その1
この物語は即興小説トレーニングhttp://sokkyo-shosetsu.com/のお題によって進行していきます。
今回のお題は「黄金の笑い声」、制限時間は30分でした。
箸で摘んだ卵焼きはいつもより少しばかり焦げている。食べる前から味が分かる、代わり映えの無い昨夜の残り物の弁当の中身。
「マツダさんってさー、休みの日とか何やってんの?」
休憩時にトイレでマスカラを重ねていた先輩に 訊かれ、「あ……掃除、とか」と答えるとプッと吹き出すようにして笑われた。
「ごめんね、うん、でもそんな感じだよねー」
何が『そんな感じ』だ、と聞き返さなくとも分かる自分の地味さ。髪も染めたこともなければピアスを開けた事も無い。化粧は日焼け止めにパウダーを叩き、リップを重ねた程度。地味過ぎて存在すら忘れられそうになるOL。それが私だ。
いつもお昼に訪れている公園が雨で使えなかったため、今日はこうして会社の屋上より一段下の外階段に座り、膝にお弁当を広げている。節約というワケでは無い。単に一人で外ご飯をする勇気が無いからだ。
(ああいう、派手で綺麗な人から見たら、つまんない女なんだろうな……)
もぐもぐと中身を口に運びながら、とりとめのないことを考える。
(せめて、目鼻立ちがもうちょっとハッキリしていたり、積極的な性格だったらもっと遊んだりできたんだろうけど……彼氏とかもできたり、さ)
箸を持つ爪先には何も付けていない。ネイルケアなんてもの、どうやっていいのかも分からないし、私みたいな地味な女がケアしたところで『色気付いて恥ずかしい』なんて思われそうで嫌だ。
小松菜のお浸しをちまちまとつついていると、ばさっと頬に風が吹いた。顔を上げると、すぐ脇の金属手すりに一羽の大ガラスがとまってこちらをじっと見ていた。
怖い。
このまま立ち上がって扉を開け、中に逃げてしまおうか。
けれど立ち上がるのと同時に襲われでもしたら、と思うと身体が竦んで動けない。硬直したまま視線を合わせていると、カラスの目線がそのまま弁当に移ったのが分かった。
(ほ、欲しい、の、かな……)
ちょうど残っているのは昨日手作りしたハンバーグが二個。私はお楽しみを最後まで取っておく性格なのだ。
ぐうっ、とカラスが首を伸ばして弁当の傍に嘴を寄せる。ああ、やっぱり食べたいのだ。
私はおそるおそる、弁当箱をカラスの前に突き出した。持つ手が細かく震える。
カラスはバクっと二個ごとハンバーグを咥えると、そのままばさっと羽を広げて飛び立っていった。
私はへなへなと力が抜けたまま、空になったおかず入れを膝に乗せ、そうして昼休みはそのまま終わったのだった。
金の冠をかぶったカラスが私の前で喋っていた。
『おい、あの肉団子旨かったぞ』
「……あれは肉団子じゃなくて、ハンバーグです」
『はんばーぐ? まあ、名前なぞどうでもいい。とにかくあれは旨かった』
「はあ。ありがとうございます」
『おい、あれ、またもってこい』
「ええっ? そんな無茶な」
『何だ、もう無いのか』
「……冷凍した残りならありますけど、でも……」
『もごもご煩いヤツだな。持って来いと儂が言っておるのだ、持って来ぬか』
「……はあ」
そこで目が覚めた。
夢といえど、カラス相手にまで敬語な自分が情けなかった。
晴れていたので、今日は会社近くの森林公園でお昼を摂る。
一番端の、なるべく誰からも気付かれそうもないベンチに座って包みを広げていると、バサバサっと聞き覚えのある音がした。
見ると、昨日の大ガラスがベンチにとまっていた。
思わず、ひっと声を上げると、
『おい、はんばーぐ、持ってきたか』
とカラスが喋りかけたので、私はいよいよ腰を抜かしそうになった。
「かかかかか」
カラスが、しゃべったあああ
そう言いたくとも、周りに人もいないため、口をぱくぱくさせるので精一杯だった。
『さ、くうぞ』
カラスは私にそう言って弁当を広げるよう促した。