015 初めて(?)の魔法
「きょうじゅ~!」
魔法屋から熱の魔法具を購入してホクホク顔で出てくると、そんな間延びした声で呼び止められた。
振り返ると浩一君が此方に向かって走ってくる姿が見える。
浩一君はフリーターをしていたのだが、infinityショックの煽りでバイト先を失ったらしい。それで「どうせ新しいバイトを探すなら新天地でも良いんじゃね?」という形でフロンティアに来たそうだ。最初は普通のバイトを探していたらしいのだが、バイトの合間の小遣い稼ぎに魔物狩りをしていた所「こっちの方が儲かるじゃん!」と狩り一本に決めたらしい。
私と出会ったのは二ヶ月程前で、私が狩りにも解体にも大分手慣れた頃に出会った。最初に話しかけたのは私の方からだ。それは何故か?実は彼の狩りの仕方や解体作業があまりにもお粗末だったからだ。なにせ金属バットで撲殺し、解体もぶつ切りにするだけだったのである。
なぜ金属バットなのかを聞いてみると、ちゃんとした刀や剣などの武器は買うと高いから昔使っていた金属バットを持ってきたと言う物だった。解体もナイフではなく、基本は鉈、偶に包丁を使うレベル。その鉈も実家の工具箱で埃を被っていたものを貰ってきたらしい。言わば全て間に合わせで揃えた訳である。
まぁゲームの世界であるなら、どんな手段であっても魔物を殺しさえすれば、お金を落としたり、アイテムドロップが在る訳だがあいにくとこの世界は現実なので素材を得るには、素材を得られる殺し方をし、解体作業も的確に行う必要がある。
確かにこの辺の魔物ならそんな間に合わせでも狩りは可能だし、一応ギルドに肉を売る事も出来なくはない。しかし、撲殺した肉では内出血による鬱血でまずい肉になるし、正しい解体をせず、ぶつ切りにしただけではまともな値段では買い取ってくれない筈だ。一応どれ位で買い取って貰えているのか聞いた所、私の解体した場合に比べて半分以下の買い取り値段だった。
他にも、動植物図鑑どころか開拓星ガイドブックすら購入していなかった。霊視角膜の存在すら知らずに目に付く魔物をひたすら殴り、トートバックに入る大きさにぶつ切りにする。ただそれだけだったのである。ヘルプアシスタントに聞かなかったのか?と思ったが、私のように霊学を学ぶという目的がある訳でもなく、その日その日をただ暮らして行ければそれで良いと言う典型的な「その日暮らしフリーター」思考だったため、狩りについて何かを調べようとも思っていなかったらしい。
そこで彼に正しい殺し方と解体の重要性について説得し、動植物図鑑を買わせ、色々と指導する事にしたのだ。彼とはそれ以来の付き合いになる。
「ちっす!教授。戻ってきてたんすね」
「ああ、さっきギルドに納品してきた所だ。修行は順調かね?」
「ふふん、バッチリっすよ!今なら大通りを目をつぶってもぶつからずに歩ける自信がありますね!」
「な、なに!? もうそんなに解るのか?」
「実は昔から霊感強い方だったんすよ。でもinfinity登場前にこんな事言ったらキ印認定すからずっと隠してたんす。
それに自分でも良く訳の解らん物を感じる程度だったんで錯覚と思おうとしてたんすけど、霊視角膜で何か確信しちゃったというか……
まぁそんな感じッす」
「霊魂のコントロール、霊能のほうはどうなんだね?」
「比較対象が無いから解らんすけど、自分の手を伸ばす程度の感じぐらいなら行けるんじゃないかと」
「なるほどなるほど…… 実は今さっき魔法具を購入したのだが、ちょっと試してみないかね?」
「おおお! ついに買っちゃったんすか! 実は自分も行けそうな感じがしたんでレンタルしに魔法屋まで来たんすよ。そしたら教授が出て来て」
「ふむふむ、それは実にタイミングがいい。早速訓練場に行って試してみよう」
「ういっす!」
私は浩一君を連れて訓練場へ急いで向かう。目的はカカシ広場だ。広場に付くと、手早く防腐液にストックしてある霊視角膜を専用眼鏡にセットする。
「まずは、浩一君の霊能を見せてもらえんかね?」
「了解ッス」
浩一君はそう言うと自分の霊魂をうねうねと動かす。火獣よりは収束率は低いが自分の霊魂に比べて断然輪郭がハッキリしている。そして腕ぐらいの太さの触手をブンブンと振り回した。
「これはすごい…… その触手はもっと細くできるのかね?」
「駄目ッス。教授から話は聞いてたんで出来るだけ細くするようには修行してたんすけど、今のところはこれが限界ッス」
「ふむふむ、いや、それでも素晴らしい。やはり霊学にも才能は在るんだな」
