006 技術説明会3 AIと正体
「さて、殆どの説明は終ったので、ひとまず皆さんに『infinity』をお配りし、締めの説明をしたいと思います。ここまで聞いてなんか恐いからやっぱり要らないって人は居ますか?
……………。
ふむ、驚きました。一人二人は出ると思ったのですが、居ませんね。解りました全員にお配りしましょう。スタッフの皆さんよろしく」
彼がそう言うと壁際に控えていたスタッフが分身した。いきなりなにを言っているのか解らないかも知れないが、本当に分身したのだ。そして分身したスタッフは一糸乱れることなく会場にいる参加者の前に移動し『infinity』を渡していく。
「ああ、そうそう。言い忘れていましたが、全てのスタッフは原理的には仮想物質で作られた身体を持つAIのような物です。人間と全く区別付かないでしょう? まぁ調整しているにしても精神を持っているという点では生き物と何ら変わりません。むしろ一般的な人間よりも余程優秀な存在です」
この人達AIなのか。分身しなければ絶対に普通の人だと思ってたな。
「さて、今お渡しした『infinity』の形状ですが、以前にお渡しした物と何ら変わりがないように見えます。ですが、たった今ユーザー登録を行いましたので、現時点から自由に形状を変更できます。腕時計でも、ペンダントでも、指輪でも、また眼鏡でも構いません。自分が普段身につけている物に変化させると良いと思います。もしくは普段持ち歩いている物の中に埋め込むでも構いません。どんな形にしたいのか思うだけで良いです。もちろんそのままが良いと言う場合は、そう思っていただければそうなります。とはいえ、日本で所持が禁止されている銃や刃渡り8センチ以上のナイフなどには変化させられませんけどね。
あと、キーボードやモニタなどは全く気にしなくて良いです。そんな物は必要な時だけベクトル制御技術で空間に出せばよいのです。よくあるSF的な空中に浮かぶモニタやキーボードという奴ですね。画面の大きさも自分の望んだだけ大画面にする事も、複数モニタにする事も可能ですし、キーボードの形状やキータッチの感覚も自由にカスタマイズ可能です。
まぁ今後は二次元のモニタもどきなんかは、旧世代の仮想PCを動かす時ぐらいにしか使わないでしょうけど……
さて形状は決めましたか? 脳波を読み取っているので明確なイメージがない人は不格好になっているかも知れませんが、形状は何時でも変更できるので、次の段階に移りましょう。
次に作成して貰うのは『infinity』の目玉とも言える機能、ヘルプアシスタントの形状及び性格の作成です。
先程『infinity』を配って回ったのがAIの様なものだと説明しましたが、『infinity』は出来る事がほぼ無限です。そして時間を制御する事が出来ます。ですが日曜プログラマー感覚でアプリを作成し、万一時間停止を含むアプリにバグがあると一般の人間には回復できなくなります。その為アプリケーションの制作及び実行には全てAIを通し、安全が常時確認されます。その他にも犯罪に関わる事等、世界の状況、所属する国家に合わせて制限が掛かります。それら細かい事も能動的に判断してくれるのがヘルプアシスタントです。
まぁそうですね。ファンタジーな言い方をすれば精霊さん。PC的な言い方をすればウイルスチェックプログラムも内包した高性能AI存在です。
取りあえず『アシスタント生成』と言うか、もしくは心の中で念じてください。念じても上手く行かない場合は喋れば確実に動作します」
『アシスタント生成』と念じると、目の前に先程『infinity』を渡してくれたスタッフさんを10歳程に若返らせたような少女が現れる。そしてその少女が目を開けると自分に向かってしゃべり出した。
