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騎士物語  作者: RANPO
第三章 ~夏休み~
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第十一話 お祝い

第三章です。

起承転結を意識など、微塵もしていませんが……私のこれまでの傾向として三つ目のお話は前の二つから少し変わった展開になりがちです。


タイトル通り、夏休みという事なので、きっとロイドやエリルらに面白い事が起きるのでしょうね。


しかしてまずは第二章の事後ですね。

 兄弟や姉妹がいるってのはどういう感じなんだろうか。

 小さい頃、家に帰ると一人遊びしかできない一人っ子にとっちゃいつも傍らにいる遊び相手ってのは嬉しい限りだ。実際、私もそんな他人を見て羨ましく思っていた。

 大人になっても、一切の気兼ねなく互いをブーブー言い合いながらも「友情」や「愛情」ってのとは種類の違う絆でつながってる光景を見ると、やっぱりいいなぁと思う。

 だが同時に、そんな相手を失った者は――これまた種類の違う落ち込み方というか……ちょっと違う感じになる。友達や恋人は……言ってしまえば新しいモノを作れる。だが兄弟や姉妹ってのは替えが無い。加えて自分と歳が近いって事で、人によっちゃ両親よりも失った時のショックが大きい場合もある。


 ちょっと前に戦闘の指導をしてやったとある上級騎士も、どうやらそういう類だったらしい。他の国は知らないが、少なくとも私が住んでるこの国じゃ間違いなく史上最年少のその上級騎士は、記憶によると表情豊かじゃなかったその顔をニッコリと崩しながらその過去を語った。



 当時、彼女は八歳だった。この国の隅っこにある小さな村で、父親と母親、そして一つ上の兄と一緒に暮らしていた。

 これと言った特産もない質素な村、生徒の数が少ない小さな学校、どうしても首都と比べちまう私だが、彼女にとってそこは幸せがあふれる場所だった。

 大きな街に思いをはせ、いつかこの村を出ていくと言っていた子供もいたらしいが、彼女はそうじゃなかった。何故なら彼女には大好きな兄がいたからだ。

 すごくケンカが強いとか、すごく頭がいいとか、そんな特別な何かは全然無い、村の男の子Aみたいな普通の兄だったが――人間関係ってのの大半が損得だけで決まらない、フィーリングの世界って事もあるわけで――一緒にいるといつも楽しくて、幸せで、笑顔にしかならない……彼女にとって彼は最高の兄だった。

 兄がいればどこでだって幸せ。そこに父親と母親がいればこれ以上、何があるというのか。彼女にとってはその家族こそが全てだった。


 そして彼女は、そんな家族と死別した。


 ある夜の事だった。何もない村なのだからそこを狙ったのは連中の気まぐれなんだろう、突然盗賊と呼ばれる集団がやってきた。

 何かを要求するでもなく、ただただ村を蹂躙していくそいつらから子供たちだけでも守ろうと、彼女の両親は彼女ら兄妹を床下の物置に押し込めた。

 耳を塞いでも聞こえてくる下品な笑い声と知っている人の悲鳴。そこに混じる両親の最後の声。連中が満足して村から出て行った後、物置から出た二人には何もなかった。

 色々なモノが壊された家の中、血まみれの両親にすがりつきながら泣く兄妹。もしもこの夜がそこで終わっていたなら、二人は両親と村の人たちのお墓を作り、そして兄妹で力を合わせて生きていくという道を辿っただろう。

 しかし夜は終わらなかった。枯れない涙を流し続ける二人の耳に、森に入る時は気を付けなさいと言われていた生き物――野生の獣の遠吠えが響いたのだ。

 村に充満している血の香りに誘われて獣がやってくる。二人は急いで家から出た。

 兄も彼女も、両親を残していく事に一種の罪悪感を覚えていたが、それ以上に迫る危険から逃げる事に必死だった。

 だが、両親の血がついた服を着ている二人を獣らは見逃さなかった。月だけが光源として存在する広い草原で、二人は背後に迫る奴らの気配を感じた。

 子供の脚が獣の脚に敵うわけはない。それを理解したからか、彼女の兄は彼女に背を向け、獣らの方を向いた。木の枝を手にし、彼女の兄は――彼女に逃げろと言った。

 子供とはいえ、そこで兄を残して行くことがどういう結果になるかは理解できた。彼女は泣きながら兄にしがみついたが、今まで見た事のないこわい顔と怒鳴り声で叫ぶ兄に押され、彼女は泣きながら走り出した。


 どれほど走ったのか。子供の脚なのだから、大した距離ではないのだろうが……彼女にとっては果てしない距離のように思えた。

 ふと、前方に誰かが見えた。馬に乗ったその人物は彼女を見ると馬から降り、彼女のもとへ駆けてきた。

 その人物は自分を騎士と言った。以前、村を魔法生物の侵攻から守ってくれた人たちもそう名乗っていたのを思い出し、彼女は助けを求めた。

 兄を――助けて欲しいと。

 彼女の話を聞いた騎士は彼女を抱きかかえ、そして彼女が走って来た方へ馬を走らせた。

 五分とかからない内にあの草原に辿り着いた騎士だったが、そこには誰も――何もなかった。あるのは草原の一か所を色づける血の色。それを見た彼女はそれ以上考える事ができなくなり、騎士の腕の中で気を失った。


 後日、国王軍だったその騎士の要請で数名の騎士が村に出向いた。荒らされた家屋、何もいなくなった家畜小屋、掘り返された畑――そして、村中に横たわる村人の遺体。出向いた騎士ら全員が怒りと悲しみを覚えて歯を食いしばったという。

 村人の墓をたてる上で、遺体の数と村人の数が合わない事に気づいた騎士たちは付近を捜索し、そして森の中へと続く血の跡を見つけた。彼女の話の通り、盗賊が去った後に野生の獣がやってきて――いくつかの遺体を持ち帰ったのだ。

 草原に残っていた血が誰の血なのかという事はわからないが、少なくとも人間のモノである事がわかり、加えて遺体を持ち帰っているという現状から――騎士たちは、彼女の兄の結末を考えてやりきれなさを感じた。

 確率はほとんどゼロではあるが、彼女のために騎士は草原付近の獣の巣を片っ端からあたり、彼女の兄を捜索したが……結局、彼女の兄がすでに死に、その遺体も食べられてしまったという結論を強めるだけだった。

 たった一晩で全てを失った彼女。そして――すぐ近くにいたにも関わらずそれを防げなかった事に責任を感じた騎士。騎士は彼女をひきとる事にした。


 しかし、八歳という年齢で全てを失った彼女は一日中ふさぎ込み、子供を育てた事もないその騎士は困り果てていた。私からすれば随分と間違った事――例えば、家族の死を受け入れて前を見なければとか、逃がしてくれた兄の為にも精一杯生きなければとか、その騎士は……きっと正しいのだろうが、それでも傷ついた彼女には酷な事を言ってしまったという。

 そして――今でこそ結果オーライだからいいものの、その騎士は最大の間違いをしてしまう。


 死んだ者を甦らせる魔法の存在を、彼女に教えてしまったのだ。



 第五系統、土の魔法の一つ……『死者蘇生』。文字通り、死者を生者に戻す魔法だ。

 こういう類の魔法は禁術だとか、とんでもない代償を必要とするとかいうのがありがちだが、生憎この魔法はそうじゃない。別に使っても罪には問われないが――強いて言えば……「できるものならやってみろ」という類の魔法だ。

 というのも、この魔法にはいくつかクリアしなければならない条件がある。

 一つ目。これは第五系統の中で最高難易度を誇る魔法――故に第五系統の土を得意な系統とする者でなければ使えない。その上で、並々ならない修行を積んでやっとできるレベルの魔法だ。

