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ぼく の かんがえた さいきょう の PC  作者: ぽむ
第一章 テクニカルライター
5/17

005 技術説明会2 最強理論

「まず『infinity』作るに当たって『最強のPCとはどんな物なのか』と言う事からスタートしました。


 最強と言ってもいろいろな方法論があります。『メモリが高速で沢山』であったり、『CPUコアが一杯でクロックが高い』であったり、『HDDへのアクセスもメモリへのアクセスもバス幅を感じさせない程に早い』だったりです。


 まぁこれらの点は仮想PCを作成するに当たって全て実現している内容なのですが、私から言わせるとソレは本当の意味で最速ではないと言う事です」


 んん? あれだけ無制限に速度上昇できるのにソレが最速ではないって事?


「さて、最速を考えるにあたり、逆の面から考察してみます。即ちPCが遅いなと感じる時とはどのような時かです」


 重いと感じる時ね……。


 そうだな…… 自分の場合なら、超美麗CGが売りの最新ゲームを遊ぶ時だな。そういうゲームはたいていの場合、その時の最先端のビデオカードを使ってもフレームレートが60FPS以下なんてのはザラだ。負荷の高い場面では表示もカクカクになったりする。結局ストレス無くゲームとして成立するフレームレートにするために解像度やエフェクト類をカットして最高画質ではない状態でゲームせざる得ない訳だ。


 こんな時はもっと高性能なPCほしいなぁと切実に思う。


「僕の意見を言わせて貰えば、遅さとは入力に対する出力までの時間、即ちレスポンスの遅さです。重たいアプリケーションが重たい原因は、沢山の処理で時間が掛かるからです。


 ではソレを解決するにはどうするのか? それがタイムストレッチボックスを先に紹介した理由です。


 即ち沢山やる事があって時間が掛かるなら別の時間の流れを確保して、其処で全ての作業を終らせ、それから帰ってくれば、ありとあらゆる処理を時間0で終了させる事が出来ます。仮想PCでの設定速度がほぼ無制限に上げられるのも、この方式を使用しているからです。


 これは、メモリの操作やHDDへの書き込み、視覚インターフェイスにも適用されているので、どんなに大量のメモリ書き込みであろうと、どんなに複雑な3D描画であろうと時間0で終了させる事が出来ます。更に『infinity』同士の相互通信ならどんな大量データであっても一瞬で送信可能です。


 これが『infinity』のinfinityたる無限の性能を示す根拠でもあります。


 『infinity』が持つ時間制御能力は、本来プログラム単位で発動可能な作りになっています。例えば複雑なレイトレーシングのレンダリングをする場合レンダリングを開始したら終了するまで時間を停止させておけば、どんな複雑なレンダリングであろうと、開始のボタンを押した瞬間にレンダリングが終了するわけです。


 ですが、Windowsのファンクションにそんな実時間を操作するコマンド等ありません。従って仮想PCでは擬似的にクロックを設定し、ソレを高める事でしか速度上昇を望めないわけです。


 ですがそれは、全ての処理をクロック単位という時間に縛られる事を意味します。プログラムで実行されたコマンドの数だけ、何億、何兆では済まない程のクロック分の時間が経過し、その分時間を待たされる事になるわけです。この方式を採用する以上、今後要求が増え続ければやはりいつかは重たいと感じる程にユーザーは処理を待たされる事になります。


 しかし『infinity』のネイティブOS上であるなら、どんな大量処理であっても時間0で終了でき、本当の意味での最速の快適なアプリを作成できます。


 とはいえ、サンプルに作成した仮想PCアプリも非常に優秀なPCとして動くようにプログラムされてますので、既存のプログラムをどうしても使いたい場合も全く困る事はありません。


 ついでなので『infinity』に標準搭載される仮想PCアプリの解説もしてしまいましょう。


 今までのPCとは異なる具体的な優位点は、CPUのありとあらゆる命令コードが1クロック以内で終了する事です。


 現在PCに採用されているCPUの命令コードは複雑化が進んでおり、その結果、必要な因数を設定するにも、実際にその命令コードを実行し、結果が帰ってくるのにも、その結果を確認するのにも、数クロック掛かったりするわけです。


