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騎士物語  作者: RANPO
第二章 ~悪者である為に~
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第八話 世界の悪

「悪者」について大いに語るお話です。

「ロイド、あんた今日ひま?」

 休日。朝の鍛錬の後、シャワーを浴びてさっぱりし、今日の朝ごはんは何にしようかと学食に思いをはせていると、同じくシャワーを浴びてさっぱりしたエリルがそう言った。

「今日も何も、基本的にひまだよ。宿題するくらいしかやることない。」

「……趣味とかないの?」

「……強いて言えば釣りかな。でも釣竿持ってないし。」

「あっそ。なら……買い物に付き合いなさい。」

「? なんか重たいモノでも買うのか? それか大量の――服とか?」

「……アップルパイの……材料よ……」

「おお! 作ってくれるのか!」

「か、勘違いしないでよね! 別にあんたの為じゃないわよ! あたしが食べたくなっただけ! あんたの分はついで!」


 ということで、朝飯を食べ終わったオレたちは街へと繰り出した。この前とは違って今日は制服じゃない。オレはこの前買った適当な服を、エリルはいつもと雰囲気の違う服を着ている。

「そういう服も持っているんだな、エリル。」

「……文句ある?」

「いんや。でも普段制服とジャージと寝間着のサイクルしか見てないからな。そういうお出かけ服は珍しいというか何と言うか。」

「そ、そう……」

 エリルが裾やら袖やらをいじり出す。

「? 大丈夫だぞ、似合っている。」

「――!」

 エリルの顔が赤くなったかと思うと、もはや慣れた動きで伸びてきた手がオレのほっぺをつねって引っ張る。

「い、行くわよ!」

「痛い痛い痛い!」

 エリルに引っ張られて連れてこられたのはこの前は来なかった通り――主に食べ物を売っているエリアだった。屋台的なのはあっちこっちにあるけど、食料品って意味で売っている店はその通りに集中していた。

 オレはアップルパイを作るのに何がいるのか知らないから、買い物袋を片手にエリルが色んな店で買っていく物を運ぶ係になった。結構慣れた感じに材料を買っていくエリルを見て、そういえばエリルはお姫様――本人は下の方だからとか言ってそんなでもない的な事を言うけど、それでも普通よりは上の身分である事には変わりない。そんなエリルが食材を買い慣れているっていうのはどういう事なのか。そう思ったオレはエリルに尋ねた。

「なぁ、エリル。なんでお菓子を作れるんだ?」

「はぁ?」

 エリルが「何言ってんだこいつ」という顔をする。確かに、我ながら変な聞き方だ。

「えっと……その、ほら。お菓子なんて――エリルの……あの、立場? 環境? 的には作ってもらう……感じじゃんか。自分で作れるってちょっと不思議かなぁーって……」

 オレの言いたい事を理解したのか、軽くため息をつくエリル。

「…………お姉ちゃんが甘いモノ好きなのよ。」

「お姉ちゃんって――エリルが守りたいお姉さんか?」

「そうよ。お姉ちゃんの喜ぶ顔が見たくて作ってみたのが始まり。材料を買いに行く所からやりたいって言って、しぶしぶ《エイプリル》がついてきた事もあったわね。」

「そっか。」

 思い出に浸るみたいな顔で話すエリルは、なんだか幸せそうだった。エリルをこんな笑顔にする人物――それが、エリルのお姉さんなわけだ。

「そのお姉さん、いつか会ってみたいな。」

「……少なくとも顔は見れるわよ? 新聞あさればどっかに載ってるから。」

「そうだろうけど……あ、そうだ。夏休みにエリルの家に遊びに行ったりしたら会えるかな。」

「な!? う、うちに来るって――」

「だって夏休みだし。一回くらい家に帰るだろう?」

「そ、そうだけど……うちにあたしがだ、誰かを招待するなんて……しかも男の子を……」

 段々と赤くなるエリル……ん? そうか、よく考えたらダメか。エリルの家ってつまりクォーツ家で、王族――的な扱いのはずだ。そんな所にオレみたいのがひょいひょい入れたらまずい。

