017 各国の変容
今回は本当の意味で説明ばっかりですし、SF要素があまりありません。(どうでも良いレベルで少しだけあります)
なので僕的SF設定を求めている方には多分面白くないです。
一応今回の話は政治要素になるのですが、作者は政治や国際情勢が専門でないので「なわけねーだろ!」な部分もあるかと思います。
その場合「こいつ何も解ってねーな」と笑ってやって下さい。ついでに間違いをこっそり教えてくれると嬉しいかも知れません。とはいえ多分、そのあたりの政治論については修正は出来ない可能性が高いので、そのあたりはご容赦下さい(汗)
また、お前の薄っぺらい政治論なんか見たくないと言う人は一気に後書きへ移動して下さい。今回のあらすじを載せていますので恐らく今後の展開には其処さえ見て貰えれば大丈夫だと思います。多分。
「また、アトランティスに国家が吸収されたみたいッスね。今度はアフリカの最貧国が5つ同時だそうです」
「それを言うなら元後発開発途上国だ。第一、今では貧しくも何ともないだろう」
フロンティアの開放が各国で行われ20年。世界はまた変革を迎えていた。
もっとも大きく変化があったのは発展途上国とも開発途上国とも言われていた国家群だ。これらの国家では職を得る事も、日々豊かに暮らす事も難しいケースが多かった。所がフロンティアの開放は、そういった人間に安定した食料と収入を与える職場となったのだ。しかもinfinityの値段は各国における初任給の十分の一ほどに設定されている。
例えばある国の初任給が日本円にして1000円だとすると、その国民は100円でinfinityが買える事になる。またフロンティアに来れば狩りによって得た素材はアトランティス円で買い取って貰える為、場合によっては数度の狩りでinfinityからタイムストレッチボックスまで揃える事も不可能ではない。この為、必然的に為替レートの高いアトランティス円を楽に稼げるフロンティアへの移住が大量に発生したのだ。
だが、この気楽に衣食住が得られる環境は容易に国離れを起す。日本でも見られるような過疎化による廃村。これが国家レベルで起きるのである。政治家や統治者達が国を治めようとも国民がいなければ話にならない。しかもinfinityを手に入れた事で国民は様々な知識を学習する。「今の国家に属するよりもアトランティス国籍を取ってアトランティス民になった方が豊かな生活が出来るのではないのか?」と。これを理解してしまうともう歯止めがきかなくなる。一部統治者はフロンティアへの移住を許可制にしようとしたが、国民からの猛反発を受けた。
そもそも開発途上国の多くは支援国に依存して成り立っている場合が多い。所がアトランティス建国宣言の折に消えてしまった国家からの支援を受けていた場合、必然的にアトランティスを頼る事になる。そうでなかった国も無限の資源と知識を持つアトランティスの支援を受ける意味は大きく、フロンティア政策において正面から文句を言える国は殆ど無かったのだ。
実際の話、フロンティアに出稼ぎに出た国民の収入の一部は、税金としてその国の国庫へ納められる。そして、これが国庫をおおいに潤す為、国としても文句を付けづらい。最貧国、後発開発途上国とは国民一人当たりの年間総所得が905米$以下を示すのだが、フロンティアで狩りをすれば、その程度は慣れれば一日で稼げてしまうのだ。これまでは一年掛かっていた収入を一日で稼げる。税収も当然のごとく爆発的に増え、数値上における後発開発途上国が消滅したぐらいだ。
当初統治者達は、この税収アップをおおいに喜んだが、10年を越えたあたりから異変に気づき始める。税収が減り始めたからだ。理由は簡単だ。国民がポイントで1万を貯め、アトランティス国籍を取得し、正式にアトランティス国民として亡命する。一度この流れが起きればそれはもう止める事は出来ず、統治者は国民のいない国家に呆然とするだけとなる。
結果として国家その物を、土地も統治権も全て委譲してしまう事になるのだ。フロンティア登場以前であるなら資源や土地を餌に国や企業に売却もあり得るのだが、フロンティアのある現状ではそれもあまり意味がない。それよりもアトランティスに渡してしまう事での利点の方が大きい。アトランティス領土となればインフラの設置など、公共事業も確実に行ってくれるし、なにより国家を委譲した場合、一万ポイントで国籍を購入していた元国民は全員ポイントが還元されるのである。