 しかし『infinity』で生成された仮想CPUはそれらの処理を1クロック以内で処理します。プログラムコードを先読みし、分岐が存在しない様な処理の場合、出来るだけ時間を止め、まとめて実行し、1クロックで処理するように変更します。


 また複数コアが同時にメモリへの書き込みを行う場合も全く待たされる事はありません。何故なら『infinity』自体のメモリへの読み書きの時間は常に0であり、どんなに大量の書き込みであろうとボトルネックになりません。今までのPC的観念で言えば、擬似的なメモリのクロック速度はCPUのクロック速度×コア数以上と言えるでしょう。


 既存CPUのように一つの命令コードに数クロック掛かるような仕様であれば、CPUクロックよりもメモリクロックが低くても何とかなりましたが、全てが1クロック以内で終る状況ではメモリの遅さは致命的になります。


 まぁ実際の所、現在のCPUの発展はメモリの速度が上げられないから、メモリ応答までの余った時間で複雑な処理をするように進化したわけですが……。


 ちょっと脱線しましたが『infinity』ではメモリ以外の外部デバイスに関しても同様で、HDDへのアクセスだろうと、ビデオカードへのアクセスだろうと、メモリアクセスと同じ、時間0で読み書きが可能です」


 なるほど……テストで手持ちのPCのクロックと同クロックに設定しても圧倒的に早かったのはこの為か。なんというか色々と容赦ない性能だなぁ……


「さて、そんなすごい処理をサクサク行ってしまう『infinity』ですが、如何にすればそんな処理が可能なのか気に成っていると思います。先に不正解を述べておきますと、所謂トランジスタによる電子機器でもなければ、量子コンピュータでもありません。


 私が利用しているのはこの世界、宇宙が作成した最速のコンピュータです。私はただそれを利用する方法を知っているだけです。具体的にソレが何かと教えてしまいますと、ありとあらゆる原子、電子、量子等の素子がソレに相当します。


 実は様々な素子はそれ一つ一つが高性能なPCなのです。この高性能ぶりは半端ないものであり、具体例を挙げればたった一つの素子は全宇宙に存在する全ての素子と通信を交わし、その結果を受けて次の瞬間の自分の位置を計算し、その場所へテレポートすると言う処理を延々繰り返しています。刹那にも満たない時間に、全宇宙の素子と交信し、それを処理する事が出来ると言う時点でどれほど桁違いに高性能なのか理解していただけると思います。


 またメモリという概念を素子に当てはめるなら、搭載されているメモリの量も膨大です。なにせ全宇宙の素子の位置を記録しても余る程なのですから。


 『infinity』の作成では一つの素子の基本プログラムを書き換え、宇宙の法則から除外した後、『infinity』用のプログラムで上書きする事で実現しています。従って『infinity』の本体は電子よりも小さいたった一つの素子であるわけです。原材料が0であるというのも、自分的には無数に存在する素子のプログラムを変更するだけで済む話だからです」


 うわぁ……それって神が作ったコンピュータをクラッキングして使ってるようなものじゃないのか? なんて思っていると一瞬彼と目があったような気がする。そして彼はこう続ける。


「人によって、それは『神が作ったコンピュータをクラッキングして使ってるようなものじゃないのか?』と思うかもしれません」


 !!! まさか思考が読まれた?


「ですが、それは違います。


 現在この地球では、科学信仰と言っても良い程の科学文明全盛の時代を迎えていますが、この進歩はかなり歪なものです。歪の原因は測定基準の問題です。科学の大前提としてほぼ全ての人間が認識できる基準を持ってあらゆる物を測定すると言う物があります。それは長さであったり、重さであったり、温度であったり、一定の基準が存在している訳です。


 しかしこの地球には人間という種が知覚できない情報を普通に五感として感じる事が出来る生物も存在します。例えばモンシロチョウの雄と雌は人間の目では判別不可能ですが、モンシロチョウの目で見れば紫外線域の色によって全く羽の色が違うために簡単に区別がつきます。


 これに関してはブラックライトなどの登場によって人間の目にも視覚的に捕らえる事が出来るようになったため、近年では当たり前の事実として認められた訳ですが、人間は基本的に計測できる状況にならないとその存在を否定してしまいます。


