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ぼく の かんがえた さいきょう の PC  作者: ぽむ
第一章 テクニカルライター
7/17

007 タイムストレッチボックス

「沢木さん。地球外技術だとは思ってましたけど、地球外どころか、世界外技術でしたね」


「だな、彼は神である事を否定はしていたけど、神だと本気で信じる奴も居るんじゃないのか?」


「ああ、ありそうですね……」


 編集長である沢木さんは、説明会の間ずっとHDハンディカムを回していた。その間全く喋っていなかったのは撮影者本人が喋ると資料素材として見る場合みっともないからだ。


 説明会の映像が後から閲覧可能なのに撮影していた理由は、公式映像が編集されていないかのチェックだったり、編集されていなくとも別視点からの映像は新しい発見に繋がる可能性があるからである。


 というか、この手の一企業による新製品発表は大抵撮影不可が多いんだが、あっさり撮影許可下りたな。出来るだけ情報発信ソースを増やして『infinity』がウソではないと信じて貰う作戦なのかも。


「そう言えば沢木さん、沢木さんのヘルプアシスタントってもしかしてその猫ですか?」


沢木さんの頭の上には黒猫がへにょっとだらけた様子で腹ばいでのっている。


「ん? あぁ、タマだ。今後編集部の仕事も手伝ってくれるそうだ」


「よろしくにゃ!」


「おお! 喋った! って当たり前か。 ていうか何で動物にしたんです?」


「あはは、そりゃ結婚している身分で美少女連れて家に帰れないだろう?」


「ああ、なるほど!」


「どうもAI作成時に奥さんや恋人がいる場合は、動物型の形状を薦められるようだな」


「まぁ、恋人居るのに恋人よりも理想の容姿が隣に居たらヤバイですもんね」


「そうそう。そんな訳で猫な訳だ。 まぁ実のところ君のようなアニメキャラも真剣に悩んだんだけどな」


「あはは、それは残念でしたね」


「ああ、家族持ちのつらい所だ。

 さて、会場の撮影はたっぷり取ったし、後は帰る前にタイムストレッチボックスとやらを見よう」


「ですね。時間の流れが違う場所って言うのは面白そうです」


 と、言うわけでタイムストレッチボックスの前に移動しようと思ったのだが、ちょっと喋っていた間にタイムストレッチボックスの前はかなりの行列になっていた。どうも見ずに帰る選択をした参加者は居なかったらしい。


 その行列を考慮してくれたのか、最初は大小一つずつしかなかったタイムストレッチボックスが会場の至る所に次々と出現する。参加者が席を立ち、机と椅子が必要なくなった所に、スタッフであるAIのユイお姉さんがやって来て、場所を確保した後、タイムストレッチボックスをその場に出現させる形だ。


 出現の仕方もちょっと面白い。恐らくベクトル制御とやらで、まずは映像だけが半透明の状態からスゥっと出現して誰かがぶつかる心配が無くなった時点でリプリケーターの機能で実体化しているのだろう。ユイお姉さんは説明員としてそのままとどまるようだ。小さい方のタイムストレッチボックスは盗む事も可能な程の大きさのため、もしかしたらその防止も兼ねているのかも知れない。


 沢木さんはタイムストレッチボックスの林立劇に慌ててハンディカムを起動させる。確かにこれは撮影する価値ありだ。


 そう言えば、最初にこのタイムストレッチボックスが登場した時はえっちらおっちら数人で運ばれてきたのに、実際はあんな風に運ぶ必要なかったんだな。まぁ説明もなくいきなり物体が現れたらパニックになってたかも知れないから、ある意味当然の処置だったんだろうけど。


 しばらくタイムストレッチボックスが林立していく様を撮影した後、最寄りの空いてそうなボックスに近づく。


「見させて貰って良いですか?」


「はい、もちろんです。説明は必要ですか?」


「ああ、いえ。多分大丈夫です」


「解りました。ごゆっくりどうぞ」


 やっぱりまずは、小さい方よりも大きい方だよな。精神と時の部屋とか仕事人には垂涎の品物だろう?


