ってるのか?」

「思ってないわ。いいのよ、別に。あのお爺様の知識と経験だけ抽出できればあとはいくらでもマリーゴールドの銃が作れるんだから。」

「な……何を言って……」

「知り合いに、そういう技術を持った奴がいるのよ。」

 想像したくない酷い事を平気でやろうとしているこの女――ポステリオールのS級っぽさが見えたところで、パムがあたしたちに指示を出す。

「メインには自分が戦いますので、皆さんは援護を――いえ、援護だけにとどめて下さい。チャンスと思っても攻撃を仕掛けないように。」

「……わかったわ。」

 本当なら一緒に戦うって言いたいとこだけど……あんなの相手じゃ足手まといもいいところよね……

 他の二人もそれは理解してるから、あたしたち三人は一歩下がった。

「別に殺す予定はないんだけど……邪魔されたなら、きっと正当防衛ってやつよね?」

 構えもしないで笑うだけのポステリオールは――次の瞬間、パムの目の前にいた。

 至近距離で響く銃声。攻撃が終わって、やっと攻撃が起きたって事に気づいたあたしの正面では、パムの頭から一メートルも離れてないところに銃を構えてるポステリオールと、微動だにしてないパム。

 そして――

「さすが。やるわね?」

 二人の間には土で出来た腕が地面から伸びてて、その指に一発の銃弾を掴んでた。

 パムの――今の目にも止まらない速さの攻撃に反応できるとこはすごいけど、それ以上に驚きなのは、そんな超速に追いつく速度で魔法を使ったって事ね……

「……今となっては極める必要もなくなった技術ですが……悪党を減らす事には貢献できそうですよ。」

 そう言いながらパムがポステリオールの方に身体を向けると、人間サイズのゴーレムが呪文もなしに一瞬で数十体出現した――いえ、したというよりは出現してすぐにポステリオールに飛びかかった。

「男に囲まれるのは好きだけど、泥人形は嫌よ?」

 位置魔法――だと思う瞬間移動を繰り返すポステリオールを囲む無数のゴーレムは素手、もしくは同じように土で出来た剣とか槍を手にして攻撃してる。だけどただ振り回してるだけじゃなくて――

「そうか、そういう利点があったか。」

 ボソッと呟いたのはローゼル。

「『死者蘇生』を行う為に人間の形を忠実に再現する事に力を注いできたパムくんの、騎士としての強みはなんだろうと思っていたのだが――その答えがあれか。」

 ポステリオールに攻撃を仕掛けるゴーレムたちの動きは、熟練の武闘家や武器の達人みたいに洗練されたモノだった。

「ゴーレムと言ったらできるだけ大きく頑丈に作り、そのパワーで攻撃というのが基本だろう。しかしパムくんのゴーレムは人間の形を精密に模している。それ故、普通のゴーレムでは出来ない……武術の再現ができるわけだ。」

 ワイバーンを真っ二つにした時みたいに、もちろん大きくて頑丈なのも作れるんでしょうね。そしてパムの場合は、そこに『技』をプラスできる。

「その上……普通、真似をしようと思ったらそれに特化した訓練などをして身体を作り込む必要のある技も、土で出来ているゴーレムには関係が無い。パムくんの頭の中にその技――動きのイメージがありさえすればゴーレムはそれを再現できてしまうのだ……何とも感想に困るが、ちょうどあんな感じに……」

 ローゼルが指差したゴーレムは槍を持ってて、その攻撃の軌跡――手元から敵まで一直線に走る神速の一撃はローゼルの家で見た初代リシアンサスの技だった。

「無論、百パーセントの再現度というわけではないのだろう。しかしそれでも、そんな使い手が同時にこんなに大勢かかってきたらどうしようもないな。」

 しかもゴーレムだから――例えば身体のどこかを切断するとか爆破するとか、そういう攻撃をして形を崩さないと達人技は止まらないし……一度そうしてもすぐに元通りになる。

 上級騎士のパムはきっと、今までに色んな敵と戦ったんだろうし、色んな味方にも会って来たはずで……そうやって出会った人たちの動きを覚えておけばゴーレムに同じ事をさせることが出来る。

 今パムが指揮をしてるゴーレムは、パムが見た事のある達人たちの技を再現しながら不死身の身体で突き進む軍団ってところね……

「達人ってゆーなら、あの女も相当なもんだよ……」

 S級の犯罪者を前に、むしろいつもより冷静なリリーがそう言った。

 ポステリオールは見た感じ第十系統の位置魔法の使い手。ゴーレムの攻撃を瞬間移動でかわしながら銃を――ゴーレムでもパムでもない方向に乱射してる。だけどその銃弾は全部のゴーレムをすり抜けてパムまで届く。

 パムは地面から生やした土の腕でそれを全部防いでるけど、その腕の動きを見ると、銃弾はパムを中心にした全方位からとんできてる事が分かる。たぶん、適当な方向に撃った銃弾をパムのところに移動させてるんだわ。

 中には――パムの肌、ゼロ距離のところに移動してるっぽい銃弾もあるんだけど、それでさえ移動して来た瞬間に土の腕が捉えてる。

 正直、達人技を披露するゴーレムと神がかった魔法速度を見せるパムがすごすぎてポステリオールはそれほどすごいと思えないんだけど……

「そう――なのか? わたしは第十系統の魔法が苦手で全くと言っていいほど出来ないからよくわからないが……エリルくんは?」

「……目に見える範囲で小物を動かすくらいが精一杯よ……」

 第十二系統の時間みたいに、それを得意な系統としてないと使えないわけじゃないけど、概念系の一つの第十系統の位置魔法はあたしやローゼルにはかなり難しい魔法になる。

「……自分の移動、発射した銃弾の移動、加えてここじゃないどこかに保管してると思う銃弾を移動させて銃の中への装填……同時に三つの位置魔法を制御してるっていうのは異常だよ……」

「い、異常? それほどすごい事なのか?」

「位置魔法って、周りから見るとすごく便利な魔法に見えるけど……やってる本人にはすごく大変な魔法なんだよ……三次元的な位置の定義と測定、ゼロ点の固定に自分の移動を重ねた計算……実はかなり頭を使うんだ……」

