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騎士物語  作者: RANPO
第十三章 ~二度目のランク戦~
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第百八話 あれこれ看破

ロイドくんたちと三年生の戦いと、前話のエピローグの続きです。

 チロル・フォンタナ。三年生の先輩で「戻り組」という、高い実力を持っている故に一足早く現役の騎士と一緒に実戦経験をしていたところをランク戦だからという理由で学院に戻ってきた実力者たちの一人。

 ただし、オレたちが騎士の卵であるならばフォンタナ先輩は芸術家の卵。芸術活動で魔法がどういう風に活かされるのかは知らないけれど、魔法を学ぶ為にセイリオス学院に入学したという、レイテッドさんによるとたまにいるタイプらしいけれど、それで一番と名高い騎士学校であるセイリオス学院に入学した上に「戻り組」にまでなっている点は驚くべき事だろう。

 実際使ってくる魔法は不思議なモノばかりだった。これは後で教えてもらった事だけど、二つ名である『レインボーパレット』は絵の具の色からイメージされる現象を引き起こすという形で各系統の魔法を使ってくる事が由来らしい。過去のランク戦では何色とも表現しにくい変な色の絵の具で時計を描いたと思ったら限定的とはいえ第十二系統の時間の魔法さえ操ったという。

 加えて強力なのが芸術活動に使う道具――絵の具もそうだけど筆や彫刻刀、材料となる紙や石などに「芸術家としてそれらに抱く当たり前」を性質として付与するという魔法。オレとの戦いで見せたのはガラスの強化であり、「ガラスの加工は高温で行われる」という性質が付与された結果、オレの剣や風では一切傷つかないガラスとなっていた。

 魔法において重要なのはイメージであり、それを強固にする為に練習を重ねて確実性を増し、不足分を技術で補うのだけど、フォンタナ先輩が使う魔法はほとんど強力なイメージだけで成り立っているらしく、言葉を選ばずに言うならかなり「異常」なのだという。

 確かに多様な魔法をあれもこれもと連発されるのは大変だったけれど、忙しさで言ったらカペラ女学園の生徒会長――今はもう、デルフさん同様に「会長」ではないはずだけれど――プリムラ・ポリアンサさんやプロキオン騎士学校のこれまた元生徒会長のマーガレット・アフェランドラさんの猛攻の方が凄かった。

 オレがフォンタナ先輩との試合で感じた「異常」は最後の瞬間。オレの攻撃を近距離で全て回避されたこと……これは他の不思議な魔法と同類の何かだろうと無理やり納得はできる。でもその中で見せたあの手の動き……フォンタナ先輩が人差し指で宙に十字を描いた瞬間、オレは……どうしてそう思ったのか――いや、実際に起きたように感じたから「そう思った」のではなく「そうなった」という方が感覚としては正しいのだけど……オレのお腹……いや、オレの身体は十字に切り裂かれたのだ。

 死んだと思った。今までとんでもない格上や凶悪な相手との戦いは何度かあったし、死ぬかもしれないという恐怖も感じた。けれど一緒に戦ってくれた魔人族のみんなの存在が……そう、きっと無意識下にそれでも大丈夫だという安心感を作ってくれていたのだろう。

 まして今回は致命傷にならないようになっている闘技場での戦い。心の底に当然のようにあった安心感を一瞬で塗りつぶしてオレに「死んだ」と思わせたあの瞬間の恐怖。

 気づけばオレは攻撃を止めていた。それはそうだ、「死んだ」と思ったのだから。

 でもオレは生きていて、フォンタナ先輩はニコニコ笑って降参し、試合はオレの勝ちとなった。

 闘技場から出口へ向かう通路を歩いている間、「オレはさっき死んだはず」という矛盾している思考で頭をいっぱいにさせながら死を錯覚させたあの恐怖に身体を震わせていた。

 そして出口にエリルの姿を見た瞬間……本気で「オレは生きている」「死んでなくて良かった」と思った。

 かつてないピンチを……死線を潜り抜けたような気分になったオレは「ランク戦」で「みんな」がよく言っていた言葉を連想し……ついついそれが口に出た。


「ははは、これは流石に……頑張ったご褒美が欲しいな……」


 冗談というか、割とまじめに頑張った自分へのご褒美が欲しい心境だったから何かがあってもいいだろうという感覚だった。

 だけどオレはみんな……エリルというよりはローゼルさんやリリーちゃんが使う「ご褒美」の意味合いが頭からすっぽ抜けていたのだ。


「これは盲点だった!」

 オレの言葉を聞いてみんな――カラードとアレクを除く――が数秒固まった後、ローゼルさんが「大発見だ!」という顔でそう言った。

「わたしが何かをした時にロイドくんからご褒美を貰うという形は自然であり、普段は積極的ではないロイドくんを主体にするという状況を作る為に有用だったが、現状、そういう状況になりさえすればロイドくんからも動くようになっている! 故に、わたしからロイドくんへのご褒美という形であってもシチュエーションが整えば結果は同じ! しかも押しに弱いロイドくんはこのご褒美を拒否できないだろう! もはやロイドくんが一試合終えるごとに――いや、日頃の小テストの後でも発動可能なカード! ロイドくんと毎日イチャイチャする事も夢ではない!」

 ローゼルさんの早口の解説の後、今度はオレも含めてみんなが数秒固まり……アンジュが「ぶはっ!」っと吹きだした

「あはは、優等生ちゃんてば興奮して全部解説しちゃってるよー。」

「別に解説されなくてもロイくんのさっきの言葉でひらめきは充分だけどね……ご褒美……ロイくんへの……えへへ……」

「そ、そうか……今はそういうのができちゃうん、だね……」

「……」

 うぎゃ、エリルがものすごい睨んでいる……!


「状況が飲み込めないのですが。」


 オレがオレのやらかしにさっきの恐怖以上の戦慄を感じていると真横からミラちゃんのそんな言葉が――

「ミラちゃん!?」

「はい、ロイド様。」

 いつもながら急に現れたミラちゃんは、オレの顔やら肩やらをぺたぺたし始めた。

「カーミラ――あんたまたいきなり何してんのよ……!」

「以前にも説明しましたが、右眼を通してロイド様の感情がある程度ワタクシに伝わるのです。そして先ほどロイド様から強烈な恐怖を感じたのですが……一体どうなされたのですか?」

 心配そうな顔でオレの身体のあちこちをチェックするミラちゃん。

「えぇっと、ケ、ケガとかはしてないから大丈夫だよ。さっき戦った人――ああ、今はランク戦だから敵とかじゃないからね。ここの闘技場には特殊な魔法がかかっているから致命傷とかは起きないんだけど、結構本気で……「死んだ」と思っちゃったんだ……殺気が凄かったとかそういうんじゃないんだけど……あれが実戦経験を積んだ三年生の本気って事なのかな……」

「そう……ですか……」

 少し怖い顔になるミラちゃん……だ、大丈夫だろうか、スピエルドルフの誰かがフォンタナ先輩を捕まえたりしないかな……


「んお!? カーミラちゃんじゃねぇか!」


 本当にただの試合だからという事を説明した方がいいかと思っていたところに急に耳に突き刺さる聞き慣れたバカでかい声……

「フィリウスまで……ランク戦を見に来たのか?」

 ただでさえ十二騎士の一人という事で学院の中では注目を集めるのだけど、そこに加えて今はランク戦を見に来ている一般の人……というとちょっと違うけど、三年生の先輩たちをスカウトしようと来ている人たちもいるから、闘技場の出入り口を遠目に囲む人だかりが段々と出来上がっていく……