「まぁ、動かせるだけッすけどね。実際の自力魔法とかに成ると、魔術回路の知識とか霊力学とか理解しなくちゃ駄目っすから……」
ちなみに、魔術回路や霊力学というのは我々の科学で言う電気回路であったりニュートン力学の霊学版だ。神崎氏がこれも科学でしかないと言ったとおり、魔法は霊魂を発電機の様に使い電流ならぬ霊流を産み出し、それを正しく組み上げた回路に流す事で超常を発動する。ちなみに科学で電池や発電機が作れるように、霊流を産み出す霊池や発霊機を作る事も将来的可能となる。
魔導具は既に魔術回路だけはあるので、それを発動させる為に霊流を流し込めばいい訳だ。具体的には起動口に自分の霊魂を出来るだけ密度を上げて押しつければ霊圧差によって自動的に霊流が発生する。まぁコンデンサのような物なので持続力には欠けるのだが、霊魂を動かすという精神疲労以外には此方には負担が全くない。
超常を起こす原理は他にも幾つかのアプローチがあるのだが、科学に慣れ親しんだ人類にとってはこれが一番理解しやすい。逆に言うとファンタジー小説にありがちな詠唱で発動したり、イメージで魔法の効果が変わるなんて温い世界ではない。そんなもんで発動するなら今の地球だって魔法社会になってるはずだ。
霊魂を操作するという霊能に関しては確かにイメージによって操作するのではあるが、これは体育会系的な身体を動かすためのイメージにしか過ぎず、ただ霊魂を動かすだけでは人間に超常は起こせない。超常を起こすには確かな理論に基づき回路を組む必要があるのだ。
では魔物達は大した知能もなく何故魔法が使えるのか?それはある意味、遺伝子に組み込まれた本能だ。動物が学ばなくても立ち上がり方を知っているように、彼らは進化の過程で偶然身体に構築された生態魔法陣によって特定の固体が力を持ち、ボスとして生き残る事でそれが遺伝という形で残っていったのだ。だから彼らはその超常を起こすシステムが何かをまるで理解せずにその恩恵にあやかっている。
しかし人間はそう言った歴史を歩んでこなかったために、超常を発現するにはそれらの偶然を全て自力で必然に組み上げる必要がある。もちろん人類史の過去には超能力者と言われる突然変異も居たのだが、その多くは魔女狩りなどの異質を怖れる数の暴力によって失われ消えていったのだ。
これは残念な事ではあるが、結果論的には良かったのかもしれない。もし本能だけで超常を操る人間が多くいれば、きっと産まれながらの力を持つものとそうでないものとで身分差が産まれていたに違いない。そして高い地位の力ある者は最初からその力が使えるが故に、科学としての検証をせず、その力を本能や精神の高ぶりによる物と決め付け、科学的な研究をしない、いや出来ない可能性が高い。
本能に属する部分という物はそもそも計測が難しい上に、研究しようにも本能によって作られた先入観が邪魔をする。だが我々人間は神崎氏のおかげで最初から科学的アプローチでこの現象を観測できるため、本能による先入観も最小限に抑えて論理的に思考し、検証する事が可能でありこれはとても運が良い事だ。
科学的思考において先入観という物はとても邪魔であり、払拭しがたいものだ。昔は天動説が普通だったし、軽い物よりも重い物の方が早く落ちると信じられていたし、地球だって球ではなく平面だと思われていた。先入観があると思考が短絡し、本当の答えに行き着く前に思考が終了してしまう。そのため検証すると言う部分にたどり着く事すら困難になる。そしてたどり着いてもやはり先入観が常にちらつき、思考を妨げるのだ。
そう言う意味では我々人類は本能で簡単に超常を起こせなくてラッキーだったのだ。
「よし、じゃぁ今度はこの魔導具を使ってみてくれ。使い方は覚えているね?」
私はカカシに向けて熱画像計測器を設置し、魔法具を浩一君に渡す。
「ういっす、前にも一度実験してますし、大丈夫ッス。
カカシを上手く燃やせれば良いんすよね?」
「ああ、まずはそれを頼む」
ちなみに、超常を起こすには大まかに分けて4つの方法がある。一つ目は素子に組み込まれたプログラムに沿った物理科学現象だ。我々が認識する物理現象と同じように、霊による物体への相互干渉についてもプログラムが組まれており、その霊力学や霊化学、魔術回路によって現象を発生させる方法だ。これの感覚は人間が培ってきた科学と基本的には変わらない。物理化学法則に霊学という新しい影響が増える形だ。一般的にこれが初級霊学の内容になる。