「じ、次元?」

 さすがのローゼルもわけがわからないって顔をする。

 あたしもだけど。

 ていうかリリー、雰囲気が変わり過ぎじゃないかしら……たまに見せる黒い感じよりももっと――冷たいわ……

「加えて、位置魔法は位置魔法の邪魔をすごく受ける……二人とも、そろそろ援護するよ。」

「う、うむ。」

「そうね……」

 状況的に遠距離からの援護になるから、あたしはガントレットを、ローゼルは氷を飛ばす構えになったんだけど……リリーはどうするのかしら。

「ボクは干渉に専念するよ。」

 もらったイメロを装飾みたいにくっつけた短剣を持ってはいるけど構えはしないで、ただ片手をポステリオールの方に向けた。


「あら?」


 そしたら急にポステリオールがふらついた。今まで完璧に避けてたゴーレムの攻撃を受けそうになったんだけど――ものすごい体勢から身体を回転させながら、銃を叩きつけるように発砲――ゴーレムはお腹を中心に粉々になった。

「ちょっとちょっと、同業者がいるなんて聞いてないわよ。」

 どうやらリリーの――干渉っていうのが効いてるらしい。瞬間移動を止めて体術で避けるようになった――んだけど、それでも尋常じゃない動きするわね、あの女。

「いい援護です、リリーさん!」

 ポステリオールには怖い顔のパムが一瞬だけ笑ってこっちを見た。

「よし、わたしたちもやるぞ!」

 瞬間移動をされると自信なかったけど、普通の体術で動くならあたしたちにも攻撃を当てられるはず……!

 伊達に毎朝、避けるのが上手いロイドを相手にしてないわ。

「あらら? そっちの二人も結構――ちょ、ちょっと休憩しない?」

 ゴーレムの猛攻、ローゼルの氷の雨、あたしのガントレットを体術だけでかわす事になったポステリオールはそんな事を言った。

「お二人もその調子でお願いします!」

 もしもあたしが同じ立場だったら五秒ももたない気のする猛攻の嵐の中を走りまわるポステリオール。このまま行けば……!

「一対四だなんて、正義の騎士としては卑怯なんじゃないの?」

「知らないな、そんな事。正直に言えば、お前が一人でよかったと思っている。『イェドの双子』が双子の状態で現れていたら自分ではどうしようもない。んまぁ、逆にどうしてお前は一人なのかが気になるが。」

「仕方がないわ。あたしたちの仕事はあっちだけど、あたし的に見逃せないマリーゴールドがこっちなのだもの。」

「仕事? あっち? 近くにプリオルもいるのか。」

「あら、やっぱり弟が気になる? あなたも女ねぇ?」

「プリオルがいた場合、リリーさんがしてくれている位置魔法への干渉が通じなくなるからな。互いに互いの位置魔法の制御を防御しながら効果の増加も行うという神業を平気な顔でする双子だと、以前オクトウバが言っていた。」

「そうね。だけど一応言わせてもらうわ……」

 直後、避けるだけだったポステリオールが方向転換、パムの方に走り始めた。

「あなたたち騎士がS級っていうランクを付けたのは――」

 襲い掛かる無数のゴーレムを、瞬間移動をしているんじゃないかと思うくらいの速度で一体一体撃ち砕きながらパムに迫り――

「あたしと弟の両方、一人ずつによ?」

 土の腕を蹴り倒し、無防備になったパムにゴーレムに撃ち込んだのと同じような撃ち方――叩きつけるように発砲。パムの身体が弾け飛んだ。

「パ――」

 思わず叫びそうになった声が引っ込んだのは、飛んでいったパムの身体が砕けて土になったからで――

「そんな事は知ってる。」

 ポステリオールの背後、地面の中からバッと飛び出したパムがロッドを振るう。完全に死角だったはずなのにそっちを見もしないで迫るロッドを片方の拳銃で防いだポステリオールはパムから距離をとる。

「ふぅん? やっぱりあっちの同業者を片付けないと面倒ね……」

 ため息交じりにあたしたち――というかリリーの方を見たポステリオールは、急に目を見開いた。

「あら……? ちょっと、もしかして?」

 驚きの顔がだんだんと嬉しそうな顔になっていくポステリオールは突然笑い出した。

「あっははは! 今日はすごい日ね! マリーゴールドを見つけた上に――うふふ! どうりで位置魔法の干渉が上手いわけだわ! そりゃそうよね!」

「戦いの最中に何を思い出し笑いしたのか知らないが笑い終わるのを待ちはしないぞ。」

 笑っている間に、ポステリオールの周りにはさっき以上のゴーレムが出現してて、今にも飛びかかりそうだったんだけど――

「ねぇ、上級騎士さん? あたしも相当だけど、あの子も捕まえなくていいの? うふふ!」

 という、ポステリオールの言葉にパムは少し眉をひそめた。

そして――そう言うポステリオールに指をさされたのはリリーだった。

「――!」

 そしてそのリリーは――今まで見た事もないくらいに怖い顔になった。

「あら、なぁにその顔? あ、もしかして秘密だった? ああ、わかるわ。秘密は女を美しくするものね? だけどこの場合――面倒なあなたに意地悪した方があっちの騎士とやりやすくなるのよ。だから悪いわ――」

 ポステリオールは何かを言い終わる前にその場からパッと消えた。そしてポステリオールがいた場所には――あたしの隣にいたはずのリリーがいた。

「すごいわね……位置魔法の早撃ちであたしに追いつくなんて《オクトウバ》以来だわ。」

 少し離れた所に移動したポステリオールがニンマリしながら首を傾げる。その首筋にはうっすらと血がにじんでた。

 それはまるで――首を切りに迫った攻撃を紙一重でかわしたみたいな……

「……」

 怖い顔でポステリオールを睨むリリーの手に握られた短剣がぎらりと光る。

「リリーさん……あなたは一体……」

「あら、じゃああたしが教えてあげるわ。」

 ケラケラ笑いながら、ポステリオールはリリーの持つ短剣を指差した。

「位置魔法を使うあたしたち側の人間なら誰もが知ってるわ。その短剣――一見普通に見えるけどその実、位置魔法の使い手の為にあらゆる工夫が組み込まれた特注のそれを使う連中の伝説をね。」

「! まさか! あの組織は《オクトウバ》が壊滅させたはずだ!」

「うふふ。何にでも生き残りっていうのはいるものよ? 大体、位置魔法を極めた連中の全員を捕らえられると思ってる時点でダメよね。そうでしょう、えっと――リリー?」

「……黙れ……」

「いいじゃない。文字通り、あたしとあなたは同業者だったのよ。」

 心当たりのあるパムと……あたしの隣で苦い顔をしてるローゼル――そういえばローゼルはリリーの秘密を知ってるとか言ってたからこの話がわからないのはあたしだけ……?