「大将に頼み事をしに来たんだが、学院長にもある程度説明が必要でな! 試合はもう終わっちまったか!」

「さっきな。というかオレに頼み事?」

「おう! カーミラちゃんもいるならちょうどいい! ちと時間いいか!」




「へいへい、これでリシアンサス、レオノチスに続いて『ビックリ箱騎士団』の三勝だぞ。お前の忠告、効いてないんじゃねぇーか?」

「うぅん、『レインボーパレット』のあれはいつもの事とはいえ結果だけ見るとよくはないね。もう少し賢いと思ったのだけど、より具体的に示さないとならないようだ。」

 田舎者の青年が師匠と話している頃、闘技場を挟んで反対側にあるもう一つの出入り口付近で二人の男子生徒――額に赤いバンダナを、腰にガンマンのようなホルスターを巻いている男子と、白黒の髪の男子がそんな会話をしていた。

「彼ら『ビックリ箱騎士団』も別に実力を見せつけたいわけではないだろう。けれど三年生にとってこのランク戦がどういうモノか、という点への理解が足りていないかな。騎士界隈における進路というモノをまだ真剣に――おっと、出てきたね。お疲れ様。」

「? お出迎えしてくれるような仲良しだったっけ、わたしたち。」

 てこてこと、低めの身長で歩いてきたのは田舎者の青年と対戦した芸術家、チロル・フォンタナ。

「『レインボーパレット』、キミがいつもあんな感じなのは知っているけれどタイミングが良くなかったかな。試合の結果はもうどうしようもないけれど、三年生の明るい未来の為にキミの芸術家としての腕を貸して欲しい。せめてもの償いとでも思ってくれると嬉しいかな。」

「んー……」

 白黒の髪の男子の話を聞いて少し考える風になったチロルは、二人の男子を見上げながら指を振る。

「それって大活躍のプレイボーイたちに話題を奪われて困っちゃう三年生って話だよね? わたしに何をさせたいのか知らないけど、そもそもモノクロくんがすることは逆効果だとわたしは思うよ?」

 モノクロくんというのが自分の事を指しているのを知っているらしい白黒の髪の男子は、チロルの言葉に「はて?」と首をかしげる。

「どういう意味だい?」

「プレイボーイたちが三年生相手でも勝っちゃうくらいに強いから手加減して欲しいって事でしょー?」

「言い方が良くないかな。花を持たせて欲しい、というくらいさ。何も負けろとは言っていないのだから。」

「勝敗は関係ないよ。手加減でも花を持たせるでも、本気かそうじゃないかなんてことを三年生の実力を吟味しに来た現役の騎士たちに見抜けないわけないもの。」

「……む?」

「おー、言われてみればそうだな。」

 二人の男子はハッとなり、チロルの話に耳を傾ける。

「今のところはプレイボーイたちが連勝してるけどこの後もそうとは限らないでしょ? 普通に三年生が勝ってたかもしれないのに「手加減した」って事実があると、それはプレイボーイたちの手加減のおかげで、ついでに負けたとしたら手加減されてもなお負けるっていう認識になっちゃうでしょー? どっちに転んでもマイナスイメージだよー。」

「ふむ……」

「こうして連勝されてる以上プレイボーイたちの実力は本物で、それは実績と勲章が証明してる事でもあるんだから「三年生が一年生に負ける」っていうのは勿論あるだろうけど、「勲章持ちに果敢に挑んだ」っていう面も強いと思うの。マイナスイメージっていうデメリットがあるならこっちの面を利用するべきだよ。それこそ、「戻り組」や「元組」が勝てばやっぱり三年生は強い! ってなるしね。」

 チロルの説明を聞いて深く考え込んだ白黒の髪の男子は、「心機一転!」というような顔を上げる。

「どうやらオレは皆を危うい結果へと導くところだったようだ。そちらの方向で話をまとめて行こう。ありがとう『レインボーパレット』。」

「へいへい、作戦の練り直しじゃねぇか。どう動くんだよ。」

 晴れ晴れとした表情になってどこかへ向かう白黒の髪の男子とそれについていくバンダナの男子に手を振るチロルは――


「いい感じに誘導してくれたね。」


 ――先ほどの二人とはまた違う誰かの声に振り返った。

「あれ? わたし、カイチョーとも仲良しだったっけ。」

「同級生の知り合いという感じかな。それと、もう会長ではないよ。」

 そこにいたのは長く綺麗な銀髪と色白な肌で遠目だと美女に見える元生徒会長、デルフ・ソグディアナイト。

「少し用事があってきたのだけど、オブコニカくんらがいたから待っていたのさ。そしたら僕の方で何とかしようと思っていた彼らの行動を修正してくれたから、一先ずありがとうだね。」

「うーん、騎士を題材にするなら当然命がけの一戦を切り抜きたいところで、それを手抜きされたら困っちゃうからね。」

「サードニクスくんの銅像を作るんだったかな?」

「ちょっと惜しかったね。さっき型取り出来てたら良かったんだけど。それで用事っていうのはー?」

「いやぁね、フォンタナさんが芸術家にしておくには勿体無い強さの持ち主で、だいたいの試合を「降参」しちゃうからまだまだ見せていない本気や切り札があるんだろうなとは予想していたんだ。きっとそれを披露する事なく卒業してしまうのだろうとも思っていたのだけど、さっきの試合でその片鱗を見せただろう? サードニクスくんはそれほど琴線に触れる人物だったかい?」

「そーだねー。久しぶり……っていうのとはちょっと違うから新しい可能性っていうのが近いのかな。見たことの無かった何かに手が届きそうでついついって感じだね。こんな理由を聞く為にわざわざ待ってたのー?」

「ああいや、本題はここからなのだけど――」

 ゾワリと、もしもこの場に他の誰かがいたならそんな気配を――空気の変化を感じただろう。にこやかに喋っていたデルフから滲み出る圧に、しかしチロルは気づいていないようだった。

「――フォンタナさんが最後に見せた技……いや、行動そのものと言っていいかな。良く例えるなら十二騎士、悪く言えばS級犯罪者……正直後者寄りだと思うのだけど、普通だとか一般的だとかの枠組みを超えた先にあるレベルの何か――そういうモノを感じたよ。闘技場だからそうはならないと理解しているのに、あの時フォンタナさんが攻撃を続けていたらサードニクスくんは死んでいたんじゃないか……そう思えてならないんだ。」

「あはは、それは勘違いというか、見慣れない魔法だったからじゃないかな。確かに闘技場の外で使ったら致命傷になる魔法だったけど、それは他の魔法もそうだし他の生徒が使う技も同じでしょー? S級犯罪者寄りっていうのは間違いじゃないかもだけどね。」

「……そうなのかい?」

「十二騎士が使う凄い魔法って騎士としての修行の結果とか、魔法の才能で生み出したモノだったりすると思うんだけど、S級犯罪者が使うようなトンデモ魔法ってそーゆーのとは違うでしょ。あの人たちは騎士みたいに強くなる訓練を積んでないけど十二騎士が手こずるような魔法を使う――これはあの人たちが、世間的には悪いことなんだけど本人たちからすると好きで好きでたまらない何かを極めた結果なんだよ。芸術家を目指してるわたしが「戻り組」の一人になっちゃってる状態と似てるよね? そういう事だよ。」

「……理解はできるけど……随分S級犯罪者に詳しいね。」

「騎士を目指してる人からしたら変かもしれないけどさ、芸術の題材として勇者が魅力的なのと同じくらいに魔王も創作意欲を掻き立てる存在なんだよー。」

 ニコニコとそう語るチロルを数秒見つめたデルフは、少し深めに息をはいた。

「……とりあえず、そういう事として納得しておくよ。仮にそうでなかったとしても、結局のところ僕ではどうしようもないからね……」

「ふぅん? わたしの本気の片鱗って話に戻って飛ぶけれど、今の感じ含めてカイチョーも見せるようになったよね。」

「僕が……?」

「実は結構前から、カイチョーも題材としてはなかなかだよねーって思ってたんだ。強くてかっこいい、楽しくてユニークな生徒会長。でもその内側には――騎士を目指す理由の中には、あんまり騎士っぽくない煮えたぎる感情が隠れてる。それを外に出すのは正式に騎士になってからなのかなって思ってたけど、いつの間にか漏れ出るようになったね。」