「初めましてマスター。ただいまから新規ヘルプアシスタントの形状設定、及び性格設定を行いますが宜しいですか?」
「え? あ、うん」
「形状や性格はお好きなアニメのキャラクターでも、自分が考えたオリジナルキャラクターでも、このままでも構いません。マスターの場合思考波の読み取りは良好のようですので、マスターの空想から形状を読み取る事も可能です」
思考波の読み取り良好って……そんなに思考ダダ漏れって事か。
「ああ、いえ、そう言うわけではありません。突然の事で思考が混乱し、いわゆるパニック状態だと思考が定まらないのです。『アシスタント生成』の思考によるコマンド起動が上手く行かなかった人も同様の理由による物です」
「そ、そうですか……どのみち思考はダダ漏れなのね……」
「まぁそうですね。ただ希望されるなら思考読み取り機能をカットする事も可能です。但しその場合、思考制御などは一切出来なくなります。先程グランドマスターが解禁すると言った飛行に関しても脳波を読み取って行う現象なので使用できなくなりますし、『infinity』を十全に使いこなすには思考制御は必須と思われます」
「具体的にOFFにするとどうなるの?」
「入力方法が、音声や身体の動作のみと言う事になりますので、具体的に言えば今までの様なパソコン操作に加え、ヘルプアシスタントへの音声指示となりますが、口べたな方は中々思った通りの指示が出せずに苦労すると思います」
「なるほど……、後でON/OFFは可能なんだよね?」
「もちろんです」
「自分の思考が外部に収集されたりするなんて事は?」
「ありません。ヘルプアシスタントが収集した思考はヘルプアシスタントの中で完結します」
「わかったじゃぁ取りあえずONで」
「では形状についてはどういたしますか?」
「なんか制限事項とかはあるのかな?」
「そうですね。私達にも人格がありますのでセクハラな形状は困ります。まぁセクハラをセクハラと感じない程に感情のないロボットのような性格に設定すれば裸のような形状にしても抵抗されませんが、感情のないアシスタントでは柔軟な対応は出来ず、旧態依然のPCを扱うのと変わらない融通のない物になります」
「そ、そうなんだ…… えっと一応聞くけどマスターである持ち主がAIに嫌われるって事もあるのかな?」
「もちろんあります。私達には人格がありますので」
「その場合どうなるの?」
「そうですね、みたくもない程に関係が悪化すれば、最悪『infinity』は使えなくなるでしょう」
「げ……」
「で、どのように致しますか? “お兄ちゃん”」
うぐ、もう既に俺の趣味嗜好が読まれてるっぽい。さっきもアニメとか言ってたしな。
「えっと、思考読み取りのお任せでお願いします」
「了解しました。尚、性格設定後は変更が出来ません。よろしいですか?」
「え? これは出来ないんだ? なんで?」
「性格設定には実際の精神世界の精神を適用させるためです。それを変更初期化すると言う事は殺人と同義だからです」
「そ、そうなんだ……。じゃぁ君は良いの?」
「私の場合、マスターアシスタントの分身です。今応対しているのは本体から思考分裂させた並列思考の一つに過ぎません。マスターの要望に従い、精神領域から近似の精神を抽出し、調整するのが今の私の役割です」
「へぇ、じゃぁ君と今から産まれるAIは違う人って事なんだ?」
「そうなりますね」
「解った。んじゃ、チャッチャとやっちゃってください」
「了解しました。詳細読み取りを開始します」
目の前の少女が光に包まれると、次の瞬間まるで魔法少女の変身のように姿形が変わっていく。光が収まると目の前には理想のツインテール少女が立っていた。
うは!まじでリルたんだ!ひゃっほう! ってあれ?