「そこの赤毛の子だけはちんぷんかんぷんって顔だから、やっぱり教えてあげなくちゃね?」

 やらしい笑みを浮かべたポステリオールはこう言った。


「その子はね、その構成員が全員位置魔法の使い手にして暗殺者っていう、今はもう無い伝説の暗殺者集団――『ウィルオウィスプ』のメンバーなのよ。」


 暗殺者――集団……

「……ウィルオ……? なんか聞いた事ある……わね……」

 お姉ちゃんがなんか気を付けなさいとかなんとか言ってた気がするわ……

「王族のエリルくんなら、どこかで聞いた事があってもおかしくないだろう……」

 苦い顔をしてるローゼルはぽつぽつと――リリーの秘密を話し始めた。

「その筋じゃ知らない者のいない最も有名にして最も腕の立つ暗殺者集団……要人暗殺の為、貴族やどこかの王でさえ依頼をした事があると言われている組織だ。その構成員は全員が位置魔法の使い手で……成功率は大袈裟でもなんでもなく百パーセントと言われていた。」

 暗殺者……リリーが……?

「だ、だが誤解するなよエリルくん。リリーくんは――その、悪者ではないのだ。彼女も……被害者のはずだから……」

「どういうことよ……」

「『ウィルオウィスプ』は世界中から第十系統を得意な系統とする子供……いや、赤ん坊をさらい、位置魔法と暗殺の英才教育を施して冷酷な暗殺者へと仕立て上げてきたのだ。十歳になる頃には仕事をこなせるようになっていたという……」

「赤ん坊!? そんな事……」

「噂によると、いつどこに生まれて来る子供がそうなのかを知る事の出来るマジックアイテムを持っていたらしい。そうして暗殺者として育った者は忠実に仕事をこなし、ある程度の年齢になると組織を動かす側の人間になり、また赤ん坊をさらう。そうやって百年以上続いてきた組織なのだ。」

「そうなのよ、すごいわよね?」

 ローゼルの隣に立ってるあたしにだけ話したような事が遠くにいるポステリオールにどうして聞こえたのかわかんないけど、あたしたちとは反対にすごく――嬉しそうな顔をした。

「その話を聞いた時は、もしかしたらあたしたちもメンバーになってたかもしれないわねって弟と笑ったものよ。ほとんどのメンバーが子供のくせにとんでもない使い手だらけで騎士の連中も捕まえられなかったっていうもんだから、あたしたちも見習わないとって思ったのを覚えてるわ。」

「で、でももう、無いのよね。その組織……」

 一人だけその組織を褒めるようにしゃべるポステリオールに少しイラつきながら、あたしはローゼルに確認した。

「ああ。今の《オクトウバ》が《オクトウバ》になった年に壊滅した。今から五年前の話だ。」

「! そんなに昔でもないじゃない……」

 つまり……ロイドがフィリウスさんと旅を始めた頃、リリーは商人じゃなくて――暗殺者だったってこと……?

「勿体ないわよね。今までの《オクトウバ》がダメだったのか今の《オクトウバ》が別格なのか知らないけど、こっちの世界じゃ大騒ぎになったのよ? でもよかったわ――生き残りがいたんだもの。」

 ポステリオールは銃をくるくる回しながらリリーに笑いかける。

「ねぇ、今からでもこっち側に来ない? それであなたが組織を復活させるのよ。例のマジックアイテムはないかもだけど、あなたには『ウィルオウィスプ』百年の技術が詰まってるんだもの。」

「あんた少し黙りなさいよね!」

 思わずそう叫んだあたし。

だってリリーが……すごく辛そうな……悔しそうな顔をしてるから。

「うふふ、怖い怖い。お姫様も怒る時は怒るのね。」

「! あんたあたしの事……」

「そりゃそうよ。あなたはこの国の――」

 そこまで言って、ポステリオールは何かを思いつき――悪人の顔をした。

「ついでに言うと他も知ってるわ。特に今一番興味があるのはあの男の子よねぇ……ロイド・サードニクス。」

「! お前、なぜ兄さんのこ――」

 その名前に反応したパムが叫ぶと同時に、背筋が凍るものすごい殺気が一帯に広がった。

「うふふ。今回の仕事はあの子を眺める事だもの。こうやって接触する気なんてさらさらなかったんだけど――マリーゴールドの魅力に負けた結果こうなったのよ。あらあらそういえば、あの子をロイくんって呼んで随分親しそうだったわよね――リリーちゃん?」

 内臓が締め付けられるみたいな、今にも吐きそうな感覚。そんな黒い気配の中心にいるは――


「ロイくんに――何する気?」


 獰猛な獣でさえ怯えて逃げ出すんじゃないかってくらいの怖い目でポステリオールを睨みつけるリリー。

「言ったじゃない、眺めるって。何かをするとすればお姉様であってあたしじゃないわ。だけどそうねぇ……あたしがこうやって接触しちゃったわけだし……今頃あっちに行ってる弟が何かしてるかも――ってちょっとちょっと待ちなさいよ、つれないわね。」

 ポステリオールの話の途中でリリーが身体の向きを変えたんだけど、なぜかそのまま動かなくなった。

 たぶん、ロイドのところに移動しようとしたリリーに――今度はポステリオールが干渉したんだわ。

「今となっては過去の組織だけど――確か『ウィルオウィスプ』って、集団単位でS級犯罪者扱いだったわよね? ほら、お互いにS級とか呼ばれちゃってる極悪人で位置魔法の使い手――ちょっと遊びましょうよ。」

「……わかったよ……」

 くるりとポステリオールの方に向き直ったリリーの顔は氷のようだった。


「お前を殺してからロイくんの所に行く。」




「! これはこれは……プロゴの情報通りだな。それがその剣の力か。」

 閉じかけていた視界がパッと開く。痛みはあるものの、一瞬前よりは遥かに楽になり、そしてなり続ける身体。止めてしまった回転を再開させ、二本の剣を周囲に展開し、オレは構え直した。

「てっきり持っていなければ効果がないのかと思っていたけど……まぁ、曲芸剣術を前提にしているのなら手から離れても効果があるのは必然というところか。しかしきっと、その手から離れても効果が続くのは持ち主だけなのだろうね。」

「……そうか、この剣の……」

 たぶん、さっきの一撃で終わっていただろうオレの戦いがそうならなかったのは持ち主の傷を治すこの剣の――フィリウスのおかげだ。

「ふむ。その剣――欲しいな。」

 すぅっと、プリオルの目が細くなる。狂ったコレクターに目をつけられてしまったが……どっちにしても戦いは続くのだから関係ない。

「悪いけど、やれないな。」

「悪いけど、もらうよ。」

 巨大な銃――さっき『剣銃』と呼んでいた武器を上に向け、剣を一――いや、二本撃ち出すプリオル。

「あっちの剣はね。刃こぼれという剣の宿命みたいなのをどうにかしようと一人の男が作った剣なんだ。刃こぼれしても自動再生する――ずばり少年の剣のようなモノを目指したんだけど……出来上がったモノはもっとすごいモノだったという偶然の産物さ。」