 例えば、あるかも知れないと言われていても計測手段が全く解らない為にそんな物はオカルトだと一蹴されている現象に『テレパシー』と言う物があります。『虫の知らせ』『以心伝心』というそれに類推する言葉もあり、更には少ないとは言えない実体験を持つ者も居るというのに、計測手段がないために錯覚、偶然扱いでその存在を否定します。


 実際の話で言えばテレパシー能力の強い種としては『犬』などが一部で注目を受けて居ます。主人の帰りを何時も玄関でお迎えする犬の話ですが、毎日定時で主人の帰りに合わせて玄関に移動するのではなく、定時でなくとも、主人が残業で遅くなっても、飲み会で遅くなっても『さて後は家に帰るだけだ』と主人が思ってから初めて犬は玄関に移動し出迎える準備を始めるのです。結局の所、何故犬が遠く離れた主人の思考を読み取れるのかは今の科学では解っていません。


 まぁ、答えを言ってしまえば『テレパシー』は普通に存在します。電波などによる通信よりも余程高速で有用性も高いものです。彼らは声帯こそ発達せず細かな言葉を発する事が出来ませんが、集団生活における必要最低限のコミュニケーションは『テレパシー』で行っているわけです。まぁしかしこの『テレパシー』は方言色がかなり強いために群を外れると途端に話が通じなくなるのですけどね。


 人間という種は結局の所、言葉と言うものを発達させたために『テレパシー』の受信能力が退化した種に過ぎません。ちなみに送信に関しては人が思考する生き物である以上、現象として思考の内容が外に漏れ出します。これは思考波を正しく認識し、意識して外に出さないように対抗策を採らない限り無理です。取りあえずは思考波の存在すら認識できていない人間の思考はダダ漏れと思ってください。


 さて、察しの良い方は既に想像がついていると思いますが、先程の襲撃者が誰の指図で襲撃したのか、そしてその関係者がのうのうとこの会場で説明を受けている事も、こちらとしては当たり前に認識しております。とはいえ現在の法律ではそんな物に証拠能力はありませんので、指図した物を捕まえて警察に突き出すなんて事は出来ませんけどね」


 え?て事はさっきのはマジで思考を読まれていたって事か。ていうか彼は超能力者って事?


「今の科学技術に照らし合わせれば、私が使っている能力は超能力に分類されるのでしょうが、厳密に言えば違います。今の科学が測定方法がハッキリ解らないからと放棄した故にこの分野は発達しませんでしたが、機械のレベルであっても全て再現可能な物理現象に過ぎません。事実『infinity』にはその機能があります。そもそも今の科学技術は全てを電気の動きに換算できる物しか認めない風潮がありますから偏るのは仕方ありません」


 うわ、やっぱりモロに読まれている。


「さて、なぜこんなテレパシーの話をしたかというと、この三次元世界を形取っている物質と、精神はちゃんとした法則で干渉しあっているのです。で無ければあなた方人間はただの科学現象の産物であり、精神も自分が自分であるという感覚すらも単なる科学現象の起こした錯覚でしかない事になります。ラプラスの魔が定めたかのごとく、全ての現象は物理法則に沿って一直線に未来へとすすみ、宇宙が始まったその瞬間から宇宙の終焉まで全てが決定された運命に逆らえない存在と言う事になってしまいます。


 ですが安心してください。精神、魂と言われる物はちゃんと存在します。この物質世界には重なる様に精神世界が存在し、あなた方の自我の元になる物はそこから自らの身体を操っているわけです。


 これを突き詰めると、この世界で言う不老不死や全知全能の力を手に入れる事が出来るのですが、詳しい話は今は要らないでしょう。ここで言わねばならない事は先程の『神のコンピュータをクラッキング』という作業は、あなた方の精神も無意識にそれを行い、それによって、初めてあなた方個人を個人たらしめていると言う事です。全ての生命はこの作業によってこの世界の物理法則に干渉する存在と言う事です」


 いやいや、不老不死とか全知全能とか無茶苦茶興味あるでしょうよ!


 とはいえ自分たちと言う存在は既に神のコンピュータをクラッキングした存在か……、すこし面白い理屈だな。自分もこれを理解できれば、彼のように銃弾を止めたり出来るのだろうか?


