008 とある特集記事
今回の特集は技術説明会から、これまでの軌跡を追ってみようと思う。
当時『infinity』を話しに聞くだけならオーバーテクノロジーが満載すぎて『何処のSF妄想展ですか?』と突っ込んでいる様な内容だ。論理の銃弾が斜め上行って、跳弾を数回繰り返した上に弾倉カートリッジにピッタリ収まるぐらいのトンデモ説明会である。だが、残念な事に全て実物の、絶対実現できないだろうと思われていた理論を片っ端から実現させた実弾を持って、その理論を我々に見せつける結果となった。
説明会以前に各地に配られた『infinity』については、ヌチャンネルを中心とした様々なメディアで『これまでのPCとは隔絶した性能である』と報じられていた。その性能は正に『隔絶』の文字が相応しい性能であり、当時の認識ではこれ以上の性能はない、正に究極と言うに相応しい性能だと思われた。
だがしかし、そんな究極と思われていた性能は、実は殆どの機能が封印された状態だったのだ。封印されていた時の性能と、説明会後の封印解除後では天と地程の性能差が存在する。我々が究極だと思っていた性能は、単に我々の想像力の貧困さを露呈させただけだったのである。しかも驚く事に『infinity』はまだ性能に制限を受けているのだ。
今この記事を読んでいる人間は誰も疑っていないだろうが『infinity』の存在は嘘ではない。SFでも、ファンタジーでもない、全て事実だ。だが、その為に『infinity』は様々な影響を社会に及ぼしたのである。
『infinity』の説明会迄の詳しい経緯や説明会の内容は、弊誌Webサイトの『infinity』コーナーを見て貰うとして、本題である説明会後の流れを早速追ってみよう。
説明会後の二週間、それは先行して『infinity』ユーザーと成った者のハッちゃけた活動が話題になった時期でもある。TVでも各種動画サイトでも散々取り沙汰された物と言えば『I can fly!』動画だろう。多くの若者、いやかなりご年配の方も含めて、高層ビルから飛び降りたり、大学の校舎の屋上から飛び降りた動画だ。いや、正確には飛び降りたではなく飛び立った動画である。
ある意味人間の夢であった自分の身体のみでの自由飛行だ。はしゃぎたい気持ちはとても理解できる。かくいう私も最近の休日の日課は自然公園上空で飛行しながらのお散歩が大のお気に入りである。だが、校舎やビルなどから飛び降りる多数の『I can fly!』動画はちょっとした危険を呼び込んだ。それを見た子供が真似をして『infinity』を所持していないのに飛び降りてしまったのだ。
幸い飛び降りた瞬間に、突然空中に現れたアシスタントによってキャッチされ事なきを得たが、その事は広くTVに報道されることになる。環境省からは危険対策として特別CMも組まれ『飛べるのは『infinity』を持つ人だけであり、持ってない子は真似しちゃいけません』と言う内容のCMがいくつも放送される事になった。同様の内容は全国の小中学校の指導要項に追加される事になる。『I can fly!』動画をアップしていたユーザーもその事実を重く受け止め、その後は自重する流れとなった。
ただ、このことが原因で発売日が早まった事だけは喜ぶべき事だろう。皆、空を飛ぶという誘惑には勝てなかったようで、『infinity』が危険を誘発すると批難するよりも、『infinity』がないからそんな事になるんだ。早く『infinity』よこせ!と言う流れのほうが圧倒的に多かったのである。環境省のCM担当者もきっと飛びたいと思ったからこそ、批判的な内容で無かったのでは?と邪推してしまう程の好意的なCMが多かった。
結果として、12月3日発売予定だった『infinity』は11月23日の勤労感謝の日に発売日が繰り上げになったのである。
『infinity』を発売する店舗などでは『働くお父さんに、飛行能力をプレゼントしよう!』等と書かれたポップが貼り付けられ、期待は更に高まる事になる。そして当日、秋葉原では初詣を思わせる人混みとなり、様々な店舗が深夜販売を行なった。また、多くの店がそのまま朝まで販売を続ける事になったのである。
通常、深夜販売を行う場合、限定数がありその多くが1時間もすれば販売は終了となる。が、『infinity』はやはり販売でも例外だ。短い時間で販売が終了するのは終電に間に合うようにと言うのもあるが、主に在庫が原因だ。前日までに店に運び込まれた商品を深夜販売で全部売ってしまえば通常営業時間で売るものが無くなってしまう。その為、1時間程で裁ける量しか元々売らないのだ。だが『infinity』の入荷は通常の流通とは異なる。
