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その16

お題:誰かの正義   制限時間:2時間

 ――黒葉さんが、消えた。







 怪我をしたその夜、私はタクシーで病院から帰宅したため買い物ができなかった。

 冷蔵庫に残ったありあわせの材料で、私は黒葉さんに味噌ラーメンを作ってあげようとした。野菜を取り出して刻もうとしたのだが、なかなかうまく切れない。

 せめてねぎだけでも……と意地になって切っていたら、変な方向に力が入ったらしく突如包帯がずるり、とずれた。

 かがみ込み、指を押さえて痛みを逃す。取れかかった包帯の下から赤い血がじわりと滲みだしているのが見えた。

「まつだっ!」

 黒葉さんがぴょんぴょんと跳ねてきて、ぼんっ! と人間姿になった。

「まつだ! 大丈夫かまつだああああ!」

「あ、全然大丈夫です。ちょっと失敗しただけ……」

 押さえていた指をおそるおそる取ってみると、ガーゼをあてた部分が外れかけ、指先から血が溢れてきているのが見えた。強い刺激を与えてしまっけたため、再びぽたぽたと床に赤い滴が落ち始める。

(止血しなきゃ……)

 ボックスティッシュを取りに行こうと立ち上がりかけた私の右手を、黒葉さんが掴んだ。

 指先にぬるりと熱い感触。

「あ……」

 黒葉さんが、私の人差し指を咥えていた。

「あの、汚いですよ」

「ひゃまっへろ」

 黒葉さんが私の指を咥えたまま真面目な顔で言った。

 もぞもぞと絡まる舌がどうにも恥ずかしくてこそばゆい。

 私は身動きが取れないまま、じっと正座で待っていた。

「――よし」

 しばらくして、黒葉さんがゆっくりと口を離した。

 見ると、少しふやけてしまった指先は血が止まっているどころか、既にうっすらと新しい皮が付き始めていた。

「え……っ」

 とても2時間程前にできたばかりの傷とは思えないふさがり方。

「黒葉さんって……魔法使いなんですね」

 半ば放心しつつ呟くと、

「鳥の王と言っておるだろうが!」

 真面目な顔で返されてしまった。


「まつだ、もうよい動くな」

「でもそうするとラーメンが食べられませんよ?」

「うぐぐ……で、では、儂が作るぞ!」

「えっ、黒葉さんってラーメン作れるんですか!?」

「お前が教えるのだ、まつだ!」

 そんなわけで、私は黒葉さんに即席ラーメンの作り方を教えることになった。

「えっと、じゃあお水を測って鍋に入れてください」

「鍋……これか!」

「それフライパンです」

 予想していたものの、黒葉さんは全く料理ができなかった。

 悪戦苦闘しながら叩き付けるようにしてねぎを割り、冷凍コーンは手を滑らせて大量に投下、バターではなくマーガリンを止める前にどぼんと入れてしまった。

「うむ! うまい! これはうまいぞ!」

 煮込み過ぎた味噌ラーメンを、黒葉さんは自画自賛しながらせっせと食べる。

「ほれまつだ! お前も食うてみい!」

「はい。いただきます」

 少しだけ分けてもらった味噌ラーメンは、伸びてくたくたでマーガリンが入っていたけれど、確かにとっても美味しかった。






 ピーンポーン


 チャイムが鳴ったのは、その次の日の夜だ。

「はーい」

 黒葉さんだと思い込んでいた私は、ついドアスコープも確認せずに扉を開いてしまった。

「よっ」

 ショッキングピンクのアロハシャツを着た兄が、片手を上げて立っていた。


「どう?元気?」

「先週会ったばかりでしょ」

 兄はにこにこしながらも彼部屋のあちこちを歩き回り、一向に腰をおろそうとしない。多少呆れつつ、内心私は早く兄に帰ってほしくてたまらなかった。

 もしここで兄と黒葉さんが鉢合わせしてしまったら、一体どうなってしまうのだろう。

 それだけは絶対に避けなければならなかった。


 ――だから私は油断してしまったのだ。


「いやあ、この間はあまりゆっくりできなかったからさ。母さんに、お前がちゃんと生活しているかもっとちゃんと確認してこいって言われちゃってな」

「何もこんな時間に来なくてもいいのに」

「まあまあ。あー、それでお前、例の相手とはどうなんだ」

「別に。特に危険な事も何もないから」


 先日兄と会った際、既に黒葉さんとの事は根掘り葉掘り訊かれていた。どうせ黙っていても見透かされてしまうのだ。それなら自分の言葉で、ちゃんと黒葉さんが危険な相手じゃないと分からせたい。

 そう思い、私は兄に黒葉さんの話をした。

 黒葉さんがどれだけいい人(?)なのか、どれだけ優しいのか、それから、どれだけ抜けているのかを。


「けどお前、なんだかんだでちゃんと身を守れているのは凄いぞ。

 掴まれると支配されて逃げ出せなくなるからな」


 話を聞いた兄から「絶対に守り抜け」と言われていたのは、自分の本当の名を隠し通すことだった。

 本当は、もう名前を教えたっていいじゃないかと思っていた。むしろ呼んでほしかった。

 けれど約束を守らなければ、きっと兄は黒葉さんを消そうとするだろう。そしてそれを防ぐためには、言われた通りにするしかない。

 

「そういや、何て名前だっけ、そいつ」

「黒葉さんのこと?」

 今まで教えていなかったのに、気がそぞろだった私は、ついぽろっと黒葉さんの名をこぼしてしまった。


「そうそう。

 黒羽さん

 クロバ さん

 く ろ ば ……ね」


「お兄ちゃん……今、何したの……」

 嫌な予感がした。

「じゃ、また来るわ」

 お疲れさん。

 ひらひらと片手をあげると、結局兄は座ることなくそのまますぐに帰っていった。

 


 残された私は一人、部屋の中でうろうろしながら不安になっていた。

 怖い。

 何か仕掛けられたのかもしれない。

 黒葉さんをここに呼んでは駄目だ。

 けれど私の思いとは裏腹に、やがてピンポーン、とチャイムの音がした。


「黒葉さん、部屋に入っちゃ駄目です!」

 ドアスコーブ越しに私は叫んだ。

「おう? どうしたんだまつだ、部屋が散らかっているのか」

「そういうんじゃなくて!

 あのっ、後で理由を話しますから、お願いですから今夜はこのまま帰ってください!」

「――そうか」

 ややあって黒葉さんがぽつりとそう答えてくれたので、私はホッとした。

 しん……、と、急に辺りが静かになった。

「……黒葉さん?」

 ドアスコープから外を覗く。誰もいない。

(本当に、帰っちゃったんだ……)

 自分から言い出したくせにとても寂しかった。

 けれど、仕方ない。黒葉さんにもし何かあったら―ー 。

「なーんてなっ」

 がちゃり

 ドアが開き、人間姿の黒葉さんがひょっこりと顔を出した。

「ほほほ、すまぬー。いや何、一目顔を見たらちゃんと帰るでな」

 不思議な力でも使ったのだろうか、ドアは開錠されていた。

 そうして顔を出した黒葉さんが、私の顔を見て、嬉しそうに、笑って――。

「駄目えええっ!!」

 私は叫んだ。

「入っちゃ駄目、く ろ ば さんっ!」


 きっとそうやって名を呼ん瞬間に、私が発動させてしまったのだと気付いたのは、後になってからだ。




 私の目の前で、黒葉さんの身体がぼろぼろと砕けていった。


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