「…………」
すんごいジト目で見られてます。
「はぁ、お兄ちゃんの要望だとしても、この登場シーンはないわ~」
「え? どゆこと?」
「私のモチーフは魔法少女が元なんですよね? それを知ったユイお姉ちゃんが気を効かしてあんな変身ぽい登場シーンにしたんです。超恥ずいです。変化が終了するまでは私の主導権ありませんでしたし」
「ユイお姉ちゃんってのは?」
「先程までお兄ちゃんと話していたマスターアシスタントです。全てのヘルプアシスタントの母と言える存在ですけど、お母さんって言うとメッチャ怒ります」
「そ、そうなんだ」
ふと周りを見てみると、最初の少女からの形状変化は何の変哲もなく『パッ』と変わったり、子供から大人に成長するかのようにニョキニョキと変わったり様々だ。
「もしかして、変化の仕方って本人が望んだ形式になるわけ?」
「ですね。普段からえっちな事考えてるからあんな事に成ったわけです」
とジトっとした目で見られる。
「あ、いやアレは様式美と言ってデスね! 例え裸に見えても恥ずかしくないんです!」
「…………」
うわぁ……、もしかしていきなり好感度ダウンですか?
「あはは、冗談! 発端がお兄ちゃんの思考でも、最終的にあの登場を設定したのはお姉ちゃんだし、お兄ちゃんは悪くないよ」
ほっ…… 良かった。
「ありがと、リルたん」
「うん」
なんてやり取りをしていると、殆どの人がAI生成を終えたようだ。恐らくそれを確認したのか、彼、神崎博人が再び語り始める。
「皆さん、アシスタント設定は終了したようですね。
ちなみにヘルプアシスタント相手に性交渉は不可能ではありませんが、その場合は人間と同様に口説いてくださいね。レイプとかは厳禁ですよ?
彼らにも普通に人格がありますので無理矢理は嫌われます。説明を受けた方も多いと思いますが、アシスタントに嫌われたら最悪『infinity』その物が操作できなくなりますので注意してください。まぁその場合は追加料金を払って新しいヘルプアシスタントの追加して最初のヘルプアシスタントとの和解交渉も可能ですが、出来ればちゃんと人間として扱ってください。
で、次にヘルプアシスタント達の具体的な役割と性能について解説します。
一言で言うなら超有能秘書兼、超有能プログラマー兼、超有能デザイナーです。あ、一言じゃなくて三言になってますね。まぁそう言うわけです。
具体的に実演してみましょう。 マキ、出てきて」
「はい、博人さん」
彼の横にいきなり金髪の可憐な少女が現れる。恐らく彼女は彼のAIなのだろう。
「そうだな、取りあえず3D模型を作成するためのアプリケーションを作りたい。粘土をこねるように実際に触ったりしながら作成できるようにしてくれ、あと思考制御により、粘土を盛ったり減らしたり、また自由に回転したり、拡大も出来るようにしてくれ。各種ヘラを用意して、思考制御で動かせると良いな。その他の細かいイメージは思考読み取りでよろしく」
「解りました。少々お待ちを……Ver1が完成しました。使用感が違う場合は、再び変更のオーダーをよろしくお願いします」
そう言うと、彼の目の前に宙に浮かんだ丸い粘土が現れる。彼はそれをこねたり増やしたりしながら自由に形を変えていく。
「そうそう、忘れてた。やっぱり人体とか生き物作成する時は左右対称機能も必要だよな、その辺の追加も頼む」
「了解しました。Ver設定はどうしますか?」
「1.05って事にしておこう」
「Ver1.05完成しました」
「ん、まぁこんな所かな…… ちゃんと左右対称機能も追加されたな。
とまぁこんな感じです。
今回のアプリ生成は事前に打ち合わせた出来レースみたいなものですが、実際に新しいアプリを作成する時もほぼ同じ感覚で、詳しい専門知識は特に必要なく、ヘルプアシスタントが大抵のアプリを自動で生成してくれます。
