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その14

お題:正しいラーメン  制限時間:2時間

「あー、楽しー。やっぱ女だけの飲み会っていいわ!」

 ワイングラス片手に新婚の百合子がはしゃぐ。

「あんまハメ外すとダンナに怒られるよー」

 言いながらも美樹が口に運ぶのはギムレット。かれこれ何杯目のカクテルだろう。

 私はといえば、梅酒のソーダ割りだ。

「マーツダぁー、色気ねえよー」

「梅好きなの」

「あんたはバアちゃんか」

「うんにゃ、ミキ。松田は最近色気出てるわよ。もう、むんむん」

 百合子が「むんむん」と繰り返しながら手でわしわしを空気を揉んだ。

「あー……ま、確かに男いるって顔になったよね」

 私は飲んでいたソーダ割りを器官に入れてしまい、激しくむせてしまった。

「な、ななんで? 別に何も変わってないよ?」

「出てるぜ出てるぜ、フェロモンってやつがよぉ」

「むんむん」

「はあ?」

 別に香水をつけ出したわけじゃないし、メイクを濃くしたわけじゃない。

 ただ、ネイルを薄くつけるようになったとか、髪の手入れをするようになったとか、リップクリームに少しグロスを足すようになったとか、本当にその程度のことなんだけど。

「ま、マツダって地味だったじゃん?」

「そこを含めて好きなんだけどね」

「その地味さに憂いが増したっていうかー」

「別名むんむん」

「それやめて」

 百合子がふざけて「むんむん」と言いながら胸を揉んでこようとしたので私は身をよじって逃れた。

「真面目な話、悪くないよ今のマツダ」

 くいっとギムレットをあおると美樹はバラライカを注文した。

「で、お相手はどんなヤツなの?」

「えっ……」

 今日の飲み会で私は二人にどこまで相談していいものか迷っていた。そんな心中を察するかのように美樹と百合子は口を閉じると、ゆっくりとグラスに口を付ける。

「――優しいよ」

 ありきたりかもしれないけど、初めに出た言葉はそれだった。

「一緒にいて凄く楽しいし、ホッとする。無自覚に変な事言うのが面白いし、実はちょっと大人な面もある気がする。それから……それから……」

 言葉にしてみると、思っていたよりもずっといろんな姿を見ていたのだと気付く。


 ――それとね、人間じゃないんだ。


 喉元まで出かかった言葉をそっと胸の中に押し込んだ。

「いい男じゃーん」

「マツダには勿体無い」

「うん、私もそう思う」

「おい松田ァ、今のはツッコむとこ」

「ううん、事実だもの……」

 もしかしたら、神様なのかもしれないし。

「あのね、恋って、その……ど、同時に、別の人、を、好きになったりって、あるの?」

 さりげなく一般論として尋ねるつもりが、

「どえー! マツダ、初恋が二股!?」

「ち、ちちち違うのっ、あのっ、そういうこともあるのかなあって!」

「いやはや、どう思われます? 百合さん」

「意外と淫乱女だったんですねー、松田さんは」

「ちょっ……!」

「嘘だよ」

「あんたってホント引っかかりやすいねー」

「……う、うう……」

「まあ、一般的には不徳とされているけどさ、これが意外といたりするんだよね、同時恋愛」

「てかマツダさぁ、あんたどっちとも付き合ってんじゃないでしょうね」

「お、お付き合いしているのは、一人だけですっ」

「じゃ、別にいんじゃない?」

 美樹があっさりと言った。

「えっ」

「あのさあ、人の気持ちなんてそんなマニュアル通りに動くワケないっしょ?

