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3話

ある日の昼下がり。

本を腕に挟み、ランスは石畳の道を歩いていた。

青いキャスケットが町の中によく映える。

「よ、ランス。」

声をかけるや否や、キリがのしかかってくる。その拍子に本が音を立てて落ちてしまう。

「うわっ!びっくりするだろ!」

慌てて本を拾い上げ丁寧に表紙を手ではたく。

「また難しい本読んでるなあ。本当好きだよな。お前みたいな賢さがあったらなあ。なんせ学校で一番の秀才だもんなあ。」

「この本面白いんだ。マリア先生から借りたんだけど読んでみるか?」

意地悪そうに本を差し出すが、案の定キリは手の平で押し返す。

「俺は文字が並んでいるものをみると頭が痛くなるんだ…。」

その途端、二人は声を上げて笑った。



「また広げた方がいいな、この穴…。」

満月の夜。ランスは慣れた道をかいくぐり進んでいた。


10年もたてば体格も大きくなる。何度ナイフを使ってこの穴を広げたか分からない。

その分進む距離は短く感じるようになったけれど。

視界が広がる。ランスは立ち上がり、体についた木の葉を払う。


そうしている内に、目の前の屋敷の窓からランプの光がゆらゆら現れる。

昔、この光に驚いて腰を抜かしたことを毎回思い出すのだ。

「ランス。」

自分を呼ぶ声も、10年でだいぶ落ち着いた、そして凛として、だがまだ幼げな雰囲気を残す。

心地よく耳に響く声だ。

蔓バラが伸びた窓の隙間、ガラスで隔たれた廊下の向こうに、アイリスが立っていた。


栗色の長い髪はさらに艶やかさが増し、薄暗くても分かる白い肌が輝く。

アイリスはとても美しい王女の姿をしていた。

町の女性とは異なる風格を持ち、容貌も一度見たことがあるウェーデル王妃とよく似ている。

やはりアイリスはこの国の王族の血を引く者なのだと、強く実感する。


そしてその姿を見るたび、ランスは自身のアイリスへの感情の変化をひしひしと感じていた。

決して叶わない。届かない想いだ。


「ねえ、この間のお祭りはどうだった?楽しかった?」

「あぁ、今年もすごい盛り上がったよ。でも荷物運びやら雑用任されて大変だったよ。しまいには踊れって言われるし。」

「ランスが踊ったの?みんな笑っていたんじゃないかしら。」

口に手を当て、アイリスはくすくすと笑う。


以前、アイリスがねだって踊りを見せたが、なんとも見るに堪えない出来だったと痛感していた。

誰がどう見てもできそこないのピエロだ。

「踊りは苦手なんだ。リューイのをよく見るけどうまくできないよ。」

「リューイは上手なの?」

「上手だよ。すごい綺麗に踊るんだ。よくパートナーを頼まれるくらいだからね。」

「パートナー?」

「二人で踊るダンスがあるんだ。パーティでよく踊るんだけどね、男女が一緒に踊るんだ。」

「楽しそうね。踊りって楽しそうなんですもの。」

「そうだね、僕はうまくないけど楽しいよ。」

そう言ってランスはその場で軽く一回転するが、足がもつれて体制を崩す。

「わっ。やっぱりへたくそだなあ、僕。」

二人で顔を見合わせて笑う。そうして夜が更けていく。




「また断ったのか?良い子だって噂の子じゃないか。」

リューイが呆れたようにため息をつく。

「まあ、ね…。」

パラリとページをめくりながらランスは歯切れの悪い返答を返す。

先程同い年の女の子にお茶に誘われたのたが、なんとか口実を作って断った。

最近このようなことがよくあるのだが、ランスは一度も誘いに乗ったことはない。


「お前優しいからな。惹かれるところもあるんだろうな。」

カップに入れたホットミルクをランスの目の前に置く。礼を言い、ランスはカップを手で包む。

「お前も人の事言えないだろ。この前パーティの相手断ったらしいじゃないか。向こうは本気だったって聞いたぞ。」

「俺はいいんだよ。お前ほど好意は持たれないんだし、あれも気の迷いだ。それに俺はその気はない。」


コーヒーを飲むリューイの横顔は、鏡で見る自分と同じ顔なのに、まったく違う人物に見えた。