『剣銃』を肩にかけ、プリオルがパンと手を叩くと、撃ち出されたその剣が分裂――いや、増殖した。それもかなりの数に。

「なんとあの剣、使い手の魔法の力量に応じて無数に増えるようになったんだ。しかも、増えて出来上がった剣はどれも新品同様の輝きに戻るという――本来目指した特性は確かにあるけど、それよりもすごい事が起きてしまったわけだね。」

 二回、三回と手が叩かれる度に数を増す剣が上昇をするのを止めて落下に入ろうと弧を描き始める。そのまま落下するだけならなんとかしようもあったのだが――

「でもってもう一本はね、さっきも何回か見せたけど――爆発するんだ。」

「――!」

 プリオルの狙いを悟り、思わずプリオルに視線を移したオレは、さっきよりも遠くに離れたプリオルがオレに手を振るのを見た。

「これで決着だけど安心するといい。勝敗は気絶した瞬間に決まるから死ぬことはない。」

 その言葉を合図に、無数の剣のさらに上に位置する一本の剣が起爆した。


 爆風によって加速された無数の剣。

 あれだけの速さの剣を吹き飛ばす風を即座に起こすことは――今のオレにはできない。

 この場から離脱する為の風を起こすことも間に合わない。

 すぐに生み出せるけど威力の足りない風でできることは――



「お兄ちゃんはちょっともったいないかもしれないよ?」

 この夏休みの間ちょくちょくやっているパム先生の魔法教室でオレはそんな事を言われた。

「普通じゃできないくらいにきれいに風をまわせるんだから、ちょっと進化させてみようよ!」

「回転の進化?」

「うん。今のお兄ちゃんはくるくるを固定したままだけど、それを移動させるんだよ。」

「んん? どういうこと?」

「回転するモノを軸の方向に移動させたらどんな軌跡になる?」

 突然難しい単語を口にするパムに驚きつつ、しかしそう言われてもパッと答えられないオレは、手近にあった鉛筆を回転させながら横に動かした。

「えっと……らせんって言うんだっけか……」

「そう! じゃあ、その螺旋がどんどん小さくなっていったら?」

 らせんが小さく……えーっと……

「……うずまきマーク?」

「それだよお兄ちゃん!」

「えぇ? お兄ちゃん、全然わかんないよ……」

「つまり巻き込む力だよ。お兄ちゃんてば、今は自分で作った風だけをくるくるさせて剣とかくるくるさせてるんだけど、そこに渦を組み込むと周りの――お兄ちゃんが操ってるわけじゃない、そこにあるだけだった空気まで風になって回転してくれるんだよ。お得でしょ?」

「それ……別にきれいに回せなくてもできるんじゃ……」

「やってみると難しいみたいだよ? 渦って回転の半径をいじって作るんだけど、大抵は大雑把に大きな竜巻を作るのが限界なんだって。細かく制御するとなると――たぶんお兄ちゃんくらいに回転のプロフェッショナルじゃないとできないよ。」

「そう……なのか……ていうかパム、第八系統に詳しいんだね。」

「だってお兄ちゃんが使うんだもん。パムもちょっとできるようになりたいなって思って最近勉強してるの。えらいでしょー?」

「うん、えらいえらい。」



 小さな風でも周囲の空気を巻き込めば巨大な風になる――今こそこれを実践する時――

 回転させながら、前に進めながら、半径を小さくしながら――

 そう、例えるならドリルだ。回転しながら突き進むイメージを――


『その名前と共に『あの人』の技を覚えておいてほしい。神の槍は、きっと君を強くする。』


「なにっ!?」

 それはオレのセリフでもあった。

 上手くいくかもわからない、切り札とも言えない――最後に掴んだワラだった。

 なのになんだこれは?

「くっ!」

 オレから遠くに離れ、降り注ぐ剣の雨の外にいたプリオルは両手に剣を出現させ――自分に降り注ぐ無数の剣を弾き始めた。

 対してオレの所には何も来ない。

 なぜなら、オレが必死の思いで作った風の渦がオレの頭上を中心に剣の雨を吹き飛ばしたからだ。

 いや――あれは渦だったか?

 というかどうしてだろうか……ドリルをイメージしようとしたオレの脳裏にパッと浮かんだのはローゼルさんの家で見たあの技――『あの人』と呼ばれていた初代のリシアンサスの神槍。

 ドリル状に回転させた風で貫くというのを考えようとしたから、あまりにも印象が強い――『貫く』という行為の最高峰の技をイメージしてしまったのかもしれない。

 ドリルなんてもんじゃない神速の一撃――とっさにあのイメージを元に風の渦を作った結果、こうなったのか?

「……驚いたよ、少年。」

 半ば呆然としていたオレはハッとしてプリオルの方へ構え直す。オレに降るはずだった無数の剣――その一部だったとしても、全てを二本の剣で弾き落としたらしいプリオルは無傷だった。

 やはり、剣のコレクターを名乗るだけあって剣の腕も相当なものらしい。

「相手を切断する事に特化した少年の曲芸剣術に『突き』は存在しないはずだ。しかしまさか……あんなとんでもない風の槍を隠していたとはね。」

 今初めてやったとは言えない……

「……魔法はそんなに得意じゃないからな……あんまり使わなかっただけだ。」

「勿体ない事だね。それだけ美しく剣を回転させることのできる風だ……少し向きを変えるだけで恐ろしい武器になるというのに。まぁ、今のがそれなわけだけど。」

 ……パムに教えてもらって初めて知った事を、このプリオルはオレの曲芸剣術を見た瞬間に思っていたという事か……

「精密な回転を作れるという事は、風を巻き込む精密な螺旋を維持できるという事だからね。あれだけの風の槍……いや、正確には渦になるのか。あまりに速すぎる速度と回転なものだから一閃の槍にしか見えなかったわけだけど……あれは誰にでも作れるモノじゃない。」

「……急に褒めても手加減はしないぞ……」

 思いもよらず、敵であるプリオルの口から自分でも何をしたのかわからなかった一撃の解説を聞いたオレは――どうやら気持ち的に余裕が出てきたようだ。ついさっきまで絶望的な猛攻にクタクタだったのにな……『あの人』に感謝だ。

 それに――

「! これはこれは……」

 小さな風でも渦を巻けば大きな風になる……つまり、剣を回すのに必要な風を作る時間を短縮できるということ――あれ……?