 ワクワクしながらスライド式の扉を開けて中を見る。


「……………え?」


 本当にこの会社の商品はびっくり箱ばかりだな。外見はどう見ても電話ボックス程度しかなかったのだが、中の広さは10畳程ある。


「さ、沢木さん! これ、ちょっと、撮影!」


「なんだなんだ? ……うお! これはすごい……」


 沢木さんはタイムストレッチボックスの周囲をぐるぐる回りながら撮影した後、扉を開けて中を撮影する。いわゆるノーカット映像で外見と中身が違う事を見せるためだ。


 ストレッチボックスの中には、机にベッド、キッチンに風呂、冷蔵庫と、一通りの生活に必要な物が全て入っていた。


「うわぁ、ホントになんすか、この引き籠もり推奨空間」


「だなぁ。でもこれなら編集部用の缶詰部屋にも、仮眠用の休憩室にも十分使えるな」


「ですね。ただ、こんな風に空間拡げられるなら、箱の形状じゃなくて扉だけで良い気はしますね」


「ああ、たしかに。その方がより場所を取らないしな」


「もちろん、扉だけのタイプもありますよ。この形状は説明会の時にいきなり扉だけの物を持っていっても胡散臭いだけだったのでそれっぽくしただけです」


 と答えてくれたのは、説明員として側についていてくれたユイお姉さんだ。


「なるほど。で、この十畳タイプで幾らぐらいに成るんだね?」


「予定価格は20万円になっています」


 20万円なら、アパート借りる時の敷金礼金で考えても全然安い。こっちは毎月の賃貸料要らないのだし。


「時間経過の設定は変えられるの?」


「外と同じ時間の1倍はもちろん、一万分の一倍から一万倍まで調整可能です」


「一万分の一倍? 中で一秒過ごしたら外では一万秒って事?」


「そうなります」


「それは何のために? 下手すると浦島太郎じゃないですか」


「正にその為の機能です。未来の世界を手っ取り早く見たいでも良いですし、仕送りまでに所持金が無くなったから其処まで進めるでも良いですし、加速を使いすぎて実際の時間よりも老化しすぎたから、相応の時間まで進める等です。まぁ時代に取り残される可能性はありますが」


「あはは……」


「他に聞きたい事はありませんか?」


「あー、そうだね。ベッドとか幾つか家具が入っているけど、これはついてくるの?」


「サービスで付いて来ますが、要らない場合は削る事が出来ます。お風呂を大きめにしたい等の間取り変更も可能です。詳しいオプションはこちらになります」


 そう言ってカタログを見せてくれる。かなりの種類の家具やインテリアが載っている。単純に机だけでも事務机から食卓まで100種類以上、本棚など生活や仕事に必要な家具、インテリア類はおおよそ全部揃っている。


「何かすっごい沢山あるけど、値段が書かれてないのが恐い」


「値段書かれてないのは部屋代に含まれている為で、部屋に入る範囲なら無料です。ただし、部屋の外に持ち出せませんが」


「そ、そうなんですか……」


 無料で何でも出せるって言ってたし、そう言うもんなのか?


「えっと捕捉しておきますと、水道の水以外はベクトル制御の仮想物質で構成されているからです。家具やインテリア程度であるなら仮想物質で十分ですし、実物と違って傷がついたり劣化もしませんから」 


 なるほど……。

 あ、そうだ。


「変な事を聞くんですけど、この中に更にタイムストレッチボックスの扉を増やすとどうなるんですか?」


「部屋が普通に拡張されますね。ご希望されるなら内部の壁に添えつけも可能です」


「マジスカ!ヤバイっすよ沢木さん! 何部屋もある豪邸に超低価格で住めちゃいます!」


「ソウダネ…… 俺のマイホーム、30年ローンだってのに…… 今から売って引っ越してやろうか……」


「はぁ、しかし……すごいッスね。

 その気になれば衣食住を無限に提供できるとか言ってたけど、色んな物を出した時点で衣食は理解できてもこれは予想してなかったなぁ。

 ていうか沢木さん。もしこの情報が一般になったら家を売ろうにも多分価格暴落しますよ?」


「あ…… ま、まぁ取りあえずは部屋を拡張するという目的で買うのもアリだな!」


「ですね。まぁ自分はもっと安くて狭いアパートに引っ越しますけど」


「くそ……」


「そう言えば、この場所にボックスが直接転送されてきた感じになってましたけど、注文したら指定場所に直接転送されてくるんですか?」


「それでも良いのですけど、大型の商品は基本、移動キーをお渡しします」


「移動キー?」


「これです」


 と言って見せてくれたのはコインサイズの金属タグのようなものだ。表面にはタイムストレッチボックスの絵が刻み込まれている。


「指定した場所に転送するだけですと、後で移動したい時に大変ですよね? なので、これで移動や持ち運びが出来るようになります」


「持ち運び!?」


「このキーも精神読み取りに対応していますので、持ち主が収納したいと思ってキーを作動させると対象物がデータ化されてキー内に取り込まれます。

 取り出す時は、持ち主が取り出したい場所に向けてキーを掲げれば、まず最初に映像だけの仮想物質が表示されますので、それによって場所を微調整した後、実体化させます」


「え? て事は部屋毎サイフに入れて持ち運べるって事?」


「そうなります」


「これって山とかで、好きな場所で自分の部屋に戻って休憩したり食事できるって事?」


「はい」


「すげーーー!

