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騎士物語  作者: RANPO
第三章 ~夏休み~
16/111

第十四話 騎士の家

今回の舞台は「ローゼルの家」ですね。そのまま、リシアンサス家と――騎士の家というもののちょっとした紹介です。


それとあの悪役らのちょっとした活躍(?)です。

 男にはルールがあった。必ずすると決めたルール――信条と言った方が良いかもしれない。

 町や村に来た時、そこが初めての場所だろうと来たことのある場所であろうと、最初に目に留まった女性をお茶に誘うというのがそれである。

 田舎者の青年がお風呂場で不思議なアイテムを使って女湯の面々と会話をしている頃、少し離れた町で、男はそのお茶を終えて連れとの待ち合わせ場所に向かっている所だった。

 見知らぬ男に突然お茶に誘われるなど、警戒して然るべきだが大抵の女性は男の誘いを受ける。なぜなら男は――簡単に言うと美男子であるからだ。

 今も、待ち合わせ場所に向かって歩く男とすれ違った女性らは足を止めてその男に見とれている。

 その女性が誰かの妻であろうと、彼女であろうと。


 連れとの待ち合わせ場所であるとある喫茶店まで来た男は、連れを見つけてため息をついた。

 男の連れであるその女は、テラス席に座ってフランクフルトを食べている。ケチャップとマスタードをたっぷりかけたそれを――いや、食べるというよりはなめていた。

 片手で髪をかき上げ、眼を潤ませ、口から糸を引きながら艶めかしくフランクフルトをくわえている。

 その女が例えば幼い少女だったなら、マナーが良いとは言えないが遊びながら食べているとも見えるかもしれない。もしくは、その女が老婆だったなら、入れ歯が外れたのか、もしくは忘れたのかと思うかもしれない。

 だがその女は若く、しかも美女と呼んで差支えない容姿だった。そんな女がそんな事をしているのだから、それに気づいた男性らが視線を奪われるのは仕方のないことだ。

 その男性が誰かの夫であろうと、彼氏であろうと。


「はしたないぞ、妹。」

 男――プリオルが席につきながらそう言った。

 美女の隣にそれに釣り合うと誰もが納得する美男子が座ったことで、見とれていた男性らは我に返ってそそくさとその場から遠ざかった。

「……あと二十秒もすれば男が釣れたのに。邪魔しないでよ、弟。」

 女――ポステリオールは大切になめていたフランクフルトにあっさりと歯をたてて噛み千切った。

「男なんかどうでもいいが、見とれる男の妻や恋人である女性たちの胸の内を考えると黙ってもいられない。下半身に脳みそがついてる男共は、今一度自分の傍らに立つ女神の存在を知るべきさ。」

「女神ねぇ? あなたがお茶してきたあのババアもそうだっていうわけ?」

「自身が女性であると認識した瞬間から死を迎えるその時まで、女性は美しい。あのご婦人はそれはそれは美しい方だった。」

「へぇ? 生まれた時からじゃないのね。」

「身体で女性を認識するならそうだが、あいにくボクは心で判断するからな。生まれたての人間なんて、よくわからない何かでしかない。」

「はぁ……あなたがそんなんじゃなければ今頃クォーツの家に、襲撃はしなくても何かできたでしょうにね。」

「それはすまないと思っているさ。そこが王家であろう宮殿だろうと、あの少年を調べる事がボクらの仕事だからな。盗聴器の一つもしかけに行きたいところだが――あそこには《エイプリル》がいるし、《ディセンバ》もよく出入りしている。もしも勘付かれて戦闘となった場合は妹だけで最悪二人の十二騎士と戦う事になるからな……少し分が悪い。」

「だからあなたも戦えって話よ。」

「馬鹿を言うな。女性と戦えるか。あ、すみません――」

 もう一つの信条を語り、ポステリオールに呆れられるプリオルは店員に声をかけてコーヒーを注文した。


 とある町の喫茶店。コーヒーが来るまで道行く女性を眺めて時に手を振る金髪の男と、残りのフランクフルトを口に放り込む金髪の女。そんな美男美女のペアは多くの男女の目を引くが、この二人に別の意味で目を止めた人物がいた。


「動くな!」


 テラス席でまったりとする二人の前に、巨大な槍――ランスを構えた女性が現れた。この国の軍服に身を包み、黒いマントをはためかせるその女性は、マントの色でその階級をわけている騎士において言えば、中級騎士であった。

 突然の物騒な空気に他の客や店員が距離をとる中、二人はのんびりと顔をあげた。

「女性騎士……いつ見ても美しいな。女性はか弱いという考えを否定しはしないが、その中に隠れた凛とした強さは男のそれとはまるで別物だ。それを表に出した女性の美しさはボクの口でその程度を語る事が畏れ多いほどさ。やぁ、レディ。ボクに何かご用ですか?」

「決まっている! 貴様らを捕らえるのだ、『イェドの双子』!」

「あら、よくわかったわね。上級の連中ならともかく、あなた中級でしょう?」

「私はか弱き人々を貴様らのような悪から守る為に騎士となった! 指名手配されている悪人らの顔は全て頭に入っている! S級犯罪者ならばなおのこと!」

 S級犯罪者――その単語が出たことで少し離れているだけだった周囲の人々が一斉に逃げ出した。時にたった一人で街を一つ滅ぼす、もはや犯罪者というよりは災害とくくった方がいい連中につくその称号を冠する『イェドの双子』であるところのプリオルとポステリオールは、これといった反応もせずに女性騎士を眺めている。

 犯罪者がこのような態度をとれば、騎士の方はなめられていると感じて実力行使に入ることだろう。だが今回はそうではない。二人は女性騎士をなめているのではない。

「真面目な騎士もいたものね――で、あなた……この後はどうする予定なのかしら?」

「そろそろ一分かな? 援軍を呼ぶならぜひ男にして欲しいところだ。でないと全員が妹と戦うことになるからな。ボクがヒマになってしまうよ。」

 二人はその女性騎士を――自分らに害をなす存在とは思っていない。倒すべき敵とも思っていない。

「――っ……!」

 女性騎士は一歩後ずさる。

 自分たちが強いから余裕があるとかそういうレベルではない。

戦って勝敗を決めるなどという事にまったく意味がないと思う程に――「話にならない」程の実力差が女性騎士と二人の間にはあるのだ。

「かたまっちゃったわね。あなたの勇気は打ち止めかしら? 残念だけど、あんまり意味がなかったわね。」

 すっと立ち上がったポステリオール。一瞬の後の自分の死を予感した女性騎士が、せめて一矢報いようとランスの握りを強めた時――


「おお、最近じゃ稀に見るガッツの持ち主だな!」


 豪快な声でそんなセリフが聞こえた瞬間、女性騎士のこわばりはゆるみ、二人の表情が変わった。

「まいったな。男にしてくれたのは嬉しいけどまさかあれほどの援軍を……」

 女性騎士の隣に立ち、その肩をポンと叩いて男は――漢は気持ちのいい笑顔を見せた。

「いい根性だ! 今回は無謀で終わったその勇気はこの先たくさんの人を助ける! その時の為に、今は悔しい思いをしろ! で、ついでに近くの駐屯所から王宮の《ディセンバ》を呼んでくれ。」

「りょ、了解です、《オウガスト》殿!」

 くるっと背を向けた女性騎士に対してポステリオールがピクリと動いたが、漢の睨みでその動きを止めた。

「《オウガスト》……あの女、随分な奴を呼んでくれるわね。」

「呼ぶ? 俺様がこの町にいたのはちょっとした買い物だ。んま、町中で戦闘の気配を感じたからこの場所に来たわけだし、そういう意味じゃあの騎士が俺様を呼んだと言えるか。」

駆けていく女性騎士の背中を眺め、金髪の二人に視線を移したフィリウスは双子を見てため息をついた。

「にしても変装もしないでティータイムか。一応お前ら全世界で指名手配されてるんだぞ?」

「だから正体を隠して町に来いと? はは、ボクらがそんな三流に見えるのか?」

「三流? なんの。」

「悪の、さ。」

 一体いつからそこにあったのか、いつの間にかテーブルの傍にある巨大な銃のようなモノを手に取りながら、プリオルは呟く。

「悪人は正義に追われる身になるなんて、当たり前の事さ。それを中途半端に善人のふりしてやり過ごす? そんな悪になり切れないようなビビリと同じに思われるのは心外だぜ。」

 立ち上がり、ゆっくりとフィリウスに近づくプリオル。

「ははぁん。一流の悪党ともなるといつでも正面突破ってか?」

「そりゃあ目的があれば変装もするわよ? でも騎士から隠れるとか逃げる為の変装っていうのは、平穏な生活を望んでる証拠じゃない。」

 二丁の銃を抜き、くるくると回すポステリオール。

「悪の道に平穏なんてないし、それを望んでそうなったはずだろう?」

「いつでもどこでも正義に襲われる――それは悪の醍醐味よね。」

 大剣を背負ってはいるものの、腕を組んでいるだけのフィリウスを左右から挟む双子。


「姉さんに選ばれたボクらがそこらの三下みたいな事するわけないだろう?」

「お姉様に選ばれたあたしらがそんな三下みたいな事するわけないじゃない。」


 先ほどの女性騎士相手の時とはまるで違う、完全な戦闘態勢の二人。

「……悪ってモノに対する騎士道みたいな信念……なるほど、これが噂のアフューカスの思想ってやつか。さて?」

 組んでいた腕をだらんとさせるフィリウス。

「一番近い駐屯所まで――あの騎士の脚なら二分もないだろう。王宮に直通電話して――ディセンバがどこにいるかわからないが、緊急の連絡はつながるようにしてるだろう。あの騎士が走り出してから《ディセンバ》のとこに話が行くまでざっと三、四分。でもって悪についてのご高説で一、二分は経ったか。」

「……《ディセンバ》は時間使い……知らせを聞いてからこの場所に来るまで時間を止めて動けばタイムラグはゼロだし、そもそもボクは彼女とは戦えない。」

「つまり、あなたとやれるのはあと一分かそこらって事ね。」

 強大な力を持った三人の臨戦態勢はしかし、とても静かなモノだった。

「熱い展開だな! こういうのは嫌いじゃない! 一つタフなセリフをはきたいところだな!」

 右腕を背中の大剣にそえるフィリウスと、それと同時に互いの武器を構えた双子。


「一分で俺様をやれるとでも!?」


 プリオルの武器は巨大な銃のようなモノでポステリオールは二丁拳銃。互いに遠距離武器であるのだから、大剣を構えるフィリウスからはまず距離を取るのが定石だろう。確かにプリオルはそうしたが――ポステリオールは違った。

 拳銃を手にしたままポステリオールが入ったのは格闘戦の距離。大剣の間合いに入っていることなどお構いなしに接近した彼女は銃を持ったままフィリウスに殴りかかった。まるでナイフでも扱うように銃を突き出すポステリオールは、それをしながら引き金を引く。