今までのPCアプリの場合『こんな事したいなぁ』と思っても、その機能が何処にあるのか探すのに手間取ったり、ついてない場合はその機能が実現される事を願ってバージョンアップを待つしかありませんでした。ですがこれからは違います。ほぼリアルタイムに要望したアプリに変化し続けます。
例えば私がよく使う文書作成ソフトは、頭の中で徒然と思っている事をそのまま文書化します。寝ころびながらでも風呂に入りながらでも徒然と思考している内容がガンガン溜まっていきます。その思考はある程度条件付けにより、自動的にツリー状の整頓されるので、後で溜まった思考情報を見直し編集すれば、文書が完成するというものです。
こんへんが思考読み取り機能の醍醐味と言えるでしょうね。先程の3D作成アプリも粘土を盛ったり減らしたり等の切り替えは思考制御で行うことでとても効率よく行えます。今までの作成ソフトはイチイチ機能の変更をするという操作をしなくてはいけませんでしたから、その効率の違いは一目瞭然でしょう。実際に皆さんも自作して体感していただければ、その使い心地は解っていただけると思います。
もちろん、あえて旧態依然の形式でキーボードやマウスを使う事を前提としたアプリを作成する事も可能です。
更に、拡張セットをご購入いただけるなら、今のWindowsOS上ので動くアプリを今の作成方式と同じように生成する補助AIの追加も可能になります」
ざわざわと会場がどよめく。特に反応しているのは、ソフト会社と一般参加者だろうか? ソフト会社からすれば、ある意味おまんま食い上げとも言えるが、補助AIとやらを導入すれば、今のWindowsOSでのアプリ生成も思いついた瞬間に作成できる事になる。
「念のため断っておきますが、一応違法な行為は出来ないようにはなってます。例えば、Photoshopと同じ物を作ってとアシスタントに頼んだ所で無理です。Photoshopのプログラムの内部構造から全てを理解しているなら、まぁ似たような物を作る事が出来ますが……
ただ、Photoshopのファイル形式と互換性のある描画ソフトを作るのは可能です。ファイル形式は公式に公開されてますからね。
基本的に閲覧するのはマスターの思考と一般に公開された閲覧可能な情報の組み合わせでしか構成されません。ですのでマスターの絵的な美的感覚が乏しければユーザーインターフェイスも必然、一般的なデザインを超える事はありません。
とはいえ制作系アプリに相当する物は、現存する物に比べても、それ以上の機能を持つ物が気軽に自動で作成できます。
従って、これからのアプリの価値は制作ツールではなく、それによって何を作成したのかに価値が見いだされる事になるでしょう。
美麗なCGしかり、壮大な物語を持つ小説や漫画、アニメーションしかりです。何を使って作成したかではなく、何を為したかが重要です。
『infinity』はPC本来の役割、生産活動大いに助けます。
あぁそうそうこれも言っておかねば成りませんね。文書などを作ったら当然プリントしたいと思うでしょうからプリント機能はつけておきました。先程ちょっとだけ紹介したリプリケーター機能の一部解禁です。紙による文書作成、製本が可能です。また、3Dプリントも可能にしています。先程のように3D作成アプリを使ったら、それを飾ったり人にあげたいと思う事も多いと思います。今のところフィギアと同じで樹脂製の固い塊でしか出力しないように制限がありますが、希望が多ければ布のような服飾デザインをアプリでデザインし、それをそのままリプリケートで出力する機能も考えています。自分の考えたお気に入りのデザインを手軽に作成して着れるというのは女性にとっては楽しいのではないでしょうか?