「そうだよなぁ……怪しい奴を家に入れたら一大事だもんな……」

 ちょっとがっくりしていると、エリルが髪の毛をくるくるいじりながらこう言った。

「……お、お姉ちゃんに、相談してみる――わよ、一応……」

「ほんとか! ありがとう!」


 いくつかの店をまわり、買い物袋がいい具合に腹いっぱいになったぐらいで、エリルが「これで全部よ」と言った。

「よし。んじゃ戻るか? それとも――せっかくお出かけ服着ているんだし、ちょっとぶらつくか?」

「べ、別に無理にぶらつかなくてもいいけど……つ、釣竿でも探してみる?」

「ああ……こんだけ大きな街だからあるとは思うけど、釣る場所がないんじゃないか? この辺。」

「言われてみればそうね……ていうかあんた、よく考えたら釣りが趣味なのに釣竿持ってないってどういう事よ。」

「フィリウスのを借りていたんだよ。本人は木の枝とか長靴しか釣ってこないけど……」

「あんたは上手かったの?」

「上手いかどうかはわからないけど、ぼうずだった事はないな。大抵なんか釣れた。フィリウスからは才能があるとか言われたけど。」

「変な才能ね。あんたの家は漁師だった――」

 そこまで言ってエリルは自分の口をおさえた。そしておずおずとオレを見る。

「エリル、もう気にしなくていいぞ? 意外と吹っ切れてないって事がこの前わかったけど……そのせいで家族の話の一つもできないんじゃ困ったもんだろ?」

「……じゃああんたも気にしなくていいわよ。」

「オレ?」

「さっきお姉ちゃんの話した時に気にしてたでしょ……普通に言っていいのよ、「エリルは王族なんだからお菓子を作ってもらう側なんじゃないのか?」ってね。」

「……わかった。」

 知らず知らず、オレとエリルは笑い合った。

「んじゃあ……帰るか。」

「そうね。」


 まだちゃんと道を覚えてない街をグネグネと歩き、学院のある方に向かって歩いて行くオレとエリル。食料品を主に売っている通りを抜けて雑貨屋が並ぶエリアに入り、あとはこの道を真っ直ぐ行くだけで学院に着くってところまで来た時、そこそこな人だかりが見えた。

「ん? また《マーチ》の本か?」

「あそこは……ホットドッグ屋さんよ。」

「えぇ? んじゃあ絶品ホットドッグでも出たのか?」

 そんな会話をしながら、どのみち学院に戻る為にはそこを通り過ぎる必要のあるオレたちは人だかりの中からこんな声を聞いた。


「だから、これが代金だと言っているのです!」

「だーかーらっ! こんな金見た事ないって言ってんだ!」


 人だかりの中心は言い争っている二人だった。片方はホットドッグ屋さんの――屋台の中にいるからお店の人だ。んでもう一人はホットドッグを手にしたお姉さん。どうも代金の支払いで何か起きたらしい。

「無銭飲食って奴かしら?」

「いや……たぶん違う。オレ、ああいうのそこそこ見た事あるんだ。ちょっと行って来る。」

「え?」

 人だかりを抜け、オレは言い争う二人の横に立った。

「あん? なんだ坊主。」

 お店の人が怪しい奴を見るような目で見てきたが、オレは気にせずにお姉さんが出したお金を見た。それはパチンコ玉みたいな金属の塊で、金色だったり銅色だったりしていた。

「やっぱり……えっと、これ、一応お金ですよ。」

「あぁ? こんな金があるわけ――つーか坊主は誰だ。」

「オレは――」

 なんて答えればいいのかわからなくてちょっと考えていると、隣にエリルが来て自分の学生証をお店の人に見せた。

「セイリオス学院の生徒よ。」

「! 学院の生徒さんか。」

 するとお店の人の表情が少し和らいだ。なるほど、この街では学院の生徒ってのはそれだけである程度信頼できる証なんだな。あとでエリルにお礼を言おう。

「――確かにこの辺では見ないタイプですけど、とある国では一般的な貨幣だと昔港町で聞いたことがあります。なので、このお姉さんにはきちんと代金を払うつもりがあるんです。ただ――」