 二つ目。甦らせる者は術者の血縁でなければならず、三代以上離れると効果が無い。つまり、この魔法を使えるようになったとしても、蘇らせる事が出来るのは自分の両親か子供。もしくは兄弟姉妹だけなのだ。

 三つ目。術者は甦らせる者の所持品を捧げなければならない。この所持品というのはつまり故人の愛用品なのだが――要求される「愛用」のレベルがかなり高い。故人がそれを手にしてから毎日触れ、それを使っていた事。だがだからといって食器とか、必要だから使うようなモノではなく、例えばお気に入りのお人形とかそういうモノが求められる。


 生き返って欲しい相手――家族がいる人間がいたとして、この魔法を使おうと思っても、まず一つ目をクリアするのが難しい。得意な系統であり、かつ十二騎士クラスの使い手になる必要があるからだ。そして意外と難しいのが愛用品で、具体的にどれくらいの愛用品なら成功するとか失敗するとかがハッキリしないから、これだと思って捧げたモノでは「愛用」度が不足で失敗――なんて話はよくある。

 失敗を想定して故人の遺品を全て保管し、第五系統を得意な系統とし、その上で世界最強に到達できるほどの才能と努力を必要とする魔法……歴史上、成功した人間は片手で数えられる程度しかいないという。


 だが彼女にとって、この魔法の存在は生きる希望となった。

 大好きな兄を想い、ボロボロになった家から兄の持ち物を片っ端から回収して部屋に並べていた彼女は、既に三つ目をクリアしていたと言っていい。

 そして騎士に頼んで調べてもらったところ、彼女の得意な系統は第五系統と出た。あとは彼女自身が魔法の腕を上げて『死者蘇生』を行えるようになればいい。


 それからの彼女は、周りから見ると異常そのものだった。

 朝から晩まで魔法の専門書を読みふけり、たまに外に出てきたかと思えば倒れるまで魔法の練習をし、起き上がったと思えばまた倒れるまで練習する。ふと一日中眠っているかと思うと信じられない量の食事をして再び部屋にこもる。

 ひきとった騎士は、彼女に普通の生活をして欲しいと思っていたが……彼女の心の内を知っているため、それを止めることができなかった。

 そんな生活を数年続けたかと思うと、彼女は騎士に体術を教えて欲しいと言った。理由を聞くと、魔法の上達には実戦が一番だと悟り、その為に国王軍に入るのだという。

 一日中部屋にこもるよりは身体を動かしてくれた方がいいし、国王軍に入って多くの人間と触れ合えば――また何か変わるかもしれない。正直なところ、人を育てる事に関しちゃ全くの役立たずな騎士はそんな風に思い、彼女の望みを叶えていった。


 そして今から二年前。十三歳という若さにも関わらず、実力を認められて国王軍に入った彼女は、半年で中級騎士となり、そこから一年で上級騎士になってしまった。

 現在十五歳。史上最年少の上級騎士として有名になった彼女は、相変わらず危険な任務をすすんで引き受けながら実力を着々と上げ、これは史上最年少の十二騎士が誕生するんじゃないかと言われていた今日この頃、首都が侵攻されるという事件が起きた。

彼女としては私と同じ最前線で戦闘に参加したかっただろうが、王宮の警護という任務を受けてしぶしぶ城内で待機していたところ、『滅国のドラグーン』っつー強敵を前にワイバーンの侵入を許してしまった私らの代わりに生徒たちが守る街へ出撃した彼女は、一人の男の子に出会った。


「あー……うん、他の部隊からの連絡が入った。無事に倒したってさ。」


 彼女が受け持ったワイバーンの足止めをしてくれた二人の学生。その内の女の子の方としゃべっていると、男の子の方がそう言いながら近づいてきた。

 その瞬間、彼女の全身に衝撃が走った。最後に見た時から七年経ってはいるが、その顔や雰囲気というものを彼女が見間違えるわけはなかった。


「……とりあえず髪が爆発してるわよ、ロイド。」


 女の子が男の子の名前を呼んだ。それは彼女の兄の名前だった。


「どわっ!?」

 なんと表現すればいいのかわからない感情に飲み込まれ、彼女は男の子に抱き付いた。七年ぶりに感じるこの匂いは、大好きな兄のモノだった。

「えぇっ!? あ、あの、どどど、どうしたんですか!?」

 慌てふためく兄の声を聞き、彼女はすっと顔をあげた。そしてきっと、彼女が感じた衝撃を男の子も感じたのだろう。彼女の顔を見た瞬間に表情が固まった。


「……!? え? ……パム?」


 これで百パーセント間違いない。彼女の兄と同じ顔、雰囲気の男の子が兄と同じ名前で――彼女の名前を呼んだのだから。


 こうして、互いに死に別れたと思っていた兄妹は再会したのだった。




「――と、いうことなんだと。」

 口調はいつもの野暮ったい感じだけどちょっと涙ぐんでる先生は、まるで感動的な小説を読み終わった後みたいなすっきりした顔でふーと息をはいた。

「ちなみに、あいつを引き取った騎士ってのがウィステリアっつー頼りなさそうなおっさんでなぁ……それで一応、パム・ウィステリアってなってたんだな。養女とは聞いてたが……そうかそうか、サードニクスのなぁ。」

 首都防衛戦の次の日。学校とかも全部お休みになって、代わりにところどころ壊れたりした街の修復をするって事になった今日、ロイド以外の『ビックリ箱騎士団』は学院の職員室で先生の話を聞いてた。

「……ワイバーンを殴り飛ばした二人のもとに駆けつけてみたらロイドくんが女性に抱き付かれていていたからな……驚いたものだが……そうか、妹さんだったのだな。」

 やれやれっていう顔でため息をつくローゼル。

「で、でもすごいんだね……あ、あたしたちより一つ下なのにもう上級騎士なんて……」

 純粋に「すごいなー」って顔をしてるティアナ。

「それだけ尋常じゃない努力をしたってことだね。ロイくんを生き返らせる為にさ……」

 いい話だねって風だけど、なんか企んでるみたいな顔のリリー。

 三人とも結構普通な顔だけど、あたしはそうはなれなかった。だって昨日――

「む? どうしたんだエリルくん。いつもの三割増しくらいでムスっとしているが……」

「なによ三割増しって……昨日あのあと、あの――パム? がそのまま部屋に来たのよ。それで……その……」

 あたしが昨日の事を思い出してると、ローゼルがだんだんと深刻な顔になっていく。

「な、なにがあったのだ……?」

「……あの子、ロイドと一緒に寝たのよ……」

「んな!?」

 ローゼルを含んで三人の眼が丸くなる。

「そ、それってお、同じお、お布団でって……意味……?」

「そうよ……」

「ななななんだそれは!」

「ロイくんの布団……」

 三人がわらわらする横で、先生は眼鏡を外して涙をふく。

「七年ぶりの家族の再会だぞ? ふふ、それくらいはしてもいいんじゃないか? 話を聞く限り、二人は仲良し兄妹だったわけだしな。」

「いくら仲いい兄妹でも……や、やるかしら、あんなの……」


「ずっとそうだったからな。」


 ふと気が付くと、いつの間にかロイドが職員室に入って来た。

「おお、サードニクス。ウィス――じゃないか。パムはどうした?」

「なんか国王軍の偉い人に呼ばれたとかなんとかで……」

「くっくっ、あいつ朝からお前にべったりだったもんな。感動の再会とはいえ、さすがに上級騎士としての仕事もあるからなぁ……んま、またすぐ会えるだろ。気を落とすなよ、サードニクス。」