「ボクのコレクションが宙を舞っている――美しいな……」

 オレが回せる剣の本数はかなり頑張って十本くらいが限界だった。だけど今、オレは……地面に突き刺さる、数で言えば百を超えていただろうプリオルのコレクションの……半分以上を同時に回転させていた。

 これ以上は無理じゃないかと思っていたのにどうして突然こうもあっさりと……?

「しかし……今随分と素早くその状態になったね。なるほど、風の渦を使ったのはさっきの一撃が初めてだったわけか。もしもこれが最初からできていたなら、さっきまでのボクと少年の攻防はもっと違う光景になっていただろうし。」

 ……もうバレた。

「あの攻撃で少年を追い詰めた事で、少年は実戦で使おうとは思っていなかった――もしくはその域に達していないと思っていた事を行い、ああなった。実力はあったけどキッカケがなかったパターンだな。ボクは、そのキッカケになってしまったわけか……」

 ……なんだ? なんか……うまく言えないのだが、プリオルの雰囲気が少し変わってきている気がする。

「運がいいとか偶然だとか、きっとそこらの人は言うだろう……だけどボクは、今ここで少年が何かしらの力に目覚めることに納得しているよ。これはまだ教えていなかったけど、恋愛マスターが願いを叶える相手――つまり選ばれた者というのはね、別に恋愛マスターの趣味や気まぐれでそうなったわけじゃないんだ。」

 さっきまでのプリオルはかなり余裕だった。こっちは全力なのにそれがその人の準備運動にもなっていないような……この前〈ディセンバ〉さんに挑んだ時の感覚に似ていた。

「恋愛マスターが――いや、彼女を含む三人の王が選ぶ相手というのは、何らかの形で何かを成す者なんだ。それは良い事であれ悪い事であれ、多くの人の注目を集める。例えばS級犯罪者として名をはせてみたりね。」

 でも今のプリオルからは……ちゃんとした敵意みたいなモノを感じる。なんというか、ようやく敵として認められたというか……

「少年はなんだろうか。もしかしたら未来の《オクトウバ》かもしれない。であれば、ボクとの戦いで一段階成長する事は充分あり得た……まぁ、どことなくそんな所が気になってしまってね……正直、さっきまで手抜きもいいところで少年を眺めていたよ。」

……手抜きであれ……いや、むしろ当たり前か……オレは学生で、相手は十二騎士クラスの悪党なんだから。

「ボクは、魔法を封じられて本来の実力の半分も出せない状況。だというのに相手は今、曲芸剣術の真髄をお披露目している。いい勝負になるかもとは言ったけれど、勝って当然と思っていた戦いが――全力を尽くさないと勝てなさそうな戦いになった。」

「別にオレはあんたが手抜きでもいいんだが。」

「ふふふ、負けて十二騎士に捕まり、正義の鉄槌を受けるというのは悪党のロマンだけど、選べるなら死神は姉さんがいいからね。だから――」

 片手に『剣銃』、片手に剣を構えたプリオルから今までにない迫力が発せられた。真剣な顔つきになった金髪イケメンだが、この迫力じゃあ女の人も慌てて逃げ出すだろう。

 今のオレは……疲労はあるものの、普段以上の実力が発揮されている状態だ。いきなり五十を超える剣を操れるようになった理由はわからないけど、一本一本をちゃんと捉えられている。剣の回転も周回もいつもより楽に、その上キレよくできている。絶好調のさらに上と言ったところ。

 対してプリオルは魔法を封じられ、残ったのは残り七百ほどの剣を発射できる銃と剣術。言ってしまえば体術のみの状態。

 だけど、そんなオレに「騎士の学校の生徒」という所属を、プリオルに「S級犯罪者」という肩書を加えると……それで二人はようやく同等だろう。

「姉さんも言っていた。特別でもなんでもない日に出会いがあったと。ボクにとっては、今がそれかもしれない。だから少年……ここからは全力でいくよ。」

 プリオルがそう言い終わると同時に、様々な方向に剣が発射された。その軌道は上から横からオレを目がけている。

 だけど――さっきは二本で、今は五十だ。

「はああぁっ!」

 いくらかを防御に、いくらかを攻撃に、いくらかを何かの予備にして剣を展開。オレはプリオルに向かって走り出す。

 全方位から迫る剣を弾きながら、相手がやっているのと同じように無数の剣をプリオルに向けて飛ばす。ただしオレの剣は高速で回転している上に自由にコントロールできる……!

「――っ」

 オレが放つ剣を――敵ながらあっぱれと言うか、とんでもない動きでさばいていくプリオル。風を動かしているオレにはその位置がわかるけど、傍から見たらオレが操る剣はかなり速くて見えないはずだ。

 それを時に『剣銃』で撃ち落とし、時に手にした剣で叩き落とす。風の動きと、時折光る剣の金属光沢だけを頼りにプリオルは反応し、その上でオレへの攻撃も同時にこなす。

こんなのが位置魔法を使い始めたらそれはもう化け物と呼ぶしかないな、これは……

「剣が増える程に実力が上がる剣術……かつての《オウガスト》は百単位を操ったというが、確かにそんな事になったらこっちとしてはどうしようもない。」

 そんな事を言いながら突如としてオレの方にダッシュするプリオルの速度は位置魔法なんじゃないかと思うほどで、気づいた時には接近戦の距離にいた。

「剣本来の間合いだと、曲芸剣術はどんな芸を見せるんだい?」

 フィリウスからもらった二本の剣を手に戻して斬りかかってくるプリオルを迎え撃つ。

 曲芸剣術の性質上、鍔迫り合いにはならないオレとプリオルの戦いは弾ける剣戟の応酬だった。プリオルは『剣銃』を背中に回して二刀流。対してオレは手に二本と周囲に無数の剣。同時に何本もの剣で斬りかかったり、前からと同時に背後から剣を仕掛けたり、プリオルからしたら一対多数のようなものだろうに、それを二本の剣で防いでいる。