統治者としては、その選択をしないわけには行かない。何故ならそれ以外の選択は元国民に一万ポイント分の不利益を与えるに等しい。となればあっという間に評価ポイントがマイナスになるのは目に見えていたからである。元々国民の人気が無く評価ポイントを使用していない統治者なら良かったが、たいていの場合はそうではない。結果として選択の余地無く、アトランティスに国家を委譲する事になるのだ。
おかげで元後発開発途上国は今回の委譲で全てアトランティスに吸収、その他の開発途上国と言われていた国家も7割近くが吸収される事になった。
では途上国ではなかった国はどうなったのか。典型的な例がアメリカと言えるかも知れない。
実はフロンティアにおける基本的な自治権や土地などはアトランティスから購入が可能である。但しこれを行うには2つのデメリットがある。一つは高額な支払い。地球サイズの星一つと考えれば格安ではあるのだが、具体的には中堅国の国家予算レベルの支出が必要である事。次にフロンティアにおけるアトランティスのサポートが無くなる事である。
例えば「はじまりの街」では食糧事情を改善する為にPOP処理を行っていたが、そういったサポートも、開拓者ギルドなどのサポートも消える。基本的な建物、インフラなどの設置サービスも無くなる。用意されるのは転移門のみである。
ただ、このサポートの排除は実はアメリカが望み、交渉によって得た結果である。
当初、アトランティスはフロンティアの売却の予定は無かったらしい。しかし其処に異を唱えたのがアメリカだ。アメリカは元々開拓から始まった国という自負もあったのかも知れない。No.1国家としての自負もあったのかも知れない。それが政治取引により一夜にしてアトランティスが最大領土を誇る国になり名実共にNo.1国家になった事で、国民からの突き上げもあったのかも知れない。
ともかくアメリカは再びNo.1国家の威信を取り戻す為、どの国よりも早く開拓を成功させようと企んだわけである。その為にはPOP処理などは邪魔でしかない。軍を使って一気に制圧し、巨大資本による都市計画に基づいた開発が必要だと考えた。またアトランティスの方針は狩りをしながら一人一人が地道に学習をし、開拓と共に学んでいく事を計画していたが、アメリカにとってはそれも邪魔だった。考える事は優秀な学者集団、シンクタンクに任せておけばいいのだと。そうしてシンクタンクが学んだ知識を、民生用に解りやすくかみ砕いて卸すのもまたシンクタンクの役割だと割り切ったのだ。
だからこそ、アメリカにとってフロンティアにおけるアトランティスのサポートは邪魔だったのだ。その為アトランティスとの交渉において、サポートの撤回とフロンティアの完全売却を望んだのである。完全売却ともなれば、本国と同じように終日infinityによるフルサポート、飛行サービスや生活補助を効かせたままでの開発も可能だ。これにより開発スピードは格段に上がると思われた。
当然これらの決定は大統領の独断ではなく、資本家による意思が大統領にその選択をとらせている。資本家の最大の懸念は労働力のコントロールである。資本家が管理しない開拓環境では旨味も少なく、労働力の離散に繋がると考えたわけだ。その為、アメリカによるフロンティア開拓は軍と資本家の主導を元に開発が行われる事になったのである。
このアメリカの動きに購入資金を捻出できる西ヨーロッパ諸国の一部も賛同を示し、アメリカに続いた。
結果だけ言ってしまえば失敗だったと言える。だが途中までは成功しているようにもみえていた。実際人類初の自力飛行魔法の達成はアメリカの威信をかけて国営放送にて大々的に放送された。時に開拓から9年目の事である。が、その直後「その程度の浮揚なら俺にでも出来る」と次々と動画投稿サイトに人体浮揚の動画がアップされたのである。