「はぁ……」

「そ、それよりもロイドくん! ずっとそうだったというのはどういう事だ!?」

「いや、うちそんなに広くなかったから、オレとパムは一緒の布団で寝てたってだけで……」

「し、しかしもう互いにそこそこの年齢――……というかロイドくん、なんだか疲れているように見えるのだが……」

 確かに、パムの方はロイドに会えてものすごいテンションだったけど、ロイドはずっとドギマギしてる感じね。

「なんだサードニクス。嬉しくないのか?」

「い、いえ、嬉しいですよ? ただ――」

 と、ロイドは顔を赤くしてぼそぼそと……

「なんかえらい美人になってるから――昔みたいにくっつかれると正直ドキドキして……」

「ロイくんってば、まさか実の妹に……?」

 リリーが大げさにドン引く。

「えぇ!? いやいや、そういう事では!」

「しょうがないんじゃないか? 七年っつったら結構な年数だ。兄妹が互いの性別を気にし出すのがいつなのかは知らないが……外見的には子供から大人になってっからな。「兄妹です」ってきっぱり割り切れないところだろ。」

「そ――そうなんですよ! パムだって事は確実で理解できるんですけど、オレの中のパムと今のパムの差があり過ぎててんてこ舞いなんですよ!」

 なんかロイド、テンションが変だわ。それぐらいロイド本人も困惑してるってことかしら。

「んま、この私もあいつの豹変ぶりにはビックリしてるしな。」

「豹変? え、パムは昔から元気な子ですけど……」

「そうなのか? ウィステリア――あー、つまりパムといやあ、あの歳で上級騎士になった天才って事で有名だけど無表情で無愛想なもんだから誰も近づかない感じだったんだぞ?」

「ほう、エリルくんみたいだな。」

「あんたねぇ……」

「しかし……そうか。あの表情の裏には兄を甦らせるっつー目的があったわけか。そう思うとなんだか印象が変わ――」


「お兄ちゃん、ここにいた!」


 ものすごい勢いでドアが開いて話題のパムが入って来た。そしてロイド以外にあたしたちがいることに気づくとゴホンゴホン言って姿勢を正す。

「兄さん、ここにいましたか。」

「パム? あれ、なんか呼ばれたとかなんとか言ってなかった?」

「別の騎士に押し付け――頼んできました。さぁ、兄さん。話す事が山のようにあるのですから、部屋に帰りましょう。なんなら自分の部屋でも構いませんし。」

「というかパム。なんだか昨日と、あと数秒前と口調が違うんだけど……」

「はて、なんのことでしょうか。」


 さすが兄妹というか、すっとぼけた顔がそっくりなパムは国王軍の軍服に上級騎士の証の白いマントを羽織ってる、昨日と同じ格好だった。

 ロイドと同じ黒い髪でロイドと同じくらいの長さだけど、くせ毛なのか左右にピョンピョンはねてる。背はやっぱりあたしより小さくて、軍服とかマントがただ背伸びして着てるだけにも見えそうなくらい。あのゴーレムを見てなかったら、きっとあたしは迷子の女の子かしら? とか思うと思う。


「おいおい、ウィステリア。私の中でお前のイメージが絶賛崩壊中なんだが――仕事をほっぽって来たのか?」

「いえ、他の騎士に任せてきたのです。」

「あんまかわんねーよ……」

 いつもあたしたちと接する時とはちょっと違う――少しだけ厳しい感じの顔をパムに向ける先生。

「死んだと思ってた兄貴に会えたんだから嬉しいのはわかるが……お前には上級騎士っつー立場があって、サードニクスにも学院生っつー立場がある。七年の空白を埋めるのは結構だが、代わりに七年間の結果をダメにするのは違うだろ?」

「……」

 すごく丁寧な口調だったから、ワイバーンを倒した時の第一印象的には真面目な人をイメージしたんだけど、先生に怒られるパムはなんだか可愛らしいふくれっ面だ。

「会うなとは言わないが――程度っつーか節度をほどほどにしろよ。それにほれ、あともうちょっとで学院は夏休みに入るし、防衛戦の事後処理が済めば下級、中級はともかく上級騎士にはそんなすぐに任務は来ないだろ。それからゆっくり話をすればいい……違うか?」

「……わかりました。一先ずは自分の仕事を片付けます……ですが一つだけ――確認を。」

 ふとあたしの事を見るパム。

「エリル・クォーツ……あなたがどうして騎士の学校に――という事は正直どうでも良いのですが……なぜあなたとおに――兄さんが同室なのですか?」

「えぇ? エリルは昨日も部屋にいたのに……今更?」

 ロイドが「えぇ?」って言う時にするまぬけな顔をするとパムはそっぽを向きながらこう言った。


「き、昨日はお兄ちゃんと会えたのが嬉しくてそれどころじゃなくって……でもよく考えたらどうしてなのかなーって……」


 ああ……こっちがパムの本来の口調なのね……

「オレとエリルが同室なのは部屋が余ってなかったとか色々あるけど……強いて言えば髭のじーさん――学院長の決定だな。あ、でも大丈夫だぞ? オレとエリルは……そう、清く正しいお付き合いって感じだから。」

 まるで覚えたての言葉を使いたがる子供みたいにロイドはそんな事を言――

「つ、付き合ってなんかないわよ!」

 慌ててそう言ったけど、パムの視線は氷のようだった。

「……詳しい事は後日ゆっくり聞きますね、兄さん。」

「いたたたた!」

 ロイドのほっぺをつねった後、パムはしずしずと職員室から出て行った。

「ま、まさかパムにまでつねられるなんて……これって最近の女の子の流行りなのか?」



 ほとんど手伝える事はなかったけど街の修復に協力した後、先生が街の防衛お疲れ様会――みたいな打ち上げを学食でやるって言うから、あたしたちはそれまで部屋で待つ事になった。

「昨日はごめんな、エリル。バタバタと。」

 あたしが入れたアップルティーを飲みながら、テーブルを挟んであたしと向かい合ったロイドは申し訳なさそうな顔でそう言った。

「……一緒にお風呂に入ろうとした時はびっくりしたけど……まぁ、七年ぶりの再会なんだからあたしの存在が見えなくなるくらい喜ぶのはしょうがないんじゃない?」

「ご、ごめん……」

「……でもなんか……」

「うん?」

 あたしは、パムに再会した時からロイドがたまに見せる変な表情を思い出しながら聞いてみる。

「ロイドはあんまり嬉しくない――わけじゃないと思うけど、なんか困ってるっていうか……迷ってない?」

 あたしがそう言うと、ロイドはちょっと驚いた顔になる。

「……顔に出てたか?」

「ていうか、パムとの温度差っていうのかしら。一体どうしたのよ。」

「うん……さっきの先生の話――つまり、パムが話したっていう昔の話……オレのと合わないんだよ。」

「?」

 ふっとうつむいて、自分の両手を見つめるロイド。

「あの日……血まみれの家族の前で泣いたオレは……家族の遺体を埋めてお墓を作……ったはず……なんだよ……三人分の……」

「! それって……パムもってこと?」

「ああ……変だよな……オレ、パ、パムの身体を抱きかかえてさ……あ、穴に入れて……つ、土をかぶせた……んだよ……」

 ロイドの顔色が見る見るうちに白くなっていく。

「でも――よく考えたらおかしいよな……なんでオレだけが生き残ったんだ? 両親がかばってどこかに隠したとかなら、パムの話の通り……ふ、二人を一緒に隠すだろ? なんでオレの中じゃパムが死んでるんだ? オレ……オレの記憶は……あの血の海は――」

 あたしは思わずロイドを抱きしめた。少し震えてるロイドの身体……見た事のない困惑顔と、聞いたことのない不安な声……

 なんとかしなきゃ。そう思った。

「――ロイドの……その、記憶がどうなってるとか、真実はどうだったとかは――一先ず置いとけばいいじゃない。だってパムは生きてるんだから。それを――それだけをまず喜びなさいよ。あんたの妹はあんたに会えてものすごく喜んでるのよ? あんたもそうじゃなきゃ――パムが不安がるじゃない。お兄ちゃんが妹を不安にさせるなんてダメよ、ロイド。」