「完全なる物理法則を理解すれば、今の科学技術ではオカルトだとか超常現象と呼ばれる現象も再現可能です。


 ですが、それを習得するための学びの場を提供するには先程申し上げたとおり、超えなければならない壁が多数あるため、準備が整うまでは大人しくお待ちいただけると有り難いです。


 さて、何かある度に脱線しまくりの説明会で申し訳ないのですが、再び『infinity』の説明に戻りたいと思います。


 『infinity』の処理能力の高さに関しては既にご理解いただけたと思いますが、『infinity』にはまだ公開していない主機能が幾つかあります。次はそのウチの一つ『ベクトル制御技術』を紹介します。


 この技術は簡単に言うと、指定した範囲のありとあらゆるベクトル、エネルギーを制御するという物です。具体例をお見せしましょう」


 そう言うと、彼の身体がふわりと宙に浮く。


「今行っているのは、重力場を無効化し身体を浮かせています。これに加えて自身に対し運動エネルギーを加えればこの様に自在に空を飛ぶ事も可能です」


 そう言いながら、会場の上空を自由気ままに飛び回る。そしてその異能を十分に見せつけた後、上空で停止したまま再び語り始める。


「先程の襲撃の際に、銃弾を止めたのもこのベクトル制御技術のたまものです。飛んでくる銃弾の運動エネルギーを消滅させたわけですね。ちなみにこの世界の物理法則で言う所の作用反作用、エネルギー保存の法則は存在しません」


 ……え? なんか物理法則の根本的な原理の否定キタ!


「そうですね解りやすい説明をするなら、ゲームのパラメータでしょうか。ゲーム内で物理法則をシミュレーションする際、その物質が今どの方向にどれ位のスピードで飛んでいるのかと言う事をデータとしてメモリに記録されている訳です。ゲームのシステムはそのデータを元に次の位置を計算します。


 さて、この話、先程聞いた話に似ていませんか?」


 そう言えば全ての素子はコンピュータで、膨大な計算を行って自分の次の位置を計算しているとか言ってたな。


「もう解ったと思いますが、この世界の物質は素子の集合体で構成されており、現状認識されている物理法則というのは、素子の持つ基本プログラムの動作を観測したに過ぎません。


 しかし、この基本プログラムはデータを参照し次の位置を決めるだけの物である以上、データその物を直接変更すればそれに従って動きを止めるのは必然です。


 ゲームのパラメータ変更する際に、これだけの運動エネルギーを無かった事にしたから、他に振り分けなくっちゃ!なんて考えないでしょう?


 より上位の書き換えには、今まであなた方が信仰してきた物理法則は意味を成しません。ちなみに襲撃者が襲撃時と同じ姿勢のまま運び出されたのは彼の肉体を構成する物質にクラッキングを掛け、時間を止めたからです。正確には基本プログラムを一部改変し、彼を構成する全ての素子の相対位置情報を固定しました。今の彼は某ゲーム風に言うならアスト○ンが掛かっている状態ですね。核爆弾の直撃ですら彼を破壊できません」


 他人の時間を止めたとか……ゲーム的な良い方をするならMMOの中のGMと同じ能力、どんな事でも書き換え可能って事か。


「さてまたちょっと脱線してしまいましたが、空間におけるエネルギーやその方向性を自由に書き換える事が出来ると言う事は、実はもっと良い使い方が出来るのです。それを説明する前に、皆様一旦ご起立願います。その際、お荷物を椅子や机に置かないようにしてください。手に持っていただくか床に置いて下さい。


 えーっと、其処のあなた。寝てないでご起立願います。隣の方、起こして立たせて貰えませんか? このままだとケガをしてしまいますので」


 ケガをすると聞いて、すこしギョッとする会場。恐らく一緒に来たと思われる人が寝ていた人を起こす。


 つーか寝てた奴がいんのかよ! よくこの状況で寝れたな。もしかして楽しみにしすぎて徹夜しちゃったとかか?


「皆さん立ちましたね。では椅子や机にそっと触ってみてください」


 何の意味があるんだ? と思いつつ机に触ろうとする。


 が、机に触る事が出来ない。触ろうとした手は雲を掴むかのようにそのまますり抜けた。


「え? なんだこれ?」


 会場が騒然となる。当然だ。今まで普通に触れていた物が触れなくなったのだから。


「実は、今まで皆さんが座っていた椅子や机は、全てベクトル制御技術によって作られた仮想物質です」


 仮想物質?


