004 技術説明会1 前説
本日は技術説明会当日である。場所は都内某所の大宴会会場。約千人が入る事の出来る会場で、机と椅子が所狭しと並べられている。会場隅にはドリンクサーバーも置かれ、飲み物は好きに飲めるようだ。
なんて気楽に書いているが、予想通りというか説明会が開かれるまでにも細々した問題が幾つか上がっていた。例えば入場券のオークション転売である。希望小売価格2万円の『infinity』が一つ貰える説明会なのだ。当然初値は2万円からで最終的に38万円をつけて落札されたケースもあった。そして入場に関してもちょっとした問題が発生した。偽入場券を使って入ろうとする者が居たのである。ところが入場券には偽造防止用の細工がしてあったのか、受付の機械読み取りであっさりとバレ、追い返される事になる。更に言うなら入場する際に本人確認の出来る証明書の持参を求められていた所為で、オークションで競り落とした人間もまた締め出しを食らっていた。38万で落札した人は本当にご愁傷様である。ちゃんと入場券の説明に書いてあったろうに……
尚、一般参加ではなく招待客で、既にサンプルの旧『infinity』を送ってもらっていた人はソレを返さないと入場できないようになっている。まぁサンプルはあくまでサンプルだし、正式版をちゃんと貰えるなら返す事に何のためらいもない。今回の招待では俺の他に追加でもう一人可能と言う事で編集長も一緒に来ている。結果として『infinity』は2つ貰えるはずなので、1個は完全に個人用にして良いとの事、よしよし!
現時刻は説明会開始、10分前。既に入場は締め切られており会場入り口の扉も閉められている。設置された席の前半分は招待客が中心で、後は一般公募と思われる。招待客、一般公募とも全ての席は指定席になっており、マイクロソフト等の業界の重鎮と言える存在は演台のすぐ前だ。他にも良く見る顔が揃っている。ソフト中心のマイクロソフトはともかく、ハードの会社は心中穏やかじゃないんだろうな……。まあ自分がなにを心配した所でどうしようもないんだけどね。
そんな感じに人間観察をしていると演台に司会と思われる、超美人のお姉さんが立つ。
「お待たせいたしました。ただいまよりDimension Corp.新製品発表会及び、技術説明会を始めます。尚会場の様子はネットにてリアルタイムで中継され、説明会終了後も閲覧できる予定です。個人による撮影も可能ですが、フラッシュなどはご遠慮下さい。ではDimension Corp.社長、神崎博人様、ご入場お願いします」
司会の言葉に合わせて会場奥の扉が開き、動画で見た白衣の青年が入ってくる。年の頃は20代後半。やせ形で黒目黒髪。髪型は短くサッパリとした印象で、鼻筋も通っており、目元も涼しく、所謂イケメンである。Dimension Corp.の公式HPによれば『infinity』の理論は全てこの神崎博人と名乗る青年の科学理論によって達成されており、設計から制作に至るまで彼無くしては成り立たない物らしい。というか、本当かどうかかなり疑わしいのだが、正式な社員は彼一人であり、株式会社ではあるが所謂一人起業によって作られた会社で、現在も一人のままらしい。まぁ実際の所は正社員が一人であっても雑用のアルバイトなどは居るのだろうけど……。
彼は軽く片手をあげて愛想を振りまきながら壇上へ上がっていく、司会から演台を譲られると、改めて前に向き直り挨拶を始めた。
「えー、ただいま紹介にあずかりました神崎博人です。こんな若造ですが、私の持つ技術は……」
と話した所で『パンパンパン』と渇いた音が会場に響き渡る。一瞬の沈黙の後、騒然となる会場。いきなり彼が銃撃されたのだ。だが、騒然となる理由は彼が撃たれ重傷を負ったからではない。逆だ。三発の銃弾は彼の数㎝手前で停止していたのである。
「説明会開催のお祝いに、鉛玉のプレゼントですか? ありがとう御座います。お礼に警察につきだした後にしっかりと背後関係を取らせていただきます。スタッフの皆さん、襲撃者の確保お願いします」
彼、神崎が言うと会場端に立っていた綺麗どころのスタッフ数人が襲撃者を運び出す。が、ちょっと様子がおかしい。襲撃者が銃を撃った姿勢のまま固まったままなのである。その様子をギョッとした目で見つめる会場を察したのか、彼から再び注釈が入る。
「ああ、気にしないで下さい。我が社の拘束技術によって身動き取れないだけですから」
いや、説明になってないでしょう? と言う心のツッコミを恐らく何人もしたと思うが、オーバーテクノロジーの塊である『infinity』を作る彼ならソレもありなのかも知れない。
「えーっと…… いきなりこんな展開で、恐い思いをさせてしまって申し訳ありません。ただ、銃弾が止められた様子は確認出来たと思います。同様の技術で例えこの会場にミサイルが撃ち込まれようが、爆弾が爆発しようが絶対の安全を保証しますのでご安心下さい。ただ、恐い思いをさせた事は事実ですし、お詫びと言っては何ですが、お帰りの際には『infinity』以外にもおまけの粗品をお付けする事を約束します。
………えーっと。
まだ皆さん興奮しているようですね。とりあえず落ち着けるために深呼吸しましょうか?