「……題材として注目されていたとはビックリだね。芸術家の目に、僕はそんな感じに映るわけか。」

「映るっていうか、時々そうなるって感じだよ。カイチョーはさ――」

 ゾワリとする圧力に空気が張り詰めた先ほどと同じように、しかしその重さは桁違いに、チロルから放たれるそれはデルフに冷や汗を流させた。


「――蜘蛛、嫌いでしょ。」




 話があるというフィリウスを連れて、オレたちはミラちゃんと共に部室にやってきた。本当なら昼食の時間だから食堂に行くのだけど、さすがにスピエルドルフの女王と十二騎士を連れて行くのはまずいという事で購買――リリーちゃんが始めたのだけど今は接客とかを生徒のアルバイトに任せて経営? 的な事をやっているお店からおにぎりやサンドイッチを買って部室で食べる事にしたのだ。

「うお! こりゃ飯の国の有名なやつじゃねーか! こんなもんまで仕入れてんのか!」

「美食の国だよ、フィルさん。異国の食べ物って、最初のハードルさえクリアすれば目玉商品になるからねー。」

 学食には出てこないような珍しい食べ物に加えて国内だとあんまり見かけない小物やちょっとしたマジックアイテムまで、色んなモノを売っている購買――トラピッチェ商店は大盛況だ。俗な質問かなとは思いつつ、きっと大儲けだろうからそのお金は何に使うかリリーちゃんに聞いた事があったのだけど、「もぅ、ロイくんてばー。内緒だよー。」と、何やら頬を赤らめた顔で言われた……

「それで頼み事ってなんだ?」

「おう、とりあえず――最近起こった事から説明するぞ!」

 美食の国の有名なやつをパクッと一口で放り込んだフィリウスは、部室に備え付け……というかボタンを操作すると出てくる画面をバシバシ叩いて何人かの写真を映した。

「この前、神の国でひょっこり出てきた『右腕』ってやつを覚えてるか!?」

「えぇっと……『フランケン』がフィリウスに捕まるのを防ぎに来た感じだったけどミラちゃんにやられたというか通信を切られたというか……」


 神の国アタエルカでの一件……事の始まりとかオレたちがそこに行った理由とかが結構バラバラで整理の難しい事件だったのだけど、そこで起きた戦いの黒幕……の一人というのが正確な気がするけれど『フランケン』というS級犯罪者がいて、そいつを倒してあとは事後処理をどうしようみたいな感じになっていた時に突然現れた別のS級犯罪者が『右腕』だ。

 どうやら『フランケン』は自身の目標である世界最強を目指して研究を行う過程で様々な兵器を生み出していて、それらは本人からすると失敗作だけど他の者からすると強力な武器だったから研究資金を集める目的で裏の世界で売っていたのだという。

 そしてそれは裏の世界における……市場? のかなり大きい部分を占めていて、だから『フランケン』が捕まると裏の世界が崩壊する――みたいな心配で『右腕』が動いたという事らしい。

 空間に穴みたいなモノを開けて登場したのだけど、その魔法をミラちゃんが「闇」でさらっと打ち消してしまったのでほんのちょっとしかそこにいなかった人だ。


「おう、そいつだ! あの時にミラちゃんにあっさりやられたのを根に持ってな! あの強さは魔人族に違いない! でもって騎士の中で魔人族とつながりを持ってる奴といやぁ《オウガスト》! あの場にもいたし間違いない! ってな感じで俺様にケンカを売ってきたんだ!」

「えぇ? じゃあ十二騎士とS級犯罪者の戦いがあったって事か……」

「しかも複数な! 『右腕』は他のS級犯罪者と手を組んでたから、ついでにそいつらとも戦う羽目になったっつーわけだ!」

 フィリウスが画面をバシバシ叩く。なるほど、ここに映っているのは『右腕』絡みでフィリウスが戦ったS級犯罪者たちって事か。

「これが『右腕』でこっちが『右腕』の妻! この老夫婦が『好色狂』でこっちの人形が『パペッティア』! サムライが『無刃』で制服着てるのが『シュナイデン』! 最終的にはこの『シュナイデン』だけ逃がしちまったが、他は倒した! この短期間にS級犯罪者をゴロゴロ捕まえたってんで監獄もパーティーだぜ!」

「か、監獄がパーティー? んまぁ、S級犯罪者が捕まったのはいいことだろうし……」

「そう、かなりいいことだ! 何故ならこいつら、S級犯罪者になってからその行先が全く捕捉できなかった連中だったからな!」

「? 隠れるのが上手だったって事か?」

「他のS級犯罪者とは比較にならないレベルでな! 犯罪をやめたわけじゃなく、被害は相変わらず出てるのに本人たちの目撃情報やら何やらがとんと無くなっちまってたんだ! んで今回捕まえられたから連中が何をどうやって騎士の警戒網をかいくぐってたのかを調べたんだが、トンデモナイ発見があったんだ!」

「マジックアイテムとかか?」

「近いがそれ以上だ! 連中が使っていた――いや、利用していたというべきだな! 初めからそうだったのか連中が手を加えたのかはわからないが、その力は使用者が行ってきた「悪い事」を基準に願いを叶える事ができるモノだ!」

「悪い事で……願いを叶える? どういう意味だ?」

「そのままの意味だぞ、大将! 極端な例を出すと、罪のない一般人を殺せば殺すほど叶えられる願いの規模がデカくなるって感じだ!」

「……! な、なんだよそれ……」

「殺しに限らず、S級犯罪者ともなれば多種多様で常識外れの悪い事――悪行をいくつもしてるからな! 悪行三昧をもとに、おそらく「騎士に見つからないようにする」とかそんな感じの願いをしてたんだろう! 結果、連中は好き放題できるようになってたわけだ!」

「そんな危険な力がS級犯罪者のもとにあったのか……何というか、もっとひどい事とかが起きていてもおかしくないよな、それ……」

「積み重ねた悪行を願いに変換するとして、その効率はそこまで良くなかったんだろうな! 願いの内容によっちゃ定期的に「願い直す」必要もあっただろう! 「騎士に見つからないようにする」とかは騎士側の状況によって難易度が変化するモンだからその類だったろうな! その上この力は叶えた願いの規模によっちゃ一定期間の休息を要するみたいで、割と制約が大きかったってのも理由の一つだろう!」

「都合の良い事ばかりじゃなかったって事か……」

「んで頼みってのはこの力の制御を大将に頼みたいんだ!」

「なるほど、オレが制御――って、はぁっ!?」

 唐突なお願いに思わず声が出たオレだったが、フィリウスの背後――別にフィリウスが何かを隠しているような素振りはなかったからそこには誰もいなかったと思うのだが――そこから……初等よりももっと下、幼稚園入りたてというくらいの小さな女の子が姿を見せて困惑した。

 何というか……目の前にいてもなお存在感が希薄という不思議な雰囲気のその子は、いつだったかフィリウスがオレに買ってきた恐ろしくダサいデザインのパーカーと外を走り回れそうなズボンを身にまとい、格好は元気いっぱいなのだけど表情には覇気がなくてちゃんとご飯を食べているのか心配になる感じの女の子で……ああいや、それよりも……