 お店の人からお姉さんの方に視線を移す。

「港町みたいに色んな国の人が来るような場所では色んな貨幣がどの店でも使えたりしますけど、ここはこの国の首都ですから……両替しないと使えませんよ。」

「そうなのですか? 大きな街であればどこでもそうなのかと……」

 このお姉さん、たぶん色んな国を渡り歩いている旅人か何かなんだろう。

「――ということで、とりあえずそのホットドッグの代金はオレが払いますよ。お姉さんはそれを両替して、あとで代金をオレに下さい。それでどうですか?」

 提案に対してお店の人もお姉さんも頷いたので、オレは白いカードをお店の人に渡して代金を払った。

「エリル、この辺で両替できるとこってあるか?」

「あっちに銀行が――って、あるかどうかも確認しないで払ったわけ?」

 あきれ顔のエリルの案内で、オレたちとお姉さんは銀行に移動した。お姉さんは鞄も何も持ってないのにどっから出したのやら、大きめの袋一杯のあの貨幣を両替する。

「あんなにたくさん……すごいな。」

「……よくわかんないんだけど、あの量ってこっちで言うとどれくらいのお金になるのよ。」

「相当な額だよ。お金持ちって言って差し支えない……袋に入れて持ち歩くような額じゃないな。」

「……危ないわね……」

 案の定、桁がとんでもない事になったのか、銀行の人があたふたし出した。


 数分後、大きめのケースを抱えてお姉さんが戻って来た。

「ありがとうございました。おかげで助かりました。これ、ホットドッグの分です。」

「……いや、これだとホットドッグが三十個は買えますけど……」

「助けてもらったお礼も含めて、です。」

「そんな、もらえませんよ。」

「そうですか? では――」

 とととっと銀行から出たお姉さんはキョロキョロと通りを見回し、そして喫茶店っぽい所を指差した。

「お茶を一杯、ごちそうさせて下さい。」


 別に高級喫茶店でもない普通な感じのその店で、オレとエリルは紅茶とケーキを前に座っていた。

「これくらいなら受け取ってもらえますでしょう?」

 自分も同じようなセットを頼んだお姉さんがニッコリ笑った。

「……いただきます。」

「……いただくわ。」

 二人そろって紅茶を一口飲む。何て名前かはわからないけど、エリルの淹れてくれる紅茶とは違う香りがした。

「あら、美味しいですね。」

 オレとエリルは正直驚いた。お姉さんはケーキを食べているんだけど――フォークを使わずに手で掴んでかぶりついているのだ。頬を膨らませて、とても美味しそうに食べてはいるんだけど……お世辞にも行儀がいいとは言えない。なにより、見た目とのギャップが激しい。

 お姉さんは――たぶん、オレたちと十歳も離れていないだろう。可愛いと美人で分けるなら後者の方で、長方形の眼鏡と波打つ髪、派手さのない上下で清楚な服装。こういう喫茶店で本を片手に紅茶を飲んでそうな感じなのに、モシャモシャとケーキを食べている。