次の方法はそれぞれの素子に直接アクセスし、素子のパラメーターを直接入力する事であらゆる素子を自在に操る方式だ。但しこれを行うには小さな素子の霊子レセプターに狙って個別にジャックイン出来る程の霊感と霊能制御能力が必要になる。またそれぞれの素子毎に特性が違うためにその特性を理解しなければ扱えないし、ひとしずくの水滴であっても億単位では効かない程の素子を同時に制御する必要があり、最低でもそれを可能とするだけの並列思考制御能力を身につけなければならない。このレベルが一般的な中級霊学のレベルになる。
上級霊学になるとデータだけでなく、行動プログラムの書き換えを行い特性その物を変化させる事で望む現象を導き出す。これによってその世界内ではほぼ不可能が無くなる。但し、通常の書き換えでは世界のデバック機能によって、一定時間で基本プログラムに修正されてしまうため、効果を永続させるには随時書き換えるようにループを仕込むか、更に上の法則、世界構築の法則から例外処理を組み込む必要がある。
世界構築読本の内容は世界の構造その物を変更できる。大きな事なら世界の修正力の内容も、小さな事ならそれぞれの素子の基本プログラムまであらゆる事を決める大本の創造を司る。当然マスターすれば宇宙その物を自分の思った通りに作成出来きる。正に究極だ。
ちなみに、ベクトル制御は基本は中級だが細かい所で上級や世界構築が使われている。リプリケーターの無から有を産み出す事に関しては世界構築の法則を用いて、世界外からのエネルギーを材料に物質を直接構築している。他にもタグ付けをするなどの処理は上級と世界構築の二つが関わる。
そんな全ての機能が内包されているinfinityを作成するには、全てをマスターしてもまだ足りないらしい。実際の所本当の意味での生命、霊魂を自在に産み出す方法は霊学や世界構築読本には含まれていない。マスターアシスタントが行っているようなヘルプアシスタントを作成する際の精神世界から霊魂となるように魂を切り出し加工すると言う技は更にその先にある物だ。もちろん霊学を学べば其処にある霊に対し干渉を行う事は可能だ。だがタンパク質を合成してもそれを生命に加工できないように、本当の意味での生命を産み出せるようになるのは遠い先の事になる。
思考が少々脱線した。
で、この魔法具はというと、もちろん初級霊学の範囲であり言うなれば霊学における懐中電灯に等しいものだ。
豆電球が光を発するように、この魔法具は赤外線の様な分子や原子のエネルギー量を増大させる霊波長を出力する。これだけを聞くと赤外線と何が違うんだ?と言う話になりそうだが、実は結構重要だったりする。この霊による波長はそれぞれの波長毎に素子に直接働きかける特性がある。即ち波長を固定させる事で特定の素子にピンポイントで影響を与える事が出来るのだ。
この魔法具の事を懐中電灯と言ったが、懐中電灯は太陽光のように光の波長が全て含まれておりプリズムなどを通せば虹に分解される。しかし、LED等の光は特定の波長しか存在せず、プリズムを通すと連続された虹に分解されず、構成される光の波長部分だけに分解される。霊学的にこういったLEDの様なピンポイント波長を生み出せる様になれば、重力子だけにアクセスし重力をカットする事も、重力を100倍にする事も可能になる訳だ。
そう言った観点でこの魔法具を考えると、これは本当に懐中電灯的な物であって、放出される霊波動には様々な波長が混在しており、無差別に素子を刺激する事で結果的に熱が上昇する形になる。
しかしこの事はとても重要な事を示している。即ち、今までの物理化学が物質その物を操作する事に長けていても、量子論やヒモ理論などで存在は定義されていてもそれらを個別に扱えなかった様々な素子に対し、霊学では個別にアクセスする事が可能になるのだ。もっと言えば霊学によってそっち方面の科学検証が一気に進む事になる。
それは、直径何十㎞という巨大な加速器をつかってやっと1個の素子の存在を解明しようとしていた人類にとって福音だ。言わば霊学によってこれまで謎だった部分を丸裸にし、思う存分検証できる。研究者としてこれ程興味深い物はない。
もっと具体例を挙げるなら、量子コンピュータの作成が現実味を帯びてくる。「無限の処理能力を持つinfinityがあるのに今さら?」と思うかもしれないが、使い道は当然ある。例えばinfinityはあくまでPCと言うスタンスであり、ありとあらゆる事が可能ではあるが、神崎氏はそれを無差別に許しては居ない。例えば他の機械の制御用コンピュータとして組み込んだりは出来ない。