「……フィリウス、お前やっぱり隠し子が……」

「だっはっは! 行く先々でそう言われるが俺様にガキはいないはずだし、大将は今の話を聞いてただろ!」

「えぇ……? ……ちょ、ちょっと待て、じゃあこの子がその力――の持ち主なのか!?」

「そうだ! 原理的には魔眼と同じで、時々生まれる特殊な能力を持った奴の中でも更に稀な確率で誕生した力――と、知り合いの学者は言っていた!」

「そ、そんな偶然みたいな感じで願いを叶える力が……」

「最初に言ったが、初めからそうだったかは今となってはわからん! そもそも悪行の積み重ねで願いを叶えるってのは『右腕』が得意としてた数の魔法にかなり似ててな! 似ているから利用したというよりは、もっと別の形かルールの能力だったところを『右腕』がコントロールしやすいように変えたって方が可能性が高い!」

 何かのマジックアイテムの話かと思っていたらこんな小さな子供の力で……そして、今の話を聞けば誰だってこの子の現状の察しが付くというもので……

「……フィリウス、この子……」

「ああ、見ての通りほとんど自分の意思ってのがない。見つけた時も水槽の中だった。」

 いつものデカい声を少し抑え、嫌そうな顔でフィリウスが答える。

「最優先は専門家の力を借りての心のケア、その後力の制御と段階を踏む予定だ。」

「制御……さっきオレに頼みたいって……」

「この子の力は当然ながらこの子の制御下にあるはずだが、今は誰かの願いを自動で叶えるような――ひどい言い方だが、「装置」になっちまってる。自分の意思を取り戻す事は悪党に利用されないようにする為にも必要なわけだ。んで、それが出来たらこの子に力をきちんと操れるようになってもらいたいんだが、その教育を大将に頼みたいんだ。」

「オ、オレに? なんで……」

「原理的に魔眼と同じって言ったろ!? 大将は俺様が別の仕事してる間にエリカにしこたま仕込まれてただろ!」

「んまぁ……」

 エリカ……選挙の時にオレの記憶からその名前を知ったエリルたちに問い詰められたけれど、こいつは男だ。男女の……関係というか、恋愛話とかが大好きで色気とかについて一、二時間語る変な奴なのだけど、同時に魔眼についてものすごく詳しい。フィリウスによると知る人ぞ知る、魔眼博士らしい。

「それに大将は昔から年下の女に好かれやすいしな!」

「変な言い方するな!」

 エリル――と他のみんなから鋭い視線が飛んでくる……!

「それに大将はセイリオスっつー、俺様が知る限りトップレベルの防御魔法がしかれてる場所にいるからな! 悪党に狙われると困る力の教育の場としても申し分ない! 学院長の了承は得たし、ついでにカーミラちゃんたちもあてにすれば世界最高の環境と言っていい!」

「……ワタクシに言わせればロイド様に危険が及ぶ可能性の種は早々に処分してしまえば良いと思いますが……ロイド様はそれを望まないでしょう。」

 この場の全員が小さな子供の境遇にいい顔をしていなかった中でも冷静な顔をしていたミラちゃんがため息をつく。

「だっはっは! 大将様々だが感謝する! 今度大将が見てたエロ本を教えるぞ!」

「はぁっ!? そんなの見た覚え――」

「詳しく聞きましょう。」

 唐突な暴露に――いや、ホントにそんなの見た覚えないんだが――ミラちゃんの表情が鋭くなったところでふとローゼルさんが手を挙げた。

「あのフィリウスさん、質問があるのだが……」

「ん? しょうがないな、ちょっとだけ教えると大将は割とすらっとした脚が好きだぞ!」

「何言ってんだ!?」

「それは良い事を聞きましたが、その子の能力について気になったことがありまして……」

「んん?」

「悪行の数や規模で願いが叶うかどうか決まるのでしょうけれど、そもそも悪行を悪行と判断するのは誰なのでしょう。その子に意思がないとなると善悪の判断は願う者自身の基準で決まるのが自然だと思いますが、S級犯罪者になるような者が……その、人の命を奪う事を悪い事と認識しているとは……」

 確かにすらっと伸びる脚は――ああいや、確かにローゼルさんの言う通りだ……オレたちからすれば悪行に分類される行為は明らかだけど、それが犯罪者たちも同様とは限らない。

「さすが、賢い質問だ! 『右腕』がこのS級犯罪者らと組んでたと言ったが、逆にこいつらが『右腕』と組んだのはそこが理由でもある! 願いを叶えようにもこいつらにとっての人殺しは朝起きて顔を洗う程度の事なんだが『右腕』は違ってな! 実のところ、『右腕』は元騎士! ある時愛する女を失い、それを蘇らせる方法を求めて騎士の道を外れ、この子にたどり着いた! S級犯罪者の『右腕』としてそれなりに人の命を奪ってきたが、それは女の復活の為に仕方なくって形で、こいつにとっては未だに悪行だったわけだ!」

「愛する……? え、でもその写真の人をさっき『右腕』の妻って言ってなかったか?」

「そう、まさにこれが蘇った愛する女だ! だが悪行が不足していたらしく、完全完璧に生前のままってところまでは行ってなかった! だから自身でも時々追って来た騎士を返り討ちにしつつ、組んでいる他のS級犯罪者たちがやる殺しなりの悪行を「止めない」って悪行を自身に積み重ねていったわけだ!」

「なるほど……自分で悪行を重ねるという行為も、あまりにやりすぎると自身の中でそれが悪行という認識ではなくなる可能性もあるでしょうから、悪い事をする他の誰かを仲間とする事で間接的に悪行を増やしていったわけですか……」

 ふむふむと納得した顔になるローゼルさん。善悪の「認識」で発動するしないが決まるというのはイメージが重要な魔法と似ているというか、やっぱり恋愛マスターが使うような規格外の力ではなく、魔法由来の力なんだな……

「ま、まずは心の問題からだから大将に頼むのは少し先になるだろうが、顔合わせは早い方がいいだろうと思ってな!」

「……そうか……」

 話に全く関係ない流れで色々な爆弾をぶちまけられた気がするけれど、要するにこの子と仲良くしてやってくれってお願いなんだよな……

「こ、こんにちは。」

 しゃがんで目線を合わせて挨拶をするも、警戒されるならともかく全くの無反応……フィリウスは少し先と言ったけど、すごく時間がかかるんじゃないだろうか……

「……フィリウス、この子の名前は?」

 見上げたフィリウスの顔は再度曇る。

「不明だ。名前を付けるにしても、そこから専門家の領域かと思ってな。」

「そういうものか……」

 ――と、フィリウスからその子に視線を戻すと、無表情なその子が一歩近づいてオレの顔を覗いていた。

「!」

 ビックリして思わず顔を引くオレのおでこを、その子は人差し指でトンッと軽く押した。


 ゾワリ。


 周囲に満ちる何か。みんなの表情から察するに、たぶんこの場の全員が同じモノを感じたのだろう……何かの魔法が発動したような気配を。

「ロイド様!」

 顔を引いた勢いと指でつつかれた影響で後ろに倒れそうだったオレの後ろに一瞬で移動して肩をつかみ、支えてくれるミラちゃん。

「だ、大丈夫だよ。でも今、もしかして……」

「それほど大きな規模ではありませんが、恐らく願いを叶える力とやらが発動したようです。お前、ロイド様に何を――」

 ゾッとする圧を出しながらその子をにらんだミラちゃんだったのだけど――


「あれ?」


 確かに……いや、確かに後ろに倒れそうだったけどそれはミラちゃんが止めてくれたのだ。なのにそれがなかったことにされたように再び倒れ始めたオレは、真後ろにいたはずが真横にいるミラちゃんに反射的につかまる――というか抱き着き、ミラちゃんを引っ張りながらビタンと倒れた。


「――!!」


 そしてどういうわけか、ミラちゃんを抱き寄せたオレはそのままの勢いでミラちゃんにキスして――!?!?