「? どうかなさいました?」

「いえ……そ、そういえば両替した結果、結構な額になっていましたけど……」

「ええ。これくらいに。」

 と、オレとエリルの前でケースをバカッと開くお姉さん。中には帯でまとめられた紙幣が敷き詰められていた。

「ちょ! こんな所で開いちゃダメですよ!」

「そうですか?」

「当たり前じゃない! どこで誰が見てるのかわかんないのよ!?」

「おや。しかしこの街には騎士様がいるではないですか。」

「それでもですよ!」

 なんだか色々と抜けているお姉さんだ。

「何はともあれ、助かりました。あのままではどうなっていたことか。」

「そうですね……あ、エリル。さっきはありがとう。」

「べ、別に……学生証は持ち歩いておきなさいよ……」

「そういえば、お二人は学院の生徒さんなのですよね?」

「そうです。セイリオス学院の。」

「未来の騎士様というわけですね?」

 ぐびぐびと紅茶を飲み干したお姉さんはぷはーと言った後、いつの間にか手に持っているメモ帳を開いた。

「私、知り合った方々全員に聞いている事があるのですが……いいでしょうか?」

「? 答えられる事なら答えますけど。」

「よかった。ではお聞きします。」

 眼鏡の位置を治しながら、お姉さんはこう言った。


「あなたにとって悪者とは?」


「悪者? 犯罪者って事ですか?」

「そう答える方もいるでしょうね。要するに、あなたが目の前の何かを悪者だと認識するには、その何かはどんな奴である必要がありますか? 何をする必要がありますか?」

「悪者を悪者と認識する――理由か。」

「もっと漠然と言うのなら、あなたにとって悪とは?」

 悪。その言葉を聞いた瞬間にオレの頭に思い浮かんだのは――あの時間使いだった。そして続くのは……オレの家族を殺した連中。

 つまり、オレにとっての悪とは――

「……オレの場合は……」

「ええ、あなたの場合は?」

 エリルの事をチラ見して、オレはこう言った。

「オレの大切な人を奪う奴……ですかね。」

「ふむ。そちらは?」

「あたしは……そうね。あたしもロイド――こいつと同じね。大切な人を……奪おうとする奴。」

「そうですか……」

 お姉さんは見るからにがっかり顔で頬杖をついた。

「大切な人――恋人、友人、家族……この辺りを奪ったり殺したりする存在を悪とする。私の質問に対してその答えを出した人は全体の四割を占めています。ちなみに残りはルールを破る存在や多くの人の生活を脅かす存在という答えですね。」

「はぁ……月並みですみません。」

「では――もう一つだけ。」

 普通の答えをしたからか、思いっきりオレたちから興味を失った顔で質問してくるお姉さん。


「世界の悪とはどんな存在だと思います?」


「えっと……どういう意味ですか?」

「絶対的な悪者とでも言いましょうか。つまり、世界中の誰もが指を差して「あいつは悪者だ」と叫ぶような存在です。」

 そんなお姉さんの質問に、たぶん急に興味の失せた顔になったお姉さんに若干イラッとしているエリルがそんな感じの顔で答えた。

「そんなの、世界規模で指名手配されてる犯罪者とかじゃないの?」

「そうですか……」

 なんとも抑揚のない「そうですか」を言うお姉さん。

「君は?」

「オレはエリル――あっと、この子とは違う意見ですね。」

「ほう?」

「オレは……世界中の誰もが悪者だと思うような存在はいないと思います。」

 劇的だった。お姉さんの表情がみるみる活気づいた。きっとあまり聞かない意見だったのだろう。だけどお姉さんはその後すぐ……なんというか、理解不能な事を言われた人みたいな困惑顔になった。

「え、え? いない? それはどういう?」

「えっと……うまく説明できるか自信ないですけど――例えばお姉さんが突然オレの大切な人に危害を加えようとしたら、オレの中でお姉さんは「街で知り合った人」から「悪者」になります。その反対も勿論あって、いきなりオレがお姉さんの命を狙ったりなんかしたら、オレはお姉さんにとっての「悪者」になりますよね。」

「……」

 お姉さんは無言だ。

「もっと言うと、今この子が言った指名手配されている犯罪者がオレやオレの大切な人を助けてくれたりなんかしたら、きっとその犯罪者はオレにとって「悪者」じゃなくなるんですよ。」

「つまり……状況によって――というよりは人によって「悪者」が違うから誰にとっても「悪者」って人はいないんじゃないかってことかしら?」

「そんなところです。そもそも……ほら、「悪者」は「悪者」で悪い事をする仲間がいたりするじゃないですか。部下でもいいですけど、そういう人たちにとって「悪者」は「悪者」じゃなくて、むしろ「正義」だったりするのかもしれません。悪のカリスマ――みたいなのとか。」

「……確かに。では極端な話、たった一人の人間――いえ、人間に限らずたった一つの存在がこの世全ての生き物一つ一つと出会い、そのモノにとっての悪い事をその存在がやっていったなら、ついには世界の悪になる――という事ですね?」

「んまぁ……」

 悪者という存在についての議論なんてことを初めてやり、ほんの数十秒前まで興味の失せた顔だったお姉さんがえらく真剣な顔でオレの意見を考察している。

 これはきっと、酒場で「今の王様はダメだ」とか「最近の若い奴はダメだ」とか、その場で延々と話した所で何がどうなるわけでもない類の、いわゆる話のネタくらいの重みしかないはずだ。なのに目の前のお姉さんはこれが死活問題とでも言わんばかりの表情だった。

 そんなお姉さんを見たからか、オレはふと思った屁理屈も伝えてみようと思った。

「……でも、世界の悪となったその存在も、自分の悪にはなれなさそうですけどね。」

「? どういう意味ですか?」

「いえ――完全に屁理屈ですけど、その世界の悪を目指すその存在が世界の悪になれたとしても、その存在にとっての悪にだけはなれないって話です。悪は倒すべきモノだと思いますけど、自分で自分を悪だと思って自分を倒そうとする事はないでしょう?」