具体的に言うなら軍用兵器などは今までと同じような電子機器によって制御されている。だが量子コンピュータが実現されれば更に予測演算の精度が増し命中率や回避率を上げる事が出来るだろう。現用兵器でも、はじまりの街周辺であるなら十分に戦えるが、奥地に行けば役に立たない可能性が十分にある。もし殲滅出来ても、威力の細かな制御が出来ないために、周囲への損害が大きかったり、素材を採ったりするには向かない兵器になりかねない。これの制御を量子コンピュータで半自動化すれば敵を倒す最小の力量でもって制圧出来る可能性が産まれる。
兵器以外にも車などの自動運転にも大きな効果を発揮するはずだ。現時点において、カメラから得られる映像処理による自動車の完全自立運転はまだまだ映像処理が間に合っていない。実は毎年レースが開かれるのだが、殆どが完走できない状態なのだ。これが量子コンピュータによる桁違いの処理能力が得られれば、人間が操縦するよりも安全な完全自動運転による自動車が産まれる可能性がある。
逆に言えばそう言った人間が工夫できる余地を神崎氏は十分に残してくれているのだ。
ちなみに初級霊学はあくまでその場にある物質に対してしか影響しないので、ファンタジー小説のように「ファイヤーボール」と唱えて火の玉が出現したりなんかはしない。まぁ過剰に熱量を与えれば空気がプラズマ化して火の玉っぽい物が出るかもしれないが……
「シロ、周辺録画スタート」
「了解だワン!」
「じゃ、いっきまーす!」
そういって、浩一君が魔法具の起動口に霊魂の触手を押しつける。するとサーモグラフィーのカカシの映像が1秒程で真っ白になり、次の瞬間燃え上がった。
「おおおおおおお!? す、すげー! これすごくないスカ!?」
「ああ、確かにこれはすごいな。
まぁでもこんなにすごい火力だと素材は取れそうにないが……」
「…………
すごいけど、すごくね~。魔物倒せても暮らしていけないじゃん!」
「まぁそのあたりは使い方次第だな。
今のは熱量が高すぎたから一気に全てが燃えてしまったが、カカシが藁だったと言う事もあるのかもしれん。
自分なりの威力の調整と、売り物にならない部分をピンポイントで破壊出来るようになれば、使い道もあるだろう」
「なるほど……」
「とはいえ、この魔法具は霊学における懐中電灯的な物だから、霊波動の焦点が甘い。今のところピンポイントで破壊するのは難しいかもな。
もっとレーザー光線的に細く絞れれば狩りに役に立つと思うのだが……」
「そっか~、今のところは奥の手的な使い方しか出来なさそうですね」
「そうだな。
霊波動を収束させるレンズのようなものが作れるだけでもだいぶ違うんだろうが……」
「案外魔物の生態基幹でそういうの在りそうですよね」
「…………それだ!
ちょっと図鑑を検索してみる」
「あ、じゃぁ俺も」
「……… ふむ、それっぽいのが居るな火獣の上位魔物に炎獣、更に上位に光獣と言うのが居る。
恐らくこの光獣は霊波動を収束させる基幹を持っているはずだ」
「なるほど…… でもムッチャ強うそうっすよ?
レーザーで頭とか心臓とか打ち抜かれたら死んじゃいますよ?
こいつらって炎とか光って付いてますけど、実際の炎でもなければ光でもないですよね?
鏡とかでは反射できないんでしょ?」
「そうなるな。透明なレンズも鏡もこの熱の魔法具に掛かればどちらも溶けてしまうだろう。
同じように光獣の攻撃もそのレベルの対処では防げないだろうな。
と言う事は霊力学によるレンズを作らねばならないと言う事か…… 先が長そうだな」
「いっそ、魔法屋の店主にお願いするってのはどうです?」
「…………悪くない考えだ……
私では浩一君のような威力は出せないだろうが、範囲を狭められれば力が収束する分、私の霊能でも武器になるかもしれん」
「まぁ霊学レンズとかも、結構な値段しそうですけどね。
ていうか思ってた以上に威力在りましたね。自分もお金貯めて買おうかな。
少なくとも自分が武器を振り回すよりも威力あったし」
「是非そうしたまえ! 魔法使いが増えて人目に付けば、それだけ霊学に興味を持つ人間も増えるはずだ。
そうすれば霊学を研究する仲間が増える良い機会になる!」
「あのー……
それ、もしかして魔法具ですか?」
私と浩一君が盛り上がっていると20代ぐらいに見える女性から声を掛けられる。
よくよく周りを観てみると、カカシが派手に燃えた事で訓練場にいた人間の注目を集めてしまっていたようだ。
「ああ、霊能修行の成果を見たくてね、定期的な計測のためにも購入したんだよ」
「ちなみに俺は教授の魔法具を一時的に借りて実験に協力してるだけッス」
「開拓始まってまだ三ヶ月ですよね?