「んお? なんだ大将、いきなりだな!」

「びゃ、ぶ、へや!?」

 慌ててミラちゃんを離してジタバタと移動したオレは、トロンとしているミラちゃんと恐ろしい顔をしているエリルたちに顔が熱くなったり冷えたりした。

「何してんのよあんた……」

「ち、違うんです! なんか――なんか変だったんです!」

「ロイド様のおっしゃる通りですよ、エリルさん。」

 頬を赤らめて瞳を潤ませるミラちゃんは、うっとりした顔で立ち上がる。

「嬉しいサプライズでしたし、何ならもっとしていただきたいですが何やら不可解な力が働きましたね……」

 自分のク、クチビル――に触れながら子供とフィリウスたちを見て、ミラちゃんはポンと手を叩いた。

「どうやら検証が必要ですね。フィリウスさんとカラードさんとアレキサンダーさんは部屋の外に出ていただいても? ああ、フィリウスさんはこの子供も連れて行って下さい。」

 オレがミラちゃんとキキ、キス――をしても「いつもの光景だな」という顔で子供の方を興味深そうに見ていたカラードが不意に呼ばれてキョトンとするが……

「む? もしやロイドと皆のいつものが始まるのか? よしアレク、退避だ。」

「ん? お、おう! 頑張れよ、ロイド!」

 あまりに理解のあり過ぎる強化コンビ……!

「いつもの!? やるなぁ大将! しかし今のは明らかにこの子の力だろうからしっかり解析しとけよ! それとランク戦もファイトだ!」

 ニヤニヤしつつ、子供を小脇に抱えて強化コンビの後に続くフィリウス……

 ほんの少し前までS級犯罪者とか願いを叶える力とかの話をしていたはずなのに一瞬でこの……オレの理性が試されがちな状況に……!!

「あ、あのミラちゃん……? い、一体なにが――」

「ロイド様との交わりはいつでも望むところですが、せめてこの面々に限りたいところですからね。」

「ふむ、カーミラくんの判断は正しいだろう。先のロイドくんの流れるような動きというか、現象の雰囲気には覚えがある。」

「あ! もしかしてロイくんのラッキースケベ状態!?」

「えぇ!?」

 ラッキースケベ状態……何ともバカみたいな名前の状態だけれども、あれはかなりまずい状態だった。恋愛マスターの力によって結び付けられたオレ……とみんななのだけど、この運命の力とも言える人知を超えた力はオレとみんなの関係性を進めんと、一時期事あるごとに……転んだり滑ったりという動きからオレがみんなにヤ、ヤラシーことをしてしまうという状態を作り上げたのだ……

 ま、まさかあれの再来……!?

「えー? でもあれってこの場の全員がもうロイドとアレコレしちゃってから全然発動しなくなったってゆーか、そこをゴールとして働いてたわけだからもー発動しないはずなんじゃないっけ―?」

「うむ、だから似ているだけで別の現象だろう。理由は謎だが恐らくあの子がロイドくんの願いを叶えた結果だ。わたし……わたしたちの願いを叶えたという可能性もあるが、どう考えてもあの子はロイドくんを見ていたしな。」

「力の流れがロイド様に向いていましたから、そこは間違いないでしょう。重要なのは願いの内容、気になるのはロイド様の――いえ、ロイド様がご自身の何を「悪行」と考えていたかですね。」

「……どんなやらしい事を願ったのよ、変態……」

「べ!? い、いやオレは何も!」

「ロ、ロイドくんの……無意識のお願い、みたいなモノを、読み取った……のかな……」

「む、それは当たりかもしれないな。直近でロイドくんが願った事と言えばズバリ、わたしたちからのご褒美なのだから!」

「うぇえぇ!?」

「あーなるほどー。ロイド的にはそーゆーつもりじゃなかったっぽい顔はしてたけど、優等生ちゃんの大発見でそっち方向に話が行っちゃったもんねー。ロイドってけっこースケベだから、ジタバタしつつも頭の隅っこでご褒美の内容を想像しちゃってたんでしょー。」

「びゃっ!?」

「ご褒美――話の内容から察しますに、ロイド様に抱き着く大義名分を得たというところでしょうか。となりますとロイド様の認識上、そういうご褒美を与えに来るだろう者たちと接触した際にワタクシが体験し損ねましたラッキースケベが疑似的に発生するという事ですね。それもワタクシの位置を強制的に移動させて誘導するほどの強力な力で。」

「ミ、ミラちゃんを強制的に……!?」

「わー、大変だねー、ロイくん。吸血鬼の女王ですら抗えないとなるとボクなんかはロイくんの思うがままだよー。困っちゃうなー。」

 これっぽっちも困っていそうでない、満面の笑みのリリーちゃん……!

「疑似ラッキースケベ状態であるとすると一つ確認が必要だな。ロイドくん、握手をしよう。」

「へ、あ、握手……?」

 唐突に手を伸ばしてきたローゼルさんにつられて手を伸ばしかけたオレだったがハッとして手を止める。ま、まさか握手しただけで大惨事という可能性も……!?

「握手しただけで大惨事に!? という顔をしているが、それを確かめる為の握手だぞ。わたしは身を挺して検証しているのだ。」

「身を挺してって顔してないよ、優等生ちゃん。それならあたしがや――」

 ひょいと横から伸びてきたアンジュの手がオレの手を掴むと思いきや――いや、確かにアンジュの手の感触がしたはずなのだけどその感触が急に柔らかくなり、オレの手はアンジュの胸を下から持ち上げるようにふにょんと――

「あびゃっ!?」

 超反射で手を引っ込めるも、アンジュは頬を赤らめてオレが触れた場所に手を添えつつニンマリと……!!

「なんと言いますか、強制を通り越してゴリ押しという感じですね。ロイド様が『テレポート』のように動きましたよ。」

「ふむ……かつてのラッキースケベ状態がある程度行動に則していたのに対し、今回は触れようとすれば全てがそうなりそうな勢いだな。その上ラッキースケベ状態は基本的に周囲に誰もいないか視線が向いていない時に発動していたが、先ほどフィリウスさんたちがいる前で起きた事を考えると常時発動タイプ……解除方法やら何やら、調査は今日の試合が終わってからの方が良さそうだな。それまではロイドくんから離れておいた方が……いや、ロイドくんとイチャイチャはしたいが周りに見られるのはアレだからな。夜にしよう、夜に。」

「ふふふ、今夜が楽しみになりましたね、ロイド様。」

 ニッコリと笑うも目が笑っていないというか、スピエルドルフで過ごした間にも何回か見た、「我慢できない」という感じの表情のミラちゃん……!

 これはかなりまずい……た、頼むから時間経過で解除されてくれ……!