 本来、遠く離れた所から視認不可能な速度で相手を貫くはずの銃弾が、フィリウスの目の前で発射されたのだ。

 どう考えても回避不可能な距離と速度の銃弾だったはずだが、その巨体からは想像もつかない速さでフィリウスはそれを避けた。

「! これはすごいな!」

 そう言ったのはフィリウス。だがポステリオールの銃の変な使い方に驚いたわけではない。

 避けたはずの銃弾が自分の背後に迫っているのに加えて、いつの間にか全方位から迫る無数の銃弾に囲まれている事に驚いたのだ。

 空いている左腕で風の魔法を放ち、迫る銃弾を全て吹き飛ばした後、その強靭な脚の一踏みでポステリオールから距離を取るフィリウス。

 だがそうして離れた場所に着地した瞬間、目の前に剣による突きが迫っていた。プリオルが近づいてきたと思い、風で剣を吹き飛ばした後に二撃目に警戒したフィリウスは少し驚いた。

 剣は確かに自分の目の前にあったのに、それを自分に突きだしてきたはずのプリオルがいない。

「……噂通りってわけか。あべこべだな。」

 豪快なフィリウスにしては珍しい小声での呟きだった。その視線の先には巨大な銃のようなモノを構えて少し離れた所に立つプリオル。外見的には非常に重そうなその武器を細腕一本で構えている。

「合わせろよ、妹。」

「あなたがね、弟。」

 短い会話の後、プリオルがその武器を空に向け、引き金を引いた。

 巨大な銃のようなモノから射出されたのは銃弾や砲弾ではなく――剣だった。しかも、明らかにその武器には収まらない数の剣がマシンガンのような速度で放たれていく。

 それを合図に走り出すポステリオール。そのまま真っ直ぐ駆けて来るかと思われたその瞬間、ポステリオールの姿は消え、いつの間にか二つの銃口はフィリウスの背後に迫っていた。

 それに気づいてフィリウスが自分の後ろに視線を移す頃には、その拳銃の装填数を遥かに超える数の銃弾が放たれ、右や左、真上から真下まで、ありとあらゆる方向からそれらが彼に向かってきていた。

 先ほどよりも強力な風の魔法で銃弾の包囲網を片付けたフィリウスは、迎撃した後の隙にピッタリとタイミングを合わせて落ちて来る無数の剣にも風をぶつけようとしたが――

「おっと。」

 落ちて来る剣の形が一つ一つ異なる事に気づき、フィリウスはそれらの迎撃を止めて、風の魔法で高速離脱した。

 直後、落下した剣の一本が地面に刺さるや否や、その場所に凄まじい威力の雷が落ちた。続けて突き刺さった二本目は爆炎を噴き上げ、三本目は地面から針の山を突き出す。剣が一本刺さるごとに高位の魔法が発動しているようだった。

 しかしその嵐の中を喜々とした顔でポステリオールが駆けて来る。

 一本目の剣が刺さった場所からはかなり離れた所に退避したフィリウスだったが、ふと上を見れば自分に迫る剣が見える上に、今度はプリオルから直接こちらに放たれる剣も無数にあった。

 フィリウスへと駆けながら銃を乱射するポステリオールだが、しかしその銃弾は何故かフィリウスを囲み、プリオルが放つ剣はポステリオールに一切危害を与えず、むしろ銃弾を後押しするくらいのタイミングで魔法を炸裂させ、その無数の刃はこれまた全方位からフィリウスを狙う。


 本来遠距離から放つはずの銃を近距離で振り回し、本来近距離で振り回すはずの剣を遠距離から放つ。そうしてばらまかれる大量の銃弾はいつの間にか相手を全方位から狙い、無数の剣は強力な魔法を発動させながらその切っ先を相手へと向ける。


 一人いれば同時に数十人の相手と戦う事と同義であり、二人そろったなら一つの軍勢を相手にしている事に等しい。この双子の脅威が騎士の間に広まった当初はそれにちなんだ様々な二つ名で彼らは呼ばれていた。だが本人たちが自分たちの呼び方を決めてそれを広めた為に当初の呼び名はもう使われない。

 結果、どういう二人なのかイマイチ理解せずに戦いを挑み、人ではない何かに形を変えられてしまった騎士は多いと言う。


 それが全世界指名手配のS級犯罪者、通称『イェドの双子』である。


「嫌だわ、案外とやるわね。」

「そろそろ時間だ。正義を前にせっせと逃げるのも悪というのが残念だな。」


 銃弾と剣の嵐が十数秒続いた後、二人はため息交じりにそんな会話をした。そして一際派手な魔法が炸裂したかと思うと、粉塵が消える頃には二人は消えていた。あとに残ったのは――人で言うならフィリウスが残り、建物などで言うなら瓦礫だけが残った。

 そして数秒後、フィリウスの隣に女性が現れた。

「やっぱり間に合わなかったか。」

 かなりきわどい鎧の着こなしをしているこれまた金髪の女性。フィリウスほどではないがこちらも大きな剣を手にしている。

「ホントに来るとは思わなかったぞ、《ディセンバ》。ここまで来たって事は……相当広範囲で時間の停止をしたんだろ? 大丈夫か?」

「なんだ、緊急連絡までしておいて。」

「あいつらに《ディセンバ》を呼んだと思ってもらえれば別に本当に来ることはなかったんだ。何の下準備も無しにあんなんと戦ってちゃんと勝てるとは思わないし、それはたぶんあっちも同じだ。だから制限時間を設ければ自然に撤退でおあいこになる。」

「だがもしも間に合えば……S級二人に対してこちらは三人だった。下準備というのには同意するが、決して不可能ではなかっただろう。」

「三人?」

「ついさっきまで《エイプリル》もいたのだよ。まぁ、もう双子がいない事を確認したらすぐにクォーツ家の方に戻って行ったが……さすが第四系統の頂点。爆発による高速移動は恐ろしい速さだな。」

「ああ、あれか。位置魔法を除けば最速かもな。」

「位置魔法といえば――どうだった、『イェドの双子』は。こちらで連中と戦った事があるのは《オクトウバ》だけで、第十系統の位置魔法の頂点であるところのその《オクトウバ》がかなりの位置魔法の使い手だと評価していたが?」

「さてな。俺様は位置魔法全然使えないからああいう使い方が難しいのかどうなのかもよくわからん。ただ、魔法の速度が異常だったな。」


「《オウガスト》殿ー!」


 もはや廃墟と化した町の中をビックリした顔で走って来るのは先ほどの女性騎士。

「! 《ディセンバ》殿! さ、さすが時間の使い手ですね……もういらっしゃるとは。」

「連絡をありがとう。結局間に合いはしなかったが――しかし来た意味はあったよ。」

 そう言うと《ディセンバ》は、すぐにでも野菜を育てられるほどに耕された庭を元に戻したのと同じ魔法を町にかけた。ちらばった瓦礫がパズルのように組みあがり、そうして町は女性騎士が駆けだした頃の姿に戻った。

「《エイプリル》を誘えたって事はクォーツ家にいたって事か?」

「そうだ。ついさっきまでお風呂に入っていた。」

「こんな昼間っからか?」

「色々あってな。ちなみにタイショーくんもいたんだぞ。」

「大将と風呂に入ったのか!? ちょっと見ない間に《ディセンバ》にまで……」

「「と」ではなく「も」だな。彼はきちんと男湯にいたよ。」

「はぁん? クォーツ家ってことは、あのお姫様絡みで遊びに来てたとかだろうな。なんだ、夏休みを楽しんでるなぁ、大将! いいことだ!」

「そうだな。ところでフィリウス。」

 第十二系統の使い手である《ディセンバ》は他の系統の魔法を使えないはずだが、彼女はパッとその姿を普段着である――町娘のそれに変えた。時間を止めて着替えたにしても、鎧と剣はどこへいったのか。

「フィリウスが無事という事は《エイプリル》がタイショーくんに伝えてくれるだろう。せっかくこうして会ったのだから、食事にでも行かないか?」

「あん? いや、俺様は――」

「この辺りには美味しいトマトを出す店があるのだ。高級と言うわけではないが肉料理もあるし、酒もリンゴもある。」

「まてまて。最近妙に、俺様の好物ばかり持ち出してくるな……」

「おや、相手の好物を熟知しているとは素敵な事だ。これは良き妻になるのではないだろうか、なぁフィリウ――」

「そういえば確かに腹が減ったな! よし、その店に案内してくれ《ディセンバ》!」

「この格好の時は名前で呼んでほしいな。親しみと愛情をこめてセルヴィアと――」

「行くぞ、キャストライト!」

 すたすたと歩き出すフィリウスと、それをすすすっと追うセルヴィア。

 騎士の頂点に立つ十二人の内の二人の夫婦漫才一歩手前の会話を聞いた女性騎士は目をパチクリさせていた。




 列車に乗ってちょっと遠くに移動し、駅で迎えてくれたローゼルさんに連れられて、オレたちはリシアンサス家にやってきた。

 エリルの家を見たあとだからどんな家でも驚かないぞと思っていたのだが、実際、オレは驚いていた。


「おかえりなさい、お嬢様!」

「お疲れ様です、お嬢様!」


 メイドさんとか執事さんのお出迎えとは少し違うものの、下手すればクォーツ家よりも広い敷地の中を歩いているとそんな感じに挨拶をしてくる人にかなりの頻度で遭遇した。

 ひらひらと手を振って挨拶を返すローゼルさんの代わりに、エリルが理由を教えてくれる。

「名門って呼ばれるような家には、その技術を学ぼうと門を叩く見習い騎士がたくさん来るのよ。だから大抵、家の敷地内に修練所とか、門下生が寝泊まりする寮みたいな建物とかもできて、結局すごく大きな家になるの。」

「な、なるほど。じゃあローゼルさんに挨拶をしているあの人たちは――リシアンサス家のお弟子さんか。」

「そんなところよ。彼らからしたらローゼルは師匠の娘さんだもの。ああいう態度にもなるわ。」

「でも今のローゼルさん優等生モード――だよな? もしかして家ではずっとあのモードなのか? 本当のローゼルさんを知っている人はいるのかな……」


「残念ながらいないよ。」


 先頭に立ってあっちこっち向きながら挨拶していたローゼルさんが後ろにさがってきた。

「父さんはともかく、母さんがそういうのには厳しくてね。この家にいる間、わたしはずっと優等生を演じて――というかロイドくん。優等生モードと呼んでいるのか? わたしのこれを。」

「え、あ、いや……気を悪くしたなら謝るよ。」

「別に構わないが……ふふ、それだと本来のわたしは優等生ではない――つまりおちこぼれという意味合いになってしまわないか?」

「あ……べ、別にローゼルさんをバカにしているわけじゃないぞ! ローゼルさんは実際頭いいし運動もできるし普通に強いし……だ、だから優等生モードっていうのはその、振る舞いという意味というか……」

「そうかそうか。では本来のわたしの振る舞いは言い表すとどうなるのかな?」

「えぇ?」

 普段のローゼルさんを思い浮かべる。大抵、腕を組んで色んな事を教えてくれる。

「――色々教えてくれる年上のお姉さん……かな。」

「……わたしは老け顔か……」

「いやいやそうじゃなくて! 大人びていて、こう、仕草? っていうのかな。そういうのが美人さんのそれで、だからさらに大人な感じに見えて……」

「び、美人さんか……前から思っていたが、ロイドくんはそ、そういう事をさらりと言うな……」

 髪の毛をくるくる指に巻くローゼルさん。

「どうせフィリウスさんの教えとかなんでしょ……」

 エリルがムスッと呟く。

「ま、まぁ……で、でもオレだって思っている事全部言うわけじゃないぞ! 恥ずかしいから。」

 例えばこの前フィリウスに言ったみんなの良い所なんかは問い詰められたりしない限りは言わないだろう。

「そ、そうだな……恥ずかしいな……聞く方も恥ずかしいからな……」

 どこにそういうポイントがあったのか、ローゼルさんだけでなく他の三人もそっぽを向きながら顔を赤くした。なんなんだ?