 ――ダメだ――


「はっ!」

 プリオルの頭上にかなりの数の剣を降り注がせる。さすがに捌き切れないと判断したのか、プリオルはエリルの爆発ダッシュみたいな加速でオレから離れた。

 そしてオレは、遠距離での攻防を再開させる。

 なぜなら――たぶん、あのままやっていたら負けていたから。

 オレとプリオルは今の状態でようやく互角かと思ったけど、実際はまだプリオルの方が上だ。戦闘スキルのレベルが違い過ぎる。

 それでも……いや、もう通じないかもしれないけど……さっきの風の渦――槍にはプリオルも驚いていた。オレがプリオルに勝てる一撃があるとすればそれだ。

 問題はどうやって当てるか……

そういえばプリオル、あれをしなくなったな……これを利用できればなんとかな――

「考え事かい?」

 正面に迫る圧力。何も見えてはいなかったけど、無我夢中に剣を飛ばしたオレの左肩に走る激痛と視界に映る赤いモノ。

「――っ!」

 ちょっとした隙……プリオルを倒す方法を考える為、そっちに少しだけ集中を傾けたその瞬間、そこそこの距離を一瞬で詰めたプリオルの一太刀――適当に飛ばした剣がプリオルの姿勢を少し崩していなければ、激痛が走っていたのはもっと致命的な場所だっただろう。

「傷口の修復が既に始まっているのは驚きだけど、あまりに深いと完治に時間がかかるのは情報通りだな。」

 迫るプリオルをけん制している間に段々と動くようになっていく左肩。だけど完治まではもう少しかかるだろうし……こんな好機をプリオルが逃すわけはない……

 あれを狙うなら今しかない……!

 オレは防御に使っていた剣の半分を攻撃に追加し、プリオルに出来る限りに猛攻を仕掛け――

「あんたの姉はどこにいる!」

 と言った。それに対し、プリオルはさっきよりも激しくしたオレの攻撃をまだまだ危なげなくかわしながら答える。

「姉? ボクに姉はいないさ! いるのは双子の片割――妹だ! どうしてそんな事を聞くのかな!」

 剣を発射して剣を撃ち落とし、剣を振るって剣を叩き落とす――じりじりと距離を詰めて来るプリオルから離れつつ、だけど一定の距離を保ちながら会話を続ける。

「あんたを倒した後、近くにいるならそっちとも一戦する事になりそうだからな! しかし――さっきから『姉さん』って言ってるからあんたは弟なんだと思ってたよ!」

「それは彼女に敬意を示しているからさ! ボクが姉さんと呼ぶ人は――ふふ、少年も知っていると思うが――アフューカスという女性だよ!」

 アフューカス!?

 通称『世界の悪』と呼ばれ、その時々の強力な犯罪者を従わせて犯罪を行う人物――

 いや、それよりも――エリルを狙ったあの事件の本当の黒幕――!

「おやおや! 攻撃にさらに力が入ったな、少年! 騎士としては許せぬ悪に燃えるところかい!?」

「あんたらはどういう目的であんな――一体何がしたいんだ!」

「ふふふ! その質問、尋ねる相手を間違えているな! ボクら従う者と姉さんとではその行動理由が全く違うからね!」

 エリルの事を思い出し、力が入って粗くなったオレの攻撃をさっきまでよりも軽々と弾くプリオル。

 だめだ、集中するんだ――

「姉さんに従う者の目的なら、それはただ一つ! 姉さんに認めてもらう事さ!」

「――! そんな理由で!!」

「悪の道を歩んでいない者に理解はできないさ! しかしこっちはわかるかもしれないな! 歴代の従僕の中でも今の時代のそれたるボクらにはもう一つ目的がある! 長く停滞していた姉さんは今、更なる高みに進化しようとしているのさ! ボクらはそれを目撃できるかもしれない!」

「悪の進化なんて見たくないけどな!」

 指揮を振っているようだと言われているらしい腕の振りで無数の剣を移動させ、プリオルに降り注がせる。

 きっと例の《オウガスト》は腕なんか振らなくても剣をコントロールできたんだろう。言ってしまえば、腕を振るのは未熟の証だ。だけど今は――だからこそ不自然さがない!

「何を言っているのやら! 姉さんの進化の可能性は少年だというのに!」

「なんのはな――」


 瞬間、肩に走る激痛。それはそうで、肩がパックリと切れているのに腕を振り回しているのだからそうなるのは当たり前。そしてその痛みにオレの動きは一瞬止まる。

 わざと止まっても良かったけど、プリオルに演技だとバレるような気がしたから本当に痛くなるのを待った。

 そしてその甲斐あって――そのオレの隙をプリオルは見逃さず、とどめの一手に入った。


 プリオルは銃口を少し下に向けて『剣銃』を放った。放たれた剣は当然地面に突き刺さり――そしてそれと同時にオレの足元が凍り付いた。

 氷は滑る。当たり前の事で、いきなり踏ん張りの効かなくなった地面にオレはよろける。


 ――と、思ったのだろう。


 そう、ここぞという時にはマジックアイテムの剣が出て来るだろうと思っていた。オレが五十もの剣を操り出す前はたくさん使っていたのに急に使わなくなったのはきっと、その存在をオレの頭の隅っこに追いやる為。

 その上今発動したのはさっきまでの中には登場しなかった氷の効果を持つ剣。仮にマジックアイテムの剣への警戒をオレが忘れていなくても、炎や雷を連発していたさっきの状態から氷を警戒するのは難しい。実際予想外だ。

 だけど――たぶんこういう時に言う言葉なのだろう――『天はオレの味方をした。』


 夏休みに入った今はご無沙汰だけど、休みに入る前は毎朝――オレは氷使いとの朝稽古をしていたのだから。


「――!!」

『剣銃』を放つと同時にそれを肩から降ろし、身軽になった状態で最速の一撃をお見舞いするためにオレに向かって跳んできたプリオルの顔は驚愕で埋まった。

 滑ってよろけるはずのオレがしっかりと踏ん張り、突撃した自分にカウンターの一撃を放とうとしているのだから。


 もしも最後のとどめを直にではなく『剣銃』で決めようとしていたら、オレの反撃は避けられていただろう。

 氷の剣を射出すると同時に本人が飛び出すというのが……プリオルほど素で速く動ける人にとっては一番ロスなく攻められる手だったんだろうけど――オレの曲芸剣術をかいくぐる為なのか、最速を求めた結果……いや、求めてくれた結果、オレはこれを当てられる……!


