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その18

お題:どこかの勇者  制限時間:2時間

「こんばんはー。って、あれ、まだそんな集まってない」

「あー、そっち座ってもいっすかあ?」

 携帯コンロに乗った大きな土鍋がテーブルごとに置かれ、大皿にお肉やお魚、それから野菜なんかがたっぷりと盛られている。

 今夜は出産を控えた社員さんが退職されるということで、居酒屋の一室を貸切にして部署内送迎会が行われる予定だ。秋も深まり冷えてきたためメインは鍋料理となっている。

 できるだけ遅めに入ったつもりだったが、まだあまり人が集まっていなかったようだ。座敷に上がり、目立たない場所を探していると、

「松田さーん、こっちこっち」

 顔だけ知っている男性社員に手招きされてしまった。

「あらぁ、松田さんご指名~」

 後から入ってきたベテラン社員の百瀬さんにそう言われたが、私は足が出なかった。緊張していることに気付いたのか、百瀬さんはそのまま私の手を引いて彼らの向かいに座ってくれた。

「わー嬉しいなあ、俺、松田さんと一度話してみたかったんっスよ」

 お辞儀をしながら正座すると、目の前の男性社員さんにそう話しかけられた。

「はあ……」

 どう返事をして良いものか分からず困っていると、

「前園君、物静かな子がタイプって言ってもんねえ」

 と百瀬さんがニヤニヤしながら言った。

「ちょっ、バラさないでくださいよー百瀬さん」

(この人、前園さんっていうんだ……)

 まえぞの、まえぞの、と忘れないように心の中で二度名前を繰り返す。

「じゃ、そろそろ始めっぞー」

 号令と共に瓶ビールやウーロン茶が並ぶ。

 退職される社員さんへの花束と記念品贈呈、それから彼女の挨拶が終わり、乾杯の音頭となった。あまりお酒を飲むつもりは無かったけれど、目の前にビールが置かれたのでそれを取る。

「かんぱーい」

「乾杯」

 一斉にがやがやと賑やかになる。

 鍋の蓋を取り百瀬さんと一緒にせっせと具材を入れていった。半分に割った竹筒に詰まった鳥肉のつみれをすくい、ぽとんぽとんと落としていく。一人だとあまり鍋なんてやらないから、こういった作業が少し楽しい。

 蓋をし直し、鍋が煮えている間に4人でちょこちょことたわいもない話をした。元々人と会話をすることが苦手なうえ、普段話さない人と話すのはかなりの勇気が必要だ。私はちょこちょことビールや梅酎ハイを口にし、アルコールの力で何とかやり過ごしていた。

 煮えた具材をすくい取り前園さんに渡すと、嬉しそうな顔でお礼を言われた。

 取り置いた椀に箸を付けずにいると、「食べないの?」と百瀬さんに尋ねられた。

「あ、もう少し冷ましてから」

「へえ、松田さんって猫舌なんだ」

「いえ、私がじゃなくて――」

 答えかけ、口をつぐむ。


『あちち、こりゃあちちだぞ! まつだー!』

 汁気の多いものや出来立てのものを食べる時、黒葉さんぱたぱたと手を振って唇を押さえていた。

 だから私もすぐには食べず、粗熱が取れるまで少しだけ料理を置くようになった。

 そうしてそれは短い間にすっかり癖になってしまい……ううん、私が癖にしたかったのだ。

 だから、今でもこうして冷めるのを待ってしまっている。


「何~、もしかして彼氏が猫舌とか?」

 百瀬さんの言葉に小さく首を振る。黒葉さんのことを話したくなかった。

「てか、そもそも松田さんって彼氏いるんスか?」

 前園さんに尋ねられ、もう一度首を横に振る。

「ぃよっしゃあー! じゃあ俺、ちょっと頑張ってもいっすか?」

「えっ……?」

 驚いて固まっていると、ゴトン、と目の前にビール瓶が置かれた。

「お疲れー」

「あ、係長お疲れっすー」


 ――どこから聞かれてしまったのだろう。


 喧噪に全てがかき消されていたらいいのに。


 そう願う私のグラスにも、他の皆と同じようにビールが注がれる。

 係長は私ではなく百瀬さんや前園さん達としばらく話をしていた。2、3分程度のことなのか、それとも30分だったのか分からない。私はひたすらかちこちに固まったまま、彼らの会話を聞いていた。

 ようやく係長が離れると、ほっとするのと同時に緊張のせいで少し気分が悪くなってしまった。

「……あの、ちょっと失礼します。飲み過ぎたみたいで」

 立ち上がりかけると、百瀬さんが「付いてこようか?」と気遣ってくれた。

「いえ……大丈夫です。風に当たってきます」

 

 店の外に出て嘆息する。

 このまま、まっすぐ家に帰ってしまいたかった。


『お酒に酔って、気分が悪くなりました』


 うん、別におかしな口実じゃない。


「――帰るの?」

 いつの間にか、隣に係長が立っていた。

「ひいいっ!?」

 驚愕のあまり、我ながら素っ頓狂な声をあげながら、びよん、と飛び上がってしまった。

 係長は、ぽかんとした顔で私を見た。

 と、次の瞬間、ははははは! と大声で笑いだした。

「っ、ひいっ、て! ひい……っ」

「し、失礼ですよ……!」

 あまりにも笑われ続けしまったため、私は頬に血をのぼらせながら係長に抗議した。

「っくく……、うん、すまん。いや、ほんと……っ、なんか、動きが猫みたいだったんで、ツボに……」

(係長、笑い上戸なのか)

 今更新たな一面なんて、知りたくなかったのに。


 落ち着くと、係長は店の前にある自動販売機からミネラルウォーターを買って渡してくれた。

「ありがとうございます……」

「別れたの?」

 さり気ない台詞に、やはり聞かれていたのだと知る。

「……いいえ」

「あ、ごめん。付き合ってるままなんだ」

「……いいえ」

 語尾が震えないよう、声を押し殺して私は答えた。

「――松田君。彼と何かあった?」

 いたわるような問いかけに、私の我慢は限界にきていたのだと気付いた。



「――うん、そうか」

 私は黒葉さんに起こった事、言われた事をほとんど係長に話してしまった。

 抱え込んでいた秘密を誰かに吐き出したくてたまらなかった。

 店の裏道のガードレールに持たれてぽつぽつと語る私の話を、係長は一度も口を挟んだり尋ね返したりもせず、黙って頷きながら聞いてくれた。

 係長らしいと思いつつ、おかげで私は落ち着いて最後まで話し終えることができた。

「松田君。確認したいことがあるけどいいかな」

 話し終え、ぼんやりと足元のローファーを見ていると係長がゆっくりと尋ねてきた。

「君は、彼の事を好きだった?」

「……はい」

 私が見上げて頷くと、係長は微笑んだ。

 あの日、告白を断ってから、初めてきちんと顔を合わせた気がする。

「指を治してもらったのは、舐められたからだよね?」

「はい」

 怪我をした次の日、指に絆創膏を貼ってきただけの私を見て係長は驚き、大丈夫なのかと尋ねてきた。その際、黒葉さんの力で治してもらったのだとは伝えていた。

「うん。

 じゃあ、今から行ってみようか」

「えっ」

 意味が分からずきょとんとする私の手を引きながら、


「――彼の屋敷に」


 と係長が言った。



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