「まったく、あのゴリラの適当な教えのせいで兄さんが……」

 一人だけ顔色が変わってないパムがプンスカ怒る。

「さ、さて。そろそろ我が家なのだが――一応言っておくぞ。」

 エリルの家が豪華な感じの豪邸なら、ローゼルさんの家は歴史を感じる――やっぱり豪邸だ。

「父さんや母さん、その他諸々の人の前では、わたしはロイドくんの言うところの優等生モードでいるからな。」

「それ、自分で言うのね……」

「習慣となっている猫かぶりなのだから仕方がない。」

 そう言いながら扉を開けるローゼルさん。するとその向こうで一人の男性がオレたちを待っていた。


「おかえり、ローゼル。」


 男性と言っても執事さん的な人じゃ勿論ない。かといって、じゃあこの豪邸の主たる堂々たる格好かと言うとそうでもない。無地の上下をだるーんと着ている無精ヒゲなその人は言うなれば――休日のお父さんだ。

「ただいま帰りました、父様。」

 そんな庶民的な人を父様と呼ぶお嬢様なローゼルさんの組み合わせは妙――というか今「父様」って呼んだのか。

 数秒前に父さんって呼んでいたような……

「紹介しよう、現リシアンサス家の当主でありそしてわたしの父だ。父様、彼らがわたしの友人です。」

「どうもどうも、ローゼルの父です。」

 気の抜けるのほほん笑顔のお父さんがぺこりとお辞儀した。

「? 父様。そういえば――母様は? てっきり、こうして出迎えて下さるのは母様かと。」

「うん? 母さんは出かけているよ。戻ってくるのは明後日か……その次の日だろうね。」

 と、ヒゲをいじりながら答えたローゼルさんのお父さんだったが、ローゼルさんは目を丸くして驚いた。

「母様が!? ですが……その、クラスメイトとはいえクォーツ家の人間が来るというのに母様が顔を出さないというのは珍しいと言いますか……」

「ははは。それは、単に父さんが母さんにその事を伝えてないからだよ。教えてしまったら、母さんはすごく気合いを入れてもてなしてしまうからね。それじゃあ折角のお泊り会が貴族のパーティーになってしまう。」

 そう……エリルの家の時はカメリアさんの都合もあって日帰りだったけど、今日はローゼルさんの家でお泊り会なのだ。

「しかし、友人が泊まりに来る事は話しているのでしょう?」

「それくらいはね。ただ、その友人の中に男の子がいるという事は話していないよ。話してしまったら騎士としての心得だなんだと長い説教が始まってしまうし、その子だけ遊びに来れなくなってしまう。」

「確かに……母様ならそうでしょうね。」

 ここにはいないお母さんについてしゃべる父と娘を見ていたエリルが、軽くため息をついた。

「なるほどね。今のでローゼルの母親がどんななのかわかった気がするわ。」

「えぇ? 今のでか。」

「さっき母親が厳しいって言ってたし……たぶん、当主は父親でも、実際にこの家を運営してるのは母親なのよ。」

「運営って……店じゃないんだから。」

「似たようなモンよ。リシアンサスくらいの名門になれば貴族とかとのつながりも結構あるだろうし、色々とあるのよ……国で言う外交的なモノが。」

 ムスッとエリルがそう言うとお父さんがいやはやと手を頭にまわす。

「お恥ずかしい事ですが、そういう方面は不得手でしてね。妻に任せきりなのですよ。情けない夫で申し訳ない。」

「でも――」

 ローゼルさんのお父さんがどんどんと小さくなっていく中、パムが後ろからひょっこりと顔を出す。

「普通に上級騎士だし、普通に凄腕ではないですか、リシアンサス。」

「! ウィステリアの……! 何故ここに!?」

「自分は、あなたの娘の男友達の妹なのですよ。」

 そう言ってオレを指差すパム。

「そうか。父様は上級騎士ですから、知り合いで当然ですよね。わたしとした事がうっかりしていました。」

「いやいや、別にあらかじめ教えてもらっていてもいなくてもどうせ驚いたよ。しかしそうか……ウィステリアの天才騎士のお兄さんか。それは安心だ。」

「? 何が安心なのです?」

「ははは。娘が帰って来たと思ったら男の子を連れてきたのだ。母さんでなくたって色々言いたくなるというモノだよ。」

 優等生モードながらも少し赤くなるローゼルさん。その横でオレ以外の人がいる時のモードであるキリッとしたパムが腕を組む。

「しかしリシアンサス。別に責めるわけではありませんが……セイリオス学院における友人という事は、王族でなくても同等の名門の可能性もあるわけです。王族がいないのなら顔を出さずとも良いというあなたの奥方は、いささか礼を失している気がしますね。」

「やれやれ、相変わらず年齢に合わない厳しさですね。しかしこれはこれで仕方がないのです。」

 のほほんとしているお父さんが、その時だけ妙に……そう、大切な人を思い浮かべるような優しい顔になった。

「王家の方が来るというくらいの事がなければ……彼女は、娘の友人にどんな顔で接すれば良いかわからないのですよ。」




 騎士の家の中の騎士の家……そんな名門リシアンサス家を見てまわる前に、とりあえず荷物を置きに応接室に来たあたしたちは、あたしたち以外部屋にいないからかコロッといつもの態度に戻ったローゼルの大きなため息を聞いた。

「ここ最近は素でいる事が多かったからな……猫をかぶるのが大変だ。」

「ね、猫をかぶるって言っちゃうのが……ロゼちゃんらしいね……」

 げんなりするルームメイトを見てくすくす笑うティアナは少し残念そうな顔をした。

「でも……ロゼちゃんのお友達として、こうしておうちに来たんだから……お母さんにも挨拶したかったな……」

「よせよせ。さっきの会話だとこの家の為に頑張る母親のような印象だろうが、実際は単なるガミガミ魔人だぞ。学院に来られて良かったと思う一番のポイントは母さんから離れられたこと――」

 そこまで言ってローゼルはハッとし、ロイドとパムを見た。あたしも時々やってしまうこれだけど――

「? いいよ、ローゼルさん。気にしてないから。」

 って、大抵ロイドは言う。

「そ、そうか……」

 それでも何となく――というか一人で勝手に気まずくなったローゼルはあははと笑いながらこんな事を言った。

「し、しかしわたしから見ると母さんはアレな感じだ。父さんから告白して結婚したらしいのだが、しかし一体何に惹かれたのかさっぱりだよ。」

 たぶん冗談のノリでローゼルはそう言ったんだと思うし、あたしもそうだと思ったんだけど――


「そりゃあ、好きになったからだろう。」


 って、真面目に答えたのはロイドだった。

「さっきのローゼルさんのお父さん、そういうところも好きなんだよなぁって顔してたぞ。」

「と、父さんがか? しかしそうだとしたらわたしの父ながら中々に酔狂だな。」

「かもね。でも、他の人からしたら欠点でも、その人を好きな人からしたらチャームポイントの一つになっちゃうっていうのがきっと、好きになるって事――いや、こういうのは後付けか。」

 荷物を置いて、ロイドのくせに妙にカッコイイポーズであごに手を置きながらロイドはキリッする。


「好きな理由を言葉に出来る人はたくさんいると思うけど、『これ』って理由は特にないのに好きになる場合もあるんだよ。強いていうなら『なんとなく』。でもってその人の色んな事が好きな理由になっていく……きっとお父さんはお母さんにひとめぼれしたんだな。」


 似合わない恋愛話なんてのを披露したロイドに――少し……ドドド、ドキっとしたけどそれだけよ! たまに変な事言うわね、この田舎者は!

 って、あたしが心の中で叫んでたらふと目に入ったのはローゼル。

 その時のローゼルは今までに見た事のない顔だった。

「――」

 照れてるわけでも、恥ずかしがってるわけでも……勿論半目でもないし偉そうなニヤリ顔でもない。顔は少し赤くて、でも真っ赤じゃない。

 ちょっと風邪引いたかしらってくらいのほんのり赤いほっぺに少し光った瞳。それだけなら別に大したことない気がするけど……だけど違う。何か、今までとは決定的に違う何かがローゼルの中で起きた――そんな顔だった。

「? ローゼルさん? なんか――表現しにくい顔だけど……大丈夫?」

 それに気づいたロイドが心配そうな顔をすると、ローゼルはハッとして自分の顔を両手で覆った。

「――! にゃ、なんでも――なんでもないぞ! ロ、ロイドくんが変な事言うから……ほ、呆けてしまっただけだ……」

 そのままロイドに背を向けたローゼルは……位置的に近くにいたあたしがやっと聞き取れるくらいの声でこう言った。

「――帰る家を見つけた気分だ――」



 リシアンサスはたくさんの上級騎士を輩出して来た家で、その力をこの国――フェルブランドだけで振るってきた。名門って言っても、何かの縁があって外国の騎士団に騎士を送る家もあるんだけど、リシアンサス家で学んだ者はフェルブランドで騎士になることしか許されてない。うわさだと、この決まりを破った者には当主が直々に引導を渡しに行くとか。

 そんな忠節を持ち、しかも騎士の起源にあるランスとかの長い武器を専門にするこの家は騎士の鑑とか言われて人気が高い。

「へぇー。それでこんなにたくさん人がいるんだな。」

「これだけの規模はそうそうない――って、なんであたしが説明してるのよ。あんたが説明しなさいよ、ローゼル。」

「…………」

 荷物を置いて、とりあえず敷地内を散歩してみようって事で家の外を歩いてるあたしたちだけど、肝心のガイドがさっきから上の空。

「あれ? イメロをもらえるのは学校で勉強した人だけなんだろ? てことはここで頑張っても騎士の証がもらえないってことになるけど……あの人たちはどうするんだ、ローゼルさん。」