こんな結果になったのは当然理由がある。多くのinfinityユーザーにとって自力飛行魔法とはinfinityのフルサポート時の飛行をさし、ただ重力をカットして浮かぶだけの状態を飛行とは認めていなかったのである。だいたい、休日になればフロンティアでも普通に飛行できるのだ。ただ浮くだけで飛行とは言えないと言う意識が強かった。
そしてもう一つはアメリカの霊学開発の遅さである。アトランティスの目指すフロンティア開発における最大の目的は学習である。その為に習熟に必要な魔物を過不足無く提供し、魔法の実験場として場を提供する意味もあった。しかしアメリカなどの資本家達は、資源開発を主題に開拓を進めた。
infinityが登場する前の常識で考えれば、土地資源を確保する事こそが繁栄への絶対条件であり、資本家による労働力の支配を考えてもそれは正しい事である。資源を採掘する為に労働者を雇用し、支払った給料もその土地の産業、出来れば自分たちの息の掛かった産業で消費させる。労働者の完全なコントロール。これが資本家の理想だ。
だが、実際の所はリプリケート機能の制限があるフロンティア独自の物質ならともかく、地球でも採れるような土地資源を求める事は殆ど意味のない行為だ。例えば日本では消えた某国から購入していたレアメタルなどはアトランティスから購入していた。基本は特区に置ける生産から回されていたが、足りない分などはリプリケートで補填されるのである。
そのような世界では土地資源にしがみつく意味はあまりない。infinityショックによる失業者の雇用という意味はあったのだが、その他の旨味と言えば精々「採掘の労働力という原価」で資源を使えるだけなのだ。だが元々労働力の安かった国から買っていたのである。アトランティスから購入する際は値段も基本据え置きだ。下手に人件費の高い自国民で採掘した所で却って高くつく可能性も高い。
しかしそうであっても資本家は採掘という作業をさせる事で、労働力を資本家の下に縛り付ける事を優先した。結果として、資源開発に邪魔な原住生物は軍による火力で一掃され瞬く間に開拓地を拡げていったのである。
だが、原住生物を駆逐してしまう事、アトランティスからサポートを受けない事は大幅に霊学開発を遅らせてしまう。長耳の霊視角膜等もPOPの無い状況ではあっという間に枯渇した。サポートを拒否していた為に通常なら存在するはずの、アトランティス製図書館も、魔法屋も存在しない。初級霊学本を閲覧できるのは、ポイントを支払ったごく一部に限られ、また霊能訓練にも支障をきたした。
更に悪い事にフロンティア産の商品の取り扱いは、定期的に狩りを行わせる為、基本狩られた分のみしか売買しないという物がある。地球産の物については米一粒でも登録すればお金の許す限り、米俵で何俵でも買う事も可能なのだが、フロンティア産は納入された分だけなのである。それはある意味当たり前の事なのだが、これがまた問題を生んだ。
霊学研究の為の魔法素材の枯渇に悩んだアメリカは、他国から買い付けを行う事にしたのだが、上手く行かなかったのである。
買い付け方法はとても簡単である。各国の開拓者ギルドに「アメリカの研究機関」の名前で素材依頼をするのだ。しかし、やり方が不味かった。具体的に言えば常時依頼での素材要求。そして素材を集める為に他の依頼者よりも高額な値段を付けた。欲しい物を手に入れる為に人より高い値段を付ける。資本主義では当たり前の事である。当然売る側も普通なら皆そっちに売ってしまうだろう。となれば各国の研究者はその値段よりも高い値段で依頼を再設定するしかない。しかしそうするとすぐさまアメリカ側も値段を上げてくるのだ。そんな事を繰り返せば当然値段は高騰する。結果として各国の研究者からは嫌われることになるのだ。
そして、研究者から嫌われるという事はかなり痛い結果を生む。そもそも魔法素材がどのようにしてギルドに流れるのかアメリカの研究機関は良く理解していなかったのだ。どういう事かというと、貴重な魔法素材などは研究者が特性を理解して魔物から解体・腑分けを行わないと機能しない場合が多い。ギルドに提出する魔法素材は大抵自分の研究で余ったもの、そのままでは腐らせてしまうものを、勿体ないからと他の研究者にお裾分け、と言う意味合いが強かったのだ。即ちギルドの魔法素材依頼は研究者同士の助け合いだったわけである。