通常であるならメーカーに発注した後は運送会社の手により店舗まで運ばれる。品切れになってから発注した場合どんなに急いでも一日はかかる。メーカーに在庫がなければ月単位で待たされる事も普通の事だ。だが『infinity』は店舗に直接リプリケーターによって『構築』される。しかも発注し、料金を振り込んだ次の瞬間に構築されるのだ。その為、店舗は最小限の在庫に関わらず客が求める分だけいくらでも売る事が出来たのである。
この入荷システムについては事前に告知がされており『絶対に品切れになりません、安心してお買い求め下さい』と成っていた所為で通常の深夜販売では有り得ない程の、正に初詣を思わせる集客となったのである。本来ならはこれ程大量の人間が集まれば終電などに乗り損ねるなどの心配をする所だが、それも『infinity』ユーザーにとって関係のない話である。何故なら飛んで帰ればいいのだから。購入後の大飛行大会と言うべき様子はある意味想像を絶する光景となり、これもまたTV等で取り上げられたため知っている人も多いと思う。【発売後の様子→動画】
尚、某国を除いた海外でも日本に遅れる事10日後、元々の発売日だった12月3日に発売が開始され、同様の騒ぎになったのは言うまでもない。
さて、ここで少し飛行システムに関わる機能を捕捉しておこう。説明会時点で公開された飛行システムは勢いをつけすぎたり、よそ見をしたまま飛んだりするとビルや人にぶつかったりする様な仕様だった。だが、その後バージョンアップされ、どんなに勢いをつけようと慣性制御でピタリと止まるようになり、衝突による事故が起きない仕様に変更されたのである。安全になった飛行システムは事前に通知されていたため、購入後に即飛行と言うユーザーが大量に出たのである。ただ、動画を見て貰えば解るが、あまりに飛行するユーザーが多く、まるで大量のハエが飛んでいるかの光景は少々退いてしまうレベルである。
現時点では生身におけるの単独飛行の法律は存在しないため、法的な速度制限はない。またシステム上の安全が確保されたため、初期の飛行システムよりも最大速度が引き上げられている。初期のシステムは自転車並の時速30㎞/h迄だったが、現在は時速100㎞/h迄だ。道路と違って直線距離で移動できるため、車で移動するよりも断然早い。今後の法整備によって制限されない事を祈るばかりである。
尚、生身で100㎞/hものスピードで飛んだら息が出来なさそうだが、これに関しては新たに追加された基本機能『生活補助システム』によって解決されている。
『生活補助システム』は、おおざっぱに言えば快適な生活をサポートする為の機能だ。主にベクトル制御技術を用いて自分の周囲数㎝の空間を調整する。自分の周囲には、着ている服の周囲や、持っている荷物の周囲も含まれ、その空間を様々な機能で快適に調整してくれるのだ。具体的な機能は現時点で、防護フィールド機能、エアコン機能、傘機能、クリーニング機能、緊急生命維持機能の5つだ。
高速飛行に特に役立つのが防護フィールド機能である。
防護フィールド機能はおおまかに2つの機能で成り立っている、それは有害除去機能と物理防御機能だ。有害除去は紫外線や放射線、過剰な熱エネルギー等の有害エネルギー、そして放射性物質、有毒ガスなどの有害物質、最期にウイルスや有害細菌、害虫などの有害生物の3つの除去及びフィールド内への侵入を防ぐ。蚊などの害虫も気にしなくとも良くなるのは地味に有り難い。
次に物理的な防御だ。これは2つの機能に別れている。一つは一定以上の運動エネルギーを持ってフィールドに侵入する物質の動きを停止させる物。簡単に言うと怪我をするレベルで何かが飛んでくると、当たる前に止まるのである。説明会で神崎氏が銃弾を止めたが、それと同じ事が可能だと言う事だ。もう一つの機能は例え運動エネルギーが低くても一定速度以上で侵入する物は一定速度以下に調整すると言うものだ。これにより時速100㎞/hで飛んでも、それによって生じる強烈な風は問題のないレベルに抑えられ、生身であっても快適に飛べる事になる。
他の機能についても説明すると、エアコン機能は名前の通り、フィールド内の温度、湿度の調整だ。通常のエアコンと違うのは温度や湿度が変わるのは自分の周囲のみなので、個人個人の好みの温度にする事が出来る点だ。おかげで会社などの共有スペースで温度難民に成る事はない。他にも面白い機能としては影響度設定という機能がある。
