プロローグ その1 田舎者
ファンタジーな物語を書いてきましたが、世界までファンタジーな物語は書いたことありませんでした。
ついでに言えば学園ものとか、ラブコメとか、こう……「This is ラノベ」的な物語を書いたことありませんでした。
なので書いてみた――というのがこの物語です。
毎度毎度話が長くなる私なので、細かく章にわけてちょこちょこと書いて行こうと考えています。
とりあえず、序章――のその1です。
ガタゴトと、一応そうだとわかる程度の道を馬車が行く。
首都から十キロくらいしか離れていないのだが、方角的に山しかないからか、別の街へと続く道が完璧に整備されているのに対してこの道はただの悪路だ。
ただ、随分前に商人から車輪の軸に取りつける板バネをもらって、それを使ってみてからはそんな悪路も気にならなくなった。商人の顔から察するに、まだまだ実験段階の商品という感じだったのだが……これはなかなか優れものだ。今度会ったら使い心地を伝えようと思うし、そもそも次に会った時に感想を聞かせてくれと言われている。
「だっはっは! 見ろ、街が見えてきたぞ!」
オレの横で手綱を握る男が……いや、手綱を握る男の横にオレが座っていると言った方が絵的には正しい。とにかくそいつは何が面白いのかわからないが笑いながらそう言った。
「酒! 肉! 女! 首都のはレベルが高いからな! ったくよー、たまらねーな大将!」
うひひと笑う男とそんな男を呆れ顔で見るオレ。この馬車の乗客はこの二人だ。
男の名前はフィリウス。豪放磊落を形にしたような男だ。オレが何度か縫い直しているボロいズボンとよれよれの靴を履き、無地のシャツを着てちょっと短いローブを羽織った筋骨隆々のガッチリした中年オヤジ。
そしてオレの名前はロイド。自分で自分の説明は難しいのだが……フィリウスが言うには抜けた顔をしている……らしい。オレもまた、ボロい上下を身にまとっている。この前十六になった。
パッと見、オレとフィリウスは親子とかに見えそうだがそうではない。オレは、この時代にはそんなに珍しくない「盗賊に家族を殺されて一人になった子供」だ。
今から六……ん? 七年か? んまぁ、それくらい前にオレは天涯孤独となり、空腹に頭を支配され、誰かを殺そうだなんて思った事も無い子供がガラスの破片を手にしてたまたま通りかかった馬車を襲った。
見事に返り討ちにあったオレは何故かその馬車の御者に拾われ、今に至る。んまぁ、御者と言ってもフィリウスしかいなかったわけだが。
オレを一殴りで気絶させたフィリウスはオレが目覚めるとリンゴを一つくれた。夢中になってそれをかじるオレに、フィリウスはこう言った。
「腹を空かせた子供が盗賊みたいになるのはよくある事だし、大将と同じ目に遭ったチビッ子は山ほどいるだろう。だが大将にはそいつらと一つ違う点があった。」
リンゴを飲み込み、少し落ち着いたオレは自分が何故助けられたのかを疑問に思い、フィリウスの次の言葉が気になってその強面を見つめた。
「大将が最初に襲ったのが俺様だった。」
意味が分からずに首を傾げるオレの頭にだははと笑いながら手をのせるフィリウスはこう続けた。
「チビッ子に襲われるのは初めてじゃないが、初心者に襲われたのは今回が初めてだった。どうしようもなく濁ってるのをわざわざ清めようとは思わないが、まだ輝きのある目をそのままってのは後味が悪い。ま、理由なんざ後付けなもんで、結局俺様が大将を助けた理由なんざこの一言に尽きる。」
運命とか天命とか、そんな感じの言葉を一瞬期待したオレだったが、フィリウスはニカッと笑ってこう言った。