「まるで存在しているかのように見える机や椅子は実際には存在していません。その空間の光ベクトルを調整して其処にあるように見せかけているだけです。ですが其処に机や椅子があると仮定して其処に発生する運動エネルギーのシミュレーションを行い、その反作用をベクトル制御で空間に発生させれば実際には存在しない物質を見たり触ったりする事が出来るわけです。


 このへんもゲーム的な良い方をすればデータ上にしか存在しないポリゴン世界も、物理判定を行えば其処にあるかのように振る舞えると言うのと変わりありません。


 実物との違いは匂いがしない事ぐらいです。その机は一見、木で出来ているように思えますが、木の机特有の匂いはしません。匂いとは化学物質が嗅覚細胞と反応して起る化学反応です。実際の所、分子の特性その物をエミュレートしてそれを仮想物質として扱えば、匂いや味を感じさせる事が可能ではあります。


 ですが、実際には存在しないので仮想化を解除した途端にそれを取り込んだ分子構造が崩壊し大変危険です。その為『infinity』では仮想物質と実際の物質との化学反応は禁止に設定されています。


 さて、椅子と机の設定を戻しましたので、もう座っていただいて結構です」


 何というか本当になんでもアリだな……。全員強制で立たせたのはいきなり椅子が無くなったら絶対に転ぶからか。


「実を言うと『infinity』の外観は全てこのベクトル制御技術によって其処にあるかのように見せかけているだけの物です。先程申し上げたとおり『infinity』の本体は1素子でしかなく、肉眼では認識する事の出来ない大きさです。


 これの意味する事は『入力や出力のインターフェイスはデータでしかなく自由に変更可能』と言う事になります。


 具体的な有用例をあげてみましょう。例えばレーシングゲームを考えた場合に、今まではゲーム機付属のアナログコントローラーで遊ぶか、少し贅沢にハンドルコントローラーを追加購入して、ちょっとだけリッチな気分で遊べる程度でした。


 しかしこれからは違います。実際のF1マシンのデータを元にした実際の運転席と全く変わらない物に座って、実際のF1マシンを運転する方法そのままで運転できます。


 また、その人の周囲の光を完全に制御する事で、部屋にいながらにして360度レーシング場に居るかのように見せる事も可能です。音なども単純に震動波でしかないので、シミュレーションで得られた結果を基にプレイヤーの身体を震動させる事で、スピーカーでは再現できない完全なる全方向音場を実現できます。


 そして、運転時に掛かる慣性の法則によるGや、運転時のエンジンの振動まで身体に直接作用させる事も可能になります。もちろん身体への運動エネルギーの量は安全面を考慮してケガのない範囲に収める事が可能です。


 簡単に言いますと実際に自分の身体で触る事が出来るVR空間を構築できます」


 と彼が言った瞬間に会場が360度全方向の草原に変化する。椅子や机はそのままだ。


「いま、皆さんは見かけ上は何処とも知れない草原にワープしたかのように感じているかも知れませんが、実際にはホテルの会場から一歩も動いていません。ですがここが会場だとは全く区別できないでしょう? ちなみに、地面に生えている草に触る事だって出来ますよ」


 実際に草に触ってみる。普通に草の感触だ。そのまま引っ張るとブチブチっとちぎる事が出来た。手にはちぎれた草。草の繊維、草の汁まで感じる事が出来る。だが確かに匂いはしない。しかしそれ以外は本物にしか見えない。


「まぁ例えばですよ、仮想のファンタジー世界を構築し、その世界を自分の身体でもって実際に旅をするゲームなんて物も作れてしまうわけです。


 ただ、ここで一言言っておきたいのですが、一昔前にマ○リックスと言う映画では脳からの信号をジャックして、仮想世界を認識させると言う方法が採られていました。また同様の方法で仮想空間に入るお話は多数あります。が、私から言わせて貰うとナンセンスとしか言えません。


 何故なら仮想空間で如何に凄い体術を覚えようと、運転技術を高めようと脳だけをジャックして体感する方法では何の役にも立たないからです。


 ちまたに溢れる小説等では、仮想空間で取得した体術が現実世界で反映なんてお話もありますが、それは起こりえません。むしろそんなシステムを使うのは非常に危険です。


 生物の身体、そしてその身体に蓄積される記憶というのは、脳だけに保存され、脳だけで思考している訳ではないからです。例えばあなた方は歩くという行動を起こす時に、どの筋肉をどのくらいの力で収縮させ、何処まで縮めるのかとか細かく頭で考えて動かしますか? 例えば熱い物を触ってしまった時に、頭で熱い物を触ったよと認識してから、頭で触った物から手を遠ざけるためにどう筋肉を動かすか想定しますか?