 お姉さんの表情がまさに「きょとん」とした。そして数秒後、その外見からは想像できない大爆笑が喫茶店に響いた。

「アッハッハッハッハ! そ、それはそうですね! ふふふふ! 世界に自分をふ、含めたら自分にとっての悪にだけは絶対に――ブフフ! あはははは!」

 他のお客さんからの視線を感じつつ、どうしようかとエリルと一緒にあたふたするオレの前で机をバシバシ叩きながら笑い続けるお姉さん。

「お、お客様?」

 さすがに店員さんが来たのだがお姉さんはツボにはまったみたいに笑いが止められない感じなので、そそくさとお姉さんを連れて喫茶店を出た。

「ぶっ、くははははは!」

 喫茶店の外、道の隅っこで笑い続けるお姉さんは、ケースをバカッと開き、そこから札束を一つ掴んでオレに投げた。

「え、ちょ――」

「き、喫茶店のお代、払ってくれたんですよね――あはは! おごるとか言っておいて私ときたら、ははは!」

「いやいや! にしたって多すぎますよ!」

「加えてこんなに笑かしてくれたお礼です――ぶふふふ! 返さないで下さいね?」

 そう言うと、くるりと背を向けて歩き出すお姉さん。オレとエリルは呆然とその後ろ姿を眺めていた。




 嵐みたいだった。莫大な額のお金を適当な袋に入れて持ち歩いて、清楚な見た目なのに所々行儀のなってない、悪者について質問してきた謎の女。その女からもらった札束を手に呆然としてるロイドを、あたしはつついた。

「とりあえずそれ、しまいなさいよ。」

「――あ、お、おう。」

 いつも持ってるからたぶん財布代わりなんだと思うボロボロの巾着袋に札束を入れてポケットにしまうロイド。あの女と変わらないわね。

「で、でもどうしようエリル。こんな大金何に使えば……」

「あって困るもんじゃないし、とっておけばいいじゃない。」

「れ、冷静だなぁエリルは。大金の扱いにも慣れて――っと、ごめん。」

「……いいわよ、別に。ひとまず帰るわよ。」

「そ、そうだな……」

 なんかいきなりオドオドし出したロイドと一緒に学院の方に向かって歩き出す。

 旅人を長い事してたロイドにしてみたら、大金を持ち歩くっていうのは狙われたりする可能性を考えたら危険だし、きっとやった事のないこと。

 いつもすっとぼけた――ま、まぁ? 言い方を結構いい方に変えると余裕のある顔をしてるロイドがこんなにオドオドしてるのは珍しい。そんな新しい一面を見れて嬉し――くはないわよ、別に。

「にしてもすごい女だったわね。」

「ティアナとは別の方向にギャップの激しい人だったな……」

「そうね……大丈夫かしら。あんな大金ふらふら持って。」

「どうかな……あのお金をそのまま使える所から来たって事は結構な距離を旅したって事だ。旅の仲間がいるのかどうかはわからないけど、いるのだとしたらあんな大金を任されている事実的に、一人ならそれはそれで、あのお姉さんは結構強いかもしれないな……」