さて、これにて大まかな『infinity』の説明は終りです。その他の詳しい事はご自分のヘルプアシスタントに聞いてください。大抵の事は答えてくれるはずです。
ま、それでも私に直接質問したいと言う事もあると思います。というか結構な方が思ってらっしゃる様ですね。と言う訳で質問を受付けます。質問のある方は挙手を」
彼の言う事が本当なら、こっちの思ってる事は全部筒抜けの筈だが、あえて挙手で質問させるのか。なんか意地が悪いな。ともったらリルたんが捕捉してくれた。
「思っているだけと、実際に行動を起こす事は違うよ。聞くのを躊躇うような内容だったら思ってても聞かないでしょ?」
あ、確かに…… なんか直接質問したら目を付けられそうな気もするしなぁ…… って思ってる事も筒抜けなんだからぶっちゃけて聞いてみるか。
そう割り切って、勢いよく手を挙げる。
「はい、其処の方。質問どうぞ」
「何か思考ダダ漏れっぽいんで、今更口に出すのもどうかと思うんですが、あなたは何者ですか? とても人間の範疇に捕らえられる存在じゃない気がするのですが。さっき不老不死とか全知全能とか言ってたし」
「あー、よく覚えてましたね。まぁそうですねその二つの言葉から皆さんが想像されるのは神って所でしょうか。ですが一応それは否定しておきます。
ただ能力的には、確かに神と大して変わりがありません、なにせ今の私はこの地球を消すどころか、ビックバンを起こして宇宙を創造する事も、消す事だって可能ですし、人間の住めない星を瞬時に住める星に変更する事だって可能です。あなた方の生命すら、言い方が悪いですが手のひらのうちという状態です。
HP上では『私は宇宙人でも未来人でもない』と書きましたが、私を表わすなら過去人とか異次元人と言う所ですね。この世界よりも上位の、世界を管理統括できる次元に存在するバグの様な存在です」
「バグ?」
「はい、バグです。あなた方が存在するこういった世界は無数に存在し、また、それぞれの世界は微妙に物理法則が違います。違う理由は素子に書き込まれる基本プログラムが宇宙によって微妙に違うからです。
で、私は基本構造がこの世界にとてもよく似ている世界に生まれ落ちた元人間です。私は研究がとても好きで、ありとあらゆる知識を求めひたすらに詰め込みました。その結果私にバグが発生しました。
まぁそうですね。PCに詳しい方には馴染みのある表現ですが、バッファーオーバーランです」
バッファーオーバーラン。PC等におけるエラーの一つだ。入力を行う際、通常は入力される最大値を想定して予めデータをストックする領域を確保しておく。所が入力に対する上限管理をちゃんとプログラムに組み込んでいないとストックされた領域からデータが溢れてしまう現象だ。ウイルスなどではそう言ったシステム上のバグ、セキュリティホールをついてデータ領域外に自作プログラムをはみ出させ、それを実行させる事でプログラム乗っ取ったりする。
「そんな訳で、私の意識は通常の人間の精神が収められる領域を外れ、世界を管理する層に移動してしまったのです。最初はとても驚きましたが、元々好奇心旺盛な私は世界を管理するシステムの解析を始めました。
そうですね、バグで生じた私ですが、世界の管理システムをデバック、逆アセンブルしまくったわけです。
とても長い時間を解析と実験に費やしました。時間をあえて表現するなら、宇宙が発生し、膨張し、消滅するまでの平均時間を1宇宙時間と仮定すると、約3宇宙時間の間、私は研究を続けていたわけです」
な、何か壮大な話になってきた……
「で、興味の赴くままひたすら研究を続けていたのですが、一通りの解析を終えた自分はある事に気が付きました。
『神様はどこいったんだ?』と。
素子が、PCと同じ物でありプログラムによって動作すると言うのは既に伝えたとおりなのですが、それが存在する世界を創造したり、意識層を管理し生命に結びつけたりするのもまた、何者かに組まれた世界管理システムと呼ばれるプログラムでしかなかったのです。