『あの人』の神槍を元に出来上がった風の槍。そのらせんに剣を――プリオルのコレクションをのせて放つ。ドリルの上にさらに回転する剣がくっついているような――絵に描けば、昔ガルドで見たトンネル用の掘削機になるだろうか。

 だけどオレは、この一撃にこの名前をつける。


「『グングニル』っ!!」


 オリジナルのキレにはまだまだ及ばないけど、銀色のらせんを描くその槍は――


「やれやれ――」


 向かって来た呆れ顔のプリオルを貫いた。



「――!?」

 貫いた――はずだった。一体何が起きたのか……オレの攻撃が当たったと思った瞬間、まるで今までの戦いが夢だったかのような感覚を覚え、気が付くとオレは剣を腰にぶら下げたままで立ちつくしていた。

 まだ治っていなかったはずの肩の傷は――むしろ無かった事になり、身体の疲労もゼロになっていた。

「言ったろう? 死にはしないって。決着がついた時点で、このマジックアイテムはこのフィールドで行われた戦闘を無かった事にするんだよ。」

 驚いたことに、地面に大量に突き刺さっていた剣のコレクションがいつの間にか無くなっていて、プリオルは傷一つない状態だった。

「死んだ人間を甦らせる事はできないけど、今回設定した勝利条件は死ぬ事じゃないからね。あの技を受けて死ぬ事が確定した時点で勝敗が決したから、ボクはこうして生きている。」

「……死ぬ事が確定……?」

 突然の現象に戸惑う中、プリオルが口にした言葉を……オレは思わず繰り返した。

「ふふ、もしも少年が――相手が悪党ならば例え原型をとどめない肉塊になっても構わないという考えの持ち主ではないのなら、あの技は人間には使わない事だ。このマジックアイテムによる巻き戻しがなかったら、少年の前にはかつてボクだった何かがぐちゃぐちゃと散らばった光景が広がっていただろう。あの技はそういう技だよ。」

「……」

「まぁ、それ以外なら……例えば頑丈な鱗を持つ魔法生物とか、悪党が立てこもった建物の壁とか、そういうモノにならガンガン使うといい。たぶん、あの技に貫けないモノはそう無いだろうからね。」

「……急になんなんだ……何が起きたのかわからないけど……オレもあんたも無傷で、結局ふりだしってことか……?」

「違うよ。決闘は終わった。ボクの負けで少年の勝ち。試してみればわかるけど、ボクも少年も、今は魔法はもちろん武器すら持てない。そういう仕組みだから。」

 何を言っているのかと思いながら剣に手をかけたオレは、それを鞘から全く抜けない事に気が付いた。風を起こそうとしてもやっぱり無理で、まるでマナを得るための場所にふたをされたような感覚だ。

「それでもまだこのフィールドが閉じないのは、少年が勝者としての願いを言ってないからだ。」

「……オレは別に……」

「そうかい? ならボクが勝者の景品を贈呈しよう。」

 そう言ったプリオルの手に剣が一本出現――

「! 魔法は使えないって――」

「ははは、これは景品をあげるための行為だから特別さ。」

 そう言いながらプリオルが放り投げ、オレの足元に突き刺さった剣は――

「少年を串刺しにするはずだった剣であり、少年の槍を目覚めさせた剣だよ。」

 手を叩く事でその本数が増加した剣だった。

「それがあれば、少年はいつでも大量の剣を出現させ、曲芸剣術の力を最大限に引き出せるようになるだろう。」

「……一体なんのつもりだ……」

「お礼さ。」

「……なんの……」

「ふふ、少年の最後の一撃だけどね、あれは美しかったよ……ボクのコレクションがボクの前でダンスをしながらボクの命を着飾りに迫るあの光景……素晴らしい……あれを見れた、それだけでボクは少年と戦えてよかった。きっと最後だろうからね……」

「……そうだな。」

 なにはともあれ、どうやらこのドームの中で起きた不思議な決闘にオレは勝つことができ、そして負けたプリオルは叶えようとしていた安全な逃走を得られず、フィリウスたちに捕まる。

 つまりプリオルにとってオレが最後の敵に――


「さて、それじゃあそろそろ帰ろうかな。」


 ……

 ……ん?

「帰る……な、なにを言って……」

「んん? なんだい少年、もしかして――ボクが負けたら大人しく捕まるとでも思っていたのかい?」

「な、だ、だってそうだろ! 魔法を封じられたせいで逃げられなくなったから、この切り札のマジックアイテムで最後の勝負にかけたんじゃ……」

「切り札なんて言った覚えはないよ。むしろ、それは今から使うのさ。」

 ドームの色がだんだん薄くなっていき、そろそろこのマジックアイテムも効果が切れるという中、プリオルは金色の指輪を指にはめた。

「この結構面倒な状況から抜け出す方法は二つあった。これを使うか、決闘するか。できればこっちは使いたくなかったから決闘を選んだだけさ。」

「なら最後っていうのは――」

「こんなミスをしたボクを姉さんが許すわけはないし、十二騎士に捕まっても待つのは極刑。どちらにしても死ぬ事になるんだけど……さっきも言ったように、ボクの死神は姉さんであって欲しいからね。だから、最後にありがとうなのさ。」

「ちょっと待――」

 ドームが消え、耳にフィリウスの声が聞こえて来た頃には……プリオルはその場から消えていた。




 あたしやローゼルはしょうがないけど、パムまでも置き去りにして第十系統の使い手の戦いは繰り広げられた。

「ふふふ! 暗殺者のくせに派手な攻防を演じるじゃない!」

 位置魔法だから「速い」わけじゃないんだけど、気づいたら全然違う場所にいる二人の戦いは目で追えるモノじゃない。ポステリオールの銃が放つ銃声と火薬の光、それとリリーの短剣が空気を切り裂く音だけが二人の戦いの様子を知る情報になってた。

 幸い、外れた銃弾が地面にめり込むことはあっても血がとび散ったりはしてない。時々聞こえる金属音はたぶん短剣で銃弾を弾いてる音だろうから……リリーにはまだ一発も当たってないみたいだった。

 ポステリオールが相変わらず余裕の口調だからそっちも無傷なんだろうけど……それでもこの女とこれだけの戦いができるリリーの強さは相当なモノよね……

「ロイくんの名前出しただけでそんなに怒るなんて――もしかして恋かしら? 愛かしら? いやだわ、お姉様に恋敵なんて。」

 無言で斬りかかってるリリーに対してポステリオールのテンションの高い声があっちからこっちから聞こえてくる。

「《オクトウバ》の襲撃から逃げ出す事に成功しつつも、暗殺者としての自分が何かできるわけでもなく途方に暮れて……そんな時に出会った運命の男の子! そーんなところかしら? ロマンスねぇ。ひとめぼれ? 告白はしたの?」