ところがそういった中でのアメリカの研究機関の行いは、金にあかせて素材を根こそぎ奪う方法である。嫌われないはずがない。嫌われてしまえば研究成果の最新情報も渡らなくなる。結果としてアメリカにおける霊学研究は他の国に比べ大幅に遅れる事になったのだ。
この採取における意識の違いは、アメリがが軍、資本家、研究者という分業制をとった事にも起因する。殆どの国では研究者は若さを取り戻し、自らの肉体で生の研究を行う事を選択した。infinityにおけるアプリ精製機能を使えば大抵の実験器具などは仮想物質で自作できる為、研究資金で困ると言った事がほぼ無かった事も上げられる。しかしアメリカでは今までと同様、研究者は研究所に籠もり、必要な機材や素材はスポンサーによる外部調達で賄っていたのだ。従って魔法素材の取得に対する苦労などは知るよしも無かったのである。
これらの失策にアメリカが気付いたのは、お抱えのシンクタンクメンバーの上位数名が亡命を果たし、アメリカを捨ててからだ。結局の所、アメリカが威信をかけて行った「人類初の自力飛行魔法の公開放送」は「アメリカ方式での開拓では霊学研究を大幅に遅らせる」と、シンクタンクメンバーに気付かせただけだった。
この事はこれまで研究者としてトップを走っていた彼らにとって、自分達が研究という分野で取り残されているという危機感を産んだ。そしてそのストレスは亡命という手段でアメリカを捨てさせ、彼らに研究者として走り続ける事を選ばせたのである。要は資本家達は研究者の知的好奇心を甘く見ていたのである。
アメリカは失策に気付いてからようやく、魔法素材となる魔物の養殖、家畜化に乗り出す。とはいえアメリカ式の開拓では邪魔になる魔物は、サンプルに数体捕獲するだけで、開拓予定地に住む魔物は基本的に全て駆除していた。この事で幾つかの魔物は既に絶滅してしまったり、残っていても絶滅間近となった種が多数という状況だったのである。生け捕りにしたサンプルも、飼育法も生態も良く解ってないのに捕獲した所で、まともに飼育できるはずもなく、殆どのサンプルは死亡、ホルマリン漬けとなっていた。
通常、動物の生態について研究したとしても、10年やそこらで理解できるはずもないのである。ただ生かすだけなら餌を与えていればそれなりに生きるであろう。しかし繁殖も含めるとその難易度は途端に増す。動物園で飼われている動物も園内で繁殖しただけでニュースになるのはその為だ。日本人が好む鰻などに至っては、稚魚を捕獲し餌を与えて太らせる事は出来ても人工繁殖となると途端に難易度が増す。完全養殖に成功したと発表されたのはかなり最近の話であり2010年だ。但し、発表された方法は餌や手間などのコスト面に置いてとても折り合いのつくものではなく、本格的な導入は結局されることの無いままinfinityが登場し、完全養殖による繁殖をする必要もなくなってしまった。
しかしフロンティア産の動物はinfinityショッピングにおけるリプリケートでの複製を認めていない。ギルド依頼で総スカンを食らってしまったアメリカからすれば養殖は最優先事項であるが、これが難しい。なにしろ地球の生き物とは全く違った進化を遂げた種なのである。これまでの生物学では参考にならない部分が多く、そんな生き物の生態を10年や20年で調べ上げ繁殖に持って行ける筈もない。
もちろん、種によっては適当に群れで捕獲し、餌と思われる物を与えながら檻に一緒に入れておくだけで増えるケースもある事はある。しかし多くは難航する事になる。なにせ、雄と雌自体もちゃんと区別がついていなかったのだ。場合によっては繁殖期のみ雌雄の違いが現れる可能性も十分にあり得る。地球における爬虫類でさえ状況によって後天的に雌雄が変わる種は存在するのだ。脊椎動物ですらないフロンティアの生き物では地球の常識はあてにはならない。
実際、これは最近判明した事だが、フロンティアの種の多くは三種交配と呼ぶべき方法で繁殖する。地球的な見方をするのであれば、これらの種には雄と雌、2種類の性別ではなく、雌、雄A、雄B、無性の4種類の性別が存在する。遺伝情報的には2種類の生物の遺伝子が一つの身体に入って居るような形となる。雄A型が雌に繁殖行動をとると、雌の中の卵子に存在する雄A精子と対となるのA遺伝子がまず結合し、これを切っ掛けに残りのB遺伝子が結合の準備に入る。この状態で雄Bが繁殖行動をとる事で、B遺伝子の結合も行われ、やっと細胞分裂が開始されるのだ。ちなみに無性の物は蟻で言うと働き蟻や兵隊蟻のような位置づけであり、雌、雄A、雄B、を守り保護する為に一生を捧げる種が多い。