はい、1、2、3。もう一度、1、2、3。
………もういいかな?
大分落ち着いたようですね。もし気分が優れない方はスタッフに申し出てください。医務室へお連れいたします。医務室にも中継用のTVがありますので、説明会の内容は視聴可能です。
医務室に行かれる方はいませんか?」
すると数人の一般客が手を挙げスタッフに連れられ会場を出て行く。流石に招待客で会場を出て行く人間は居なかったようだ。
「できれば、医務室で視聴していただく方にも最初から聞いて欲しいので、少々このままでお待ち下さい」
5分ほどしてスタッフが戻ってくると、やっと説明会が再開される事になった。
「さて、いきなり『infinity』の技術説明から入っても良いのですが、恐らく説明しても信じられないだろうし、理解もしてくれないと思うので、前提技術の説明となる新製品の説明を先に始めたいと思います」
そう言うと、スタッフが大道具っぽい大きな箱(?)と小さな箱を壇上に運び入れる。
「これは、『infinity』と同時発売予定のタイムストレッチボックスと言われる商品です。商品の性能は名前のまんまです。この箱の中と外で時間の進み方を変更します。まあ某有名漫画の精神と時の部屋みたいなものです」
ちょ、いきなりSF見たいなものでてきた! 時間の流れを変える? マジで言ってるのか?
「現在、こちらの小さな箱は、中の時間が進まないように調整されています。ソレによって具体的に何が出来るのかをお見せしましょう。
いまここにアツアツの珈琲、2つの時計があります。時計の時間を確認してください。二つの時計はちゃんと秒針まで同じ時間を示しています」
彼の背後の巨大スクリーンには二つの時計のがアップで映し出される。
「で、この箱の中に珈琲と時計一つを入れ蓋をします。
今、蓋が閉じられた瞬間から、箱の中身は我々の居る世界とは切り離され別の時間の流れとなっています。具体的には先程言ったように中の時間が止まっているので、この箱をこんな風に激しく振っても中は一切変化しません」
そう言うと、彼は小さな箱をこれでもかと振る。彼の言うように時間が止まっているのでなければ、中の珈琲はこぼれ時計も酷い事になっているだろう。だがあれだけ激しく振っているにも関わらず、中の物が箱の内側にぶつかってガタガタと音を立てた様子はない。
「さて、時間が止まっていなければ、中の様子はとんでもない事になっている筈ですが、実際に開けて中を見てみましょう」
そう言って蓋を開けると、閉める前と全く同じに見える状態で珈琲と時計が置かれている。
「珈琲もこぼれていませんし、中に置いた時計もそのままです。しかし時間を見てください。外に置いていた時計に比べて2分程遅れています」
巨大スクリーンには二つの時計が違う時間を示している事がハッキリと映し出されている。
「これの使い道としては、保存庫ですね。出前の岡持に適用すれば汁がこぼれる事もなく、出来たてを確実に届けられます。ラーメンが出前されている途中に伸びる事もありません。お弁当箱としても重宝するでしょう。何時でも出来たてホヤホヤのお弁当を味わえます」
おお、良いかもしれない。お弁当で汁物も普通に持って行けそうだな。
「逆にこちらの大きな箱は、人が入る用です。仕事が間に合わない! あまった時間を有効に使いたい! 思う存分寝たい! そんな時にお使い下さい。たとえば時間差を1000倍に設定した場合、まるまる24時間ここに籠もっても実際の世界では86秒しかたちません。一応安全のために扉を閉められた場合、中でどれだけの時間が経過しているのかは扉に表示されます」
あー、これは締め切り前の作家とかが欲しがりそうだ。他にも忙しい人間がゲームを思う存分やりたい時なんかには凄く良いかもしれない。
「当然の事ですが、この中で10年過ごせば10年分老化しますので、多用しますと見かけ上あっという間に老けて早死にします。十分注意が必要です。一応この人間用の大型BOXは2畳~10畳までの大きさで販売する予定となっています価格は今のところ未定ですが、6畳サイズで10万程を予定しています」
安!こんな時間を買えるような品物がそんな値段で買えるのかよ!?