「…………」

「ロ、ローゼルさん?」

 ロイドがぼーっとしてるローゼルに近づいて肩を叩くと――


「きゃあっ!」


 って、ローゼルっぽくない変な高さでローゼルっぽくない声をあげた。

「だ、大丈夫? ローゼルさん。」

「な、や、わ、わたしは――大丈夫だ! もちろんだ!」

「そ、そう?」

「す、すまない、ぼーっとしていたよ、ははは! で、な、なんだいロイドくん。」

 挙動不審なローゼルにビックリしながら、ロイドは質問を繰り返した。

「あ、ああ、それか。確かにイメロをもらえるのは騎士の教育機関だけだ。だからここで修行を終えても騎士にはなれない。他の名門も同じくな。」

「えぇ? じゃあどうするんだ?」

「そういう人の為の特別な試験を行っている学校があるから、そこで試験を受けるのだ。年に一回あって――国内一の名門校である我らがセイリオスもそれを実施しているよ。」

「つまり……学校で勉強しなくてもその試験をクリアできればいいって事なのか?」

「まぁそういう事になるが――試験を受ける際に今までどこで修行したか、誰に技術を教わったかを明らかにしなければならないし、学校側でそれが嘘でないかの調査も行われる。一人で修行していましたという者は、あいにくだが試験を受ける事ができない。」

「信用ある人のとこで修行してないと駄目って事か。」

「そうだ。しかもその試験の難易度は普通に入学した者が卒業する時に受ける事になる卒業試験を遥かに超える難易度だと聞く。極端な話だが、ただ騎士になるのであればどこかの学校に入学する方が楽だ。」

「それでも……こうやって人が集まるって事は、やっぱ名門の教えはすごいんだな。」

「実際、そうやって騎士になった人は強いからな。」

「んー? でも、それならどーしてローゼルちゃんはセイリオスに入ったの?」

「ん? そういえばリリーくんには言ってなかったか。そもそも、わたしは騎士になりたいと思ったわけじゃないのだ。この家に生まれたから騎士を目指す事に「なってしまい」、「仕方なく」修行していて――少しでもそんなモノから離れる為になんやかんやと理由をつけて学院に入ったのだ。」

「ひどい志ですね……」

 リリー同様、ローゼルの本音を初めて聞く現役の騎士のパムが眉をひそめた。

「ま、自分も兄さんを生き返らせる為の修行の一つとして騎士になったわけですけどね。誰かを守る為だなんて思ったことありません。」

 ニヤリと笑うパム。

「で、でも今はロゼちゃん、騎士を目指してるんでしょ……?」

「ま、まぁな……」

 照れた顔で――ロイドをチラ見するローゼル。そんでチラ見されたロイドはふと思い出す。

「そういえばフィリウスからリシアンサスの人は長い武器を使うって聞いたけど……あれはなんでなんだ?」

「あ、ああ。それは初代の当主――いや、その頃はただの一騎士だったわけだが、最初の一人が槍の使い手だったからだな。それはそれはとんでもない達人で――」

 そこまで言ってローゼルがにこりと笑った。

「見てみるか?」



 意地悪――というかドッキリをしかけた人みたいな顔のローゼルにつれられて来たのはローゼルのお父さんの部屋だった。

「? どうしたんだい、ローゼル。」

「『あの人』の技を皆に見せたいと思いまして。」

 なんのことかよくわからないあたしたちを置き去りに、ローゼルのお父さんは「ふむ」って顔になる。

「勿論、未来の騎士にあの技を見せてあげたいし、そもそもそういう目的で作られたモノではあるけど……一応リシアンサス家の家宝だからね……」

「家宝!? い、いやローゼルさん、そんな大事な物を見せてもらうわけには……」

 ロイドがわたわたしていると、それを見た――というかロイドを見てローゼルのお父さんが何かを思い出したみたいにポンと手を叩いた。

「! そういえばロイドくん――は、曲芸剣術の使い手だとローゼルから聞いている。よし、それを見せてもらう代わりというのであれば等価値だろう。」

「と、等価値!? オレのあれがこの家の家宝と!?」

「かつてのとある騎士が生み出した技術という意味では同じだよ。それを使える者が今はいないという点でもね。」

 椅子に座ってたローゼルのお父さんはスッと立ち上がって軽く腕を振った。そしたら、たぶん袖に忍ばせてたんだろう――二十センチくらいの棒が出てきてそれを掴んだ。

「『あの人』の技は、もはやあれでしか見ることが叶わず、そして曲芸剣術は……記録はあるものの使える者が一人もいなかった。生で見ることができるならあれに釣り合うとも。さ、ロイドくん、外へ出ようか。」

「! 父様、まさか……」

「部屋の中でするわけにはいかないだろう?」



 というわけでいきなり……リシアンサス家現当主と田舎者代表ロイドの手合せが行われる事になった。

 軽く戦えるように整備されてる敷地内の一角で向かい合う二人。しかも、当主が戦うって事でその時近くにいた弟子たちが勢揃いして結構なギャラリー。

「すまないね。皆にも、歴史上最強と言われる《オウガスト》の剣術を見せてあげたいのだ。」

「そ、そこまでのモノじゃあないんですけど……」

 二本の剣を手にしたロイドの前にはさっきの棒を手にしたローゼルのお父さん。だけど構えた瞬間、その棒からキリ状の刃……っていうよりは針? が飛び出した。やり投げ用の槍っていうか、大きなアイスピックっていうか、そんな感じのちょっと変わった武器だった。

「リシアンサス! 兄さんにケガの一つもさせたら許しませんからね!」

「やれやれ、それでは手合せができないではないか。」

 苦笑いのローゼルのお父さんにペコリと一礼して、ロイドは剣を回し始めた。

「これは……いや、驚いた。人間、それだけに注力すればそんなに美しく剣を回せるようになるのか……」

 なんていうか、ロイドがやる回転は見る人が達人であればあるほどに驚かれるような気がする。あたしなんかは「すごいなぁ」くらいにしか思ってないんだけど……あの回転はレベルが違うらしい。

「ふっ。」

 ロイドが短く息を吐くと、二本の剣はその手を離れて宙に浮く。そしてくるくると、回転しながらロイドの周りを回転し出す。

「兄さん、これも。」

 パムがパンと手を叩くと、ロイドの足元の地面からズズッと……剣の形をした砂がせりあがった。

「曲芸剣術を見たいのであれば、その真髄を見るべきでしょう? ならば剣は多い方がいいですから。いいですね、リシアンサス。」

「構わない。というかありがたい。あいにくこの家には剣がないからね。」

 砂で出来た剣……普通の剣とは勝手が違うんでしょうけど、ロイドはこくりと頷いて――まるで演奏を始める前の指揮者みたいに両手を挙げた。すると地面からはえてきた剣が宙に舞い、回転を始める。初めの二本を合わせて剣は合計十本――

「え? ちょっとロイド、あんた剣が増えてるじゃない。」

 思わずそう言うとパムが――ちょっと偉そうに答えた。

「兄さん、体術や剣術――まぁ回転ですけど、そっちはかなりのモノなのに魔法がまだまだでしたから、自分が色々指導したのです。クォーツ家にお邪魔するまでの一週間の間に。」

「あんたが……?」

「兄さんとは逆に、自分は魔法の方をメインに鍛えた口ですからね。もっと効率の良いマナの使い方や風を操る際のイメージ、その辺りにアドバイスをしたのです。結果、操ることのできる剣の本数が増えたわけです。」

「……ま、上級騎士が直々に指導したんなら納得ね。」

 ……魔法に関してはあたしが色々教える役だったのに――って、別に誰が教えたっていいわよ!

「ただ……」

 ふっと、パムが難しい顔でこう言った。

「自分にはあれ以上増やす事が出来るとは思えないのですよね……」

 パムの呟きの直後、ロイドが消え――た!?

 キィンッ!

 ハッとして見ると、迫りくる回転剣をアイスピック――えぇっと一応槍か。槍で弾くローゼルのお父さんが見えて、その上、空中にロイドがいた。でもそのロイドはまたふっと消える。

 あの消え方は見た事がある。前に《ディセンバ》との模擬戦でやった風による高速移動。ワイバーンを殴る時にもやったあの移動方法がさらに速くなってる。

「……あれもあんた?」

「そうです。兄さんは……特別魔法が上手なわけでも、あなたのような魔法に恵まれた体質というわけでもありません。ですが魔法を使ってやろうとしている事に少しでも『回転』の要素を組み込めるなら、兄さんは常人以上にそれを使いこなします。イメージがモノを言う魔法において、兄さんの『回転』に対するそれは――言ってしまえば異常ですから……使い方さえ指導すればこの通りです。ちなみに、もう空も飛べますよ。」

 たった一週間……でもってあたしの家に来てから今日まで四日。ほんのちょっと会わなかっただけで、ロイドは一段階強くなってる。目指す騎士に近づいてる。

 前にロイドは言った。同室になるなら、他の誰よりも騎士を目指してる人がいいって。だからあたしが同室なのはいいことだって。

 それはあたしもそうだ。色んな技術を教えてくれるし、すっとぼけた顔のくせにしっかりと騎士を目指すロイドみたいのがルームメイトで良かった。

 でもってそんな相方は今日もまた、一歩騎士に近づいてる。

 負けられないと思える。

 頑張ろう、あたし。

「……なにを嬉しそうな顔をしているのですか?」

「! なんでもないわよ!」



 結局、ローゼルのお父さんに魔法の一つも使わせる事ができなかったロイドだったけど――

「正直冷や汗ものだったよ。魔法の方がまだまだだったが……逆に言うとそれだけ伸び白があるという事だ。剣があと二本も増えたら――いよいよ魔法に頼らざるを得なかっただろう。」

 って、ローゼルのお父さんが褒めた。

 さっきの部屋に戻って来たあたしたちは――曲芸剣術を体験できてそんなに嬉しいのか、ウキウキしてるローゼルのお父さんが持ってきた小さな箱を見下ろしてた。

「これが我がリシアンサス家の家宝だ。」

 そういってローゼルのお父さんが箱を開けたんだけど……中に入ってたのは途中で折れた木の棒だった。

「……どんなすごいのかと思ったら……なぁにこれ?」

 露骨にガッカリするリリー。

「ははは。この棒そのものにはガラクタ――いや、ごみとしての価値しかないとも。しかしこれに込められている記録が宝なのだ。」

「? じゃーこれマジックアイテムなわけ?」

「その通り。その昔、初代の技を後世に伝えようと彼の友人だった騎士がとある一戦を映像としてこの棒に記録したのだ。……棒と言うか、一応は槍だったのだけどね。さ、手を出したまえ。」

 言われてあたしたちはリシアンサス家の家宝というごみの上に手をかざした。


「これが、史上最高の槍の使い手だ。」


 直後、視界がどこかにとんだ。部屋の中じゃなくて外。この家の敷地じゃないどこかの荒野。

 自分じゃない誰かの視界……その真ん中にいるのは一人の男。どこにでもありそうな普通の槍を手にした背の高いその人物の前に立つのは――巨大な魔法生物。二……三メートルはある熊みたいなその生き物と男の距離は数メートル。