 顔は見えないけど、真っ青な雰囲気がじんわりといつものロイドに戻っていく。

「……ほんとに、なんかエリルには迷惑かけてばっかだな……オレ。」

 十二騎士の弟子とか、すごい剣術を使えるとか、ロイドはなんかすごい人みたいに見られるようになってきたけど、その正体は同い年の男の子だって事を、あたしは知ってる。だって部屋で話すのは他愛もない雑談とどうでもいい笑い話。

 あたしがこうなったら、ロイドもきっとこうしてくれるから、あたしはこうする。

「……ありがとう、エリル。」

 震えが止まったロイドを離してその顔を見る。ちょっとまだいつもの顔じゃないけど……まぁこんなもんじゃないかしら。

「ふ、ふん。これくらいなんでもないわよ……」

「昨日今日と、なんかパムに押されっぱなしだったけど――よし、オレもちゃんと喜ばないとな。実際、すごく嬉しいんだし。」

「……また一緒に寝るわけ……?」

 ふと昨日の――カーテンの向こうから聞こえてきた嬉しそうに泣くパムとそれをなだめるロイドの声を思い出す。兄妹だし、ロイドの言う通り昔やってたみたいに、ただ一緒に寝ただけで……その、あ、あれな感じはなかったけど……でもやっぱりあれよ……あれなのよ……

「い、いや、さすがにもうやんないかな……き、昨日は特別――みたいな感じだよ……オレも恥ずかしいというかなんというか……」

「……ロイド、パムはあんたの妹よ?」

「わ、わかってるよ!」

 顔を赤くしてワタワタする珍しいロイドを見て、あたしは笑う。それにつられてなのか、ロイドもあははと笑いだして――


「青春だな?」


 二人分の笑い声しか聞こえないはずなのに別の声が――聞いたことのある声で聞いたことのあるセリフが聞こえた。

「セルヴィアさん!」

 いつの間にか真横に座ってるセルヴィアに、ロイドはのけぞりながら驚く。

「お、いい反応だなタイショーくん。」

「セルヴィア! あんたはそうやってでしか登場できないの!?」

 あの――お色気鎧じゃない、田舎者姿のセルヴィアは体育座りでニッコリと笑う。

「まぁ……いたずらだよ。」

「そんなくだらない事に時間魔法使うんじゃないわよ! ていうかただでさえ身体に負担が大きい魔法なんでしょ!?」

「いやいや、だからこそだよエリル姫。日頃から使う事で身体をその負担に慣れさせ、そしてゆっくりと身体を魔法に合ったモノへとしていくのだ。筋肉をつけるために辛いトレーニングをするのと同じ事さ。」

「え、それで身体って慣れていくものなんですか?」

「勿論だ。エリル姫のような魔法に合った体質というのは、後天的に決して手に入らないモノではないのだよ。だからタイショーくんも頑張るといい。」

「は、はい!」

 いつの間にか十二騎士からの指導になってるこの状況に、あたしはげんなりした。

「――で、何でここに来たのよ。」

「うん。私が学院に来たのは『雷槍』殿に打ち上げをやるから顔を出せと言われたからだが、この部屋に来たのは二人に話があるからだ。」

「だからその話の中身を聞いてるのよ……」

「なに、簡単な事さ。二人を――いや、『ビックリ箱騎士団』を褒めに来たのだ。」

「なによそれ……」

「あ、もしかしてワイバーンの事ですか?」

「そうだ。聞いた話によると、一撃で気絶させたそうじゃないか。」


 あの時、壁を越えて街に入って来た八体のワイバーン。城に待機してた騎士が駆けつけるまで足止めをするっていうのが、あの時のあたしたちの仕事だった。

 でも、相手はAランク寄りのBランク。二年生や三年生でもいきなり来たあんなデカいのと戦う準備なんか何もなくて、八体のうち六体は大した足止めができなかったらしい。

 足止めが成功したのは一体……そう、あたしたちが止めた奴だけ。侵攻の経験者が二人いたけど、それでも一年生のチームがそれをやったって事で、なんだが話題になってるみたい。

 それはそれで――まぁうれしいんだけど、もう一体の話を聞いた時にはあたしたちなんてまだまだじゃないって思った。

 もう一体を担当したのは学院の生徒会がメンバーになってる騎士団。とんでもない事に、その騎士団は足止めを通り越して倒してしまったらしい。


 ワイバーンを気絶させたパンチをしたあたしの腕は、別に痛くなかったんだけどロイドが一応って言うから検査してみたら骨にひびとか入ってた。筋肉もいくらか千切れてたとかで、意外と重症だったけど……保健室の先生に魔法で治してもらったから今はもう何ともない。

 ただ、ロイドがフィリウスさんからもらったあの剣をあたしに渡してなかったら、もっとひどい事になってたかもしれないって言われた。それを聞いたロイドがすごく謝ってきたけど……あたしは別に怒ってない。

 生徒会の話を聞いて……今のあたしは、ロイドとかの力を借りて、その上本当なら腕がめちゃくちゃになるくらいの全力で攻撃して――やっと気絶させただけなんだって事に気づいた。


「みんなの力を借りて、結構振り絞った一撃だったけど……気絶で終わっちゃったわ。」

「ははは、エリル姫は欲張りだな。確かに倒してしまったチームがいたそうだが……あれは三年生だろう? 彼らと『ビックリ箱騎士団』の間には二年という時間の差があるのだから仕方がない。君たちくらいの年齢において、二年の差というのは相当なものだ。」

「そうだぞエリル……あんなちっちゃかった妹が敬語を話す上級騎士になるくらいなんだから……」

「あんたのは七年もあるじゃない……」

 何となくモヤモヤし出したあたしの頭の中は、ロイドのすっとぼけた顔で晴れていった。

「ま……気持ちばっかり焦ってもしょうがないものね。」

「その通りだ。何かを上達させようと思ったら、どうしても時間というモノがかかってしまう。それを短縮する方法は色々あるだろうが――少なくとも、そこに焦る事は含まれないだろう。」

 嬉しそうにニコニコするセルヴィアに、なんとなく恥ずかしくなったあたしは話題を変える意味もあってこう言った。

「――ていうか、セルヴィア。ワイバーンを気絶させてすごかったって言うためにここに来たわけ?」

「さっきそう言ったと思うが……」

「そんなの、この後の打ち上げでさらっと言えばいいじゃない。」

「ふむ……そう言われるとそうだが……正直な所、こうして私がここに足を運んだのはちょっとした企みがあるからだ。」

「企み? 何よそれ。」

「言葉にしづらい――というか秘密にしておきたいのでな……強いて言えば――」

 町娘の格好のセルヴィアだけど、その時だけ……なんだか騎士としての先輩の顔っていうか、十二騎士としての迫力っていうのか、そんな雰囲気を感じた。

「――つばをつけているのだな。」

「はぁ?」

 あたしはそう言ったんだけど、セルヴィアはふふふと笑って目の前から消えた。




 セルヴィアさんの言った事に首を傾げたまま、オレとエリルは学食に来た。いつもと違う配置で並んでいるテーブルと、その上に置かれたたくさんの料理……イメージでしか知らないけど、きっとこういうのを立食パーティーとか言うんだろう。