「タイムストレッチボックスに関しては説明会終了後も、会場のレンタル時間が許す限り体験できるようにしておきますので、実際に体験してみてください。
それと『infinity』に触れられた方はもう予想がついているでしょうけど、我が社が発売する商品はどれも外部電源や燃料の必要がありません。ついでに言うと永久電池や永久コンセントの販売も予定しています。永久電池は予測がつくでしょうけど、永久コンセントは電力会社と契約しなくても幾らでも電気が使い放題のコンセントです。大きさ的には二股ソケット程度のものですね。まぁこれについてはお詫びの追加粗品にするとしましょう」
電気使い放題のコンセントが無料で貰えると聞いて会場にどよめきが起るが、彼はそんな様子を全く気にせずに次の説明を始める。
「次はこれです。これは今のところ販売予定はないのですが『infinity』の説明をする上で、こういう技術が実際に存在すると言う証明の為に紹介します」
そう言って壇上に運ばれたのは、マイクスタンドのような物に、本来マイクがついている部分に50㎝程の輪っかがついた物だ。それが2つ運ばれる。
「えーっと、これは簡単に言うと某猫型ロボットがよく使う『どこ○もドア』と同じ物です。スイッチを入れますと、こちらの穴に通した物が向こうの穴から出てきます。まぁそんだけのものです。技術的には空間アドレスの連続性を調整しているだけに過ぎません」
といって自分の手を入れ実演する。もの凄く簡単にいっているが、どう考えても超技術である。
「この技術はとても応用性が高く、悪用した場合非常に危険性が高いです。例えば、もしこれを戦争で用いれば敵国の重要拠点に片方を設置し、遙か遠くから爆弾を投げ入れる事も可能ですし、片方を深海に沈めればソレだけで超高圧で吹き出す海水が周辺都市に津波以上の壊滅的ダメージを与える事も可能でしょう。宇宙空間に持っていけば周辺の空気を無くす事だって可能です」
確かに……戦術的に考えたらかなりヤバイ兵器になりうる。
「従って販売の予定は今のところありませんが、正しい使い方をすればもの凄く有用な技術です。例えばこれです」
と見せたのは、丸い球体の両端にLANケーブルのソケットが見えているものだ。
「これ、真ん中の球体がパカッと割れます。そしてこの二つは今一見二つに分かれているように見えますが、LANケーブルのラインは物理的に繋がったままです。どういう事なのかというと、見かけは無線ですが、電気的、物理属性的には完全に有線です。従って無線とは違い高速でデータのやり取りが可能です。他にもオーディオコードに使用すれば無線特有の音質劣化を全く気にすることなくオーディオ環境を構築出来ます。まぁ後で説明する技術を説明すると、その辺はあまり意味がなくなるのですが、取りあえず離れた場所を直接繋ぐ技術があると言う事だけを覚えておいてください。
あーそれと、この技術をちゃんと使えば公共交通網の変わりにもなります。北海道から沖縄だろうとゲートをくぐるだけで一瞬でつきますし、そもそも永久機関で動作していますので、何処へ移動しようと交通費は掛かりません。土地の安いド田舎に住んでいようと、都心の会社とゲートを繋げれば、玄関から一歩出るだけで出勤も可能です。
ただ、想像つくでしょうけど、これを採用すると不動産業も流通網も壊滅的なダメージをうけます。まぁぶっちゃけ自分からすれば、だからどうしたではあるんですけど。そもそもこの『infinity』を発売する時点でPC関連の経済ダメージは計り知れないでしょうし」
