その5
お題:10の国 制限時間:30分
夢の中で私はいつも黒葉さんに翻弄される。漆黒の大きな羽根に身体毎包まれ、一瞬にして何処か知らない場所へと飛ばされる。
ばさり。
覆いが取れると、そこにあったのはふわふわした雲の世界だった。何処までも高く蒼い空の下に、綿菓子のような真白な雲が延々と続いているのだ。
「す、凄い……」
目を丸くして見ていると、
『どうだ、此処は実に良いもこもこだろう』
黒葉さんが得意気にほほほ、と笑った。
「あ、そうですね。もこもこですね」
しゃがみ込んでそっと雲に触れてみる。ふっくらと暖かそうな見た目とは違い、その正体が細かな水の集合体だと知ってはいたけど、触れずにはいられない。
けれど私の予想に反して、もこもこ雲は気持ちの良いコットンのような手触りだった。
『食うてみよ』
黒葉さんに言われ、私は恐る恐る足元の雲をちぎって口に入れてみた。
「……甘い」
夜店で食べる綿菓子によく似た、けれそそれよりもほんの少しすっきりとした甘さだった。
「す、凄いですね! 何だか子どもの頃に想像していた空の国みたい!」
遠くに虹のお城がある。稲妻がちりちり動いているのは、小鳥のようなものだろうか。
「ここも、夢の国なんですか」
『いや。夢ではなく別の国だ』
「別の国?」
『お前の夢は、儂のこの姿を繋いで渡る橋のようなもの。
お前の世界と儂の世界。この世の成り立ちはそれだけではない。
十も二十も、いやそれ以上の国同士が見えない繋ぎで絡まり合い、世の礎を築いておる」
『はあ……』
分かるような、分からないような。
『そうして、ここもその一つ。
儂の力を持ってすれば、逢瀬の舞台は幾らでも整うでの』
こんなメルヘンちっくな国が現実に存在しているなんて、目の当たりにしてもとても信じられなかった。
それとも私は既に頭がおかしいのだろうか。
喋るカラスが隣にいるのも、私の妄想なのだろうか。
『と、いうわけでな、こうしていつでもこの国に来られる故、あのもこもこは捨てておくように』
「えっ」
何の事か分からずに首をかしげて見上げると、
『あの、羊のもこもこじゃ』
と、黒葉さんは不機嫌そうな声で言った。
「あ、ジョーンとジェーンのマスコットの事ですか?」
『名なぞ知らん』
「でもあれ、私気に入ってるんです。それにジェーンは係長から貰ったものだし……」
『そいつかー!』
突如黒葉さんが大声を上げた。
『成程、不快の元が分かったぞ。
どうも、あのもこもこからは嫌な気を感じていたのだ。
その、かかりちょうという名の主は、男じゃな!』
「はあ。そうですけど」
『ならーん!』
黒葉さんはバッサバッサと羽を広げて激昂した。
『ならーん! そいつに金輪際近付いてはならんぞ!
まつだをたぶらかそうとしておる!』
「え、何言ってるんですか」
眉をひそめて私は抗議した。
「係長は上司ですから。そういう言いがかりはやめてください」
『言いがかりじゃないぞ! ならんったらならーん!』
――こうして、この日のデートはただ煩いだけで終わった。