「あ、でもその前にロイくん。」

 もはや午後の試合どころではなくなってきたオレの前にリリーちゃんがしゃがみ込む。

「カーミラちゃんにちゅーしてアンジュちゃんの胸を触ったでしょー? ボクにも同じ事してもらわないとだよ?」

「えぇっ!?」




『皆さんお腹いっぱい食べたでしょうか! 食べてすぐの試合はどうなのでしょうか! 実戦では戦いのタイミングなど決められないので訓練と思って午後一発目の試合です!』


 相変わらずどこの闘技場でも聞こえてくる同じ声――ここは第八闘技場で一応ここの司会はシュルクらしい――が元気のあり余ってる感じに響き渡る。

 今のところ、あたしたち『ビックリ箱騎士団』は……一人だけ一年生トーナメントに残ってるアレキサンダーも含めてローゼル、カラード、ロイドと全員が勝ち進んでる。でもって午後最初の試合は――


『初っ端から注目の一戦! 三年生相手に連勝を重ねている一年生からの殴り込み、『ビックリ箱騎士団』が四勝目を掴まんと登場! 定期的に学院にやってくる商人さんが一変、『暗殺商人』の二つ名で呼ばれるようになった位置魔法の使い手! リリー・トラピッチェ!』


 本人は嫌ってる二つ名だけど使う技がまさに暗殺者のそれだからしょうがなくて、呼ばれる度に嫌そうな顔をするんだけどお昼にあったアレ……ドスケベバカロイドのせいで上機嫌に入場してくるリリー……

 あのエロ商人は元々……あれだったから、試合みたいに一対一で向かい合ってヨーイドンっていう形式だとその技は活かしきれなかった。だけどラコフとの戦いをキッカケに『スプリット』っていう、指で作ったフレームにおさめたモノを何であれその空間の位置をズラすっていう形で切断してしまう常識外れの魔法を身に着けた。

 加えて、本来相手の許可が無いとできない「自分や自分の所有物以外のモノの位置の操作」を疑似的に可能にする『ゲート』。空間に入口と出口の穴をあけて、そこに相手を放り込む事で入口から出口に強制移動させる魔法の応用力の高さは計り知れない。

 暗殺者のそれが持つ一切気配を感じさせない位置魔法の操作技術と合わさって、今のリリーは初見だと割とどうしようもない厄介さを持ってる。そして他の面々と同じように何かがパワーアップしてるならリリーとやりあえる三年生なんているのかしらって感じだったんだけど……あたしの知る限り、そんなリリーに唯一対抗できそうな奴が対戦相手になった。


『対する三年生は「元組」からの参戦! 前生徒会長は学院最強と呼ばれますがこっちの称号は満場一致でこの男のモノでしょう! 人呼んで「戦闘の天才」! 見た目のパンチも技の破壊力もナンバーワン! 元選挙管理委員長、『ゲイルブラスター』こと、ジェット・ベルガー!!』


 髪の毛を全部上に向けて制服を乱暴にはだけさせた上で眉間にしわを寄せてガン飛ばしてるっていう、お手本みたいな不良なのに選挙管理委員長だったっていう謎のギャップのある三年生。そんなふざけた見た目だけど選挙の最後、デルフと戦ってたところを見る限りこいつは相当強い。

 両腕に銃のリボルバーみたいのがついたガントレットを装備して、そこに銃弾の代わりに圧縮した空気を装填して放つっていうスタイルなんだけど、どういう力で圧縮してるのか、デタラメな破壊力を持つ。

 空気だからか形も自在で斬撃も撃ってくるんだけど、そんなバカ威力とたくさんの手数よりもヤバいと思ったのはこいつの動き。午前の試合で『フードファイター』とかいうのが第十二系統の時間の魔法でデルフの速度について行ってたけど、こいつは素でそれをやってのけた。

 第八系統の風の魔法の使い手は空気の流れを読むことで先読みを可能にする――ってのは知ってるけど、デルフの光速を前に空気の流れを追ってるんじゃたぶん遅すぎる。一体どんなカラクリがあるのか……速いってわけじゃないけど動きが読みづらいって意味じゃリリーもかなりのレベルだし、もしかしたら答えが見つかるかもしれないわね。


「あー、商人か。食堂に作った購買、あれ助かってるぜ。このガントレット、ちょっと特殊なパーツを使うんだがそれが売ってるのを見た時はビビったもんだ。」

「今後もご贔屓に。」

「もうすぐ卒業だがな。まぁ、あまりに変なモン売ってるって事で風紀委員長――元風紀委員長はぶつぶつ言ってたぜ? お前とサードニクスらの騒ぎも踏まえて。」

「ボクとロイくんの愛を邪魔することは誰にもできないよ。そもそも、愛を知れば文句を言おうって気にもならないはずなんだけどね。」

「オレはわからんでもねーが、ジンジャーは堅物だからな。」

「へー、愛のすばらしさを知ってるタイプ?」

「オレにも彼女はいるからな。二人の時間がいいものだって事は知ってるぜ。」

「それならこれも理解できるね。お昼休み、ボクはロイくんと……うふふ。」


 カーミラとアンジュにしたことを自分にもとか言い出したリリーのせいで流れがアレになってバカロイドが――って試合前になんて会話してんのよ……!


「そいつは結構。充電は満タンってわけだ。」


 アレな内容に普通に理解ある感じに答える不良――ジェット。でもそんな会話をしながらもリリーは短剣を――スピエルドルフでベルナークシリーズと同じ性質を手に入れた、見た目は変わらないけど強力になった武器を手にし、ジェットはガションガションとガントレットのリボルバーを回転させる。


『双方やる気充分のご様子! それではお昼明け一発目! リリー・トラピッチェ対ジェット・ベルガー! 試合開始!』


「お?」


 開始早々、リリーの姿が消えた。前回のランク戦、カラードと戦う前までリリーはこの何の前触れもなく消える位置魔法で相手の背後に移動して急所を一撃っていうやり方で勝ち進んでた。位置魔法の使い手なら誰でもできそうに見えるけど、魔法を使う際には何かしら……別にマナとか魔力が見えなくても「魔法を使うぞ」っていう気配っていうか、姿勢っていうか、そういうのがあるモノで、これが強化魔法とかの簡単な魔法なら一瞬だろうけど位置魔法みたいにそこそこ気合を入れて発動させる魔法だとそうはいかない。

 けどその気合入れを無しに、息をしたり瞬きするみたいに自然に発動されると相手が位置魔法の使い手ってわかってても対応しづらくな――


 ガキンッ


 不意に響く金属音。ジェットの死角、それもかなり低い位置に現れたリリーが音もなく振るった短剣をジェットがガントレットで防いだ音なんだけど、問題はジェットがリリーの方を見てもないってこと……!


「これが噂の『暗殺商人』か。」

「……!」


 ちょっと驚いた顔になったリリーは再度消えて、今度は真上から首を狙いに行ったんだけどそれも防がれる。そんな攻防を数回繰り返した後、リリーは試合開始の時の位置に戻ってため息をついた。


「すごいね……全部見切られるとは思わなかったよ。」

「オレも一安心だ。カンが当たって良かった。」

「カン? そんな一言で済まさないで欲しいな。」

「ああ……一年生は知らねーか。まぁいい、初めに言っておくがこれから先、お前がびっくりする事は全部オレのカンだ。」


 そう言いながらググっと右腕を引いたジェットは――


「暗殺技は堪能した。こっからはオレの番だぜ、商人!」


 ――鋭く拳を突き出す。その動きだけでこいつの体術のレベルの高さがわかるってモンだけど威力はそれどころの話じゃなく、ジェットの正面の地面がえぐれて吹き飛んだ。


「おらぁっ!」

「!!」


 当然のように爆風の中にはいなかったリリーが攻撃後の隙を狙ってジェットの近くに移動したんだけど、まるで来る場所がわかってたみたいに回し蹴りをしてリリーを蹴り飛ばす。それ自体は短剣で防いだけど勢いよく後方に飛ばされるリリーを狙って再度ジェットが拳を突き出して爆風を放……ったんだけど――


「うおっ!?」


 その一撃はリリーに届く前にジェットの背後からジェットを襲い、ジェットは自分の攻撃に吹き飛ばされて壁に激突……って、はぁ?


