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その6

お題:求めていたのは王  制限時間:1時間


『はーい、では皆さん三歩後ろに下がってくださーい』

 司会者のアナウンスが会場に響き渡る。

 友人や顔見知り、それから新郎の親族らしき女性が数人、計10人程度の独身女性がヒールの高い靴で後退しつつ花嫁の前に群がった。

「よーし、今度こそゲットして寿退社するぞおー!」

 会社の先輩らしき女性が足を広げてパーン、と手を打ち、参加者の笑いを誘っていた。私は盛り上げる事は勿論、参加するのもおずおずといった調子で一番後ろに立っていた。我ながら空気を読めないのが情けない。

『では新婦の百合子さん、どうぞーっ』

「いっくよー!」

 純白のウエディングドレスに身を包んだ百合子が私達の方に向かってブーケを投げた。百合子は元バレー部キャプテンだったから、ブーケは花と思えないほど高く跳び、会場の照明を受けて煌めいた。


 ぽすん。


「……あっ」

 頭上を越えようとしたブーケを思わず掴んでしまっていた。会場の視線が一斉に私に集まり、自分でもはっきり分かるくらい頬が熱くなった。

『はーい、ジューンブライドのブーケトス、手にしたのは~、お名前教えて下さい』

 スタッフにマイクを持たされ、膝を細かく震わしながら、

『あああ、あのっ……ま、まつ、だ……』

『はい! 松田さん! おめでとうございまーす♪』

 私がガクガクに緊張しているのを見て察してくれたのだろう、司会者の女性が上手く続けてくれた。

 ホッとしてブーケを手にしたまま席に戻る。目の前に並ぶ料理は暫く食べられそうになかった。

「わー、見せて見せてー。きれーい。いー匂ーい」

 隣から美樹がはしゃいだ声を上げながらブーケに顔を近付け、鼻をひくつかせた。ブーケは白い百合と名前の知らない青い花で作られていた。涼しげな色合いから漂う、濃厚な甘い香り。

「ここだけの話ね、百合子、あんたにブーケあげたいって言ってたんだよー。良かったね、次はマツダの番だよ」

 ひそひそと美樹が嬉しそうに教えてくれる。美樹と新婦の百合子は私が学生の時のサークル仲間だ。大人しくてなかなか友人ができなかった私を二人が何かと気にして誘ってくれ、今に至る。社会人になった今でも時々遊んでもらっている、私が普通に話せる数少ない友達だ。

「私、たぶん一番縁が無いと思うんだけど」

 眉を潜めて呟くと、うんうん、と美樹は頷いた。

「ま、あんたのその奥手なトコはじゅーぶん分かってるからさ、だからこそ! あんたにあげたかったんでしょ、百合子」

「そうなの?」

「そーなの!」

 察しなさいよー、と言いながら酒豪の美樹はワインをくいっと飲み干した。

 手の中のブーケは、とても綺麗で立派で、甘い香りで……その重さと冷たさが私には荷が重い。

 結婚願望なんて無いし、そんな予定も全く……

 ぽんっ

 突然、黒葉さんの顔が浮かんだ。

(……え?)

 いや、確かにプロポーズはされたけど、あの人、いや人じゃなくてカラスだ、あのカラスは……うん、カラスだから。

 思わずハア、とため息が漏れる。

 正直な話、相手が誰であれ好意を持たれるというのは悪い気はしない。そういう意思表示をされたのって初めてだったし。

 でもあの人はカラスだ。人間じゃない。

 せめて黒葉さんが人間だったらな……。

 ぼんっ

 今度は何故か係長の顔が浮かんだ。

(? えっ……ええええっ!?)

 ど、どうして係長の顔が浮かんだんだろう。確かに最近ちょこちょこ話をしたり、ジェーンのマスコットを貰ったりもしたけど、その程度で自惚れる程私はおめでたい女じゃない。

 自分がどれだけ地味でさえないOLかってことくらい、理解しているつもりだ。

 きっと、昨日給湯室で偶然会った時に独身で彼女もいないって聞いたからだ。それでちょっと驚いちゃって、思わず顔が浮かんだだけなんだ。うん、絶対そうだから。

 うんうん、と何度も自分に言い聞かせて顔を振っているうちに、いつの間にかブーケに顔を突っ込んでいたらしい。

「マツダぁ、あんた酔ってんの?」

 美樹の呆れた声で我にかえった。





『ほう』

 今夜の黒葉さんは何だかとっても機嫌が良かった。

『ふむ。悪くないぞ、儂は好きだ』

「……あの、何のことでしょうか」

 怖いほどにびっしりと星が煌く夜空の下、私と黒葉さんは白い橋の欄干にもたれて月見をしていた。この世界の月は、少し青味がかっている。

『よいよい。隠さずともここまで香ってきおるでな』

「はあ?」

 ニヤニヤしながら言われても何のことだかさっぱり分からなかった。私がきょとんとしたまま見上げているのを見て、黒葉さんはじれったそうに手にした扇で私を小突いた。

『口に出して欲しいとは、まつだも意地が悪いのう。

 そうしてぷうんと匂わせれば、皆まで言わずとも分かるものを。

 何、儂はこれでも床上手でな。誘われるからにはちゃんと満足させてやるぞ』

「…………はあああああああああああああ?」

 思わず素っ頓狂な声を上げ、私は黒葉さんから飛びずさっていた。

「ななななななな何言ってるんですかあ!」

『――はて。百合の香りをさせてきたのは、儂を誘う為じゃなかったのか?』

「そそそそんな事するわけないでしょう!」

 あまりの発言に私は真っ赤になって拳を震わせた。

「ゆ、百合の匂いはたぶん結婚式のブーケトスで付いたものです! 大体、シャワーも浴びて匂い落ちてる筈なのに」

『儂は鼻が良いのだ』

「だとしても!」

 ぶるぶると握った拳を胸で構えながら私は叫ぶ。

「そ、そういう事って無理に決まってるじゃないですか!

 私は人間だし、黒葉さんはカラスですよ!

 く、唇からして全然造りが違うしっ、とにかく無理です、無理無理、無理ーーーッ!」

『何とも呆れた事を』

 黒葉さんは肩をすくめ、私をじろりと見下ろした。

『儂は鳥の王だ。王にできぬことなどないわ。

 儂はな、この身体のまま人間と交わるのも一興と思うておったのだが、そうまでしてまつだが拒むのなら仕方無いの』

 あ、諦めてくれたんだ。

 ホッとしたのも束の間、


「――ならば、人の姿を借りるまでよ」


 目の前に、冠姿の男性が立っていた。

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