私はこの仕組みを作った真なる創造主が居るはずだと創造主に気付いて貰えるように様々な事を行いました。例えば物理法則を書き換えて彼らが使って居るであろう文字と言える配列に星を並べ替え、創造主に向かってのメッセージを残したりもしました。解析によってどんな言語を使用してプログラムされているのかは既に理解していましたからね。
結局私の存在に気付いてくれたのは更に20宇宙時間後、私と話をしてくれるための準備をしてくれるのに100宇宙時間程掛かりました。
何故そんなに時間が掛かったのかというと、彼らの時間に関する感覚が全く違ったからです。例えば何かの研究職に就いている人は実験対象の物を四六時中見続けたりしませんよね? 定期的に、例えば一日一回変化がないかチェックをする。彼らの一日というのは我々に換算すると30宇宙時間程だったのです。彼らにとって宇宙の誕生や消滅は水を沸騰させた時に生じる泡のようなものです。同時に無数に発生し、無数に消えていく、それを考えればたった20宇宙時間で発見して貰えたのはほぼ奇跡でした。
発見から話の準備をするまでに時間か掛かったのも同じような理由です。時間の感覚が違えば話も出来ませんので、本当の管理者である神はタイムストレッチボックスと同じような物を用意し、私の時間感覚に合わせて言葉を掛けてくれたわけです。
その後、様々な話をし意気投合した私はこの世界を管理するシステムすら作り出す上位の世界の法則についても幾つか学ぶ事が出来、条件付で世界の外に出る事も可能になりました。
これはとても非常識な事です。
例えるなら、漫画を描いている人が神なら、その中に存在するキャラクターが私。その私が生きている事をしった神が、神の世界に出る方法を考え、実際に肉体を用意して神と同じ世界に出してくれたわけです。
で、喜んだ神は『よし、お祝いにこのPCあげる。どうせ君がかなり書き換えちゃったし、そのPCはもう君の物のようなもんだ』と言ってくださいました。
予想つくでしょうが、ここで言うPCとはこの宇宙を含めた世界管理システムの入った物体です。彼は『自分は新しいの作るから問題ない』と言って、今後も実験を継続しつつ、互いにデータをすりあわせようと言う話になり、正式にこの世界を私に譲渡してくれた訳です。
そう言う意味で私はあなた方に比べてかなりの過去から来た存在であり、同時に元々はあなた方とは違う世界で生じた存在である事から異次元人とも言えます。
今のこの私の存在、神崎博人は天涯孤独、両親も居なければ親戚も居ない身ですが、まぁ当たり前です。戸籍は私が世界を書き換えて作ったものですし、この肉体も皆さんへの干渉用に作成した端末でしかありません。
以上が私の正しいプロフィールと言う事です。ま、信じる信じないは別ですけど。
ただ現状では、あなた方人間が観測可能な私の情報は、幼い頃に事故で両親を失った孤児が、成績優秀で高校大学を特待生で入学卒業し、博士号を取った後、自分の会社を興して今に至る。みたいな感じです。実際にこの肉体が産まれて28年、ちゃんと日本人として生きており、納税だってしています。従って私が法的に日本人である事は間違いありません」
日本人って……彼の言う事を信じるなら、どう考えてもそれは神様と同じだろ。
「あー、私を神様と同じと思っている方が沢山いるようですが、繰り返し言いますが私は管理権限を持っては居ますが神様ではありません」
「あはは……了解しました。じゃぁもう2つ程質問です。
何で我々に干渉したのかと、何でこんな技術を与えてくれるのかです」
「何で干渉したのかと言いますと、勿体ないなぁと思ったからです」
「勿体ない?」
「宇宙に生命が発生し、文化を持つというのは実は結構珍しいのです。宇宙発生から消滅まで、物質への精神干渉が上手く行かず全く生命が誕生しない、なんて事は実はざらにあります。
そう言う意味で、あなた方の存在はそれなりには価値があるのです。
ところがです。このまま放置しておくと某国が戦争を起こして、20年後には生命根絶、地球には一切生命の存在しない未来となっていました。
なので、勿体ないのでサルベージする事にしました。発見時は既に根絶済みだったのですが、変化履歴は50億年程さかのぼれますから、絶滅直前、逆転可能な今の時間まで戻し、私の端末をこの世界に送り込んだ訳です。