『これまた愉快な事が起きました! 空中で無防備な『暗殺商人』を狙った爆風はその手前に出現した位置魔法の『ゲート』を通り、『ゲイルブラスター』の背後に作られた出口から噴き出して『ゲイルブラスター』本人を吹っ飛ばしました! 『テレポート』とは違い、本来であれば地脈など土地の力を併用して発動させる『ゲート』を戦闘中に一瞬で作るとは、凄まじい魔法技術です!』


「これにはカンは働かなかったみたいだね。」


 ジェットが突っ込んだ壁から離れたところに立ったリリーは、両手で写真を撮るみたいなフレームを作り、ゆっくりと立ち上がるジェットに狙いを定めた。


「いって……いやまあ、ヤな予感はしたぜ? だから威力を抑えたんだからな。いつもの威力で撃ってたら今ので試合終了だったぜ。」

「……さすがに無理がない? そのカン。」

「そう言われてもな。そのポーズ、何かやるつもりなんだろ? 位置魔法とは思えない……飛び道具みたいな技か?」


 そう言われてリリーの表情が少し険しくなる。空間ごと切断する、もはやリリーオリジナルと言ってもいい魔法『スプリット』。あれは学院の試合とかじゃ披露してないはず……


「何も――飛ばないけどね!」

「っと。」


 巨大な剣か何かで切りつけたみたいな切れ込みがジェットの背後の壁に走る。それはジェットが一瞬前にいた位置なら身体を真っ二つにしてたんだけど、まるで斬撃の向きがわかってたみたいに移動したジェットには当たらなくて……


「――!」


 続けて数回『スプリット』を放つけど、ひょいひょいと全部かわすジェット。リリーが言ったように何かが飛んでるわけじゃなくて、リリーの視界と手で作ったフレームを基準に位置がズレてるだけ。強いて言えば魔力の流れがリリーからその「位置」に向かって伸びてるだろうけど、それを見ることができるのは魔法生物とか魔人族だけ。もしかしてそういう魔眼の持ち主なのかしら……


「ふぅ、最初に言ったようにカンだからよ、いつまでも避けられるわけでもねぇからミスる前に勝たせてもらうぜ!」


 跳躍――たぶん足の裏で空気を爆発させての加速でリリーの方に迫ったジェットと、それを察知して位置魔法で移動した……いえ、これはたぶんジェットがリリーを移動させた……空中に現れて再度『スプリット』の狙いを定めるリリーに向かってジェットはその場で連続パンチ。見えないけど無数の圧縮空気の破裂が空中を埋め尽くす。


「さっきの『ゲート』が怖くないんだね!」

「カンだが、たぶんこの速度でこの範囲で連発すれば発動はできてもオレには返せないだろ!」


 リリーは『テレポート』と『ゲート』を駆使してジェットのトンデモ威力の連発――っていうか連射を回避しつつ、『スプリット』を交えて攻撃を仕掛けていく。ジェットの言う通りなのか、あたしも『ゲート』の発動条件とかは詳しく知らないんだけど、さっきみたいに出口をジェットの傍に置く事はしてない。

 そしてジェットは、リリーの移動先と『スプリット』の攻撃位置が完全にわかってるのか、時々ちょっとだけ移動しながらもほとんど固定砲台みたいにガントレットから圧縮空気を連射してく。

 リリーの位置魔法……その利点が完全に殺されてる感じだわ……どうなってんのよ……


「珍しいですね、サードニクスさんは一緒じゃないのですか?」


 誰かの説明が欲しいところで説明役の生徒会長――ヴェロニカが来た。

「ロイドくんとは夜まで――ああいや、少々ありまして。」

 ローゼルが一瞬ニヤケた顔をさらっと優等生顔に戻す。

 昼休みの一件でラッキースケベ状態……あれよりももっとヤバイ状態になったロイドとは別行動する事になって、ロイドと強化コンビは違うところで試合を観てる。

「……まさかロイドに会いに来たってわけじゃないわよね……」

「そんな怖い顔をしなくても大丈夫ですよ。トラピッチェさんの魔法を見て話を聞ければと思っただけですから。」

「そ……じゃあ代わりにジェットってやつの解説を頼むわ。何なのあいつの……カンって。魔眼?」

「ふふふ、残念ながら本人が言った通りなのですよ。」

 あたしの隣――普段ならロイドが座る位置にヴェロニカが座る。

「試合の前にシュルクさんが紹介していましたが、「戦闘の天才」という一言に尽きるのです。普通であれば避けられない、見えない、予測できないといった事柄に「気づいて」しまう……そうですね、才能と言ったところでしょうか。」

「あによそれ……才能って、魔眼とかそういう体質とか、第八系統の使い手らしく空気を読んでるとか……」

「彼にはそういう力があるとハッキリした段階で学院の先生方――学院長も含めて多くの専門家が魔眼なり体質なり、本人が気づいていないだけで無意識に何かをしているのではないかと考えて調べたそうですが本当に何もなかったとの事です。」

「……本当にただのカンってこと……?」

「そうなりますね。例えば妙に嘘を見抜くのが上手い方、何となくそう思ったという理由で事故などの不運を回避する方などがたまにいるかと思いますが、ジェット・ベルガーという人物は戦闘におけるカンが異常に鋭いのです。」

「カンでリリーの位置魔法を読み切って、カンで……あの『神速』の速度について行ってたって……冗談じゃないわね……」

「カンであるが故と言いますか、時々読みを間違えることもありますから絶対ではないところが相手からすると救いですね。百回中一、二回程度の確率だそうですが。」

「化け物ね……」


『お互いの猛攻が飛び交いますが『暗殺商人』が劣勢でしょうか! 本来であれば死角から襲い来る攻撃や……何でしょう、うまく説明できませんが不可視の斬撃のような攻撃は対応に困る厄介な技のはず! しかしそれを本人曰く「カン」で全て回避してしまう『ゲイルブラスター』には通じず、圧倒的な手数、範囲、破壊力の圧縮空気がじわじわと『暗殺商人』を追い詰めていく!』


「あん?」


 司会が「追い詰めていく」って言った途端、ジェットが攻撃を止めた。闘技場の中はもはや荒野になってて……とうとうリリーに攻撃が当たったのかと思ったんだけど、ジェットの表情は何かを警戒するようなそれだった。


「なんつーか、急に悪寒がしたぜ。逃げながら何か仕込んだな? かなりやばい気がするな、こりゃ。」

「気づくのがちょっと遅かったかもね。」


 リリーの声がするや否や圧縮空気を飛ばして荒野を粉々にするジェット……なんだけど、リリーはそっちとは真逆の場所に立ってて、闘技場を上から見てるあたしたちからすればリリーは普通に立ってるのにジェットが明後日の方向に攻撃した感じね。


「――っ!? んだこれ……」

「カンが鋭いのはわかったけど、こういう範囲が広いのは対応が難しいよね。今、すごく気持ち悪いでしょ。」


 何が起きてるのかよくわからない。広範囲にリリーが何かをしたらしいけど影響を受けてるのは片手で頭を押さえてふらつくジェット――それと闘技場の戦いを映すスクリーン。普通なら中で戦う生徒を映すはずなのに、画面の半分が空を、もう半分が観客席の一部を映してる。

 何かの位置をズラしてる感じかしら……


「種明かしをすると、今この闘技場の中には『ゲート』の穴が大量に空いてるの。人や攻撃を通せるくらいの密度のモノは一度に何個も作れないけど、感覚がちょっと変になる程度の薄いモノなら結構作れるんだよね。そういうのをあっちこっちに設置したから……そうだね、遠くにあるはずの物に手が届いて、目の前の物に触れられない。地面が上で空が下って感じに、普段感覚的に理解してる距離感とか位置関係が滅茶苦茶でしょ。」


 方向感覚や平衡感覚が狂うっていうのとは違うらしい、想像できない感じの状態になってるっぽいジェットは、リリーが立ってる方向とは全然違う方向を見つめる。あたしたちが見てるリリーの位置が違くて本当はそっちにいるのか、魔法の影響でジェットが間違えてるのかわかんないけど……たぶん、この『ゲート』の複数設置は武器のベルナーク化の影響よね。


「そして飛び道具って言われたこの技だけど基本的にはボクの視界基準で起こす魔法で、『ゲート』を無数に設置した今、こうして立ってるだけでもボクにはそっちの姿が色んな方向から見えてるんだよ。」


 ――! つまり今のスクリーンの状態と同じで、リリーの「視界」っていう画面は無数に分割されてジェットをあらゆる角度から捉えてる……それはつまり、『スプリット』が同時に複数の方向で起きるって事……!?