「なんとなくだ!」
あれから六……ん? 七年だったっけか? オレはフィリウスと行動を共にしている。フィリウスが何をしている人なのかと言うと、たぶん傭兵……という感じになるのだろう。あっちこっちを適当に旅して町の宿や野宿で夜を過ごし、路銀に困ったらそのムキムキを活かして賊退治とかをしてお金を稼ぐ。オレと会う前から長い事そういう生活をしているみたいなのだが、フィリウスは狩りもまともにできないし、弓も銃も使えない。
オレには多少経験があったけど、それはしっかりと準備をして臨むもので、旅先でするような即席な感じのやつはしたことがなかった。ただ……これは才能なのかなんなのか、オレは釣りが上手い。糸を垂らして五分も過ごせばどこであろうと魚が釣れる。もちろん、魚がいる所で。
そんなオレとフィリウスなので、たまぁに足の鈍い獣を狩れた時以外はその辺のキノコとか果物とオレが釣った魚で道中の腹を満たす。だから街が近づいて……酒とお、女はわからないが、フィリウスが肉と叫ぶのには共感できる今日この頃だった。
「止まりなぁっ!」
広めの草原を横切るオレたちの馬車の前に、いきなり男が飛び出した。急に止まったせいで荷台の荷物がガラガラと崩れ、オレも落ちそうになる。そんなオレの首根っこを掴んで元の位置に座らせたフィリウスは驚きもせずに目の前の男を見ていた。
「へへ、状況……わかってるよな?」
気が付くと馬車は同じような若い男たちに囲まれていた。人数は五人。全員が剣やら斧やらの武器的なモノを持って――ん? なんか一人だけ変な武器を持っているな。なんだありゃ。
「こっちの田舎道は田舎モンが首都で一旗あげようっつって呑気に来るわけで、おれらにとっちゃカモなわけよ! さ、馬車ごと置いてけや。」
こういう連中は盗賊と呼ばれ――いや、この規模ならただのチンピラか。襲う理由みたいのをわざわざ教えてくれたそいつは、だけどこういう事に手慣れた感じだ。
……盗賊に親を殺されたオレが武装した連中に囲まれても冷静でいられるのはフィリウスのおかげだ。
理由は単純、フィリウスが強いからだ。世の中、馬車で旅をしていればこういう連中にはそこそこの頻度で出会うのだが、その度、フィリウスが全員を返り討ちにしてきた。
「ほー、さすが首都の近くだな。」
手綱を放り投げ、荷台に手を伸ばすフィリウス。馬車から降りたフィリウスの手に握られていたのは身の丈もあるばかデカい剣。
「お前らみたいのでもソレを拾えるってわけか。」
「んな……んだよ、そのデカい剣は!」
チンピラがビビる。無理もない、ムキムキの男が大剣片手に立っているのだから。
ただ、フィリウスの……剣術と言うのか、剣の扱いは雑で達人とは呼べない。そのデカい剣をただただぶん回すだけなのだ。んまぁ、その筋力は素直にすごいのだが。
「大将!」
……今更だが、フィリウスはオレの事を名前ではなく大将と呼ぶ。
「俺様はあの変な武器を持ってる奴をやっから、他の弱そうなのは任せたぜ。」
「えぇっ!?」
思わずそう口にするオレ。しかも「他の弱そうなの」はそう言われてカチンときている。自分は戦わないのに煽るなよ……
四人か……でもまぁ、フィリウスがオレに任せるって言ったんだし、たぶんオレでも何とかなるのだろう……
「あぁん? まだガキじゃねーか! 舐めやがって!」
オレは少しドキドキしながら馬車を降り、荷台に置いてあるオレの武器を手に取った。
フィリウスと出会って少し経った頃、フィリウスはオレに剣の使い方を教え出した。と言っても構えとか握り方とかではなく……フィリウスはオレに剣の回し方を教えた。