…………やっぱこの人、全部解ってて実行してるって事か。
「ああ、でも断っておきますが、皆さんを破滅に導きたくてこんなオーバーテクノロジーを普及させようとしている訳ではありません。今回の販売で幾つかの産業が破綻するでしょうが、それに関わった人達への補填は『infinity』を購入してくれるユーザーに限り行う予定です。『infinity』販売でウチの会社ヤバそう!と思ったら購入をお勧めします。後悔はさせません」
いきなり不穏な事を言い出した彼の言葉に、会場が微妙な雰囲気になる。
「ふむ…… 不安なようですね。
じゃぁ少しだけ先に説明をしておきますか。先程の説明の中でも解るとおり、私は永久機関を保持しています。まあこんな技術は私の基幹技術に比べればゴミのような技術なのですが『infinity』はinfinityの名の通り無限の可能性を保持しています。具体的には私がその気になれば衣食住を無料で無限に提供する事も可能です。更に言うなら『infinity』に掛かる製造費は私の人件費を考えなければ無料です」
製造費が無料と聞いてざわめき出す会場。
「某有名人が、何もない空間からパンとワインを出したらしいですが、私個人でも同じ事が出来ますし、その力を『infinity』を購入してくれた人全員に渡す事だって可能です。そうですねちょっと予定が狂いましたが、先にその機能の説明をしてしまいましょう」
そう言うと、背後の巨大スクリーンに某有名宇宙船が表示される。スタート○ックですね。
「これは、有名なSF作品に登場する宇宙船ですが、その中の施設にリプリケーターという物があります。まぁその作品の中ではE=MC²なんて式を用いてエネルギーを物質化し、食べ物等をまるで電子レンジでご飯を温めるかのごとくの手軽さで出していました。簡単に言うと『infinity』にはその機能がついています。そして無限のエネルギーを使用可能なため、好きなだけ食料を出す事だって可能なのです。もっと言うなら超巨大ダイヤモンドだろうが、大量の金塊だろうが、レアメタルだろうが幾らでも出せます」
そう言って、実際に大量の金塊やらダイヤを壇上に無造作にぶちまける。それを見た会場の空気が凍る。
「まぁでも、こんな事をすればあらゆる市場価格は全て崩壊するでしょうね。最終的にあらゆる物質がグラム単価幾らという価値しかなくなるでしょう。金塊1㎏もダイヤ1㎏も水1リットルも同じ価値です。高性能なスマホであろうと、一旦設計し、一つでもサンプルを作れば工場の必要もなく無限に作成でき、製造費も無料です。ただ、結果的に製造工場は廃業になりますが……」
確かに、言うとおりであれば何かの商品を製造するに当たって、必要なのは設計者だけで事足りる事になる。
「まあ、戦争の原因が物質や土地の奪い合いだというなら、この機能を無料で開放したら世の中に争いはなくなるのかも知れませんが……」
そう言って手を振ると、先程出した大量のダイヤや金塊が一瞬で消える。出すのも消すのも自由自在って事か。
「そんな訳で、取りあえず『infinity』を購入してくれるなら、万一の場合に最低限の衣食住の確保の手伝いぐらいはするつもりです。ただ、その手伝いをするためにも社会制度的に色々と超えなくてはいけない壁が沢山あって大変なのです」
彼はそう言うと少し憂鬱そうな表情を浮かべる。もしかして本意ではないがそうせざる得ないような理由があるのだろうか?
「さて、気を取り直して本題である『infinity』の解説に入りましょう」
そうだった、これまでの説明でも十分に驚くべき物だったけど、本番はこれからだ。