 本当に視界だけで音はない。だから何がキッカケで戦いが始まったのかわからないけど……突然両者はその距離をつめた。

 その魔法生物は……まるで熟練の格闘者みたいな動きで男に迫った。あの巨体でそんな動きをされると人間じゃどうしようもない気がする。だからたぶん、男は魔法で応戦する。そう思ったんだけど、男は槍だけを手にそれに向かって行った。

 そこから先は……時間にするとほんの数秒だったと思う。

 魔法生物をある一定の距離から先には一歩も近づけず、振り回される巨大な腕を避けたり防いだりせずに全て貫き、そうして生まれるスキを逃さずに急所と思われる場所に神速の一撃を刺して槍を構え直す。

 曲がった軌跡を一切描かず、ただただ真っ直ぐな一撃が空気に溶けてなくなってしまったのかと思うくらいの滑らかさと、相手が血を流す事でやっと攻撃をしたのだとわかるくらいの速度で放たれる。

 気づけば、その男は最初の一撃を放った場所から一歩も動かずに魔法生物を倒してしまった。


 いつの間にか、視界に映るのはかざしてる手。記録の再生は終わった……だけど、頭の中で焼き付いたみたいに繰り返される槍の軌跡。

 『突く』……その攻撃方法の頂点だと確信できるその映像はしばらく頭の中で再生され続けて……我に返った頃にはソファーに沈みこんでお茶を飲んでた。

「すごかっただろう。幻術を見せられたわけでもないのに頭があの技に魅了される感覚……つまり、あれこそが――というわけだ。どうだい、リシアンサスの家宝の実力は?」

 自慢げに笑うローゼルのお父さん。そして同じくニッコリ笑う優等生モードのローゼル。

 初めてのモノに混乱するあたしたちの中で、最初に口を開いたのはロイドだった。

「すごいモノを見せてもらいましたけど……オレじゃあこの経験を活かせない気がしますね。」

 残念そうにするロイドに、ローゼルのお父さんが頷いた。

「確かに……曲芸剣術にはそうかもしれないな。」

「? どうしてです、父様。」

「先ほどの手合せで気づいたよ。曲芸剣術では剣で行う事の出来る攻撃の……ある一つを使用不可能にしてしまうのだと。わかるかい、ローゼル。」

「……もしかして……いえ、そうですね。曲芸剣術では――『突き』ができません。」

「その通り。『あの人』の技とは真逆の性質なのだよ、曲芸剣術は。しかし――」

 ローゼルのお父さんがポンとロイドの肩に手を置いた。

「それ以外の何か――具体的にこれとは言えないが、全くの無意味にはならないとも。どこかで役立つ時が来る。」

「……はい。」

「……ところでだがロイドくん。」

「はい?」

「今の《オウガスト》の弟子という話をローゼルから聞いているが本当かい?」

「はぁ……フィリウスが《オウガスト》っていうのを知ったのは最近ですけど。」

「ほう。では――少し失礼な言い方をするが、そんな、騎士の世界で言えば将来の活躍が大いに期待できる若者である君が遠い田舎の村の出身というのも本当かい?」

「は、はい……もう……ないですけど。」

「父様!」

「や、これはすまない。しかし大事な事なのだ。ロイドくん、もう一つ確認させてくれ。」

「……?」

 なんでか突然真剣な顔でロイドに質問を始めたローゼルのお父さんは最後にとんでもない事を聞いた。


「君には将来を誓い合った女性はいるのかい?」


「父様!? な、なにを聞いているのですか!」

 その質問にあたしたちはかなり動揺した。一体どういう意味で聞いたのか――というかロイドの答えは……?

「そ、それって結婚する人って事ですよね? い、いませんよそんな人……」

「なるほど……」

「何がなるほどなのよ!」

 あたしがそう言うと――だけど相変わらずローゼルのお父さんは真面目な顔で答えた。

「貴族や王族であれば、次の世代を担う者――つまり自分の子供の結婚相手というのは家柄を重視するモノだ。自分の家をさらに反映させる為に、今の自分たちよりも高い地位の家を選んだりする。王族であれば、より広い領地を持った他国の王子や王女といった具合に。」

「そ、そうだけどそれがなんなのよ。」

「いえ、そちらは問題でなく、話は騎士の世界ではという事です。」

「騎士の? 騎士だって――例えばこの家だったら同じくらいの名門とつながりたいと思うものでしょ? 同じじゃない。」

「少し違います。結婚相手に名門の子を選びたいのは、その子が名門の子だからではなく、名門故に強いからです。」

 ローゼルのお父さんは思わず立ち上がったあたしたちとは逆に深く座り込んで難しい顔で目を閉じた。

「全ての騎士の家系が家柄の維持に力を入れているわけではありません。真に愛した相手と結ばれて欲しいと我が子に願っている者もいるはずです。しかしできれば強い方と結ばれ、強い子を生み、家を大きくして行って欲しいと思う者もいれば、単純に強い者でなければ結婚したくないという騎士もいます。男女問わずにね。」

「……なぁんか、ローゼルちゃんのお父さんの言いたい事がわかってきたよ……」

「なによ、どういう事よ。」

「今のロイくんの状況を言葉にするとさ……十二騎士の一人の《オウガスト》の唯一の弟子で、歴代の《オウガスト》の中でも最強って呼ばれてる人の剣術を使えて、しかももう、一年生でA級犯罪者を撃退したっていう実績がある。その上騎士の名門のリシサンサス家の娘や、王族のクォーツ家の娘と知り合いで……妹は天才上級騎士。」

「そ……そうね……」

「で、これがミソなんだけど、そんなすごいロイくんなのに出身は普通。高貴な生まれでもないし、名門でもないし……もちろん許嫁もいない。つまりロイくんは……」

「オ、オレは……?」


「誰にでも手が出せるのに価値はすごく高い、超お買い得商品って事だよ。」


 お買い得商品……まぁ、リリーだからそういう表現なんだろうけど……変な言い方をすると、ロイドと結ばれればかなり高い確率で将来安心……的なことよね……

 そういえば、この前フィリウスさんが素っ裸で女子寮に来た時、ロイドが来たらみんな安心してて……他の女の子たちから結構信頼されてる感じだったわ。ローゼルの話じゃそこそこ人気もあるらしいし……そういうことなわけ……?

「と、父様もそう思っているのですか……?」

 ローゼルがおそるおそる聞くと、難しい顔をコロッと柔らかい表情に変えてうんうん頷いた。

「きっと母さんも許してくれるだろう相手だ。二人にその気があるならお父さんも良いと思うけれど……」

「な! 何を言っているのですか、父様!」

「おや……そんなに顔を赤くするローゼルは初めて見たね。学院に入って随分女の子っぽくなったのだなぁ……」

「――!!」

 優等生モードが崩れそうなローゼルは、顔を赤くしたまま部屋からダッシュで出ていった。

「……ローゼルちゃん、これで家族への紹介も済んで許可ももらって……壁になりそうなモノを全部クリアした状態だね……」

「きょ、許可ってなによ!」

「ロ、ロイドくん……ロゼちゃんと……?」

「あの、オレの意見は……」

「うん? ロイドくんには意中の相手がいるのかい?」

「えぇっと……秘密です……昔恋愛マスターからそうするべきだと言われて……」

「?? まぁ、無理に聞きはしないが。好きに青春するといい。私と母さんもそうだったからね……」




 いつの間にかローゼルさんの両親の青春の思い出話を聞かされたオレたちは、走って行ったローゼルさんを探す事にした。とりあえずローゼルさんの部屋の場所を教えてもらい、そこへ向かう。

「そういえば……この前はカメリアさんに捕まって色々やってたせいでエリルの部屋を覗き忘れたな。」

「な! あ、あたしの部屋なんて見てどうしようって言うのよ!」

「どうって……単にどんな部屋か気になっただけだけど……」

「あたしの部屋ならいつも見てんでしょ!」

「えぇ? あれはエリルの部屋と言うかオレとエリルの部屋で……」

「人の部屋の前で何をやっているのだ。」

 ドアの前でエリルとそんなやりとりをしていたらぬっとローゼルさんが出てきた。

「ロ、ロゼちゃん大丈夫?」

「だ、大丈夫だ。さっきは――父さんがあんなことを言うから驚いてしまっ――」

 ふとローゼルさんと目が合う。するとローゼルさんの目が丸く見開かれ、直後ものすごい早さでドアが閉まり、がちゃりと鍵がかかった。

「えぇ? ちょ、ローゼルさん?」

「もー、めんどくさいなー。」

 そう言いながらリリーちゃんがオレの手を握る。すると景色が一瞬で変わり、目の前にベッドにくるまるローゼルさんが見えた。

「ななな! 位置魔法とは卑怯だぞ!」

「ほら入ってー。」

リリーちゃんが内側から鍵を開け、結局全員がローゼルさんの部屋の中に入った。

 豪邸の一室という事で結構広い。寮の部屋くらいは普通にありそうだ。

 寮の時と同じでだいたいが青色。ベッドがあってテーブルがあってタンスやらクローゼットがあって――ていうかデザインが違うだけで寮と大して変わらない。違うところは――んまぁ、棚とかが多くて本とかもたくさんあるってくらいか。

「こ、こら! 人の部屋をじろじろと見るな!」

 ボケッと立っていたオレにベッドの中から飛び出したローゼルさんが飛びかかる。さっきまでの優等生モードのローゼルさんからは想像できない――目をぐるぐるマークにして顔を真っ赤にしたローゼルさんの突進を、頻繁にこうやって襲い掛かって来るエリルの相手をしている事で慣れているオレはその勢いを殺して受け止めた。

「ふっふっふ。甘いぞ、ローゼルさん。」

 と、してやったりの気分で言ったのだが……よく考えるとそれはローゼルさんを抱きとめる事になっていて、つまりオレはローゼルさんを軽く抱きしめ――

「は、離れなさいバカ!」

 直後真横から迫ったエリルのパンチを受け、オレはローゼルさんを残して殴りとばされた。

「痛い! エリル、今の結構本気だっただろ!」

「当たり前よ! な、なにしてんのよ!」

「え、あー……い、いや確かに思ってたのと違う感じになったけど――ロ、ローゼルさん! そ、そんなつもりじゃあ――」

「……」

 オレから離れたローゼルさんはペタンと座り込んでこっちを睨んでいた。

「ロ、ローゼルさん? お、怒ってますか?」

「……怒ってなど……いないさ。ロイドくんがそういう人ではない事を知っているし――時々こうなることも知っているよ……」

「……ごめんなさい……」

「ああ……」

 ふらりと立ち上がったローゼルさんは深呼吸を二、三回してむんと両手を腰にあてた。

「さて、ここがわたしの部屋だ。別に変わったモノはないだろう?」

 スイッチを入れたみたいにいつもの感じに戻るローゼルさん。

「む、難しそうな本がいっぱいあるね……ロゼちゃんって読書好きなの? そういうところあんまり見た事ないけど……」

「嫌いではないが好きでもないな。それに、あの難しそうな本の半分はカバーをかぶせただけの漫画だ。」

「なぁにそれ。エッチな本を隠す男の子みたいだね。ねぇ、ロイくん。」

「ちょ、変なふりをしないでよ……」

「ははは。ロイドくんは、そういうのを隠すのが下手そうだ。」

「そうですね。兄さん、嘘つくの下手ですから。」

「う、上手いよりはいいだろぅ……」

 みんなに生温かい顔で笑われるオレはふと窓際に立った。

「おお。庭――っていうのかな? 訓練するとことかがよく見える。……ホントに全員長い武器を振り回してるな……」

「正しく言うと、棒状の持ち手の武器だがね。棒の先っぽに刃物がついていたりトゲ付き鉄球がついていたり、むしろ何もついていなくてもいいのだが、例えば身長を超えるような長い剣の使い方などは教えていない。」