「俺様は不器用だからぶん回すしかできねーが、大将は釣りも上手いし器用そうだからな。」
回すというのは、剣をドリルみたいに回すのではなく、草を刈る回転ノコギリみたいに回すってことだ。果物ナイフを渡されてそんな事を教えてもらっていた頃は、オレに芸でも仕込んでお金を稼ぐのかと思っていた。んまぁ、フィリウスの助けになるならいいかと思い、オレは真面目に練習した。
だけどいつまでたってもナイフでのジャグリングは教えてくれず、代わりに回す剣がどんどん大きくなっていった。果物ナイフからちょっと細身の包丁、そして護身用の短剣へ。どんどん重たく、回しにくくなっていくその謎の練習を、オレは首を傾げながらも続けた。別にやる事もなかったし。
そして、気持ち細めだけど普通の大きさの剣をクルクル回せるようになった頃、フィリウスはオレを盗賊との戦いに放り込んだ。回す事しか教わっていないオレは、しかし後ろでニカッと笑うフィリウスを若干恨みながら無我夢中で敵に突撃した。そして気づいた。オレが学んでいたのは剣術だったのだと。
そこそこの長さの剣を、持つところを中心にグルグル回すとかなり大きい円を描く。短剣程度なら円の面積も小さいし、何より打ち合ったら確実に弾かれて短剣は手から離れる。だけど普通の大きさの剣がそこそこの速さで回っていると結構な威力になるし、そんな高速回転する刃物には中々近づけない。
フィリウス曰く、攻防一体の曲芸剣術なのだとか。
「なんだ……? クルクル剣を回しやがって。もしかしてお前ら旅芸人か?」
そう言われるのにも結構慣れてきた。
初めて盗賊との戦いに放り出され、相手の剣を結構軽々と弾き飛ばし、逃げていく盗賊の背中を我ながら不思議な気分で見つめたあの日から、フィリウスは本格的にオレに稽古をつけ始めた。剣術の次は体術だとかなんとか言いながら。
だから今のオレは……自分で言うのもなんだけど、それなりに戦う力を身につけている。
「ひぃっ!」
「うわぁっ!?」
手にしていた武器を飛ばされたり切断されたりしたチンピラたちはそそくさと逃げて行った。まだ一人戦っているのに置いて行ったな……
オレは回転を止めて回していた剣を見る。フィリウスには最終的に両手、つまり二本の剣を左右の手で回せるようになれと言われている。残念ながらそこまでは至っておらず、利き腕ではない左手では果物ナイフ程度の大きさを回すのが精一杯だし、両手同時となると左手はまず回らない。
まだまだだなぁなどと一端の剣士みたいに思いながら、オレはフィリウスの方を見た。
フィリウスは大剣を構えてニカッと笑い、対する変な武器の持ち主は疲労しながらも周囲に氷のトゲみたいのを浮かせている。
これもこの世の中じゃ珍しくない。ただの魔法だ。
スポーツと同じで、誰でもできるけど上に行けば行くほど努力と才能がモノを言う世界……それが魔法。魔法生物みたいに身体の中に魔力を生む器官を持たないオレたち人間は、皮膚を通して空気中のマナという魔力の源みたいなものを取り込み、きちんとした手順……魔法陣とか呪文を唱えて魔法を発動させる。
皮膚を通してマナを取り込むから……変な話、身体の表面積が大きいほど一度に取り込めるマナは多くなる。子供よりも大人の方が良くて……例えばやせっぽっちよりはデブがいいというなんとも変な事になっている。んまぁ、だからといって世の中デブだらけってわけでもないのだが。
オレは使えないけど、魔法を使うのは良く見る光景だからそれはいい。だけど……あの変な武器、なんか光ってないか?