あ、そうだ。中に入った状態で扉をけしたりは出来るの?」


「それはできません。時間を加速している状態で見えなくなれば、中で事故が起きた時に永久に発見できなくなりますし」


「ああ……なるほど」


「それに、万が一にも泥棒とかに悪用される危険性がありますからね」


「……… あー…… なるほど」


 お店の中で扉出して、部屋に入って扉消して、店が終ったら出てきて、商品盗んだらまた扉を消す。なんて事も出来なくもないしな。扉が消えなければ誰かがいるって解る。


「えっと一応、その場所の家主か、家主に認められた場合、もしくは公共のキャンプ場等、テント設営認められた場所以外では実体化出来ない仕様に成ってます」


「ん? それなら泥棒の可能性は低いんじゃないの?」


「例えば会社内に裏切り者が居て、その人の権限で本職のスパイの部屋を招き入れるなんて事が無いとも言えません」


「あぁ……」


「その場合でも扉が消えないままなら怪しい事だけは解ります。一応誰かが入っているのに、所有者が外に出て扉を消す事も出来ませんから。

 それが出来ると下手すれば拉致監禁になりますからね」


 なるほど、もし部屋の中を加速させて出れないようにしたら、数分で餓死させる事だって可能だ。


 色々工夫があるんだなぁ……と感心してたら沢木さんが真剣な顔をして質問をしだした。


「すまないが、御社で車を販売したりとかしないのかな? 御社の製品は燃料無しというなら、ガソリン代も掛からないし、更に乗ってない時はコインにして持ち運べるとか出来ると凄く良いのだが?」


「申し訳ありません。現時点では予定に入っておりません。日本では公道を走るための車両登録に時間が掛かります。


 そもそも弊社が車を作成しようにも、規定されているエンジンの規格等は完全に無意味になります。


 更に言うなら作成される物はマイカーならぬマイ宇宙船クラス、恐らく星間航行可能なレベルの物になります。となるとそれを一般車として乗れるようにするには新しい法律や規格の制定が必要であり、それらの法整備が整い、販売可能な状態にするにはかなり時間が掛かると思われます」


「あぁいや、其処までしなくても良いんだけど…… 普通の車の規格で、ガソリン無料で、駐車料金無料で良いんだよ」


「それなら直ぐにでもと言ってあげたいのですが、恐らく無理でしょう。産業を守るという観念からすれば弊社が車を出すと自動車産業が潰れてしまうので様々な横やりが入ると思います。例えば『前例のない未知の技術故に安全性が確認できない、確認できるまでは販売を認められない』等です。そしてその理由を盾に延々販売許可が下りないわけです。そんな事になるのが目に見えているなら、最初からマイ宇宙船の方がマシです」


「ああ…… ありそうだ」


「まぁ、今のはあくまで私個人(・・・)の邪推でしかありませんけどね。会社としてはユーザー様のご意見を参考に誠心誠意頑張らせていただきます」


 うは……、そこまでぶちゃけておいて、それはないわw


「そう言えば小さい方はお弁当箱にって話だったけど、どんな形があるの?」


「現時点で予定されているのはこちらになります」


 再びカタログ。


 カワイらしい女子向けお弁当箱から、男性向けの大きなお弁当箱、そして魔法瓶代わりの水筒系、この辺はまぁ定番。ちょっと変わってるなと思ったのはトレイと、ソレを覆うようなテント(?)のセット。一昔前のドラマ良く見たアレだ。仕事で帰りの遅い夫のために、作った夕飯の上に虫や埃がよってこないように被せる小さな蚊帳のようなアレ。正式名称は知らん。取りあえずこのカタログではディナーカバーとなってる。恐らくトレイに被せると、中の時間が止まって中に入っている食事は何時でも出来たてになるのだろう。


 ていうか、今は普通にサランラップで冷蔵庫だよなぁ…… これが普及してたのって完全に昭和レベルの筈なのだが微妙にセンスが古い。まぁでも時間が止まるのであればフライとかの揚げ物も何時まで立ってもアツアツのサクサクというのは良いかもしれない。


 値段を見ると、その多くが500円程で通常のお弁当箱を買うのとさほど変わらない。ただこっちに関しては便利だけど大々的に記事にする程でもないかな。大きい方の紹介のついでに、紹介しておこう。


 ああ、そうそう記事を書くに当たっての資料請求もしておかないとな。名刺をだしてと……


「今更で申し訳ありません。実は我々はPC情報誌の制作をしている物で、記事を書くに当たっての画像資料などをデータで頂けると有り難いですが、お願いできますでしょうか?」


「これはご丁寧にありがとう御座います。では私の方も」


 と、ユイお姉さんの名刺を受け取る。その名刺には


------------------------------

 Dimension Corp.

  マスターアシスタント

    ユイ♥

    yui@dimension-corp

------------------------------


 と書かれていた。これだけで見るとまるでキャバクラの源氏名が書かれてる名刺だ。つかハートはねーよ。リルたんの変身の時といい、この人案外お茶目さんなのか?


「源氏名じゃありませんよ?」


 うは、また読まれてるし。もう慣れたから良いけどさ。


「記事に使用できる画像資料に関しては、ヘルプアシスタントの方に言っていただければ大丈夫です。お渡ししたカタログについてもpdf形式もありますので、Webで紹介してくださるならその方が良いかもしれません。弊社HP上でも本日紹介した製品のページが公開されましたので直リンクでも構いません」


 なるほど、後でチェックしておこう。取りあえずは今日の取材はこんなもんかな?かなり密度の濃い一日だったと言えよう。

 沢木さんも既に手持ち無沙汰な状態で取材のし残しは無さそうである。んじゃお礼の挨拶をして帰るとしますか。


「今日は色々とありがとうございました」


「いえいえ、今後とも弊社をよろしくお願い致します」


 さて、帰ったら説明会の記事書かないとな~。

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