「ロイくーん。」

 さすがというかなんというか、結構な人がいてガヤガヤしているこの学食の中でも、商人のリリーちゃんの声はよく通った。

「えぇっと……これって、もしかしてチームごとに集まっているのか?」

 リリーちゃんの所に行くと、ローゼルさんとティアナもいた。

「そ、そういうわけじゃないよ……ほら、防衛戦には出なかった人もたくさんいるし……」

「まぁ、これは防衛戦の打ち上げだからな。チームを組んだ者であればチームで祝いたいと思うのは当然さ。」

 ワインとかが注がれる感じのグラスを片手にほほ笑むローゼルさんは、制服姿なんだけどものすごくオシャレと言うか……マッチしているというか、ピッタリだった。

「さすがローゼルさん。」

「? なにがだい?」

 と、ローゼルさんが頭の上に?を浮かべた時、周りの生徒たちがワッと騒がしくなった。

「な、なんだ?」

「ふむ、生徒会がやってきたようだ。」

 周りの生徒たちが彼らの為に道をあけるからよく見える、独特の雰囲気を持った五……六人の一団。制服は同じだし、学年によって色が違うネクタイとかリボンもオレたちと一緒だ。だけどただ一つ、左腕に巻かれた腕章に光る生徒会という文字が、一般生徒ではないという事を示している。

 あれがワイバーンを倒してしまったチームか。

「……オレ、初等の途中から旅に出ちゃったから中等の経験なくて……だから生徒会って話でしか知らないんだけど……やっぱこう……すごいのか?」

 オレのざっくりとした質問にエリルが答える。

「ぼやけた質問ね……そのすごいっていうのが強いって意味なら――ま、強いと思うわよ。」

「へぇ……やっぱりこう、強い人を上から順番に選んだりするのか?」

「ははは、それは少し違うぞロイドくん。」

「えぇ? だって強いんだろう?」

「それは、ここが騎士の学院だからそうなってしまうという感じだな。」

「?」

「ここの生徒会も普通の学校と同じように選挙で決めるのだ。大抵は……カッコイイとかかわいいと言った外見や真面目な性格などが票を得やすいだろう。しかし騎士の学院で生徒の代表を選ぼうとすれば、みんなが見るのはどうしても実力になる。加えて、この学院では立候補の他に推薦も認められている……だから候補者として出そろうのは強い者ばかりで、選ばれるのも強い者となるわけだ。」

 なるほど。つまりあそこを歩いている生徒は、自分はともかくとして、少なくとも周りは強いと認めている人たち――って事だ。

「まぁ、ざっと説明はしたが――わたしだって選挙は未経験だからな。話に聞いた以上の何かをしているかもしれないが……」


「ふふふ、それ以上の何かというのは無いよ。」


 ふらりと、オレたちに近づきながらそう言ったのは……なんだかんだ服を着ている姿を初めて見る知り合い――

「デルフさん。」

「やぁ、サードニクスくん。」

 お風呂場でしか会った事がないデルフさんは、その銀髪をすとんと下ろしていた。ローゼルさんほどじゃないけど結構長い銀髪で、もしも女の子用の制服を着ていたらそうなんだろうと思ってしまうけど、本人が言っていたように男の子用の制服を着ている。そして、オレとは色の違うネクタイをしていた。

 オレの視線に気が付いたのか、自分のネクタイをつつきながらデルフさんは笑う。

「おや、ついに僕の学年がバレてしまったね。」

「やっぱり上級生でしたか。」

「ああ、僕は三年生だよ。それより――」

 デルフさんはスッと、生徒会の人たちを指差した。

「彼らに――生徒会に興味があるのかい?」

「興味と言いますか……初めて見るので……」

「そうか。まぁ、この時期だとそれくらいか。ああやって、多くの生徒が道をあけるという、まるで貴族を前にした庶民のような行動も、もしかしたら不思議に見えるかもしれないね。」

 言われてみれば……変な光景だ。別に先生が来ても道をあけようとは思わないだろうし。

「あそこで生徒会のメンバーを眺めているのはほとんど二年生と三年生だ。彼らは、生徒会に選ばれたという事がどういう意味なのか……今目の前にいる人物がどれほどの存在なのかを知っているから、ああやって道をあけるのだよ。」

「意味?」

「普通の学校において、きっと生徒会というのは堅いイメージのある面倒な仕事をする役職という感じかもしれない。しかしここにおいては――十二騎士のような称号としての意味が強いのだよ。」

「称号……」

「生徒会に選ばれる……これはこの学院において最上級の強さの証なのだよ。ランク戦で彼らの実力を知った一年生の多くは、自分もその域に達したいと思う。だから生徒会というのは――いわゆる憧れなのだよ。」

「そんなに……違うモノですか?」

「ふふふ、ワイバーンを倒す倒さないくらいの差はあるね。」

「それは――納得ですね。」

「ふふふ、しかし生徒会に選ばれた段階ではそんなに差はないのだ。入ったあと、生徒会という名を背負うという責任感がメンバーを強くする。心や環境の変化による強さの上昇というのは、単なる精神論ではないという事実が生徒会というチームだね。」

「ちょっとロイくん。」

 デルフさんの話を聞いていると、リリーちゃんがオレのほっぺをツンツンしてきた。

「……リ、リリーちゃん?」

「二人で話し込んじゃったらこっちがつまんないよ。そっちの銀髪美青年はだぁれ?」

 美青年って言うから、やっぱり女の子だからカッコイイ人には興味が湧くのかなとリリーちゃんの顔を見たけど、なんか……知らないから聞いただけで全く興味はないって顔だった。

「ああー、えっと、オレのお風呂友達のデルフさん。」

「やぁ、よろしく。」

 この流れだとみんなにも紹介した方がいいなと思い、オレはエリルたちの方を見た。すると妙な事に、エリルとローゼルさんとティアナは――唖然としていた。

「? どうしたんだみんな。そんな顔して。」

 オレがそう言うと、エリルの顔が「まただわ……」って顔になる。そしてローゼルさんがコホンと咳払いをしてやれやれという顔でオレを見た。

「ロイドくん、その人が誰か知っているのか?」

「えぇ? だからデルフさん。」

「そうではなくてだな……その人は――」


「会長ー!」


 さっきのリリーちゃんの声みたいに、これまたよく通る声が響いた。

「なんでそんな所にいるんですか! なんで一人だけ先に行っちゃうんですか!」

 つかつかと近づいてくるのは小柄なツインテールの女の子――ってあれ? あの人さっき生徒会の中にいた人じゃ……

「しかしね、レイテッドくん。あんないかにもな登場をしてしまったら話したい人と話せなくなってしまうのだよ。だから先に話したい人と話をしておこうと思ってね。」

「話したい人……?」

 怪訝な顔を向けられるオレ。

「ともかく、会長は挨拶するんですからこっち来てくださ――っていうか腕章はどうしたんですか!」

「ポケットだよ?」

「して下さい!」

 なんやかんやとガミガミ叱られながら、デルフさんは自分よりも背の低い女の子に引きずられて去って行く。

「サードニクスくん! またお話しよう!」

「はぁ……」

 力なく手を振ったオレは、エリルたちの表情の意味を理解しつつもローゼルさんに確認する。

「えぇっと……デルフさんが?」

「そうだ。現生徒会長、デルフ・ソグディアナイトその人だ。」

「ソグディア……ああ、防衛戦の時に生徒会長って言ってた……あれデルフさんの声だったのか……全然わからなかった。」

「なんというか……実はお姫様だったり実は十二騎士だったり、ロイドくんは実はすごい人と仲良くなるのが上手いのだな。」

「……今のうちに聞いておくけど、ローゼルさん――は騎士の名門だったっけか。ティアナも実はすごい人だったりする? リリーちゃんは?」

「あ、あたしは普通だよ……お爺ちゃんまでがガルドに住んでたってくらいで……」

「ボクは――実はも何も商人だよ。」

 ただのお風呂友達と思っていた人が生徒会長だったとは。というか、だとするとデルフさんは自分で自分の所属する生徒会の説明をしていたわけか。

 そして、あのデルフさんが……ワイバーンを倒したチームの一人――というかリーダーなのか。


「ソグディアナイト――ありゃ卒業する頃には上級騎士クラスになってるだろうな。」


 またもやふらりと、オレたちの傍に今度は先生がやってきた。

「やっぱりすごく強いんですね。」

「そりゃな。でも今はほれ、お前ら自身の事を気にした方がいいと思うぞ、『ビックリ箱騎士団』。」

「えぇ?」

「一年生だけのチームでワイバーンを殴り飛ばしたんだぞ? でもってサードニクス、お前はA級犯罪者を撃退したってのもある。ぶっちゃけ……次の選挙で会計か書記には推薦されるんじゃないか?」