説明によれば、周囲の環境が変わった際に肌で感じる温度の変化というのは大事な事らしい。それを感じる事で気持ちが切り替わる。冬の朝、窓を開けて空気を入れ換える事で気を引き締めたりするようなものだ。そう言った周囲の温度が変化した際に、それを感じる事が出来るように調整するのが影響度設定だ。エアコンを常時展開する場合は影響度を50%程にする事が推奨されている。ちなみに影響度を100%にすれば外部の温度変化を受付けないので南極でも半袖で過ごす事が出来る。
傘機能は傘の名の通り雨の侵入を防いでくれる。といっても無差別にフィールド内への液体の侵入を防ぐ訳ではなく、自分が望んだ液体以外の液体を弾く機能である。従って傘機能をONにしていても飲み物等はいつもどおり飲む事が出来る。また、傘を差すと言う手間がないため、完全に両手が空くのも良い所だ。おかげでどんな土砂降りだろうと雨が降っていないのと同じ感覚で外を歩く事が出来る。お風呂にはいる時以外は常時展開していても全く問題のない機能だ。その他応用として、傘機能をONにしたまま海等に飛び込むと周囲に空気の膜が出来るので浮き輪代わりにも成る。
クリーニング機能は、これも名の通りで自分及び身につけている服や荷物をキレイにしてくれる。泊まり込みの仕事などでお風呂に中々入れない時等に重宝する。ただ、服もキレイにしてくれるのだが、あくまで汚れを取ってくれるだけであり、アイロンが掛かったりはしない。何日も着ていると例え清潔でもくたびれた服装に成るので注意が必要だ。ただそれでも、私のような独身男性にはかなりの便利機能である。
緊急生命維持機能は現時点で医療機器認定が降りていないため幾つかの能力が封印されているが、簡単に言うと人間が生きるために最低限必要な物が不足した場合、リプリケーターによって物質を精製し補填すると言うものだ。他の機能がベクトル制御のみで行われているのに対し、この機能はリプリケーターも必要に応じて使用される。
荒唐無稽な例になるが、いきなり宇宙空間に生身で放り出されたとしよう。有害紫外線、宇宙線などは防御フィールドが防いでくれるが、空気がないため普通なら窒息してしまう。だが、こういった場合の緊急措置として周囲に空気層を瞬時に作り出すのが緊急生命維持機能だ。
他にも医療機器認定が降り、封印解除されれば、救急医療に相当する医療行為で助命が可能になるのだが、現時点では例え心臓発作等の心肺停止に陥っても、医者でない者が行える範囲の行為、例えば人工呼吸に相当する範囲しか行えない。
ちなみに緊急生命維持ではないが、医療機器認定が認められた場合、更に多くの事が可能になる。例えば体内の有害物質除去や、ガン細胞、ウイルスの個別除去、破損した遺伝子の修復、免疫システム、栄養状態の調整、更には欠損部分の肉体再生なども可能らしい。これはAIDSや大量の放射線によって被曝した身体でも正常な状態に戻せる事を意味する。
その他にも体内の余剰脂肪の除去というお手軽ダイエットも可能らしい。そのため女性からの早期の医療機器認定が要望されているが、日本の法律では医療機器に対し認可が下りるまでにどんなものでも最低で10年掛かる。これをどう解決するのかが今後の焦点になるだろう。
さて、もうお気づきだと思うが、この生活補助機能、下手な防弾チョッキよりも断然高性能である。公式スペックによれば核爆弾が直撃しても昼寝が出来るそうだ。海外では銃などの所持が一般に認められる銃社会であり、夜一人で出歩く等考えられなかったが『infinity』さえ持っていれば生命の安全は保証されたも同然である。銃社会は今後の終焉を迎えていく事になるだろう。
ユーザーは『infinity』によって強盗や暴力等と言った危険から守られる事になるが、これが悪用されないのか?と心配する人も居ると思う。この点についても安心して欲しい。ヘルプアシスタントが各国の法律に照らし合わせ、犯罪者もしくは犯罪を犯している者は『infinity』の機能が著しく制限されるのだ。具体的には緊急生命維持の一部機能しか働かなかったりする。例えば銃を不法所持する暴力団同士が銃撃戦を繰り広げると、普通に負傷者や死者が出る可能性がある。もちろん犯罪者でないユーザーがその場に遭遇しても、安全は保証される。
