その3
お題:恋のわずらい 制限時間:30分
「松田君、今から入力を頼んでもいいだろうか」
「あ、はい」
書類を受け取ろうとパソコンから顔を上げると、一緒に小さなお菓子も貰った。
「ありがとうございます」
「貰い物だが、甘いものは苦手なんだ」
係長はそう告げるとデスクに戻っていった。
書類の枚数を確認する。結構な量だ。今日は久しぶりの残業となるかもしれない。
カタカタとキーを打ちながら、(今夜も会えるのかな……)と考える。
王冠を付けたカラスの黒葉さんは、今のところ毎夜私の夢に出てきていた。
今日は朝から風が強い。おまけに雨も降っている。いつもの外階段はとても使えなかったのでお昼は自分のデスクで食べた。仕事をする場でそのまま食事を摂るのは緊張してしまってあまり好きではない。
(せっかく作ってきたのにな……)
ハンバーグはいつの間にか私の弁当の定番となっていた。
作業は思ったより時間がかかった。疲れと空腹で気が散ってきたため、いただいた菓子で休憩しようと立ち上がる。給湯室に行きカップにティーバッグを落とす。ポットに手をかけるとお湯がほとんど残っていなかった。仕方なく水を差しぼーっとそのまま待っていると、係長がやってきた。
「すまないな、遅くまで。疲れてないか」
「いえ、作業自体は簡単なので」
「そうか」
係長は自分のカップにインスタントコーヒーを落とすとそのまま私の隣りに立った。
シュンシュン……。
気まずい。
ただでさえ人付き合いが苦手なのに、相手は上司だ。何か、会話した方がいいのだろうけど、何を言っていいのか分からない。
「松田君は――」
係長が何か言いかけて口篭る。てきぱきしたこの人が口篭るなんて珍しい。やはり私とじゃ話辛いのだろうか。
「あの、あ、雨、酷いですね」
話題を考えた挙句無難なところで天気の事を振ってみた。
「そうだな。少しは落ち着くかと思っていたんだが」
気のせいか、僅かにほっとしたような口調で係長が相槌を打ってくれた。とりとめもない天気の話題を繰り返していると、ようやく沸騰サインのメロディが鳴った。
「あ、貸してください」
マグを受け取り先に係長のコーヒーを入れる。インスタントでも煎れたての香りは香ばしくて結構好きだ。
「松田君、最近、少し変わったな」
「え?」
マグを渡しながら首をかしげると、
「あ、いや……。その、綺麗になった。うん」
言いにくそうに口篭ると係長は出て行った。
綺麗?
私が?
パクトを開いて顔を見る。
いつもとさして変わらなかった。