「えぇ!?」

 と驚くと、先生は結構真剣だった顔を崩してあははと笑う。

「だがまぁ、そうは言っても私も選挙は見た事ないからな! 実際どうなるかは知らん。」

「驚かさないで下さいよ……」

 そして先生は、笑いながら生徒をかきわけて用意されていたお立ち台みたいな所に立った。


「注目! 打ち上げを始めるぞ!」


 なんとなくそうなんだろうなとは思っていたけど、先生はかしこまった感じとか格式ばった感じが苦手みたいで、この――首都防衛戦お疲れ様パーティーも一応ぐらいの心持ちでデルフさんに挨拶をさせた後は、まるで酒場で騒ぐフィリウスみたいに乾杯と叫んでお立ち台から降りた。

 先生がそんな感じだったからか、学食に集まったみんなはガヤガヤとご飯とおしゃべりを楽しみ始めた。

「えぇっと……これって好きな料理をとって食べていいんだよな……?」

「そうよ。あっちにお皿があるわ。」

 一番大きなお皿を手に、オレは料理が置かれたテーブルを端からまわる事にした。

 この学院に来てこの学食でご飯を食べるようになってから、毎日見た事のない料理をたくさん食べてきたが、今日並んでいる料理はいつものとは雰囲気が違っていて――ちょっと豪華だ。

「なんだこりゃ? おお、美味い! この変なのも変な味で美味いな! こっちはなんだ?」

 オレは――人と比べてたくさん食べる方ってわけでもない……まぁ普通の胃袋の持ち主だ。だけどこれでもかって感じに美味しそうな料理が並ぶと全部食べたくなる。

「お、美味しそうに食べるね。」

 モグモグとほっぺをふくらませていると、隣にティアナがやって来た。

「――んぐ。んまぁ、美味しいから。」

「ふふ……作ってる人が聞いたら喜ぶね。」

「作ってる人……そういえばオレ、この学食でコックさんを見た事ないんだけど……いつもどこにいるんだ?」

 学食では、注文をすると変な機械からその料理が出て来る仕組みで――前々からどうなっているのか気になっていた。

「この学院には……いないよ。どこかにお料理を作ってる場所があって、そこから……魔法で送られてくるっていう仕組みだから……」

「そうなのか。それじゃあコックさんに美味しかったって言えないな。」

「そ、それなら……確かお手紙は送れたはずだよ……」

「ホントか! 今度送ろう。」

「そうだね……あ、あのね、ロイドくん……」

「うん?」

 手を止めてティアナの方を見る。ティアナは、真っ白なお皿で口元を隠すようにしてなんだか恥ずかしそうにしゃべりだした。

「えっとね……あ、あたし、ロイドくんにお礼を……言おうと思ってて……」

「お礼?」

「うん……その……なんていうのかな……この防衛戦でね、あ、あたしに……役割をくれて……ありがとう……」

「役割を? そんなん言ったらオレこそありがとうだ。ティアナの援護射撃でどれほど助けてもらったか……」

「うん、つ、つまりその、役に立てる役割をくれて……ありがとうって……」

 いまいちわからなくて首を傾げると、ティアナは少し目線を逸らして話を続けた。

「あ、あたしね……武器があれだから……じゅ、授業とかの……模擬戦とかじゃあんまり……上手に戦えなくて……」

「んまぁ……模擬戦って基本的に一対一で正面からぶつかるからなぁ。遠距離が得意なティアナだとあんまり活躍できない……かもね。」

「うん……き、近距離でも戦えるようにならないとっていうのは……わかるし、せ、先生があ、あたしの得意な事を……理解してくれてるのも知ってるんだよ? でも……なんだか自信がね、その、無くなってたんだ……それにあの……形状の暴走もあって……あ、あたしは駄目だなぁって、思ってたの……」

 ……この国じゃ滅多に見ないあんなスナイパーライフルを持ってて、しかも魔眼の持ち主。相性ばっちりのそんな二つだけど……そうか、それが活きる場面というのに今まで遭遇しなかったのか。

「だけど……この防衛戦で、あ、あたしはみんなの役に立てるんだ……あ、あたしもちゃんと頑張れるんだなって……そう思えたから……ありがとう、ロイドくん。」

「……そっか。ティアナの……悩み? を解決できたのなら良かったよ。」

「うん。」

「……ちなみに、なんならティアナも朝の鍛錬に参加する?」

「へ?」

「いやほら、オレがエリルと――あと時々ローゼルさんとやっている朝練みたいなの。銃の事は何も教えられないけど、身のこなしとか、そういう程度ならそれなりに……どうだ?」

「う、うん……め、迷惑じゃないなら……」

「そんなことないよ。ティアナが来てくれたら、オレは嬉しい。」

「そ、そう……」

 とうとうお皿で顔を全部隠してしまったティアナ。その光景がなんだか面白く、つい笑ってしまった瞬間――


「青春だな?」


 再び突然現れたセルヴィアさんにびっくりしたオレは出かかった笑いが変な所で止まったせいでむせた。

「おや、大丈夫かタイショーくん。」

「げほっ! ごほっ! お、驚かさないで下さいよ!」

「? 今回は魔法を使っていな――ああ、つい気配を消して近づいてしまったか。」

「どんな「つい」ですか……」

 オレが呼吸を整えていると、お皿から顔を出したティアナがオレの服の袖を引っ張る。

「ロ、ロイドくん、この人は……?」

「む、この格好だとわからないかな。私だ、《ディセンバ》だ。」

 そう言われてセルヴィアさんの顔をじっと見つめたあと、ティアナもようやく気付いたようで相当驚いた。

「な、なんで!?」

「なんで? 『雷槍』殿に呼ばれたからだ。「お前も飯を食ってけ」とな。」

「あ、あのいつもの……鎧は……」

「戦勝パーティーに武装して参加はしたくないのでね。」

 と、町娘格好のセルヴィアさんは――たぶんそんなんだからここに《ディセンバ》がいるって事に誰も気づいていない。

「それより先ほどの話……ティアナくんだったかな? 近接戦闘もある程度かじった方が良いとは思うが、基本的には遠距離を――その狙撃の腕を磨くといい。」

 唐突に十二騎士アドバイスを始めたセルヴィアさんに、ちょっとびっくりしつつもティアナが真剣な顔を向けた。

「誰にだって向き不向きがある。私なんか第十二系統――時間の魔法しか使えないのだ。ティアナくんみたいに遠くの敵を攻撃する手段もないし、タイショーくんみたいに多くの武器を同時に振り回す力もない。だが、だからといってそれらを出来るようになりたいとは思わない。」

「思わない……んですか?」

「ああ。何故ならそっちはそっちで専門家がいるからだ。一人で放浪するタイプはともかく、騎士というのは基本的にチームで動く。私ができない事は誰かがやってくれる。その代わり、誰かができない事を私がやるのだ。」

「チーム……」

 ティアナがオレの方を見る。

「極端な話、ティアナくんが世界一のスナイパーになったなら、近接戦闘が全くできないとしてもティアナくんの力をかして欲しいという要請はたくさん来るだろう。みんなにはそれができないからだ。」

 手近な料理をつまみ、モグモグした後ニッコリと笑ったセルヴィアさんは自分の事を指差した。

「十二騎士なんてその最たるモノだよ。その系統に関してなら任せておけ。ただ、他はよくわからないぞという連中なのさ。だから、自分の得意な事を誰よりも得意だと言い張れるようになるといい。」