さっきからオレが変と言っているのは、妙にゴテゴテした装飾のついた短剣だ。ありゃ回せないなってくらいにゴテゴテしていて、飾るための武器って感じだ。
「だっはっは! お前、ソレとの相性が合ってないな! いくら強力な武器だからって、んな水の中で火を起こすみたいな事してたら意味がないぞ!」
大剣をぐぐっと構え、例え盗賊でも人は殺さないフィリウスはいつものセリフを今回も叫んだ。
「出直してこい!!」
そんなこんなで首都に到着したオレたちは、とりあえず食事ができる店に入って数週間ぶりの肉を頬張った。
「だっはっは! そんなにがっつかなくても、またすぐに食えると思うぞ!」
口いっぱいの肉と肉汁を堪能したオレはスープでそれらを腹に流し込む。
「すぐに? なんだ、しばらくここにいるのか?」
「ああ、大将はな。」
「?」
「ただの気まぐれだったんだが、案外と見込みがあるんで色々教えたら――だっはっは! もっと先が見たくなってな!」
「何の話だ?」
「大将はここに入学するんだ。ま、この時期だと編入か。」
「編入? ……セイリオス学院……って、騎士の名門校じゃねーか!」
騎士。そう呼ばれる人たちがいる。元々の意味は馬に乗って戦う人の事を言ったらしいが、今はそうじゃない。階級的な話をすると、由緒ある血を持つ人々の頂点が貴族とか王族なら、そういう血を持たない普通の人々の最高階級が騎士になるだろう。
階級の話だけをするとただのお偉いさんみたいに聞こえるが、騎士はシンプルに実力で与えられる称号だ。というのも、騎士の仕事というのは、街や高貴な方々を危険な魔法生物やさっきのチンピラみたいな賊とかから守る事なのだ。
オレが育った所は地方の小さな村だし、フィリウスと一緒に旅したのは辺境や秘境と呼ばれる所ばっかりだからそういう煌びやかな世界についてはあんまり詳しくないのだが、騎士の中にもランクみたいのがあって、一番上ともなると王族の護衛を任されたりするから新聞とかにも顔が出たりして有名になる。それに、それくらいになるとそこらの貴族なんかよりも扱いが上になることもあるらしい。
まさに庶民の出世コースで、地方の子供たちのほとんどが将来は騎士になると言うほどだ。だけどそう簡単な話ではないし、騎士の世界にも貴族みたいな家柄とか名門ってのがある。
今の時代、人々が恐れるのは凶悪な魔法生物や犯罪者だが、昔は悪い人というわけでもない相手を恐れていて……要するに色々な国で戦争が起きていた。そして大抵、貴族や王族は奥にふんぞり返り、実際に武器を持っていたのは所謂庶民だった。つまり軍に所属する人や、流れの傭兵……高貴な血ではない方々が武勲をあげていったわけだ。
そして現在、そういう戦争の英雄をご先祖様に持つ家はそれを誇りとし、また自分たちもそうあろうと騎士を目指す。
何を言いたいかというと、騎士の学校に入る人間の大部分は騎士の家系ってわけだ。たまに地方から出てきた人が入学を希望し、周りとの圧倒的な実力差で騎士の学校を去るという事もあるらしい。
そう、まさに今、オレがそうなろうとしている。
「いやいやいや、何でいきなり……ていうか、こういう所に入るにはそれなりの家柄とかそういうのが必要だろ! お金もないし、そんなオレらが入学するなんて無理だろ!」
「馬鹿言うな大将。入学するのは大将だけだ。俺様は入学しない。」
「わかってるわ! そうじゃなくて――」
「心配するな! ここに推薦状がある! この俺様のな!」
「フィリウスの推薦になんの意味が――しかも名前間違ってんじゃねーか! 誰だよ《オウガスト》って!」
色々と文句を言った気がする。この馬鹿中年オヤジだとか筋肉馬鹿だとか。終いには……オレが嫌いになったのかとか、我ならがそれっぽい文句を真剣に言ったんだが、フィリウスはケロっとした顔でオレを引きずり、学院の前まで連れてきた。
「ほれ、お前の服と武器。ちゃんと二本回せるようになれよ! アレは二本で一つだからな!」
「ちょちょちょ――」
「夏休みの頃、また会いに来る! あ、つってもあとひと月かそこらで夏休みか。まー適当に様子は見に来るぜ! それじゃーな!」
「待て――おい、フィリウス!」
こうしてオレ、ロイド……ロイド・サードニクスはかの名門校、セイリオス学院の校門の前に置いて行かれた。
プロローグその2に続きます。