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始ノ始ヲ語ル 星ノ譚 1


 …今回はどこに飛んだのか。


「いつつ…」

 下半身に軽い痛み。"飛んだ"時に打ったらしい。

「…よっ…と」

 取りあえず上半身を起こす…と同時に閉じられていた瞼を開ける。

 ちなみに、瞼を開けたといっても今僕の眼には何も映っていない。

 "飛んだ"時は大抵こうなる。

 時空を越えたときの衝撃だろうか。科学者でもなんでもない僕にはそんなことは分からない。

 その前にこんなことを研究している科学者もいないと思うが。

 

 …なかなか視界が開けない。

 今までの経験から、この視界の暗転の時間は越えた時の大きさに比例するということが分かっている。

 今回は随分と暗転が長い。しかもまだ闇が払われる気配が無い。

 ということはだ。今回は相当な時を越えてしまったようだ。

 さて、僕の眼に光が戻るまで、現状を把握しておこうか。

 時空を越えると、割と頻繁に記憶を喪失してしまう。記憶が混乱すると言った方が正しいのか。

 とにかく、そういう場合大抵自分では気づかない。

 一時的なものなので特に問題は無いはずなのだが、なんとなくそういうのは精神衛生上よろしくない。

 …取りあえず記憶を整理しようか。

 僕の名前:羽ノ浦 優 (はのうら すぐる)

 年齢:忘れた。学生なのは覚えている。

 性別:男

 家族:妹が一人と、父さんだけだ。

 現状:登校途中に転移。今は制服だ。持ち物は学生鞄。中身はお茶の入ったペットボトル、弁当、非常食。あとは携帯、腕時計、筆箱と教科書類。記憶は大体は正常、特に支障はなし。

 …こんなところか。問題は無し、と。

 身体の損傷は…見えないので分からないが、最初に打った腰の痛み以外に異常はなし。

 こちらもたいしたことない。


 視界が開けてきた。随分と時間が掛かったな。

 さて、ここはどんな時代か。拝見しよう。


   一瞬、自分が小さくなったものかと錯覚した


 …驚いた。いろんな時代を翔けて来たが、こんなものを見たことはなかった。

 緑だ。いや、樹だ。森だ。

 目の前…そして周りには荘厳に、厳粛に、確固たる存在感を持ち、それでいてどこか浮遊感を漂わせるとてつもない緑の巨木たちがあった。

 その高さ、ゆうに300メートルはあるのではないだろうか。

 千尺の巨塔の天辺からは太陽光が差し込み、今僕が立っている小さな空間を照らす。

 地面は完全にエメラルドグリーンの苔に覆われて、どこか湿り気を帯びている。

 ところどころに水溜りがあり、小さなシダ類の植物やキノコ、そして見たこともない小さな虫たちが協奏するように流れてゆく。

 聞こえる音はわずかに滴る水滴の音、はるか上空の葉擦れの音。虫の鳴き声。

 それ以外は何も聞こえない。静かな、音なき音の世界。

 ああ、ここは本当に僕の知っている星だろうか?

 なんと素晴らしい光景だろう。楽園とはこういうものなのだろうかと思う。

 こういうものに巡り合うことができると、僕はこの能力に目覚めたことが良いことだったように感じることができる。

 …しかし、だ。

 感動も一入、そそくさと荷物を確認し周りの空間を調べる。

 次にいつ元の時代に転移できるか分からない。明日か、来週か、来月か、はたまた何年も先か。

 そう、僕はそのときまで生き延びなければならないのだ。

 未知の時代、未知の空間。

 これがいかに危険で恐ろしいものなのかはいい加減この何年かで分かっている。

 と、すると。やることは一つ。

 身の回りの安全確認。そして水と食料の確保。

 感激に浸っている時間など少ししかないんだ。

「水と食料は…持ってる分は必要最低限に割いても三日分。ここには…特に目立つものはない、と」

 もともと飛びやすいことは分かってるので、非常食は常に携帯しているが、目立つので限られた量しか持ち合わせていない。

 本当は一年分ぐらい携帯したいぐらいだ。正直不安でたまらない。

「しかたないな…とりあえず水場を探そう」

 とりあえず歩くことにした。


              *

 歩き始めて二時間ほどたったか。流石に疲れてきた。

「まずいな…方向を誤ったか」

 同じ方向を歩き続けて二時間たてば、だいたいはハズレだ。

 僕の勘は大体当たるのだが…今回は流石にまずかった。

 水場を探すときはまず音を頼りにする。今回の場合は、耳を澄ますとどこからも水の音が聞こえてくるので完全に勘で進んでしまった。

 おそらく地面の苔と苔の間を絶え間なく水が流れているのだろう。

「しかし…これじゃあどうしようもないな…」

 立ち止まり、周囲を見渡しながらぼやく。

 正直な話、さっきから同じ方向に向かって歩いているのか、方向を誤ってぐるぐる回っているのかすらも分からない。

 樹高が高すぎるせいで太陽光はほとんど通っていない。

 しかし、苔自体に光る性質があるせいか足もとは暗くはない。

 暗黒ではないのが唯一の救いだ。

 それにしてもここは一体いつの時代なのだろう。

 ここまで僕の知っている「現代」とかけ離れていると、数億年単位の時の違いがあるのだろう。

 その証拠にさっきから虫と植物以外の生物が全く見当たらない。

 数億年前か、それとも数億年後か。

 いずれにしても、なんとも大変な時代に来てしまったものだ。

 さて、どうしたものか。

 このまま歩いて、水場が見つかるといいのだが…なるほど簡単には見つからないものだ。

 苔を踏みしめるたびに、水が滲む。…この水が飲めたら苦労はないんだがなぁ。

 やれやれ…まだ食糧の問題もあるというのに。いざとなったら…この樹か…苔か…虫か…

(ううう…嫌だ…虫は嫌だぞ…)