「つまり――両手で、しかも左右の手をある程度離して持つような武器ってことよね……まぁ、初代のリシアンサスがあんなんだものね。」

「す、すごかったね……まだ……なんか頭に残ってるよ……」

 銃使いのティアナが槍を構えるような仕草をした。それを見てふと思う。

「そういえば、ティアナはペリドットがあるわけだから他の人よりもあの技がはっきり見えたんじゃ……?」

「み、みんなと変わらないと思うよ……も、元々あの映像ってあの人の友達が見てる光景を、ま、魔法で記録したモノだから……」

「粗い写真をいくらズームしても粗いだけという事ですね。」

 パムのわかりやすい例えに納得しながら外を眺める。さっきあの辺を歩いた時は男の人にしか会わなかったけど、ちゃんと女の人もいる。

「……ホント、騎士は男女どっちも同じくらいいるんだなぁ……」

「今更なに言ってるのよ。」

「いやさ……やっぱり遠くの方の村とか行くと男が戦って女を守るって形がまだまだ一般的だからさ……そういうのを見てきたオレには――もうそうじゃないってのは知っているんだけど不思議な気分だよ。」

「で、でもあ、あたしは……絵本みたいな、お姫様と騎士様みたいの……いいなって思うよ……?」

「だそうだぞ、お姫様。」

「知らないわよ。そういうあんたはどうなのよ。ここにいる連中からはお嬢様って呼ばれてたじゃない。」

「そーだね。『水氷の女神』のローゼルちゃんだし、ローゼルちゃんの事大好きになっちゃってる騎士見習いもいるんじゃないのー? 将来、自分はローゼルちゃんを守る騎士になるんだー的なさ。」

「さてな。そんな事を言ったら、学院で大人気の『商人の女の子』たるリリーくんにも、いつもムスッとしている一人ぼっちのお姫様だったエリルくんにも、外見に似合わず大きな銃を担いでいるティアナにも、天才上級騎士たるパムくんにも、大好きになっちゃってる人はいるかもしれないだろう?」

「……あたしだけ悪口なのは気のせいかしら?」

 エリルがムスッとした顔でムスッと呟く。

「という事は、オレにもいたりするのかな。」

 と、別に変ではないはずの一言を口にした途端、全員が微妙な顔でオレを見た。

「えぇ? なんだその顔は……」

「兄さんの事は自分が大好きですからそれで満足してください。」

「ど、どういう満足だよ……」



 リシアンサス家の散策もしたし、家宝も見せてもらったオレたちはいつもやっているみたいにおしゃべりをした。せっかくのローゼルさんの家のローゼルさんの部屋だけど思いつく事はやり切ったし、あとする事と言ったら家を話のタネにローゼルさんの話を聞くくらいだった。

 そんな感じで話していると時計はいつもよりも早足でくるくる回り、ローゼルさんが両親に内緒で漫画を買いに行った時の話を聞き終えた辺りでメイドさんがオレたちを夕飯に呼びに来た。

「ここのメイドさんも――やっぱり強いのか?」

「メイドさんに興味津々だな、ロイドくん。」

「誤解を招く言い方をしないで下さい……」

「ふふふ。この家の使用人は普通の使用人だよ。つまり、戦闘技術は持っていない。ま、敷地内に騎士を目指す者がわんさかいるのだから必要ないというのが本音かな。」

 かなり長いテーブルに並んで座り、豪華な夕食に思わず「おお!」と言ってしまったオレは隣に座ったパムにため息をつかれながらいただきますをした。

「いやはや。クォーツ家にお邪魔した後となると質素に見えるかもしれないな。」

「そんな事ないです。美味しいです。」

「そうかい? そういえばロイドくんはずっと旅をしていたのだったね。普段はどんな食事を?」

「それはわたしも興味がありますね。」

「興味を持たれても……食事って言うほどちゃんとしたのは稀で、大抵は釣った魚を焼いて塩ふって食べたり、リンゴかじったり、パンを頬張ったり……料理はほとんどしないでそのまんま食べてましたよ。」

「なるほど。しかし《オウガスト》殿と言えば大層な酒好きとして有名だが……君も飲まされたりしたのではないか?」

「まぁ、一度だけ。でもオレはお酒に弱いみたいでグデングデンに酔っぱらっちゃいまして。それ以降、フィリウスがオレにお酒を飲ませる事はなくなりました。」

「それは不幸中の幸いだね。若くして飲兵衛の出来上がりでは将来が心配というものだ。さて、話は変わるが――」

 親というのは、自分の目の届かない所で子供がどんな風に過ごしているのか気になる性分のようで……んまぁ、エリルの場合はお姉さんだったけど、カメリアさんと同じようにローゼルさんのお父さんも学院でのローゼルさんの暮らしを聞いてきた。

 ちなみに、今回主に答えていたのはルームメイトのティアナで……初めて会った時の印象だとか、オレは見た事が無いクラス代表の仕事をしている時の様子だとかを話していた。

 そして――んまぁ、当然と言えばそうなのだが、この国一番の騎士の学校であるセイリオス学院のOBでもあるローゼルさんのお父さんは、学院の話を聞きながら懐かしそうな顔をする。

「そういえば、夏休みが開けたらランク戦ではないか。やれやれ、懐かしいな。実は母さんと最初に出会ったのも――」

「ランク戦――大体の事は聞いていますけど……父様、どのような事をするのでしょう?」

 出会いの物語を娘にバッサリと聞き流されたローゼルさんのお父さんは、少ししょんぼりしながらローゼルさんの質問に答えた。

「学年ごとに行われる全員参加のトーナメント戦だよ。初めの数戦は学院の色々な場所で行われ、準決勝――かその前辺りから闘技場で戦うこととなる。ランクはA、B、Cの三段階で、勝利した回数でランクが決まるのだ。」

「じょ、上位の人がAランクってこと……ですね……」

「ふぅん? でもそれじゃー、初戦がすっごい相性悪い相手だったら、ホントは結構強いのにCとかになっちゃうかもしれないんだね。」

「それは確かに。しかしチャンスはもう一回あるからね。それまでに苦手を克服しなさいという意味合いもあるのだ。」

「あれ? でもさー、学年ごとって事は三年間同じ連中とランクを競うって事?」

「基本的にはね。ただAランクになった者は上の学年のトーナメントへの参加権を手にするから、希望すれば一年生の二回目のランク戦の時期に三年生の――実質最後のランク戦に混じる事ができる。お勧めはしないがね。」

 強くなるには強い奴と戦うのが一番だとフィリウスは言っていたけど……セルヴィアさんが言っていたように、一年や二年の差っていうのはたぶん相当大きい。しかもセイリオス学院というトップレベルの騎士の学校における一年や二年……ローゼルさんのお父さんの言ったチャレンジは半分無謀かもしれない。

 しょんぼりからだんだん回復し、そして少し楽しそうな顔になるローゼルさんのお父さん。

「他の学校がどうかは知らないが、セイリオス学院は一年生の二学期から始まると言ってもいいくらいだよ。」

「えぇ? 二学期から――授業とかが本気になるって事ですか?」

「ふふふ。一年生の一学期はあの学院の――空気と言うのかな。そういうものに気づきにくいのだよ。しかしランク戦を終え、みんなのランクが出ると――ようやくセイリオス学院へようこそという感じになる。」

 イマイチ意味がわからず、オレは前にエリルから聞いた事を思い出す。

「あ、そういえばランクでクラスが分かれるって聞きました。それの事ですか?」

「うん? それは少し語弊があるね。今ロイドくんたちが在籍しているクラスが解体されるような事はないよ。ただ、ランクに合わせて授業内容が変わるからその時だけ別の教室に行くというイメージかな。」

「そうなんですか。てっきりAランクのクラスとかができるのかと。」

「兄さん。そんな事したらダメな騎士が出来上がりますよ。」

 黙々と食べていたパムがふと口を開いた。

「上級中級下級と、騎士もランクがついていますけど、国王軍はそれら全てを含めて国王軍です。下級騎士と言えど、得意分野に限定したら上級騎士を遥かに超えるという場合もありますしね。」

「その通り。上位のランクを得た者に求められるのはランクに見合った強さは当然として、それよりも下のランクの者たちが最大限の力を発揮できる場所を作り上げるという事だ。だからセイリオスもクラスを分けはしないのだろうね。」

 なるほど。言われてみればそうか。

「私が言いたかったのはそれの事ではなくてね。そう……例えばAランクというのはランク戦の上位……はて、何名だったかな。とにかく限られた者にしか与えられない称号だ。時に現役の騎士と共に任務についたりもするそんな者たちは――学院に名が知れ渡る有名人となる。」

「有名人……ですか。」

「そうだ。強くてカッコイイとか、美しくて優雅とか、そんな感じにファンクラブが出来上がったり、委員会から誘いが来たりと面白い事になる。そういう青春溢れる若者の空間が一年生の二学期、ランク戦終了後から始まるのだ。」

「ははぁ。でもそれならローゼルさんにはそういうの、もうありそうだな。『水氷の女神』だし。」

「ご謙遜ですね、『流星の指揮者』殿。」

「……? え、えぇ? それオレ?」

「元々そういう校風だというなら納得です。A級犯罪者を撃退し、《ディセンバ》に一瞬とは言え本気を出させたロイドくんに二つ名の一つもないわけがありません。」

「オ、オレそんな風に呼ばれてるのか?」

 思わずエリルを見ると、ムスりを一・五倍くらいにした。

「もしくは『コンダクター』。あんたの、回転する剣を操る姿でそう呼ばれてるのよ。」

「知らなかった……は、恥ずかしいな……」

 口で言う以上に恥ずかしい。だからそんな恥ずかしさを紛らそうとローゼルさんのお父さんを巻き込んだ。

「ち、ちなみにローゼルさんのお父さんは――Aランクでしたか? 二つ名とかは……」

「一年生の頃はBだったかな。二年と三年はAだったね。二つ名は『シルバーブレット』。」

「ブレ――え、弾丸? 槍使い……ですよね……?」

「ああ。しかし私の槍は見た通り特殊なモノでね。」

「リシアンサスの槍は伸びるのですよ、兄さん。それこそ弾丸レベルの速さで。」

「それは怖いな……」

 なんというか、さっきの手合せもかなり余裕が見えたし……こんな優しそうなお父さんが実際ものすごく強いというのは納得できるけど……底が見えない強さだな……



 夕食を終え、当たり前のように出てきた食後のお茶を飲んだ後に残っているイベントは……んまぁ、お風呂しかない。

 しかし……友達の家に行く度にその家のお風呂に入るというのは普通なのだろうか。そんな事を思いながらオレは一人、広いお風呂に入っていた。

 エリルの家でカメリアさんが言っていたように、確かに……みんながあっちでわいわいお風呂していると思うと一人ぼっちは寂しいが、こればっかりは仕方がない。仕方がないのだが――実際、旅をしていた七年間は大抵傍にフィリウスがいたから、一人のお風呂というのはレアだった。