「うるさい。」

 リリーの冷たい呟きが聞こえたかと思ったら――その瞬間、全然見えてなかったあたしの目に久々に映ったリリーは五人に増えてた。

「あら。」

 囲まれたせいか、足の止まったポステリオールに同時に襲い掛かる五人のリリー。だけどその全員に目にも止まらぬ連射で銃弾をお見舞いしたポステリオールは、背後に現れた六人目の短刀を銃身で受け止めた。

「位置の複製なんてやるわね? 生き残ったのには生き残ったなりの理由があったってことかしら?」

 互いの武器をぶつけ合った二人はその場から消え、リリーはティアナの家側、ポステリオールは湖側に立った。

「ふぅん、なるほどね。これが暗殺方面に特化した位置魔法……とにかく魔法の気配を読ませない静かな攻撃っていうのはなかなか面白いわ。」

 あたしの目にはすごい激戦だったんだけど、当のポステリオールは疲れも見せずにうんうんと頷くだけだった。

「でも――残念ね。暗殺勝負なら絶対あなたの方が上でしょうけど、こういう一対一じゃああたしの方が上だわ。ほら、あなたの攻撃の結果って最初のこの首の傷とあたしの服の端っこを切った程度よ?」

 確かに、いつの間にかポステリオールの服には裾とか袖の先っぽあたりに切れ目ができてるんだけど本人には傷一つないし、息切れもしてない。一方、リリーは――こっちも傷はなさそうだけど若干肩で息をしてて疲労がたまってる感じだった。

 位置魔法は便利だけど疲れるって前に言ってたし――でも、それならポステリオールはなんであんなに元気なのよ……

「リリーさん! 一人では危険ですから、協力しましょう!」

「……」

 隣に立ったパムを少し睨むリリー。

 元とはいえS級犯罪者として指定されてた組織のメンバーだったリリーを上級騎士で国王軍のパムがどうするのか……リリーの睨みはそういう意味合いの探りだろうし、あたしも気になったんだけど――

「……詳しい事はあとでしっかり聞かせてもらいますけど、どうであれ自分がリリーさんを捕まえるとか他の騎士に報告するとかはしませんから。」

「……なんで……? あなた騎士なんでしょ……ボクは……」

「そんな事したら兄さんが悲しみます。」

 何につけても行動基準がロイドになってるパムらしい答えに……少しだけど、リリーの顔が緩んだ気がした。

「協力ねぇ。別にいいんだけど――あたしは『ウィルオウィスプ』の技と遊べたし、もう満足なのよね。だからマリーゴールドの技術をもらってそろそろ帰ろうかと思うんだけど?」

「逃がすわけがないでしょう。」

 キッとポステリオールを睨みつけるパム。

「うふふ、わかってないわね。どっちかって言うとそっちが見逃してもらうって感じよ? あなたが強いのはわかったけど、あたしの敵じゃないわ。将来もう少し厄介になったら殺しておきたいって思ってあげる。」

「……なめられたものですね……」

「だってまだ普通の銃弾しか使ってないあたしといい勝負になっちゃってるじゃない。話にならないわよ。」

 ――! 普通の銃弾? 本当ならもっと特殊な銃弾も使うってこと……!?

「弟と違って、あたしは他の魔法もそこそこ使えるのよ? 見せてもいいけど、そしたら折角興味ないあなたたちの命もうっかり奪っちゃう結果にな――」

 その時……よくわからない事が起きた。

「――はぁっ!? あのバカ、何やらかしたのよ!」

 いきなりポステリオールの身体が光りだして……てっきり何か強力な魔法を撃ってくるのかと思って身構えたあたしたちをよそに、本人は急に怒り出した。

「ふざけないでよ! あいつのバカのせいであたしが欲しいモノを置いて退散だなんてそんなのお姉様が許さ――」

 そうして何かを言い終わる前に、ポステリオールはその場から消えた。

「……なによ、今の。」

「……さあ……」

 全然理解できない現象にそろってポカンとするあたしとローゼルだったけど、パムとリリーには何が起きたのかわかってるみたいだった。

「今のは――他の誰かからの強制的な位置移動だね……本人の意思に関係なく移動したみたいだから、たぶん予め誰かとそういう魔法のかけあいをしてたんじゃないかな……」

「となると発動させた者として考えられるのはプリオルですね……おそらくあちら側に何かしらの危機が迫ったため、プリオルがポステリオールを呼び寄せ――まさか!」

「! ロイくん!」

 再びロイドの所に移動しようとしたリリーだったけど、そのリリーの目の前にいきなり誰かが現れたせいで……リリーはそいつにぶつかった。

「なによ! 急いでんの――」

 かなり怖い感じでリリーが怒鳴ったそいつは――


「ご、ごめん、リリーちゃん……」


 こっちの騒ぎを知らなそうな、相変わらずのすっとぼけ顔のロイドだった。

「あ、あのね、リリーちゃんにぶつかるつもりはなか――」

「! ロイくん!」

「お兄ちゃん!」

 いきなり登場したロイドはリリーとパムに飛びかかられてそのまま倒れた。

「えぇ!? な、なんだどうしたんだ!?」

 二人に左右から抱き付かれて顔が真っ赤のロイドの横に、今度はティアナ――となんでかフィリウスさんが現れた。

「んおぉ!? 大将、やるな!」

「あ、あれ……もしかしてこっちも、なにかあったの……?」

 ゴーレムが崩れてあちこちに土の塊が出来てる異様な光景と戦闘態勢のあたしたちを見てティアナはおどおどする。

「こっちもという事は、そっちもあったのだな、ティアナ。」

 ルームメイトのもとに駆け寄ったローゼルは、押し倒されたロイドを見てムッとした。

 そんないつものローゼルの顔を見たせいか、あたしは終わったんだなと思って大きく息を吐いて、ローゼルと同じように少しむくれ――ないわよ、なんでよ。

「んん? 心なしかいい匂いがするな! もしや飯の時間だったか? なら丁度いい! 腹を満たしながら話をしよう!」

 だっはっはと笑うフィリウスさんはティアナの家に「邪魔するぞ!」と言いながら突撃し、そして背が高過ぎるせいでドアをくぐる前におでこをぶつけた。

この話で第三章は終わらせるはずだったのですが、明らかにしたかった事を明らかにできていないので……もう一話だけ続きます。


ところで、初めはモブキャラや一回だけの登場として生み出したキャラクターに愛着がわいた事で、そのキャラクターが出世するという経験をした事のある方はいますかね……?

とある有名な映画でも、最初の方にいなくなる予定が最後まで主人公の前に立ちふさがる事になったキャラクターもいましたから、実はよくある事なのかもしれませんね。


さて、この物語の誰の事を言っているのでしょうか。

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