1 颯爽①
私が所属する帝都情報部壱課の主なお仕事。
①犯罪が発生する前に計画を察知し、帝都警察部に情報を引き渡す(通称 表付け)
②犯罪が発生した後に犯行情報を収集し、帝都警察部に情報を引き渡す(通称 裏付け)
つまり、警察部の下請けのような仕事をしている。
直接悪人と対峙する機会は少ないので戦闘術は本来たしなむ程度で十分。魔法はそこそこできることが必須。捜査になにかと役立つからね。社会人3年目の私の仕事は裏付けの仕事が中心で、その場合は、既に犯人を『取り締まった』後に行うことが多いので危険は非常に少ない。はずなのだが……
「やってくれたな、『凶鳥あすか』。お前と組んでからこんな現場ばかりだぞ!」
渋く、うなりのきいた声が狭い部屋の中で反響する。私、水奈鳥あすかと、17年先輩の山田浩二は1週間ぶりに戦闘の渦中にいた。
廃工場、真昼だというのに窓が極端に少ない構造のため自然光はほとんど指してこないその代り、魔法によって放たれた無機質な炎があたりをこうこうと照らしていた。電気は当然通っておらず、空調は使えない。すでに建物の中心まで逃げ込んだ私たちを初夏の湿度を感じる温かさが包んでいた。
こんなに生きるのに快適でない場所で私たちは何も童心に帰り遊んでいるわけではない。裏取り調査のため、廃工場に入ったところを、正体不明の人達から狙われたのだ。私たちはそいつらから隠れるため、奥の奥の部屋まで逃げ込み、最終的に今、元々電算室として使われていたと思われる机と大型の機械が部屋の大半を占める小さな部屋に隠れていた。肩まで伸ばした自慢の漆黒の髪は、埃にまみれ、白くなっている。
「お前が変なことをいいださなければ、この廃工場を調査しようって話にはならなかったんだからな」
「まあまあ、みすみす怪しい奴らを取り逃がすよりましでしょう。結果、オーライ言ってことですよ」
埃まみれになっているデスクの陰に隠れながら談笑(ワタシ視点)しあう私達。
「お前が、被疑者の家で、あやしげなメモなんか見つけなかったら今頃俺は息子とランチだぞ。畜生!」
おうおう、そのよって喉をつぶしたかのような発生は機嫌最悪のバロメータ。ヤマさん、晩御飯おごるから勘弁な。
「相手は何人ぐらいいると思う」
「4人ですかね。足音から察するに」
金属製の床に、悪い奴らの靴音が響いている。一聴、相手が素人であるため靴音をならせてしまっていると考えられる。だが、一定のリズムで聞こえる足音は、統制がとれている証拠だ。この場合、意味は変わってくる。この足音は威嚇だ。私たちに焦燥感を与えるための威嚇だ。
「やれやれ、この炎だって自分たちが調べた場所を燃やすことで漏れがないようチェックの代わりに使っているんだろう」
「ふはは、手練れですねえ。私が推測するに、この炎、P4系のLv3魔法を使ってますね。この魔法符一枚の相場、10万円。2枚で私が一月雇える金額ですよ! しかも、この符慣れてなければ取扱いも危険。こいつら一体なにものでしょうねえ」
「かかわりたくはないが、これが噂の秩序――」
その刹那、私たちが会話をしていた場所が爆炎で包まれた。詠唱音が聞こえない見事な精読魔法(高等技術だ!)。戦場で交わされる私たちの呑気な会話は一瞬で消し飛ばされた。部屋中の酸素という酸素が焼き尽くされ、机は黒く変色していた。
「おーい、死んだかー間抜け野郎」
身長190cmはあろう長身の男が室内に入ってくる。右手には警棒、左手には今この部屋を焼き尽くすのに使った魔法符が握りしめられていた。
「こんな戦闘中に呑気におしゃべりするなんてアホのやることだな」
男は、私たちが潜んでいた机の影を覗き込む。だが、そこに私たちの影は当然なく。
「死体とでも会話してたつもりかい」
男の耳元でヤマさんがささやいた。そして男が驚くより早く背後からチョークスリーパーを決める。それは完璧に彼の首に入り、血流が男の脳に届くのを止めさせた。わずか、9秒。それでこの男は堕ちた。
「山さん、やるぅ」
「うるせえ、馬鹿。コイツを縛るのを手伝え」
「アイのアイのサー」
私は、最近やっと慣れた手つきで、カバンから取り出した紐で男の手足を縛った。
「通信符で私たちの居場所を勘違いさせる手、効きましたね」
「ふん、いやな場数を積んじまったもんだ」
そう。私たちは、通信符を電算室の机の裏側に張り付けて会話していたのだった。実際に私たちがいたのはその前の部屋。私たちの会話を聞いた誰かがこの部屋に入るのを待ち構えていたのだ。
「いやー、またこの手使いましょう。お手軽に敵を捕まえられますよ」
私は山さんに提案をする。
「いや、駄目だ。まずもう通信符がねえ。それにな、もうお前と会話するネタも尽きたよ」
いや、毎度長話に付き合っていただきありがとうございます。心の中でお礼を言いながら、私は今しがた捕まえた男の所持物を調べる。
「若い女性が男をそう大胆にまさぐるかねえ」
ヤマさんのボヤキが聞こえる。情報部としては、人の嫌な部分をまさぐる方が本職なのだが。私は手早く、男の体を調べ上げ、魔法符4枚にホイッスル一つ、男が元々右手に構えていた警棒を回収する。そしてもう一つ、男の服の左胸部ポケットに付けられたバッチを引きちぎった。そこには天秤のマークが描かれている。
「ヤマさん、これ」
私はそれをヤマさんに放り投げる。
「あらあら。こいつは凶兆だなあ」
胸に付けられた天秤のバッチ。これは、私の横に倒れている男が、秩序軍に所属していることを示していた。