「……こんなに広いと余計にアレだなぁ……」

「広いお風呂は嫌いかい?」

 独り言のつもりが誰かが返事をした。

「! ローゼルさんのお父さん!」

「やぁロイドくん。ご一緒して良いかな?」

 腰にタオルを巻き、柔らかく笑うローゼルさんのお父さんだったが、その身体は――なんというかすごかった。

 服の上からでは目立たなかった凄く引き締まった筋肉と、ところどころにある傷痕。歴戦の勇者の風格が漂っている。

 だけどお湯につかり、首から上だけをのぞかせたローゼルさんのお父さんはただのお父さんにしか見えなくなった。

「一つ、男同士の裸の付き合いといこうではないか。」

「はぁ……」

「ずばり、娘のローゼルとはどんな関係だい?」

「どんな!? ロ、ローゼルさんには良くしてもらっていまして、えーっと……友達というか戦友というか――お、お世話になってます!」

「ふふふ、お世話になっているのは果たしてどちらなのやら。君の指導のおかげでローゼルも随分と強くなっているようだし。それに、どうやら君はローゼルに素敵なモノを与えてくれたようだ。」

「えぇ? オ、オレがですか?」

「ああ。誰にでも与えられるモノではなく、誰にでも手に入れられるわけではないというのに、きっと人生には必要不可欠なモノだ。ありがとうロイドくん。ローゼルは立派に女の子をしているようだ。」

「??」

「私もね、母さん――ああ、つまり妻からそれをもらったのだ。一生をかけて返そうと思っているよ。」

「は、はぁ……」

 ぼんやりと返事をすると、ローゼルさんのお父さんは――たまにローゼルさんが見せるいたずらっ子のような笑顔でこう言った。

「さっきも言ったが、とりあえず私は――君にお義父さんと呼ばれても構わないからね?」

「おと――えぇ!? で、でもそれはオレが――いや、ローゼルさんが――!!」

「我が娘ながら美人に育ったし、武も魔法も才能がある。礼儀も正しいし――どうだい?」

「ななな、なにを言ってるんですか!」

 じたばたするオレを見て笑うその姿はまるでローゼルさん。さすが親子だ……

「ま、いずれその時が来るだろうから、その時に決断してくれたまえ。良い返事を期待するよ。」

 いたずらを成功させて一人笑うローゼルさんのお父さんは、再び穏やかな顔になる。

「さて、今の話もメインだが、もう一つ話しておきたい事があったのだ。」

「な、なんですか……」

「確かローゼルや君たちはアドニス教官の指導を受けているのだったね?」

「え、あ、はい。」

「という事は、技名をつけろと教わっただろう。」

「はい……その方がイメージが強くなるとか技の出が早いとかで。」

「ふふふ。私もその教えを受けた一人でね。初めの頃は恥ずかしさがあったが――慣れると気分が良いものだ。」

 教えを受けた? 先生よりも年上に見えるローゼルさんのお父さんが? やっぱりすごい人なんだな……先生。

「名前というのはそのイメージをより鮮明にする。だから君に教えておきたかったのだ……『あの人』の槍の名前を。」

「『あの人』……初代のリシアンサスさんですか? え、槍の名前? 本人ではなくてですか?」

「そうだ。『あの人』の名前を覚えてしまうと、あの槍の技術は『あの人』のモノだというイメージがついてしまう。それはつまり、自分にはできないという考えにつながってしまいかねない。名前の力がマイナスに働くパターンだね。」

「……槍の名前ならそうはならないという事ですか?」

「『あの人』の槍……気づいただろう?」

 オレはリシアンサス家の家宝に記録された技を繰り出していた槍を思い出す。

 伝説の槍だとかそういう風じゃない……どこにでもある一般的な槍。

「なんていうか……あの技に釣り合わない普通の槍と言いますか……」

「その通り。あれは大量生産された……軍の支給品のようなモノだ。いや、それよりも質素かもしれない。戦いとは無縁な国民でも簡単に手に入る。」

「もしかして……あれですかね。特別な槍を使っていると、もしもそれが壊されたら実力が発揮できなくなるから――あえてそういうどこにでもある槍を使ったとか……」

「そう考えた者も多かったがね。『あの人』の理由はそうではなかった。」

「一体どんな……」

「あの槍はね。『あの人』が小さかった頃、父親から渡されたモノだったのだよ。これで家族を守れとね。」

「家族を……」

「詳しい事はわからないが、父親は何かの理由で死地に赴いたのだ。魔法生物の討伐か、敵軍への応戦か……とにかく、『あの人』の父親は槍を渡した後、すぐに他界した。」

「それは…………そうか。そういう槍だと言うのなら……使い続けるのもわかります。」

「ああ。そして『あの人』は、最低の性能でありながら最も重たい使命を刻まれたその槍で己を磨き、あの域に達した。中にはその貧相な装備を笑う者もいたそうだが……少なくとも、当時の槍使いであの武器を笑った者はいなかったという。そしてこう伝えた……あの槍こそが『あの人』の象徴であり、魂であると。ならばあの槍にはそれ相応の名がついて然るべきだと。」

「名前ですか。」

「そうだ。彼らは、あのどこにでもある普通の槍をおとぎ話に登場する伝説の槍の名前で呼んだのだ。『神槍・グングニル』と。」

「グン……グニル……」

 その名前を呟くと同時に、オレの頭の中で再生されるあの軌跡。全てを貫く一撃……あの槍の名前は……グングニル……

「その名前と共に『あの人』の技を覚えておいてほしい。神の槍は、きっと君を強くする。」




 またこの面子でお風呂に入ってる。今度はお姉ちゃんやアイリス、セルヴィアとかはいないけどまたこの五人。

「またというか、エリルくんの家で入ったことがどちらかと言うとイレギュラーだったのだが。」

「汗かいたんだからしょうがないでしょ……」

「この後はこの前みたいなパジャマパーティーだね。そーいえばボクたち、今夜はどこで寝るの?」

「客間に用意した。わたしもそっちに行くつもりだよ。枕投げというのをやってみたいモノだ。」

「ロイくんも一緒?」

「な、なに言ってんのよ! ロイドは別の部屋でしょ!」

「何を焦っているのだエリルくん。いつも一緒の部屋で寝ているだろうに。」

「い、いつもロイドくんだけ別だと寂しいから……お布団並べて寝るくらいなら……いいと思うけど……」

「人の兄をどうするつもりですか、あなたたち……」

 いつもと変わらない会話にパムが加わったあたしたちのおしゃべりが始まったんだけど、それをコホンってわざとらしい咳払いでローゼルが止めた。

「ところで――ちょうどいいので一つ皆に伝えて置く事があるのだ。」

「なによいきなり。」

 大事な事を聞くような態勢でもなかったあたしたちは――そんな状態でこんな一言を聞いた。


「わたしはロイドくんが好きだ。」


 ………??

 え、今……

「勿論、男性としてだ。わたしは今――ロイドくんに恋しているのだ。」

 たぶんあたしだけじゃない、ローゼル以外の全員の頭をしばらく止めたローゼルの――告白。そんな止まった空気を動かしたのは――


「どういう事かな、ローゼルちゃん。」


 ローゼルがたまにやる笑ってない笑顔でリリーがローゼルを――たぶん、睨みつけた。

「ボク言ったよね? ロイくんを見つけたのはボクが先だって。ボクが先に好きになったんだって。」

「ああ、聞いたよ。ついでに、もしも敵対するようなら覚悟しろとも言われたな。」

「そうだよ? ボクからロイくん盗ろうっていうなら容赦しないからね?」

「ふふふ。随分と怖い事を言うな。だが――悪いなリリーくん。この前はあいまいにしてしまったが今ならはっきりと言える。わたしも本気だ。」

「ふぅん?」

「だからわたしも、リリーくんがそういう手を使うというなら容赦はしないさ。」

「へぇ? どうするっていうの?」

「リリーくんが隠している事を――ロイドくんに教えてしまうよ?」

 ロ、ロイドを好きだとかなんとか、そういう話だったと思うんだけど、そんなものよりももっと怖い雰囲気になる二人で……リリーはローゼルの一言で顔色を変えた。

「……ハッタリでしょ……」

「そうでもない。あの日、君から感じた黒い気配を気のせいで済ますわけはないだろう? リシアンサスの力を存分に使って調べたのさ……いいのかな? わたしがどうにかなってしまった場合、わたしがそれについて調べていた事実があるからね……もちろん疑われるのは君だ。」

 リリーの顔が――なんていうか、怖い雰囲気のそれからどんどん……絶望的な顔になっていく。

「やめてよ……そ、それ……ロイくんに言ったら……ゆ、許さないから……」

「リリーくんが何もしなければ何もしないさ。」

 冷たい表情だったローゼルだったけど、ふといつもの意地の悪い顔になる。

「そう深刻な顔をしなくていい。そんな気はないのだ。ただ正々堂々と――恋敵をしてくれればね。まぁもっとも……」

 お湯の中に沈めてた両腕を胸の下で組み、まるでその――む、胸を強調するみたいな、これまでにないとんでもなく偉そうなポーズでローゼルは笑った。


「果たして、本気になったわたしに勝てるかどうかだがね?」


「な、なにそれー!」

 顔を真っ赤にして勢いよく立ち上がるリリー。

「そそそ、そんなのロイくんは関係ないって言ったもん! 昔から仲良しのボクとローゼルちゃんじゃ話にならないんだからね!」

 それに対抗するみたいにスッと立ち上がるローゼル。

「どうかな? そんなモノ、先にロイドくんと――そ、そういう関係になってしまえばただの思い出話でしかない!」

「カンケー!? この変態! スケベ!」

「事あるごとにロイドくんにくっついている君に言われたくはないぞ!」

「あれはただのスキンシップだもん! だ、だいたいボクはロイくんとチューだって済ませてるんだから! カンケーなんて手遅れだもん!」

「チュ!? ――いや、嘘はよすんだなリリーくん! 本当だとしてもどうせほっぺたとかだろう! それに手遅れと言ったが残念だったな! わ、わたしはロイドくんにスカートめくられた事があるんだぞ!」