「ただ抜けてるだけかもしれないわよ……」

「んまぁ、そうだけど――ん? あれって……」

 街を抜けて残すは学院までの一本道。その道の先、あたしたちの方――というか街の方に歩いてくる人影が二つ。

「――ローゼルとティアナね……」

 あっちもあたしたちに気が付いたみたいで手を振りながら近づいてくるんだけど、二人の表情は近づくにつれて変わっていった。

「やぁ二人とも。今帰りかい? 街からの? 二人だけで?」

 笑ってるけど全然笑ってないローゼル。

「お、お買い物ですか……二人で……」

 なんかブスッとしてるティアナ。

「た、ただの買い出しよ……」

「エリルがアップルパイを作ってくれるんだ。二人は何をしに行くんだ?」

「わたしたちは散歩だよ。何せティアナはひと月もの間部屋から出ていないからな。」

「ん? そういえばそうなるのか。え、ティアナ大丈夫なのか? 久しぶりの外って……」

「だ、大丈夫……ちょっと眩しいだけ――あれ?」

 何かに気が付いたティアナは、スッとロイドの首のあたりに手を伸ばした。

「ごみがついてたよ……」

 そういってティアナがつまんでたのは――何これ? 木のクズが何かかしら。

「ん、ありがとう。でも――よく気が付いたな。確かにゴミっちゃゴミだけどそんな小さい……しかも色的に肌の色に隠れて見えないぞ。」

「ロ、ロイドくんのアドバイス通りに……魔眼をいつも使うようにしてるから……」

「へぇ。ペリドットって小さいモノもよく見えるんだな……こりゃあれだな。ティアナの旦那さんになる人は浮気できないな。」

「だ、旦那さん……!」

 いきなり出てきたそんな言葉にティアナの顔が一瞬で赤くなる……

「ほら、よくあるじゃんか。服についたキスマークで浮気がバレる的な。きっとどんなに拭いてもペリドットの前じゃ意味ないだろうから、浮気はすぐバレ――ティアナ?」

「旦那さん……」

 もはやロイドの話なんて聞いてないティアナ。そんなティアナの顔をロイドが覗きこむ。二人の顔がすごく近くなって――って!

「痛い!」

 反射的に、あたしはロイドの足を踏んづけた。




 この街がこの国の首都である事は確かであり、賑わっている事も事実だが、建物が立つ以上どうしても暗い路地というのは出来てしまう。そこに店はなく、別の通りへの抜け道程度にしか使う理由が見当たらないそんな道を、普通の人は好んで通らない。

 首都という事もあって、街の中を騎士が巡回していたりする。無論甲冑は着ておらず、そうとはわからない服装で紛れ込んでいる。大通りは勿論の事、暗い路地も定期的にまわっているわけだが、入ろうと思わなければ視界に入らないそういう道は、騎士の見回りのタイミングを除けば完全に死角となる。

 騎士の巡回のあるこの街であっても悪党というのは存在し、彼らにとってそういう道は良い場所である。それは大抵の住民が理解しているからこそ好んで近づかないわけなのだが、どういうわけかそんな人目にない道を一人の女がふらふらと歩いていた。

 清楚な服装と眼鏡から育ちの良い、品のある人物だと想像できる。そんな女が大きなケースを持って暗い路地を歩いている。

「おや、ばれましたか。魔眼の知り合いがいるとは予想外ですね。しかしあれだけ笑ったのはいつ以来でしょうか……」

 女はさっき出会った少年少女を思い出す。主に彼女の頭の中を占めていたのは少年だった。

「王が我が身可愛さに王妃と王子の命を差し出してきた時か……国一番のラブラブカップルが互いを罵り合いながら斬り合った時か……いえいえ、あのどれをも超えていますね。何せ私自身を否定されたようなモノなのだから。」

 物騒な事を当然のように、むしろ嬉しそうに呟く女。

「年の変わり目でもないし、季節の変わり目でもないし、月の変わり目でもない。どうという事のない普通の日、買い物に出かけた先でいきなり私の人生に深々とボディーブローを打ち込んだあの少年――ロイドでしたか。屁理屈? とんでもない、あれは真理。なんだかつまらなくなってきた今日この頃、とりあえず昔と同じ事をしてみようと動いた矢先にこの一撃……ふふ、神様は皆に平等というのは本当なのですね。私にもその恩恵が――導きが来るとは。しかしどうしたものか……ロイドが示した真理に従うと私は私を殺さなければならない。しかしそれでは意味がありません。となると真理を示したロイドを別の論理で崩す……私ですら真理だと感じたこの論理を崩す新たな考えを手に入れる――ああ!」

 突如立ち止まり、ケースから手を離して身をよじる女。その表情は恍惚としていた。

「到達したと思っていた場所が間違っていた。それをたしなめるように彼が現れた! どうすればいいでしょうか? 何をすればいいでしょうか? しかしこれを乗り越えれば私はなれる……これはかつてない確信! しばらく時を空けてみたらこの光! 素敵ですね!」