 僕も妹も虫は嫌いなんだ。本当に大嫌いなんだ。

 虫の話で昔の嫌な思い出を思い出していると、ふと、目の前の影が薄くなっていることに気づく。樹木の群れが終わっているのだ。

 森から出れば何かあるかもしれない。そんな期待を抱きつつ、僕は前へと進んだ。

 しかし、その期待はすぐに裏切られた。

 一面黄色の世界だった。ウェーブがかかるように隆起した、一面の砂。

 砂漠だった。

 …最悪だ。

 どれくらい最悪だったかというと、遊園地のマスコットに中身があり、さらにその中身が自分の父親だったときの少年の悲しみぐらい最悪だった。

 …いや、そのときの方が辛かったか。

 それにしても不思議だ。

 森の樹が突然途切れている。本当に突然、である。

 まるでそこからしか生えることができなかったかのように、あるいはそこから別の世界であるかのように、完全なる境界が敷かれていた。

 無論樹木が倒れた跡や、朽ち果てた跡も砂漠側には全くない。

 不思議だ。いかにしてそうなったか全く分からない。

 さらに不思議なことに、砂漠の向こう側には海らしきものがあるのだ。

 川なのか海なのかは分からない。とてつもない水の流れがあるのは確かだった。

 砂漠のほうへ少し踏み出す。200メートルほど進み、改めて水を見る。

 やはりどこかおかしい。そう思って見ていると、あることに気が付く。

 その水の周りには緑が全くない。水の周りであるのにもかかわらず、である。

 相当距離があるのだろう。あそこに行く気は起きない。まったくもって摩訶不思議である。

 …そんな事はどうでもいいのだ。ここにいても始まらない。

「戻るか…」

 そう呟き踵を返したそのとき、唐突に音が聞こえた。

 何かの群れ。

 その音から察するに、小型から中型の生物。

 おそらく、多足。

 背後のほうから近づいてくる、異質の足音。

 がさがさと神経に障る音。

 恐る恐る振り返る。

 

 ソレは、居た。


 砂漠と同じ黄褐色。ムカデのような胴体に多数の長い足。長い二本の触角。二つに分かれた尻尾。

 そして特徴的な平たい二等辺三角形の頭。

 頭の先端にこびり付くように無数の眼球がある。体調は四十センチほど。予想を大きく外れ、巨大だった。

 

 まずい。

 脳髄が警鐘を鳴らす。

 アレは危険だ。

 三角頭の群れはこちらが思考している間にも近づいてくる。

 逃げろ。

 その数八つ。

 ニゲロ!

 ギチギチガサガサと不快な音を立てつつ近づく。

 早く逃げろ!

 あきらかにこちらを狙っている。

 逃げるんだ!

 三角頭の先頭が、飛び上がり、

 何をしている!


 その頭が横に割れ、僕の頭に喰らい付こうとしてきた。


 ―――走れ!!


「くっ!」

 上体を斜め後ろにそらし、先頭の一撃をかわす。

 相手は虫だ。大きくとも踏み潰せばそれでおしまい。勝てない相手じゃないはずだ。

 すぐに第二陣がやってくる。全員頭を狙っているようだ。飛び掛ってきた二匹を手刀で叩き落し、踏み潰す。

 これでも一応武術の心得がある。厄介な友人のせいだが。

 二匹を倒している間に他の虫に囲まれてしまった。

「せやっ!」

 掛け声とともに一匹の虫を踏み潰し、その勢いで前方に大きく跳ぶ。

 ロンダートの要領で、手を地に付き、向きを変える。

 着地と同時に全ての虫が飛び掛ってきた。

 左手を地面に付き、飛び掛る虫たちを左にかわしつつ、思い切り右足を蹴り上げる。

 それで三匹片付けた。

 蹴り足の勢いに乗って側転し、また振り返る。

 残るは二匹。

 目に付いた一匹を助走をつけつつ蹴り上げ、落ちてきたところを蹴り地面に叩きつける。

 これで後は一匹だけ。

 のはずだが…消えた!?

 周囲を見渡す。緊張が走る。

 瞬間、ふくらはぎに衝撃と灼熱感。

 …やられた!潜れたのか!

 バランスを崩し倒れる。

 即座に立ち上がろうとするが、全身がつったように張り、動かない。

 もがくうちに、三角頭が体を這い上がる。

 奴の狙いは、頭。

 嫌がらせとしか思えないほどのスローペースで迫りくる。

 顔の真上に来た。

 平たい三角が、開かれる。

 牙があるわけでもないのに、それに食いつかれたら終わりだと脳が悟る。

 近づいてくる、終わりの刻。

 諦めるな!

 考えろ!考えるんだ!

 大量の汗が噴出す。

 砂漠の暑さではなく、恐怖からの汗だ。


 ―――僕は、死ぬのか?


 諦めかけたそのとき、急に三角頭の動きが止まった。

 ?

 何が起こった?

 三角頭は、「キィ」と短く鳴くと、僕から離れやがて見えなくなった。

 なぜだ?

 まぁ…いいか。

 取りあえず僕は生還の安堵感に浸り、体を休めることにした。

 

 ひとしきり休み、体が自由に動くようになった後、僕は再び森の中に入った。

うおー

相変わらずの三点リーダ祭りやー

当時らしい感じ。

床を転がりまわりたいね!

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