「それこそどーせ風魔法の練習中とかの事故でしょ! ふ、ふん! じゃあもう今からロイくんに告白して恋人になっちゃうもんね!」

「それが出来ないから今までずっと『商人の女の子』だったのだろうに! いざとなったら言葉が出て来なくなる君が目に浮かぶぞ! ロイドくんにくっつくのだって本当は相当に恥ずかしがっているくせに! お見通しだ!」

「そ、それはローゼルちゃんもでしょ! そうやってクール気取ってるくせに、ロイくんに近づかれたら顔真っ赤じゃな――」


「静かにっ!!」


 二人が素っ裸で取っ組み合いを始めそうになったその時、二人の間に水柱――お湯柱が立った。

「ちょっと黙ってください。」

 って言って二人を黙らせたのはパム。

「とりあえず、前も隠さずにわーわー言い合うのははしたないです。お湯に浸かってください。」

 二人が互いを睨みつけながらお湯の中に戻ると、パムは大きなため息をついた。

「まったく、そういう言い合いを渦中の男性の妹の前でしますかね……」

 もっともだわ……

「二人の気持ちはわかりました。ですが自分は妹……たった一人の家族である兄さんには幸せになって欲しいと願っている身です。ですから兄さんのお相手は自分がしっかりと見定めて――」

「関係ないよ! ロイくんが好きって言った人が相手になるんだから!」

「うむ。パムくんはせいぜい、ロイドくんが悪い女に騙されないように見張るくらいで充分だ。」

「な!?」

 小姑全開でその場を治めた感じだったのに、勢いそのままの二人に軽くあしらわれたパムはものすごいショックな顔。そしてそんなパムを置き去りに二人の会話は進む。

「だが……うむ。一先ず落ち着くのは確かに大事だな……今後のために一度整理しよう。」

「整理する事なんてないよ。ロイくんはボクの。」

「整理というよりは確認だ。わたしはロイドくんが好きで、リリーくんも好き。そしてロイドくんが誰を好きなのか、そもそも好きな人がいるのかも不明だ。」

「ふん、誰かを好きでいたって関係ないもん。ボクがその気になればロイくんのハートは鷲づかみだもの。」

「わたしもそうだ。要するに、さっき言ったみたいな裏の手段は使わず、正々堂々たる勝負で――最終的にロイドくんを自分に振り向かせる。恨みっこは無しだ。」

「勝負ねぇ? ボクに勝てると思ってるの?」

「ふん、そっちこそ。」

 バチバチ火花を散らすローゼルとリリー。ショックから戻らないパム。そして――


「ふ、二人も……そうだったんだ……」


 いつもオドオドしてるっていうか、引っ込み思案なのに――少し勝気な……「負けない」っていう顔をあたしの隣でひっそりとしてるティアナ。


 ……ふん。そんなことだろうと思ってたわよ。

 そんでもって、あたしはどうなんだろうなんて事も――とっくにわかってる。

 今、それを口にするのもありなんでしょうね。

 でもしないわ。だってロイドが言ってたもの。

 こういうのを最初に伝える相手は――意中の相手であるべきだって。




「お兄ちゃぁぁん!」

 お風呂から出るのを待ち構えていたのか、いきなり飛びついてきたパムをオレは受け止めた。

「ど、どうしたんだ?」

「みんなにいじめられたぁぁぁ!」

 小さい頃はどっちかっていうと元気溢れるタイプで泣かされる方じゃなかったパムがグスグス泣いている。

「ひ、人聞きの悪い事を言うな! 違うぞロイドくん!」

 水玉パジャマのローゼルさんが慌ててそう言った。

「いや、それはそうだろうとは思うけど。しかしまたなんで泣いてるのやら……よしよし。」

 女の子同士はたまに怖い事になるとフィリウス――と恋愛マスターが言っていた。こういう時は深く聞かない事だ。

「これはこれは。兄に甘える妹……ウィステリアの天才騎士にもこんな一面があるのですね。」

 一緒に入っていたのだから当然一緒に出てきたローゼルさんのお父さんはオレの胸に顔を押し付けるパムを見てほほ笑んだ。

「これ、他の騎士に教えてもいいでしょうかね?」

 律儀にパムに許可を求めるローゼルさんのお父さん。対してパムは意外な答えを返す。

「別に構いませんよ。むしろ、自分がこういう騎士であるという認識を持っておいて欲しいところです。」

「と、言いますと?」

「例えばですけど、上級騎士の総力を持って挑まなければならない事件が起きたとして、同じ時に兄さんが風邪を引いたなら、自分は兄さんの看病をします。」

「なるほど。」

 ……え、えぇ? ローゼルさんのお父さん納得しちゃったぞ。

「そ、それでいいんですか?」

「良くはありませんが……君の妹さんは特殊なのですよ、ロイドくん。」

「?」

「国と家族を天秤にかけた時に家族の方に傾く騎士は少なくないでしょう。しかし――言ってしまえば『誤解』だったとはいえ、一度全てを失った事のある者にとっての家族の重みは経験の無い者のそれとは比較になりません。ロイドくんも――そうでしょう?」

 やんわり笑うローゼルさんのお父さんだったけど――その眼はオレたち兄妹の現状をばっちり見抜いていた。

 パムみたいに表には出さないけど、オレもきっとそういう選択をする。

「ふふふ。これは頑張らないといけないね、ローゼル。」

「そうですね……い、いえ、何の話ですか父様。」




 ローゼルが言ったように、客間……なの? これ。普段何に使ってるのかよくわかんない広い部屋に布団を敷き詰めた状態。そんな部屋にあたしたちはいた。

 あたしとロイドとローゼルとティアナとリリーとパム……人数は六人だから布団も六つ。三と三が向かい合う感じに並んでる。

「じゃあロイくんこっちの端っこね。ボクが隣に寝るから。」

「えぇ? いや、普通隣はパムじゃ……」

「ロイくん、パムちゃんはロイくんの妹だよ?」

「わ、わかってるよ……だから隣にするんだよ。パム以外が隣に来たらオレは緊張して眠れない。」

「やーん。ロイくんのえっち。」

「えぇっ!?」

「ふむ。ではロイドくんがこっちの真ん中で、片方にパムくん、もう片方にわたしが来れば解決だな。」

「ローゼルさん? それ何が解決したの?」

「では誰の隣がよいのだ?」

「だ、だからパム――」

「パムくん以外なら?」

「えぇ!? そ、そうだな……エリルかな。」

 さっきのお風呂場の続きが始まったかと思ってたらいきなり巻き込まれてローゼルとリリーに睨まれるあたし。

「な、なんであたしなのよ!」

「他の三人よりはまだ……な、慣れてるかなぁと。」

「ほう……しょっちゅう一緒に寝ていると?」

「同じ部屋でって意味だよ!?」

 なんやかんや、結局隅っこにロイドが来てその隣にパム。それで――どうしてそうなったのか、ロイドの正面にはティアナがひょっこりおさまった。

「あ。そうだ、日課を……」

 そういってロイドは布団の上であぐらをかいて木の棒をくるくる回し始めた。

「あんた、本当にそれ毎日やってるわよね……」

「六……七年続けてきた日課だから。」

「ふむ? 今更だが……その棒でなくとも、いつの間にか左手でも自在に回せているな。」

 初めて会った頃は左手ではまだ苦手って言ってたけど、確かに今のロイドは両手でくるくるできてる。

「吹っ切れたというか何と言うか……あの時間使いとの戦いの時に風で回すって事をやってからコロッとできるようになったんだよね……その上ほら。」

 木の棒を置いて、ロイドは枕を手に取る。するとまるでピザ職人みたいにロイドの手の上で枕がくるくる回り始めた。

「片手で持てる程度の重さなら何でも回せるようになったんだよ。よくわかんないんだけど。」

「それは――もちろん風でもできてしまうのだろう?」

「うん……」

「そ、それって……例えばロゼちゃんのトリアイナみたいのでも回せるの……?」

「たぶん。パムの魔法で色んな大きさの武器を作ってもらって色々回してみたけど、フィリウスの剣みたいな馬鹿デカいのでなければ大抵は回せるよ。」

「そういうのって時々あるわよね。ある時突然できるようになるやつ。ま、元々風で回すのが基本スタイルの剣術なんだから、一回それをやってコツを掴んだって感じじゃないの?」

「おそらく、実力は充分だったものの、あともう一押しが足りなかったという状態だったのだろうね。ちょっとしたキッカケが。」

「キッカケか……そういえば、ローゼルさんのお父さんとお母さんの出会いの話は聞きそびれちゃったな。」

「やめてくれ。わたしがこっぱずかしい。」

「な、なんだかステキな話のような……気がするね……」

「ティアナまで……」

 はぁとため息をついたローゼルは、チラッとリリーを見たあとロイドにこんな事を聞いた。

「キッカケと言えば。わたしとエリルくんとティアナはともかく、ロイドくんとリリーくんの出会いの話も知りたいな。思えばそれだけ知らない。」

「リリーちゃんとの出会い? そんなん……道でばったりだよ。」

 昔を思い出すみたいに、腕を組んで少し上を見るロイド。

「商人さんとの出会いは大抵、田舎道をゴロゴロ進んでてバッタリ会うか、町でたまたまタイミングが合うかのどっちかだからね。そんな感じで他の商人と同じように出会って――なんでかそれからよく会うようになったんだよ。」

「ほう……それは不思議だな。なぁリリーくん。」

 ローゼルにじろりと見られたリリーは笑いながら――目を逸らす。

「そ、そうだね。きっと運命的なモノでつながってたんじゃない? 特定のお客さんによく会うって話は他の商人からも聞く話だし。」

「ほお。何らかの方法でロイドくんらの現在地を知り、その付近に位置魔法で移動して、さも偶然のように手を振って現れていたというわけではないのだな。」

「ははは……そ、そんな事できたら商人のボクとしては嬉しいねー……」

「リリーちゃんならできそうだけどね。」

「で、できないからね!? そんな――こと……」

「おやおや。随分と動揺しているな、リリーくん。」

「……ローゼルちゃん……」

 お風呂場の続きは確かに始まってた。

 その後は――いつもみたいなくだらない会話をして、最後はローゼルのしたがってた枕投げをした。

……リリーの瞬間移動枕とロイドの曲芸枕が猛威をふるう変な枕投げだったけど。

書き終わって思いましたが、前半のイェドの双子の話は時系列的に前の「話」でしたね。


というのも、イェドの双子VS十二騎士なんてモノを、エリルの家を書いている頃は思っていなかったからなのですが……

いきあたりばったりで思いついた話を書き足していくというのが私の書き方ですから、こういう事もあるのですね。


基本、「話」なんて意識せずに書いていたところ、こういうネットにあげる場合、一回であげられる字数に制限があり、大抵私の話はそれを超えるので仕方なく「話」をわけたという感じでしたから。

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