「――はい! あ、あたし頑張ります! せ、世界一になれるかは……わからないけど……」

「ふふふ、ま、それはモノの例えさ。もっとも――」

 まるでいたずらっ子のように笑いながらセルヴィアさんはこう言った。

「世界中のみんなからよりも、たった一人の誰かから求められるだけで良いというのなら、世界一など二の次で良いだろうさ。」

 よくわからない事を言ったセルヴィアさんだったけど、なぜかティアナは再びお皿で顔を隠してしまった。

「まったく、つくづくタイショーくんはフィリウスの弟子なのだな。」

「はぁ……」




「そういえば、結局夏休みはどうするのだ?」

 あたしみたいに他の生徒から距離を置かれてない『水氷の女神』ことローゼルが今回の活躍について色々聞かれて色々話した後、お皿に料理をのっけてあたしの所に来たかと思うといきなりそんな事を言った。

「どうって……?」

「だ、だからその……ロ、ロイドくんをクォーツ家に連れて行く――のだろう?」

「ま、まぁ……ロイドがお姉ちゃんに会いたいって言うから……」

「というと……カメリア様か。そもそもだが、こういう事は許可されるのか?」

「……普通ならダメでしょうね。特に一番上の姉さんがああなった事もあるから、その辺は厳しいはずよ。だけどこの前電話でお姉ちゃんに聞いてみたら、むしろ連れてきなさいって言われたわ。」

「なぜ?」

「……あたしをプロゴから守ったお礼がしたい――らしいわ。」

「そうか……そうだな。よくよく考えたら、ロイドくんは王族を賊から守ったわけなのだから……勲章の一つもあっておかしくない――はずだが……?」

「守った相手があたしだもの。」

「……エリルくんはそんなに家で嫌われているのか?」

「そうじゃないけど……騎士の学校に行くって事に賛成してくれたのはお姉ちゃんだけだったし。なんとなく家の恥とかそんなんじゃないかしら。」

「ふむ……つまり他の王族はそうでもないが、エリルくんを応援しているカメリア様からしたら、ロイドくんにはお礼の一つも言いたいという感じか。」

「……たぶん。」

「なるほどな。ではやはりわたしも行こう。」

「な、なんでそうなるのよ!」

「わたしだってプロゴと戦ったのだぞ? まぁ、蹴られてお終いだったが……ついでにお礼を言われるくらいはいいはずだ。」

 らしくないくらいのがめつい理屈を、たぶん自分でもそう思ってるんだろう妙な顔で言うローゼル。

「……なんでそんなに必死なのよ。」

「……必死にもなる。」

 そう言いながらローゼルが視線を向けた先にはいつからいたのやら、田舎娘モードの《ディセンバ》と何かを話してるロイドとティアナ。

「……よし、ついでにわたしの家にも招待するとしよう。」

「は!?」

「実のところ、ロイドくんは騎士のなんたるかをあまり知らないだろう? 名門と呼ばれるリシアンサス家でその辺りを教えるのは、わたしを鍛えてくれているお礼としてはまずまずではないだろうか。」

「あんたねぇ……」


「大変だね、二人とも。」


 あたしとローゼルがそんな事を話してると、目の前にリリーが現れた。

「うわ! 急に現れるな! びっくりするだろう!」

「だぁって、レベルの低い企み合戦が聞こえるんだもの。」

「ど、どういう意味よ……」

 たぶんあたしとローゼルしか見た事のないわっるい顔をしたリリーはふふんと勝ち誇る。

「夏休みって、だいたいみんな家に帰るんだろーけど……ボクとロイくんにはそれがないんだよ。ついこの前まで旅人だったんだから。つまり、夏休みでもずっとここにいるって事。そりゃまぁ、エリルちゃんやローゼルちゃんの家に遊びに行くくらいはあるかもね? だけど基本的にはここの寮――基本的にはボクと二人っきりなんだよ!」

「ふ、二人っきりって――ほ、他の生徒だっているわよ!」

「ふふふー、そういう意味じゃないってわかってるくせにー。」

 ロイドの事をす――好き……って言ったリリーのことだから、ロ、ロイドが部屋に一人でいるならきっとやってきて……ふ、二人に……

「……よし、では夏休み中はわたしの家で過ごしてもらおう。」

「「は!?」」

 リリーと二人ではもった。

「リリーくんの言う通り、ロイドくんは一人になってしまうのだからな。ゆ、友人としてひと月以上も寂しい思いをさせるのはどうかと思うのだ。」

「だ、だからってなんであんたの家なのよ!」

「だから、ボクがいるからいいんだってば!」

「いやいや。どうせなら名門の騎士の家で有意義な夏休みを過ごして欲しいではないか。」




 セルヴィアさんとちょっと話した後、オレはティアナと一緒に美味いモノ探しを続けた。

「お、カレーがある――ってなんだこりゃ? 緑色だぞ? あれ、におい的にはカレーなのに。」

「グ、グリーンカレーだよ。正確にはカレーじゃないん……だけどね。」

「そうなのか? ん、美味い。」

 初めての味を堪能しながら、横で同じようにグリーンカレーなるものを食べるティアナにたずねる。

「ティアナは料理得意だけど……好きなのか?」

「うん……お、美味しいって言ってもらうのが……嬉しくて。」

「そっか……この前聞きそびれたからついでに聞くけど……それならなんでコックさんじゃなくて騎士に?」

「コックさん……にも憧れたけど、あ、あたしはそれよりも騎士に……憧れたの。えっと……なんでかって言うとね……あの……わ、笑わないでね?」

「? うん。」

「か、かっこいいなぁって……思ったの。」

「……騎士が?」

「《ディセンバ》さんとかみたいな……か、かっこいいじょ、女性騎士に――あ、あたしもなれたらいいなぁ……って……む、無理かもだけど……」

 かなり大人しい性格のティアナが騎士を目指す理由なのだから、きっと人助けがしたいとか――もしくはこう……大変な事情があるのかと思っていたけど、実はただの憧れなのだと言う。

 素朴――って言うと悪いかもだけど、なんというか……

「可愛い理由だな。」

 つい口から出たその言葉に、ティアナは一瞬の間の後、瞬時に顔を赤くした。

「あ、ごめん。えっと、あれだぞ? バカにしてるとかそういうんじゃなくて――なんていうか……一番そうあるべき理由のような気がしてさ……うん、いいんじゃないかな。」

「う、うん……」

 しかし……かっこいいからか。フィリウスとかが同じことを言いそうだ。んまぁ、「モテるしな!」ってのが追加されそうだけど。

「あ、あれ? ロゼちゃんたち……」

 ふとティアナが指さす方を見ると、エリルとローゼルさんとリリーちゃんがギャーギャー言い合っている。

「どうしたんだろう?」

 ティアナと一緒に三人に近づき、声をかける。

「何やっているんだ? 三人で料理の取り合いか?」

「ロイドくん! うちに遊びに来るといい!」

「えぇ!? なんだいきなり!?」

「い、嫌か!?」

「嫌じゃないけど……どうせオレ、何もなければ学院にいる事になる――あーいや、でも確かフィリウスが来るとか言っていたか。」

「え、フィルさん来るの!?」

「休みになったら様子見に来るとは言っていたけど……」

 オレがそう言うと三人が顔を合わせる。

「そ、そもそもそういう事なのではないか!」

「フィルさんの事だし……夏は修行とか言ってもおかしくないよ……」

「……とりあえず、フィリウスさんが来てからね……」

 ふぅとため息をついた三人は、ふとオレを――というかティアナを見る。

「……そういえばティアナ、もしかして今までずっとロイドくんと……?」

 ローゼルさんの「なんてことだ」って感じの顔での問いに対し、ティアナは目をパチクリさせた後、やんわりと目を逸らした。

「とんだ伏兵だよ! もう、二人がどうでもいい事話してるから!」

「あたしたちのせい……?」

「一番食いついていたというのに……」

「……なんかわからないけど……ちゃんと食べているか? 料理無くなっちゃうぞ?」




 セイリオス学院にて祝勝会が開かれている頃、そこから遠く離れた場所にある一件のレストランで同じように祝いと称して上等な肉料理を食べている女がいた。ナイフはあるが、一枚の高級なステーキを切り分けずにフォークで一刺しし、かぶりついている。