さて、ここまではどちらかというと『infinity』が直接及ぼした影響について述べてきた。ここからはどちらかというと間接的な、主に社会への影響について述べていこう。
まず取り上げねばならない事は、特定分野の株価の大暴落だろう。PCハードウェア関連の製造業に関わる会社の株は売りに売られ、一時的にほぼ紙くず同然にまで落ち込んだ。ただ、こういった流れの中で株価を上げた業種も存在する。メディア産業系だ。本誌も情報を扱うという点ではその恩恵にあずかっているが、基本株価を上げたのは、小説、漫画、アニメ、映画、そしてゲーム等を作成する『作品を作り上げる業種』である。
『infinity』の自動アプリ生成により、メディアを作成するための資金的な敷居は格段に下がり、素人であってもプロと同等の環境での物作りが可能になった訳だが、やはり素人とプロでは違うと判断されたのか、この手の業種に買いが入る事になる。他にもいくつもの有名ゲーム会社が『infinity』専用のゲーム開発に名乗り出た事も大きい。今後360全方位没入型のゲームがどんどん生産されていく事だろう。
さて、ここで株価が暴落したハードウェア会社だが株価暴落をそのまま黙って指をくわえて見ていたわけではない。Int○l等の幾つかの有名ハードウェア会社はハード事業を最小限にし、本格的にゲーム産業に乗り出すと発表したのだ。また既存のゲーム機器を作っていた会社も『infinity』用の有料アプリとして、これまで販売していたゲーム機器の仮想ハードウェアの提供を開始した。ただし、仮想と言ってもベクトル制御によって実機と何ら変わらない手応えで遊ぶ事が出来る。ジョイスティックなどの周辺機器を販売していたサードメーカーも、これに追随した。更に言うなら違法コピー対策をAIに任せた事で実機のゲーム機よりも信用をあげる結果になった。
では、そう言った行動の取れなかったハード事業はどうなったのだろうか? 実は今後、ハードが全く売れなくなるわけではない。何故なら幾つかの特定国には『infinity』を持ち込むことが出来ないため、旧態依然のPCシステムを使用せざる得ないからだ。幸い某国は大きさだけなら世界一であり。ハードを作成するためのレアメタル産出量も世界一である。某国と取引をするのであればハード産業はまだまだ生き残る事が出来る。ただし某国は行儀の悪い商売をする事で有名な国でもあるので、それら対するノウハウが無く、新規で取引を開始する場合は細心の注意を払って欲しい所だ。
行儀の悪い商売と言えば、今回の件でもそれを如実に示す結果となった。某国は食料なども世界一の輸出国である。特に日本の場合は食糧事情の殆どを輸入に頼っており、もしそれが止められると非常に困った事が起きる。結果を言えば、某国は食料を中心とした資源の輸出停止を盾に『infinity』の販売及び使用制限の撤廃を要求した。だがこの行為はDimension Corp.の力を知らなさすぎた愚かな行動となる。Dimension Corp.社長、神崎氏は全世界に向け『では某国から輸入可能な全ての資源、食品、品物を同じ値段でより高品質なもので提供すると約束しましょう』と言ったのである。
某国からすれば、自国の持つ最強の外交武器だった資源大国の強みがあっさり無効化された形である。しかし、この宣言により、某国は対抗策として国外移住政策を全面に打ち出す。これにより某国からの移住を求める人間が各国へ殺到する事になったのだ。ある意味『武器無き侵略』とも言える行為であったが『これは侵略行為と何ら変わらない。各国は入植を制限すべきだろう』と神崎氏がWeb上でコメントした所、多くの国でそれが採用された。ただ、その結果なのか、元々日本では某国の違法入国者が多かったが、今回の件で更に違法入国者が増えたようである。もっとも、警察にも導入された『infinity』によってその殆どが捕らえられ、強制送還された。日本政府も資源制裁のおそれが消えた事で以前に比べ強気外交が可能になったようである。
今某国の立場は非常に悪い。これまで世界一の人口を抱える国として、それを武器に横柄と言える外交を続けてきたが、それもDimension Corp.相手には全く通用しなかった。Dimension Corp.が何故其処まで目の仇にするのかは不明であるが、今後某国がどのような政策をとっていくのか注意深く見守る必要があるだろう。
さて最期に、当記者が独自に掴んだ情報によれば、一月一日、元旦に何らかのサプライズを起こすようである。個人的に何が起るのか今から非常に楽しみである。