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その4

お題:残念なもこもこ 制限時間:1時間


 休日が晴れというのは気持ちが良いものだ。特に梅雨の時期に関しては、格別。

 洗濯機を二度回し、服とシーツを干す。窓を全開にしてせっせと掃除をする。エアコンのフィルターを洗い扇風機を押入れからだして拭き掃除を終わらせると、身体が汗ばみ埃っぽくなった。

 シャワーを済ませ髪の水気を拭き取りながら、

(そういえば、そろそろだった……)

 とカレンダーを確認する。

 来週は親友の結婚式だ。昔から『ジューンブライドが夢だ』と言っていた。

 クローゼットを開き唯一持っているパーティドレスを確認する。無難に黒いこのドレスは小物やストールで着まわしてきたが、親友はこのドレスを知っている。流石に買い直した方が良いだろうか。

 ジュエリーボックスに入っている数少ない装飾品を確認し、買い物に出ようと決心する。ちょうどお昼時だからついでにどこかでご飯も食べよう。


 電車を乗り継ぎ繁華街に出る。人の多さと暑苦しさに早くもげんなりしたが、取りあえず駅前のファッションビルに入りドレスを探すことにした。

 非日常的な服を探すのは案外難しいのだと開始早々に思い知る。

 甘いカラーにドレープ、レース。傍から眺める分には楽しくとも、自分が着る事が前提となればこの地味顔と体型にはどれも合わない気がして気後れする。数店舗を見てもいまいち決めてとなる服が無かったため、一旦昼食を摂ることにした。

 とは言っても、一人でオシャレな店になんて入れるワケもなく、私はチェーンのハンバーガーショップを探して隅の空き椅子に荷物を置いた。

 財布と携帯を手に取り注文の列に並ぶ。特に食べたいものはないなー……と迷っていると、子ども向けのセットのおまけがサンプルとして飾ってあるのが目に入った。

 もこもことしたひつじのマスコット。キャラクター物が苦手な私が唯一好きなクレイアニメのキャラクターだ。白いひつじと黒いひつじが並んでぶらさがっている。

(ほ、欲しい……!)

 ――気付けば、私のトレイには『お子様セット』が乗っていた。

 結局、ドレスは黒のデザイン違いにした。逃げてるなあ……と思いながら、そういえばご祝儀袋も買わなければとビル内の雑貨ストアに入る。紫陽花デザインの可愛らしいものがあったためそれを選びレジを探していると、化粧品の特設コーナーが目が入った。『貝の粉でできたマニキュア』と題されたそこには、淡く綺麗な色の小瓶がずらりと並んでいた。

 思わず自分の指先に目を落とす。何も付けていないのが当たり前だったけれど、結婚式くらい付けるのが常識だ。自宅にあるあのマニキュアを最後に塗った日はいつだったろうか。もしかしたら中身は固まっているかもしれない。

 散々悩んだ挙句、控えめなラメの入った桜色の小瓶を手に取り、私はレジに向かった。


 

 給湯室でお湯を落としていると、また係長に会った。会釈をし、「良かったら」と先日のようにコーヒーをいれて渡す。

「綺麗な色だね」

 一瞬、何を言われたのかが分からずにきょとんとしていると、

「いや、爪のことなんだが……」

 と気まずそうに返されてしまった。

「あ、あの、ありがとう、ございます……」

 思わずパッと指先を押さえてしまったのは我ながら失態だと思った。普段褒められ慣れていないと咄嗟にうまい返しなんてできない。

「あ……もうすぐ結婚式なので、それで」

「えっ」

 係長は予想外に大きな声で聞き返してきた。

「松田君、結婚するの」

「ち、違います」

 慌ててぶんぶんと手を振って否定する。

「私がじゃなくて、友人の結婚式なんです。それで、ネイルくらい必要かな、って……」

「ああ、成程」

 係長は納得したように頷き、それから、何とも奇妙な沈黙が流れた。

 ど、どうしたらいいんだろう……こういう場合。

「し――」

 失礼します、と言いかけた私に、

「『ジョーン』、好きなの?」

 と係長が訊いてきた。目線は私が持つ携帯に付けたマスコットに向けられていた。

「え、係長、ジョーン知ってるんですか?」

 驚いて訊ね返すと係長は頷いた。

「甥っ子がお気に入りで遊びに行くとDVDを一緒に観ているんだ。そのマスコットは何処で売ってるんだい?」

「あ、こ、これは、その……Mバーガーの……、お、お子様セットに付いていて……」

「えっ」

「ほ、本当は黒いジェーンの方が欲しかったんですけど、でも売り切れちゃってて。けどジョーンも好きだから満足なんですけどっ」

 半ばやけっぱちになって早口で続けると、ぷっ、と係長が噴き出した。

「あ、いや、うん。そうか、松田君はジョーンが好きなのか」

「悪いですか」

 ジト目で見上げると、慌ててゴホン、と係長は姿勢を正して咳払いをした。

「いや、全くそんなことは思っていない。本当だ、悪いなんて、いやむしろ……うん、まあとにかく、コーヒーありがとう」

 そそくさと去っていく後ろ姿を見ながら、(係長って意外と気さくな人なんだな)と私は思った。


『何だ、そのもこもこは』

 いつもの公園で昼食タイム。

 いつものように黒葉さんが私の傍のベンチの背もたれにちょこん、と止まっている。

「あ、えっと、これはアニメのキャラクターです」

 私のストラップは二匹のひつじに増えていた。

 黒い羊は、『甥にもらったから』と今朝係長に貰ったものだ。

『ふうん』

 黒葉さんは二匹の羊をじっと睨むと、

『――好かんな』

 としゃがれ声で呟いた。


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