「まったく……ありゃ何年ぶりだ? 百か? 二百か?」

『百年と少しだな。』

「思想だけじゃねぇ、力までこのあたいを楽しませる……やっぱいいなぁ。」

『まさかあんなのが趣味だったとはな。』

 女はもりもり食べているのに対し、女の横に立つ長身のフードの人物はただ立っているだけだった。

「長生きしてると常に新しい刺激が欲しくなるが……まさか長生きしてるからこそ得られる刺激を受ける事になるたぁな。あの剣術を「懐かしい」と思ってんのはあたいらだけだろうぜ。」

『もう何人かはいそうだが。』

「かもな。何にせよ、この素晴らしい出会いに乾杯だ。お前も食え。食いもんならそこに転がってるだろ?」

『私のは食事とは言わない。エネルギー補給――バッテリーを充電するようなモノだ。それに――人間はこの前取り入れた。できれば次は鉱物が望ましい。』

「注文の多い客だな。おい、お前は人間食った事あるか?」

 女の質問はフードの人物ではなく、女の正面……テーブルを挟んで向こう側に立っている丸々太った男に対してのモノだ。その体格からして太った男の存在感は相当なモノなのだが、萎縮しているのか畏まっているのか、太った男は遠慮がちにそこにいた。

「へぇ、ありやすが。」

「どうだった? 美味いのか?」

「その質問は……難しいでさぁ。」

「あん?」

「そこらの安肉でもプロにかかれば一品になりやすから……食べ方次第でさぁ。まぁ、どの肉にも言える事ではありやすが……」

「お前が食った時は?」

「そりゃああっしはプロっすから。美味しく食べやしたよ。」

「そうか。」

 前にも横にも腹の出ている太った男は、察するに相当な大食いだが……目の前で女が食事をしているというのに自分は何も食べていない。

 というのも、太った男は立っているというよりは――壁に張り付けにされているのだ。恐らくこのレストランの掃除用具なのだろう、箒やモップといったモノが太った男に何本も突き刺さっている。太った男の足元には血だまりが出来ているし、それは今も広がり続けている。その上、位置的には肺や心臓を貫かれているはずなのに、太った男は苦しそうでも痛そうでもない。

 切断マジックのように、ただそう見えるだけなのではと疑いたくなる光景だった。

「――んで、バーナード? 別にお前から来なくてもすぐに殺しに行ってやったっつーのに何で来た?」

「それは勿論――もう一度チャンスをもらいに来たんでさぁ。」

「ああ……あれだろ? 映画で見た事あるぞ。ヘマやらかしたチンピラが自分のボスに言うんだよな……もう一度だけチャンスをって。だが――」

 モグモグと、下品ではあるが頬を膨らませて非常に美味しそうに肉を食べる女は大して興味も無さげに太った男を見る。

「最初に言ったろ? どうせ後で殺すって。そもそもあたいは襲えっつっただけだから成功も失敗もねぇーんだ。だからチャンスがどうとかいう話じゃねーんだよ。」

「わかってやす。あっしの命を姉御に捧げられるならそれは嬉しいんすが……このまま死んだらあっしは十二騎士から逃げてきた男で終わるんでさぁ。あっしとしては、デキる部下だったっていう認識で殺して欲しいんでさぁ。」

「ロマンチックだが、あたいには何も利益がねぇ話だ。」

「まさか、利益のない話はしやせんぜ?」

「はぁん? 結構な自信じゃねーか。」

 空になった皿を乱暴に払ってテーブルから落とし、陶器の割れる音を聞きながらワインを片手に両脚をテーブルに乗せる女。かなり大胆なスリットの入ったドレスを着ている為、その姿勢だと脚がかなり露わになるのだが、恐らくそんな女を見て欲情する者はいない。それを飲み込むほどの圧倒的な狂気や殺気といった負のオーラが女からにじみ出ているのだ。

「んじゃ話してみろバーナード。あたいがお前を殺すのを先延ばしにするだけの価値がある話をな。」

「へぇ。今の話を聞いた感じ、姉御はあの街の――学生にご執心みたいすね?」

「ただの学生じゃねーぞ? 昔の《オウガスト》の曲芸剣術を操る上に、停滞してたあたいに道を示した男だ。」

「そいつをどうするつもりかは知りやせんが……殺す以外の何かをするつもりなら、あっしの力は姉御の選択肢を増やせるでさぁ。」

「と言うと?」

「あっしの形状の魔法は戦闘には勿論の事、精神的な搦め手攻めにも使えるんでさぁ。」

「……そうなのか?」

 女は隣のフードの人物を見る。

『第九系統の形状の魔法は変身を可能にする。バーナードのようにドラグーンと呼ばれるような姿に変身する事は勿論、別人に変身する事も可能だ。家族か何かに変身して精神的にいたぶった後に殺す――なんてことを趣味にしている形状使いもいるほどだ。』

「はぁん、そりゃ出来る事が多そうだな。」

「そうなんす。姉御がよく使ってるあの眼鏡よりも面白い事がたくさんできるんでさぁ。」

「なるほどな……よし、いいだろう。」

 テーブルを蹴り飛ばし、グラスを捨てて立ち上がる女。ツカツカと太った男に近づくと箒やモップを抜き出した。

「ありがとうごぜいやす。このバーナード、必ずや姉御が満足のいく結果を――」

「だがなぁ、バーナード。」

 最後に一本。その突き出た腹を貫く箒を残して女は一歩下がる。

「猶予はやる。でもって今回の件、さっきも言ったが別に成功も失敗もねぇ。あたいとしちゃ特に思うところはねーんだが……お前は逃げ帰った自分を否定してーんだろ? なら、そんなバカをやらかした自分にどんな罰を与えんだ?」

「……罰……それは是非、姉御に決めて欲しいでさぁ。」

「あぁん? んじゃ、ちょうど刺さってる事だしな……」

 そう言って女は太った男の腹に手を置いた。

「知ってるか、バーナード。魔法っつーのは便利だが、そもそも人間には無い能力を無理やりできるようにしてっから、身体としては嫌な事なんだよ。」

「へぇ……」

「だからな、どんな魔法の達人でも――身体のどっかじゃあ魔法を否定してんだ。」

「――! ……わかりやした。やってくだせぇ。」

「はん。半日くらいでこれは抜けるようにしとくから耐え抜いたらアジトに顔出せ。死んだら来なくていいけどな。」

 女が太った男の腹に手を当てたまま、もう片方の手で箒をピンと弾いた瞬間――

「ぐああああああああっ!!」

 今の今まで平然としていた太った男が苦痛の悲鳴をあげた。それを聞いてニンマリとした女は太った男に背を向けてレストランの出口に向かう。

「ああそれと、とりあえず次はイェドの双子にやらせっから、お前はのんびりしてていいぞ。」

 酒のせいか、元々そうなのか、ふらふらした歩き方で店を後にする女とそれについて行くフードの人物。

 残ったのは、大量の死体と叫び続ける太った男を最後の客として迎えたレストランだけだった。

物語を書いている時、私はどんな場面を書いている時が一番楽しいか。ずばり、主人公のいない場所でかわされる悪役の会話です。


昔から悪役好きな私ですから、世界の悪であるアフューカスとその一味にはこれまで以上の期待があります。


一番手がおデブさん。さて、二番手は……?

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