「ああ、それでか……オレにはお前がそっちにいるように見えるが、そこに向かって攻撃しても走って行っても思ってる方向とは別に行きそうな気がするぜ。」

「視覚を含めてボクの位置を特定する五感情報が全部狂ってる状態だからね。」

「でもたぶん、その辺にいるだろ。」


 そう言ってジェットが指さしたのはリリーがいる方向。観客席のあたしたちからすればそりゃそうでしょって感じだけど……リリーからすれば色んな感覚を狂わせても「たぶん」とかいう何となくで場所を当てられたわけで……たまったもんじゃないわね……


「ホント、とんでもないね。」


 ビックリを通り越して呆れ顔になったリリーは容赦なく『スプリット』を放つ。

 全く同時にジェットのいる場所に無数の斬撃が刻まれた――んだけど――


「え――」


 リリーの攻撃と同時に跳躍し、宙に舞ったジェットはリリーのいる方向に向かって圧縮空気を一発放ち、そしてすぐさまガントレットから空気を噴出して方向転換、全く別方向に更に一撃を放った。

 二発の攻撃がそれぞれに地面やら壁やらを砕くと同時にジェットは綺麗な着地はおろか受け身もできずに地面に落下して転がった。


「くっそいてぇ! 両脚ぶった切られた!」


 闘技場の地面でジタバタするジェット――ってリリーは……? さっきいた場所にはいない……


「言っとくがこれはお前のミスだぜ、商人。オレのカンは絶対ってわけじゃないが、お前の位置を指した時のお前の呆れた声はオレのカンが正解って事を裏付けた。だから完全回避は不可能だがダメージを最小限にできる方向に跳んでお前を攻撃し、それを避けるお前が移動するだろう先にとびっきりの一発を放った。回避も難しい範囲とタイミングだったろ?」


 ジェットの言葉を聞いて二発目が放たれた方を見ると、そこには壁に叩きつけられてグッタリとしてるリリーがいた……!

 位置情報を完全に狂わされた状態で……リリーの位置、リリーの攻撃によるダメージを最小限にできる回避方向、自分の攻撃を避けたリリーが次にどこに現れるか、その全てを……「カン」で当ててリリーを倒した……!?

 どんな超能力よ、あいつ……!!


『最後の最後までカン頼り! しかしそれは「戦闘の天才」による確実な直感! 並み居る三年生たちを倒してきた『ビックリ箱騎士団』の連勝を止めたのはこの男! 勝者、ジェット・ベルガー!!』




「あはは、勝者と言っていいものか微妙なラインだね。」

 お昼にスーパーラッキースケベ状態になってしまった為、エリルたちと離れた場所でカラードとアレクと一緒に試合を見ていたオレは、リリーちゃんが強力な位置魔法をいくつも展開するもカンでそれらを凌駕してしまったベルガーさんの強さに驚愕し……途中から一緒に試合を観てベルガーさんの力について教えてくれていたデルフさんの苦笑い気味の一言に首を傾げた。

「で、でもリリーちゃんは……」

「うん、試合は確かに元選挙管理委員長の勝利さ。でもこれを実戦として考えた場合、最後の一発は確かにトラピッチェくんの意識を絶ったけれど――ああ、気を悪くしないで欲しいのだけど、絶命に至る一撃ではなかっただろう。両脚で踏ん張りもできない空中かつ体勢も良くない状態で放った攻撃だから仕方がないけれど、トラピッチェくんが目を覚ましたら……両脚を失った元選挙管理委員長はなすすべがない。」

 闘技場での試合だから実際にベルガーさんの脚は切れていない。試合中はそれが疑似的に再現され、激痛が走って両脚を動かせなくなっていただろうけど、試合が終われば元に戻る。でもこれが実戦だったなら……出血もあるし、ある意味致命傷のようなモノ……

「これが試合じゃなかったら、元選挙管理委員長は脚を犠牲にする決断ができたかなってね。ま、ちょっと意地悪が過ぎるけれど。」

 立ち上がってググっと背伸びをするデルフさんに、難しい顔をしていたアレクが質問する。

「なぁ会長――ああ、元会長。試合だ実戦だのっつー話は置いといてよ、あの先輩のカン、攻略法はねぇのか? やばすぎんだろ。」

「攻略? ふふふ、そんなモノはないというか、そもそも攻略対象じゃないよ。」

「?」

「死角からの攻撃やフェイント、次の一手の為の下準備。戦いの中で起こるかけ引きが全部見抜かれるっていう前提で戦えばいいだけの事なんだよ。強いて言うなら全力で真正面からぶつかる――それだけさ。」

「お? あー……そうか、なるほど。」

 うんうんと納得するアレク。全力で真正面から……そう挑まざるを得ないとなると、ベルガーさんの雰囲気にはピッタリの戦いになるんだなぁ……

「何はともあれ、トラピッチェくんには悪いけどこれでオブコニカくんらがより落ち着いてくれるとありがたいね。せっかくの機会、面倒な心配事は無しにしたいもの。」

 たぶん独り言としてそんな事を言ったデルフさんはヒラヒラと手を振ってオレたちと別れる。

 そうだ、リリーちゃんを出迎えに……いやでもいつもの感じだとリリーちゃんはこう……ロ、ロイくんなぐさめてー的に抱き着いてくる――気がするから今の状態ではまずいのでは……




 試合終了後、田舎者の青年が恋人の一人の健闘を遠目に労っている頃、多少の制限はあるものの普段は関係者しか入る事ができない学院内を見物している外部の者たちに紛れて二人の女性が歩いていた。

「流石世界一の騎士学校様ですわね。上手に覆える場所様がこの辺りしかないなんて。」

 一人は黄色いワンピースの上に白い上着をはおり、小さなカバンを肩からかけて黒髪をショートヘアにした女。両手で丸を作り、それを通して周囲を眺めている。

「ボスがワタシたちをこちらさんへ配置したのはこれが理由さんですわね。いつだったかしら、軍の施設さんを裏返しにした時を思い出しますわ。」

 もう一人は緑色のシャツに白いロングスカートで小さなリュックを背負い、長い黒髪を真っすぐにおろしている女。何かを数えるように指を折っている。

 普段騎士とは無関係な女性がランク戦を機に騎士学校を見物しに来た――そんな風に見える二人は、何かを確認し終えるとそれぞれのカバンとリュックから白い輪っかを取り出してチョーカーのように首にはめた。

「設定様はどのように? 姉様。」

「普段であれば三あたりから始めますが、今日は慎重に一からまいりましょう。」

 そんな会話をした二人が白い輪っかをポンと叩くと電源が入ったかのように「ピコン」という音がして、それらは二人の首元から消えた。

『右腕』たちが手を組んでいた理由が明らかになりましたね。この子供が今後どうなっていくのか……『シュナイデン』といい、あの戦いは後につながりそうなあれこれを残していきましたね。後への影響という意味では『フランケン』もかなりですが。

そして初登場時は名前もなかった元選挙管理委員長。滅茶苦茶強いですが、次は誰が彼に挑む事になるのでしょうか。

ちなみに三年生トーナメント、二年生の上位者もいるのです……


さて、ロイドくんは無事に夜を乗り越えることができるでしょうか。

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