 んでも、いちおー最低限のルールってものはあるワケ、人間だから。

 で、マツダは一人に決めているワケだ。なら、問題はない」

 百合子も隣で頷く。

「恋なんてね、そーんないつまでもごうごうと燃え狂ってるもんじゃないわよ。ま、許さざる恋なんて障害があればヒロイック気分にでも浸れるんでしょうけど」

 どきりとした。

「要は、もう一人の相手と付き合ってる相手にバレなきゃいいのよ。想うだけなら自由でしょ。鎮火するのを待つしかないわね」

「うん……」

「で。マツダさん」

 美樹がバラライカを飲み終わりホワイト・レディを注文しながら言った。

「あたし達にもう一人のお相手の事も、教えてくれるんでしょうね」




『おかえり、まつだ』

 飲み会から帰るとアパートの傍でカラス姿の黒葉さんが待っていた。

「珍しいですね、こんな時間にそんな姿だなんて」

『うむ。この恰好が一番楽なのだ。いつ帰ってくる分からんそなたを待つ間、無駄に力を使いたくないからな』

「えっ、もしかして、人間の姿って体力使うんですか」

『まあな』

「もうっ、早く言ってください。それなら、ずっとその姿でいいですから」

『だがそうなると、逢瀬の際、まつだは平気なのか? 確か嫌だと言っていたが、もしや異種同士での愛の技に興味ができきたか?』

「…………えっ」

 意味が分かった途端、酔いが入った以上に顔が赤くなった。

「何言ってるんですか! やだ!」

 ぺしっ、とカラス頭を叩く。

『いて』

「もうっ、黒葉さんったら」

 ぷりぷりしながらアパートに入る。部屋に入ってドアを閉じようとすると、カラス姿の黒葉さんがしょぼん、と項垂れてドアの向こうに立っていた。

『まつだ、怒っているのか?』

「怒ってません。どうぞ」

『! まつだああ』

 ぴょんぴょん、と跳ねながら黒葉さんが入ってくる。鍵をかけて鞄を置くと、私はキッチンに向かいながら外出用のカーディガンを脱ぎ、洋服かけにぱさっと置いた。

 ガスの元栓を戻し、小さな鍋に水を入れる。湧くのを待つ間、冷蔵庫から出してきた白菜と人参を細切りにして鍋に入れた。ぼこぼこと沸騰し始めた音が聞こえたので、私はいったん火を止め、保存食の籠を漁る。

「これこれ」

『なんだそれは』

「塩ラーメンです」

 私はカップ麺よりも袋ラーメンが好きだ。特に、野菜をたっぷり入れた塩ラーメンは、子供の頃に作ってもらっていたこともあり今でもたまにこうして作る。

「お酒を飲んだりするとですねえ、甘いものだったりこうしたラーメンだったりを食べたくなることがあるんですよ。

 で、今日の私は塩ラーメンです」

『しおらーめん』

 黒葉さんは噛み締めるように呟いた。

「あ、塩ラーメンはとにかくたくさん野菜を入れるのがポイントなんです。半熟の卵があれば、尚良し! 白ごまを擦って入れるのもいいですねえ」

『まつだ、饒舌だな』

「駄目ですか?」

『いや、そんなまつだも好きだ』

「…………」

 くるり、と方向転換して鍋に戻ると、コンロを点火し麺を入れる。卵をぱかりと割り入れ、粉末のスープを入れてぐつぐつと少し煮込めば、完成。最後に、ごま油をほんの一垂らし追加する。

「はい、できましたー」

 ローテーブルの上に鍋敷きとお椀二つを置き、あつあつのラーメンが入った鍋を持ってくる。中身を二つに分けると、私は黒葉さんにも食べるようにと誘った。

「いただきます」

 食べながら、どうするかなと思いつつ黒葉さんを観察する。黒葉さんは湯気のたつお椀に顔を突っ込みかけたものの、危険を感じてやめたようだ。暫く思案した挙句、ぽんっ、と霧のようなものが立ち――。

 人間姿の黒葉さんが、正座していた。

「わ……こ、こんばんは」

 さっきのカラス姿より今の人間姿の方が断然緊張する。私は慌てて箸を一膳持ってくると黒葉さんに渡した。

「――いただきます」

 両手を合わせて礼儀正しくお辞儀をした黒葉さんは、大人っぽくて素敵だった。だが、次の瞬間、

「ううううう、う、うまああああああああいっ! なんだこれはなんだこれは!」

 と騒ぎ出した姿を見て、ああ、やっぱり黒葉さんだとしみじみ思った。

 黒葉さんは即席ラーメンをいたく気に入ったようだった。

「いや、野菜なぞいらん! と思いながら食してみれば。なんだあの至高の組み合わせは! さらに、麺に絡まるトロリ卵の美味な事といったら! 儂は気に入った! 気に入ったぞまつだあああ」

「良かったですね」

 ついにハンバーグブームが去り、新風・ラーメンブームの到来だ。

(明日の帰りに、いろんな味のラーメン買っておかなきゃなー……)

 ズルズルと麺をすすりつつ私は美樹達の言葉を思い出していた。



「恋って、終わりがくるものなの?」

「そりゃあ、いつかはねー。程度の差こそあれだけど」

「あたしはダンナに恋なんてしてないなー」

 美樹の言葉に私は驚いた。

 あれほどラブラブな夫婦なのに?

「私は恋、してるけどねっ♡」

「百合は新婚だからな。けっ」

「……ねえ、でもそれなら恋していない相手とずっと一緒にいるのって、嫌になったりしないの?」

「そりゃ、ケンカしたりもするしイラッとくることもあるよ。けどねマツダ。

 恋が終わっても、小さくとも愛ってもんが残る事があんのよ。ま、一種の情ってやつなんだけどね」



(愛、か……)

 目を輝かせながらラーメンに夢中な黒葉さんを見ながら、

(――恋より、愛に近いのかな)

 と、私は思った。


 

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