 近年では心臓にも記憶があり心臓移植をすると、趣味嗜好が変わってくる等という話もありますが、実際はそんな程度ではないのです。心臓に限らず、全ての神経、自分を構成する肉体その物が記憶に関連します。


 生きていると言う事は、その身体全てに記憶として叩き込み、それぞれの神経がその様に発達するから初めて思ったように身体が動かせるのです。記憶は脳だけでなく、全ての場所に存在するのです。


 例えば運動神経が良い悪いと言う話があります。これは幼少期にどれだけ身体を動かし、神経網を構築させたかという後天的なものであり、生まれによって先天的に備わって居るものではありません。同様に身体の固さという物もそうです。身体が硬いというのは筋肉が固いかのように思っている人も多いかと思いますが、実際には違います。例えば開脚をする際にちゃんと拡げられないのは開脚を妨げる反対側の筋肉にまで収縮信号が行ってしまい、それが開脚を妨げているだけです。従って反対側の筋肉を正しく弛緩させれば誰でも180度開脚が可能になるのです。ちなみに証明は簡単です。筋弛緩剤を使えば誰でもすごく身体が柔らかくなります。まぁ自分で動けませんが……


 本来はそう言った身体の記憶やシステムは細胞分裂が盛んな幼少期の学習によって構築するのが一番良いのですが、学習出来ないうちに成長して固まってしまうと、中々新しい神経回路が作成されず、上手く行かなくなるのです。そして経験のない動きはイレギュラーを避けるために反対側の筋肉を収縮させ、それ以上の行動を取れないようにしているのです。もちろん脳の記憶と同じく、身体の記憶も常に少しずつ変化しますので、幼少時の運動神経を保ち続けるにはそれなりの日頃の修練が必要ですが……


 まぁそんな訳で記憶というのは脳だけに存在するものではないので、脳波ジャックだけによるVRで超人的な動きに慣れたとしたら、現実の身体は動かせなくなっていると思って間違いありません。其処まで行くともう既に身体を動かすための、末端へ指示を与えるためのプロトコル、出力形式やその信号の強さが全く違ってしまうためです。


 そもそもですよ。仮想世界で俺TUEEEした所で現実で俺YOEEEだったら虚しいでしょう?


 どうせなら自分の身体を使って本当の武術や技術が学べ、現実世界でもそのまま使えた方が全然良いと私は思います。


 まぁ自分の身体をそのまま使う事に抵抗があるとか、変身願望がある人用には、人体に影響を及ぼさない範囲での仮想空間の提供も出来ますけどね。実際に仮想空間でのMMOを作る場合は、その世界への侵入度という形でランク分けされる事になるでしょう。


 こちらとしては一応あなた方の言う魔法に近い物が学べるゲームを作ろうと思っては居ますが、生身でない侵入方式では魔法の使用はゲームでスイッチを押すのと変わらないものに成りはてるので、自分のキャラをどんな大魔法士に成長させても現実で魔法は使えません。


 まぁとはいえ『infinity』の補助機能があれば『infinity』が思考を読み取り、それに合わせた物理法則の改変も可能なのですけど。


 私が個人で使える宇宙法則改変を通常の魔法だとすれば、『infinity』にお願いして改変するのは精霊魔法と言った所です。まぁ世界を理解してなくても、一応そう言う真似は可能です。


 取りあえず手始めに『infinity』ユーザーには空を自由に飛べる機能を開放する予定です。『infinity』を受け取ったら広い場所で試してみてください。自転車の変わりとして重宝すると思います。ただ最初はちゃんと広い場所で練習してくださいね。とくに電線やビルなどに激突すると危ないですから」


 空が自由に飛べると聞いて、会場の雰囲気は正に浮き足立つ。何というか本当にオーバーテクノロジーの塊だなぁ……

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