「なんで僕らって中身は本当似てないんだろうな。」

「顔がこれだけ似てたら十分だと思うけどな。」

コーヒーを飲み干しカップを置くと、リューイは壁にかけていた緑のキャスケットを被る。

「また手伝い頼まれたのか?」

「人手が足りないんだそうだ。」

振り向かずにそう言うと、リューイはそそくさと家を出て行った。

リューイは体力があり力もあるのでよく仕事を頼まれるのだ。

同じくらいの体格をしているのに、どこからあんな力がで出るのか不思議だった。


丁度リューイと入れ違いで両親がドアを開けた。

二人がその後ランスにした話は、いい意味でも悪い意味でも、ランスの体に衝撃を与えた。




「アイリス。今日は話したいことがあるんだ。」

いつになくかしこまるランスに、アイリスの背筋が伸びる。

「なあに?」

「実は、今度家族で他の国に行くことになったんだ。ほんの1か月だけど。」

「まあ、1か月も何しに行くの?」

「俺の両親は他の国との使者の仕事をしているんだ。今までは親戚の家にお世話になってたんだけど、僕らもそろそろ他の国を見ておいた方がいいって連れて行ってくれるんだ。」

「まあそうなの。」

「それでね、その国は歴史的文化遺産がとても多くて、歴史学者が集まる国で有名なんだ。いろんな人の話を聞けるかもしれない。僕の夢の第一歩になるかもしれないんだ。」

ランスは手を上げいっぱいに広げる。


ランスは歴史学者になるという夢の為、熱心に勉強していることをアイリスは知っていた。

夢を語るランスはいつにも増して楽しそうなのだ。

「じゃあしばらく会えないのね。さびしくなるけど、またお土産話聞かせてね。」


ランスの夢の邪魔をするわけにはいかない。行かないでとわがままを言うわけにもいかない。

なによりランスが夢を追いかける姿は好きなのだ。


「うん。だから1か月待ってって。きっと帰ってくるから。」

「約束よ。絶対ね。」

アイリスが窓に手を添えで笑う。

幾度この手に触れたいと考えたことだろう。

「あぁ、約束。僕は絶対に約束を守るんだから。」

そう言うと、アイリスは再び満面の笑みで笑った。



それから三日後。

再び満月が現れることはなく、出発の日を迎えた。

馬車に荷物を積み込むリューイは、キャスケットを持ち、物思いにふけっているランスに気付く。

「どうした。ランス。」

10年経ってもランスとリューイはとてもよく似ていた。だが内面は全く違うのは相変わらずで、ランスは歴史学者になる為に学業を続け、リューイは城の傭兵になるという道を選択した。


「いや、1か月って長いなあと思って。」

「何を言ってるんだ。あんなに楽しみにしてたじゃないか。」

「なあ、リューイ。」

 城のある方角を一瞥し、ランスはぽつりと言った。

「1か月の間に、満月の日は何回あるかな?」

「さあな。俺は天体の事はよく分からない。」

そっけなくそう答え、リューイは最後の荷物を積み込み終える。

「ほら、もう行くぞ。」

腕を引かれせかされるので、ランスは少し重い足取りで馬車に向かう。



『約束よ。』

耳に残る、我が姫の声。


帰ってくるよ。待ってて、アイリス。


心の中でそう言うと、ランスは馬車に乗り込んだ。




『約束するよ、アイリス』

そう言った瞬間に見たアイリスは、間を置いてぎこちない笑顔を向けた。

素直な嬉しさとどうしようもない戸惑いが感じられて、なぜか心が締め付けられた。


誰よりも純粋で、そして誰よりも不器用な人。


自分の感情を表す術を知らない、本当の自由を知らない悲しい人だと、幼いながらに痛感した。


その顔が10年経っても頭から離れなくて、どうにかして約束を果たしたいと思った。


自分と同じ外の世界で、当たり前のように隣にいて、体いっぱいに風を受ける姿を見たいと思った。


俺は約束するよ。絶対に。


寄り添って美しい満月を見上げるその日を夢見て。






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