生物に置いて性別は基本2種類、雄と雌で1対1という常識はフロンティアに置いては通用しなかったわけである。
他にも繁殖となると、時期や環境、外的刺激などにも大きく左右される為、養殖や家畜化へ道となると解らない事はまだ多い。20年やそこらでは、一部の繁殖力旺盛な被捕食者側の魔物しか養殖・飼育が成功していなかったのである。
結局の所アメリカや一部の西側諸国は惑星フロンティアの資本支配という意味では成功を収めたのだが、霊学開発に置いては一歩も二歩も出遅れる事になったのだ。
「そういえば、発展途上国でもないイタリアまでアトランティスになっちゃったんですよね?」
「そうだね」
イタリアはinfinityの登場により最も求心力を失った国でもある。神の聖地とも言えるバチカン市国のある国イタリア。しかしinfinityと神崎氏の登場、そして霊学と、これまで信じていた神の存在を否定させるには十分であり、聖地と隣接するイタリア国民にとって精神的ストレスは相当大きかったようだ。その状況にイタリア政府は国民にバチカン市国に変わる心の支えが必要だと考えた。
その為、アメリカがフロンティアの購入を決めた際に、この開発競争に乗る事でそれに変わればと思ったのだ。結果としてイタリアは無理して予算をひねり出しアメリカに続いたのである。結果はアメリカと同じように霊学研究への大幅な遅れを産み出しただけでなく、国民の数もアメリカと比べ多くはない為、開発スピードも震わなかった。即ち出した予算にまるで利益が見合わなかったのである。他の多くの国が購入などと言う無駄遣いをせずとも莫大な利益を上げていた事も大きい。
そして更に悪い事に、これらのアメリが型政策を取った国の幾つか、イタリアも含めてだが、科学技術やGNIにおいて一部の元発展途上国に抜かれてしまったのだ。
これによる国民のショックは大きく、政府の信用はがた落ちになった。
他にも様々な細かい要因はあった。幼い時からinfinityと共に過ごして育った世代が参政権を得るまで成長したと言う年月。早々にアトランティスへの委譲を決めた元後発開発途上国がアトランティスの一地方として大きな成果を生んでいた事もある。イタリアがフロンティア購入にあたり莫大な国債を発行したのだが、アメリカ式では思ったよりもGDPが成長せず借金が膨らんだ事で、政府はインフレを怖れ税金を上げてしまった事もある。これらの事は当然、現行体制への不満を膨らませていた。
そしてイタリアの世論が委譲へ大きく傾むいたのは、とある芸能人の語った、TV番組内でのさりげない一言っだった。
“そういや、国ごと委譲しちゃった所は一万ポイント払わなくてもアトランティス国民に成れるんでしょ? ちょっと羨ましいですよね”
もちろん国を無くすなどとんでもないと言う意見も多く出た。しかしその時にはそれは既に少数意見であり、国民にはアトランティスに吸収される事の方が大きなメリットに写っていたのである。
「このまま殆どの国がアトランティスになっちゃうんでしょうか?」
「どうだろうな、あまり良い事ではないと思うのだが……」
「やっぱり良くない事なんでしょうか?」
「正直私にも良く解らない。infinity登場以前と登場後では経済構造が違いすぎる。例えば以前の経済構造であるなら国は沢山あった方が良い。
複数貨幣が存在する事による変動為替の存在。円高やら円安やら聞いた事はあると思うが、一見するとなんだか国の価値が決められているようであまり良い気はしないが、これはとても意味のある事だ。
例えば貨幣価値の安い国の人間を労働力として使えば、通常よりも安価に物を製造できる。そして該当国は仕事を得る事が出来、その国のノウハウを学ぶ事も出来る。所謂win-winの構造が成り立つ。即ち貨幣価値が低い国というのは他国から仕事が一杯貰え、技術を学ぶ機会が多い事を示す。高い国は安い国の労働力や商品を安く得られる。
