序譚
「ごめんね優。お母さんが羽ノ浦じゃなければ…こんな思いはさせないのに…」
いいんだよ母さん。僕はお母さんじゃなきゃいやだよ。「飛ぶ」のももう慣れた。
「お母さんもいつ飛んじゃうか分からない…優にはこの能力に目覚めてほしくなかった…」
泣かないでよ母さん。母さんのせいじゃないよ。
「ごめんね優…ごめんね…」
あやまらないでくれよ。母さんが悪いみたいじゃないか。
「う…」
だめだ。飛んじゃいやだよ母さん!
「だいじょうぶよ…また帰ってくるから…」
本当に?約束だよ。
「うん。…約束」
ちゃんと…帰ってくるから…
必ず…
だめだよ母さん。
行かないで…
母さんは…もう…
「行くなぁああーーーーーー!!」
目が、覚めた。
…夢か。
「はぁ…はぁ…」
昔の夢を見るなんて…まったく寝覚めが悪い。
ドッドッドッド…
ガチャ!
「優君!どうした!」
勢いよくドアを開けて出てきたのは父さんだった。
父さんといっても実父ではない。母さんの再婚相手だ。始めてあったときの癖が抜けていなくて、ずっと僕を君付けで呼んでいる。
名前は…梶原 啓吾
「大丈夫だよ、父さん。ちょっと悪い夢を見ていただけ」
ああ。昔の、ね。
「そうか…ならいいんだ。…落ち着いたら降りてきなさい」
「うん。分かった。…心配かけてごめん」
「いや…いいんだよ」
複雑な顔をして父さんは部屋を出て行った。…たぶん夢の内容が分かったんだろう。
入れ替わり、眠そうに妹のミユが部屋に入ってきた。
「どしたの…?」
妹。と言っても血は繋がっていない。母さんと父さんが再婚したときに、父さんが連れてきた子だ。そのときは大分小さかったから、僕のことを普通にお兄ちゃんとして扱ってくれる。
「いや…なんでもないよミユ」
「うい…」
ミユはまた眠そうに自分の部屋に戻っていった。
…何をやっているんだ僕は。
何故自分の家族をデータをとるように分析しているんだ。
いや、確認か。
僕がここに今いる理由を必死で確認していたんだ。
…あの夢のせいか。
あの後母さんは『飛んで』、それから二度と帰ってこなかった。
僕はまだ帰ってくると信じている。
そのはずなのにどこかで否定している。
…まったく嫌になる。
母さんも僕も、『時空を転移』してしまう力を持っている。
自分ではコントロールできない。
突然自分の知らない時代、行ったことのない場所に転移させられるのだ。
しかし転移した後は、必ず元の次代に帰ってくる。
二度目の転移は元の時代、と決まっているのだ。なぜかは分からないが。
ただし、二度目の転移の発生する時間は分からない。
何日後か、何年後か。
それまで耐え続けなければならない。
時も土地も存在を許してくれない、極限の孤独の中で。
最初に転移したのはまだ僕が小学生のころだった。
中世のロンドン。言葉も通じず、ただ独りたたずんでいた。
そのときは優しい老夫婦のおかげで助かったが。
以来僕は学校の授業そっちのけでサバイバルと言語の勉強をしている。
生きるために。
逃げるのではなく、
この能力に立ち向かうために。
僕は負けない。
例えこんな能力があろうと。
普通に、ではない。
満足に、生きてやる。
*
「ごちそうさま」
言って、テーブルから離れる。
「お粗末さまでした」
父さんの声を背に僕の部屋に向かう。
ドアを開け、部屋に入る。
ハンガーにかけてある制服に着替え、鞄の中身を確認する。
準備万端。鞄を持って廊下に出る。
「ミユ!起きろ!僕はもう行くぞ!」
隣の妹の部屋の前で言う。
部屋の中から間の抜けた返事が返ってくるのを確認してリビングへ行く。
「はい、お弁当」
「ありがと」
父さんから弁当を受け取り、玄関に向かう。
「じゃあ行ってくるよ。父さん」
玄関で靴を履きながら言った。
いちいち玄関まで見送りにくるのが父さんの性格だ。
「はい。気をつけて行きなさい、優君」
…直らないものだな。
「ねえ父さん」
「なんだい?」
「その…『優君』って言う癖、なんとかならないの?」
「う~ん…気を付けているつもりなんだがね…」
……。
まぁ、今に始まったことじゃないんだけど。
「もう少し気をつけてよ。…特に友達の前では」
僕は慣れているとはいえ、友達は違和感を覚えるだろう。
そうなると説明が面倒だ。
「分かった。努力するよ」
…本当かどうか。
おっと、あんまり話していると遅刻してしまう。
「行ってくる」
「いってらっしゃい」
玄関をのドアを開け、外へ出る。
天気は…まずまずだな。
家から学校まで歩いて二十分。そう遠い距離ではない。
この時間にここを歩いているなら十分に間に合う。
ゆったりとしたペースで歩く。
そういえば…いつだったか学校の奴に、何故自転車を使わないのか問われたことがあった。
僕の家と同じぐらいの距離で他に歩いて通っている奴はいないそうだ。
僕が歩く理由は簡単である。歩くのが好きなのだ。
しっかりと地面を踏みしめる。地に足をつけて歩く。
そうすることで、今僕がこの時代、この場所にいることが実感できる。
ここに在ると感じられる。
生きている気がするのだ。
”僕”に意味がある気がするのだ。
…もちろんそんなことは友達には言ってないが。
とにかくそういうことだ。
さて、そろそろ学校に着く。
またいつものようにシンゴとマユと僕、バカ三人組で楽しくやりますか。
今日は、『日常』を楽しめそうだ。
そう気楽に考えていたそのとき。
唐突に。
ソレは、やってきた。
悪寒。圧迫感。浮遊感。恐怖。
そういったものが全て入り混じったような感覚。
『光』が、押し寄せる。
視覚的ではない、五感以外で感じ取れる『光』。
時が、収束する感覚。
即ち、時空転移。
視界が、暗転、する。
ああ、今日は『日常』ではないのか。
時空転移。『日常』では考えられない『非日常』。
もう、僕には『非日常』と呼べるレベルの頻度ではない。
今日も、僕は『飛び立つ』。
女神に示された道へ、時の大空へ。
残酷な時の女神よ 貴女は僕を『今』何処へ誘うのですか?
テキストファイルの日付から見るに9年前の作品。
細部にはずかちいところがいっぱい…!
最新作を作る気力を養うためにも、とりあえず最後まで載せます!
もともとは自主制作ノベルゲー用シナリオ。