 その外見からは想像もできない表情。じゅるりと舌なめずりをするその顔は獲物を前にした獣のようだった。

「どうしましょう、どうしましょう! 彼が欲しい……彼を傍に置きたい! 共に模索したい、私の新たな目標を!」



「おいねーちゃん。」



 くねくねと自分を抱きしめる女の周りに、いつの間にか男たちが立っていた。武装している――とまではいかないが、女を囲む数人の男たちはみな刃物を手にしていた。

「見たぜ? そのケース、金がしこたま入ってんだろ? ちょっと――つぅか全部よこせ。大人しくすりゃあねーちゃんの身体には手を出さないでやっからよ。」

 女がケースを開けた時を見ていたのか、男たちはそれを狙ってやってきた。都合の良い事に女は人目のない路地に入った。襲わない手はない。だが――

「……最悪ですね。」

 振り返った女の顔は先ほどまでの恍惚さとはかけ離れた苛立ちの表情だった。

「至高の料理の最後に出されたデザートが泥団子なくらいの失望感。あなたたちがなければ今日は文字通り、人生最良の日だったでしょうに……まったく……」

「何言ってんだ? とっとと金をよこせって言っ――」

 男の言葉はそこで途切れた。

「は?」

 他の男たちが状況を理解できずにそれを見ていた。


ついさっきまでそこにあったはずの男の頭が女の手に握りつぶされたその光景を。


「よこせ? なんで元の持ち主にお願いしてるんですか? 欲しいなら奪えばいいでしょうに。ついでに私も襲って性欲を満たせばいいでしょうに。わざわざ声をかける時点で穏便に済ませたいっていう事が見え見えなんですよね。」

 ようやく他の男たちの頭が恐怖という感情を吐き出し始めた時、女はゆっくりと眼鏡を外した。するとその姿は一変し、その服が与える印象は真逆になった。

胸元が大きく開き、片脚が大胆に出た真っ黒なドレス。所々が伝線している黒いストッキングに黒いハイヒール。耳に逆さ十字を、首に逆さ髑髏をさげたその姿から「清楚」の二文字を引き出すのは難しい。

 そして何よりも変わったのはその表情だった。根本的な顔の形は変わらないのだが、目つきやつりあがる口角から感じ取れるモノは狂気に近い。

 加えて――


「おまえら自分が悪い事してるって自覚あんだろ? 悪事を実行したんだろ? なに保険かけてんだ、あぁ? 中途半端なモンをあたいに見せんじゃねーよ、三下ぁ!」


 外した眼鏡を道に叩きつける女の口調は乱暴で、さっきまでの女と同一人物とは到底思えなかった。

「な、なんなんだお前ぇぇ!!」

 仲間の頭を握りつぶした女に向かって叫ぶ男。何人かが女に向かって行き、何人かはその場から逃げだした。しかし、向かって行った男たちが女に手が届く距離まで来た頃には、女の手に逃げ出した男たちの頭があり、それを見てさらなる恐怖を感じた頃には彼らの命も途切れていた。

「……なえんぜ、まったく。」

 そろって首なしになった男たちを見下ろし、その骸を女が踏みつけると首の無いその身体は真っ二つにちぎれた。


『誰が片付けると思っているんだ?』


 苛立ち顔の女の横に、いつの間にか誰かが立っていた。頭のてっぺんから足の先までをローブで隠した二メートル以上あるそいつを女が見上げる。

「……そうか。あたいはお前も殺さないといけないのか。」

『? 物騒な事を言うなよ。それに言葉を間違っている。』

 妙にくぐもった声のそいつがそう言うと、辺りに散らばっていた人だったモノが血の一滴も残さずに消えた。まるで何も無かったかのように。

「喜べ。実は良い事があったんだ。神様っているんだな。」

『お前が神様とか言うなよ、気持ち悪い。それに良い事があると人の首を千切るのか?』

「これとそれは別の話だ。」

『ほう。ところで眼鏡壊したのか? あのマジックアイテム、そこらで簡単に買えるモノじゃないんだぞ。』

「じゃあ苦労して買ってこい。あたいは帰る。楽しくなってきたぜ?」

『なにが――』

 ローブのやつが言い終わる前に、女の姿はその場から消えていた。

『……楽しく、ねぇ? これから忙しくなりそうだな。』

 女の置いて行ったケースを拾い、ローブの奴もその場から消えた。

ふと疑問に思ったのですがね。


悪党同士の取引なんかがあるとして、どうして金を渡せばブツがもらえると思っているのでしょう?

そりゃあビジネスなんだから信頼があってこその~ってのはわかりますけど、ここだけ妙に「悪」から離れて「カタギ」だなぁ……


そんなどうでもいいような疑問から彼女は生まれました。この物語の悪役です。

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