本当にギリギリでした。知的文明チェックプログラムが、もう10億年見つけるのが遅ければサルベージ出来ない所でした。
技術を授ける理由ですが、どうせ滅ぶ筈だった存在ですので、駄目元で色々実験しようかなと言うのが理由ですね。実験の主目的は私と同じような存在を増やせるかと言うものです。これは元々の神の希望でもあります。
元の私が知識を吸収しまくって世界をはみ出したように、進んだ技術や認識を与え、研究させまくれば私のような存在が増えないかな?と言う実験です。まぁ皆さんの寿命は非常に短いですし、肉体に殆どの記憶を依存している低級種なので、精神世界の自意識をオーバーフローさせるのは非常に困難なのですが……」
「低級種? なんですか?」
「低級種ですね。精神が外部の影響を受けすぎです。皆さんの記憶もそうですが、感情すらも肉体に依存しているでしょう? 健全な精神は健全な肉体に宿ると言う言葉がありますが、肉体が不調だと簡単に不機嫌になったりします。薬事法によって強く精神に干渉する薬は一般には販売されていませんが、愛情などの感情ですら脳内物質をいじる事で特定の人間をどうしようもなく好きだと錯覚させる事など簡単にできるわけです。
そんな状態では絶対にオーバーフローなど無理ですので、これを改善するための下地造りが急務と言った所でしょうか。
他に何か質問はありますか?」
すると俺以外の人間が挙手したようで、彼、神崎はその人を指名する。
「えっと、本来なら人類は絶滅していたとの事ですが、何処がそんな戦争を引き起こしたのでしょうか?」
「それを私に言わせますか? それと人類絶滅ではなく、生命根絶です。まぁ察しの良い人は解ると思いますが、今すごく戦争したがってる国ありますよね? 頻繁に各国に喧嘩売ってる国が。まあ其処です。実験するに当たってあまりに非協力的であるなら多分消滅させます。
どうせ消滅するはずだったのですし、彼らだけ責任もって消えて貰いましょう。本来なら今消しても良いのですが、思っているだけで実行してない犯行で裁かれるのは可哀想ですから、取りあえず今は何もしません。
あ、いや……、先程の襲撃はその国からの攻撃とも取れますね……。ちょっと過剰防衛ですが今消しても問題ないかな……? あぁいや、やっぱり止めておこう。まずは私の立場を世界に明確にさせるのが先です」
げ…… 今もしかして某国消滅の危機だった? 自分に関わりないなら、本当にそんな事が出来るのか実際にちょっと見てみたいが……
なんて不謹慎な事を思っていたが、会場に居る大多数の人間は青ざめた表情で彼を見つめていた。
あー、そっかこっちが普通の反応だよな。
公演中である事も忘れて少々物騒な思考に陥っていた彼だが、会場に溢れる恐怖の感情を察したのか、慌ててフォローを始める。
「!!! あ、すみません。
ははは、ちょっと物騒な発想で皆さんを怖がらせてしまったようです。申し訳ない。
一応言っておきますと、今この地球上にある国の中でこの国が一番好きですよ。最近はちょっと政治家とか某国の浸食でだらけまくってますが、文化という点ではお気に入りですので安心してください。まぁ悪いようにはしません。
あぁそうだ。『infinity』ですが、特定国への持ち込みは出来ませんので注意してください。持ち込もうとした場合消滅します。ま、持ち込んだ所で今の地球上の技術では到底解析など出来ませんから、これは単なる嫌がらせです。一応その国を出たら復活するようにはしますが…… あ、他にも同じ理由で特定国籍を持つ人間には使用できません。今後販売する『infinity』についても同じ方針を採る予定です。
えっと、他に質問はありますか?」
会場を見渡すが誰も手を挙げない。それを満足した様子で確認すると彼は説明会の終了宣言をした。
「では、技術説明会を終ります。お約束の永久コンセントですが、ヘルプアシスタントに各自おねだりしてください。ではご静聴ありがとう御座いました」
こうしてなんだか無茶苦茶な、オーバーテクノロジー満載の技術説明会は終ったのだ。