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2話

大きな本棚がいくつも並んである部屋がある。その本棚にはびっしりと本が収まっていて、アイリスの手が届くところに絵本や図鑑もあった。

アイリスはその中の一冊を手に取る。綺麗な絵が描かれている画集で、アイリスのお気に入りの一つだ。開き癖がついているページなのでそこはすぐに開いた。鮮やかなピンクの花が一面に咲き、奥に雪がかかった山が描かれている絵だ。


なんという名の花か分からないが、色が綺麗で小さ目でなんとも愛らしい姿が気に入っていた。この目で見る花はどう映るのだろう。この絵のような色合いをしているのだろうか。どんな香りがするのだろう。想像が無限に膨らんでいく。


その場に本を広げ眺めていると、部屋の入口で床が軋むような音を拾う。

「アイリス様、そこにいらっしゃるんですか。」

落ち着いた声が心地よく耳に届いた。ずっと慣れ親しんでいる声だ。

「王妃様がおいでですよ。出てきてください。」

「お母様が?」

本から顔を上げ、アイリスは勢いよく立ち上がる。クロアがほっとしたように息をつく。

「さ、参りましょう。クロアの特製アップルパイがありますよ。」

「やったー!」

本を元の位置に戻し、アイリスはクロアのもとへ駆けていった。



王妃・ウェーデルはテーブル一杯の荷物を持って来ていた。すべてアイリスへのプレゼントだ。

「いい子にしてた?アイリス。今日はね、新しいドレスを持ってきたのよ。」

「ありがとう、お母様!」

そう言ってアイリスはウェーデルのドレスの裾にしがみつく。ウェーデルはそんなアイリスの頭を朗らかな笑みを浮かべて優しくなでる。

ドレスをもらったことより、ウェーデルが会いに来てくれたことが嬉しいのだ。


月に一度、ウェーデルはバラ園に散歩と称してアイリスに会いにやってくる。アイリスの存在を知っている者は城の中でも限られた人数しかいない為、怪しまれてはいけないのだ。

「クロアさんがアップルパイを焼いたんですって。一緒にお茶しましょう。」

「まあいいわね。クロア、用意してくださる?」

「かしこまりました。」

テーブルに着くと、大きなアップルパイが置かれていた。アイリスは目を輝かせる。

「アイリス、他に何か欲しいものはある?今度持ってきてあげるわ。」

「私は何もいらないわ。お母様がこうして来ていろいろなお話をしてくれるのが楽しみなんですもの。」

クロアがアップルパイを切り分ける。アイリスには少し大きめに切ってくれた。

目の前に皿が置かれると、アイリスはすぐさまフォークを突き立て口に運ぶ。満面の笑みでほおばるアイリスを見て、ウェーデルは優しく微笑んだ。だがその表情はすぐに悲哀が混ざった堅いものに変わる。


「クロアさんのアップルパイ大好き!本当に美味しい。」

「喜んでいただけで私も嬉しゅうございます。」

二人の会話にハッとしたように、ウェーデルはカップを手に取った。

「そうだわ、アイリス。今度他国に旅行に行くことになったの。そこはオパールっていう宝石がすごく有名なの。その宝石のネックレスをお土産に買ってくるわね。」

「オパール?どんな色をしているの?」

「見る角度によって色が変わるのよ。虹色に輝く宝石って言われているわ。」

「虹色って?」

「七つの色をまとめた色を虹色って言うのよ。で、これが虹。」

ウェーデルは持ってきた絵本の中から、虹の絵が表紙に描かれたものをアイリスに手渡した。

七つの色が綺麗な半円を描き、まるで橋のように湖に架かっている。

「わあ綺麗ね。」

虹を丁寧になぞるアイリスを見て、ウェーデルは目頭を小さく抑えた。その様子をクロアがいたたまれない様子で見守る。

アイリスは、本物の虹を見ることは叶わないのだ。



「ねえランス、虹って知ってる?」

「知ってるよ。この前見たばっかりだよ。」

「そんな簡単に見れるものなの?」

「雨上がりに太陽が差した時に見れるんだ。この前雨が降っただろ?授業を受けてる時に何気なく外を見たらさ、こーんな大きな虹が出てたんだぜ。」

ランスは両手をいっぱいに広げる。

「私も見てみたいな。どうやったら見られるの?」

アイリスの問いに、ランスは頭を抱える。

「うーん、虹は作れないんだよ。自然の中でできるものだからね。どうして虹ができるのか僕もわからないよ。それに夜に虹はできないんだ」

「そうなの…。残念だわ。あ、でも…。」

だがアイリスは次の言葉を飲み込む。

あの夜の約束は秘密なのだ。たとえランスでも話さないと決めたのだった。


ランスは首をかしげるが、すぐに口を開いた。

「そうだ、明日町でお祭りがあるんだよ。」

「お祭り?」

「秋の豊作を祝うお祭りさ。その日は学校も仕事も休みで皆が町に出てくるんだ。収穫した野菜や果物を使った料理が広場にいっぱい並んで、一日中音楽隊が楽器を弾いて盛り上がるんだ。普段食べられないご馳走だって食べられるんだ。」

「わあ、楽しそうね。」

「またその話を聞かせてあげるよ。なぜかその日だけは必ず晴れるんだよ。それで…。」

楽しそうに話すランスに、アイリスは笑顔を浮かべながら耳を傾けた。




満月の下での二人の時間。


それはとてもゆっくり、ゆっくりと。


だが確実に流れていった。



何度もバラが枯れては咲き。


何度も雨が降り太陽が照らし。


その度に大きな虹が空を彩った。



人々がそんな時の流れに心躍らせる中。


ある少女はたった一人、違う時間を過ごす。


ある少年の言葉を胸に、毎夜夢に落ちる。



そして一人の少年は。


ある少女との約束を胸に、毎夜夢に落ちる。



今日も、満月が二人を照らす。



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