これを意図的に行っていたのが中国だ。かの国は変動為替を否定し、指定為替にて自国貨幣を常に安く設定していた。これにより周辺諸国からの仕事を得る事で自国を発展させると言う国策をとっていたわけだ。
だが、全てがアトランティスに吸収されてしまえば、当然それまでの国はただの地方になり、貨幣はアトランティス円に統一され貨幣価値の差はなくなる。これまで安い労働力をアテにしていた企業は高い労働力を使わざる得ない。当然物価も上昇する」
「なるほど……」
「しかし、infinity登場後はそもそも単純労働者という物が必要ない生産体制になってしまっている。変動為替が産む賃金の安い労働力が必要なくなってしまったのだ。なにせ米粒一つでも良い物が出来ればそれで商売が成り立つのだからね。
今の時代は安く大量に生産し売りさばくと言う薄利多売の経済構造ではない。よりよい物をたった一つでも作り上げる事が重要になる。となると技術を持たない海外の労働力は却って邪魔にしかならない。変動為替で産まれる安い労働力が意味のない物に成り下がっている」
「しかし、それだと技術の低い国が高い技術の国から学ぶ機会が減るって事ですよね?」
「確かにそうなのだが、学ぶ事に関してはinfinityを使ったり、アトランティス公営の図書館や工房で学んだ方がずっと効率がいいのだ。元発展途上国からここ数年で一気に先進国入りした国などはその典型だろう」
「ああ……なるほど、確かに」
「通常の経済構造では、トップの国を追いかけやすい構造になっていた。そしてトップが変われば追いかける先も変わると言う具合にね。所がアトランティスは様々な点で突出しすぎている。だからひとまず十全に学べる環境を求めたとしても間違いとは言えない。しかし私としては様々な思想があってこそ人間は面白いと思うのだがね……」
「でも、僕個人としては日本語が世界のどこでも通じるようになったのは有り難いッス」
「まぁ、アトランティスの公用語が日本語だからなぁ…… あんな小さな島国の言葉で、文法が世界で唯一違う言語が公用語とは……
学ぶ人間にとってはご愁傷様としか言えんがね」
「あはは、たしかに唯一文法が同じだった国は消えちゃいましたしね。でも、それでも、誰にでも言葉が通じるというのは良い事ですよ。
貨幣は教授の言うように複数あった方が応用は効くでしょうけど、言葉は一つの方が意思の疎通はしやすいです」
「………まぁそうだな。しかし私には何かこのままでは不味いような気がしてならんのだ」
「う~ん、アトランティスを治めるのがただの人間であるなら、私利私欲に走って暴走したり破綻する事もあるかも知れないですけど、治めているのが神たまに精霊たんな訳だし、あんまり心配は要らないんじゃないですか?」
「!! ああ、なるほど、そういう事か。
浩一君、良く聞きたまえ。それは思考の停止を産むと思う。
確かに彼らは我々を上手く導いてくれるだろう。しかし自分の進む道を他人に委ねる事は果たして正しいのだろうか。本来ならば出来るだけ自分の進む道は自分で決めるべきなのだ。それで例え失敗をしても其処から学ぶ事はある。正解ばかりを教えられていては間違った時の対処が出来なくなる」
「えっと、確かにそうなんですけど…… それを選択するのも結局自分な訳ですし……」
「……… む、確かにそうだな…… 結局なるようにしかならん訳か……」
結局この小さな懸念が表面化するのは、180年も先の話となる。神崎氏はフロンティア開放から200年を記念してある行動を起すのだが、ある意味200年もよく我慢したと言えるのかも知れない。
今回のあらすじ
フロンティア開放から20年、なんだか色々あって沢山の国がアトランティス領土になっちゃいました。
とはいえアトランティスが戦争を仕掛けたわけではなく、国家側からアトランティスへ全権委譲と言う形で吸収されるケースが増えたからです。
他にもアメリカなどの一部先進国が独自性を出そうとしてフロンティア開発に失敗、多くの国から後れを取りました。
こういった様々な要因から、世界の風潮が「アトランティスの元、統一された方が良いのでは?」となりかけています。
しかし教授は「それはあまり良くない事なのではないか?」と思うのでした。