そんな短期間でこんなに威力のある魔法が使えるんですか?」
「あー、彼はある意味特別なんだよ。どうも子供の頃から霊感が強かったらしい」
「そう言えば教授はどれ位の威力出るんすか?」
「む……浩一君のインパクトが強すぎて、自分の測定をすっかり忘れていた。
早速やってみよう。『カカシチェンジ!』」
キーワードを唱えた事で先程燃えたカカシが消え、新たに新品のカカシが現れる。
サーモグラフィのモニタを見てカカシが室温とさほど変わりがない事を確認し、魔法具の起動口に自分の霊魂を押しつける。
すると、サーモグラフィのカカシの中心が徐々に赤くなり、更にそれを超えて白くなっていき、10秒程で発火した。
ちなみに押しつけた霊圧差はその直後に使い切った。自分の霊圧では継続照射は10秒が限界のようだ。
「ふむ、ライター以上松明未満と言った所だな。思っていたよりもずっと威力が出た。これならレンズ次第で行けそうだな」
「十分行けるっすよ! 少なくとも火傷を負わせられるのは確実ッス」
「ま、まぁこれでも三ヶ月間地道に霊感霊能修行を続けてきたからな!」
「普通の火と違って、光みたいなもんスから、避けるのも難しいし結構有効に使えそうッスね」
「そうだな。松明の火なら後に避ければ避けられるが、光に近い放射性の攻撃なら避けてもその方向に向けるだけだ。
確かに普通に火を操るよりも効果は高そうだな」
「あの~、それ私にも出来るんでしょうか?」
「君の霊能はどれ位かね? ちょっと見せてくれないか」
「え? 見せるってどうすれば良いんですか?」
「…………霊感霊能修行は積んでないのかね?」
「霊感修行って、この星の食べ物を食べる事じゃないんですか?」
「…………」
食べる事が修行って、フードファイターじゃ在るまいし……
「…………教授、この子所謂行き当たりばったりって奴ですよ」
「いやいや、金属バットでこの星に来た君がそのツッコミは変だから。
まぁ確かにヘルプアシスタントは自分から積極的に知ろうとしない者には何も教えないと言う決まりがあるらしいから、こういう子も多い訳か……」
「え? な、何か間違ってたんでしょうか?」
「そうだな…… ちょっとした霊感霊能修行についてはネット調べれば解るレベルなのだが。
君はあまりネットはしないのかね?」
「え? あ、はい…… ダイエットとストレス解消には良いかなぁって……」
「ああ、解った。教授、今日は休日っす」
「あーそうか。しかしなるほど、そんな理由で無益な殺生が増えていく訳か」
「え? え?」
「ああ、すまないこっちの話だ。
魔法具は最低限、自分の霊魂を知覚し操作できないと何の反応も示さないのだよ。
修行方法については、ネットで調べるなりヘルプアシスタントに聞いても良いのだが……
まずは、これだな。ちょっとこれを掛けてみなさい」
といって先程まで自分が掛けていた霊視角膜をセットした眼鏡を女性に渡す。
女性はとまどいながらもおそるおそる眼鏡を掛ける。
「何が見えるね?」
私と浩一君は女性の前で自分の霊魂を動かしてみせる。
「わ、わわ…… お二人の周りになんか動いてます!」
「君は全く修行していない様だから、解りづらいとは思うが自分の周りにもうっすらと何かがあるのを視認できるはずだよ」
「え? あ…… ホントだ!」
「要はその霊魂を眼鏡無しで感じるようにするのが霊感修行。
そして霊感によって霊魂を認識できるようになったらそれを動かすようにするのが霊能修行だ」
「うわぁ、この眼鏡すごいですね。何処で売ってるんですか?」
「…………」
うん、なんとなく聞いてない感じがする。まぁこういう事もあるか。
彼女は眼鏡が随分気に入ったのか既に外して手に持って物珍しそうに眺めている。
「魔法屋でも売ってはいるが、通常は自分で採取するかな」
「採取? 何処かに生えているんですか?」
「いや、それは長耳の10の目の内の上側4つの目の角膜だ」
「え? きゃあ!」
そう言って、いきなり眼鏡を地面に放り投げた。
「ちょっ! 君、そのフレームは結構高いんだから気をつけたまえ!」
「あわわ…… す、すいません……」
「まったく…… まぁそう簡単に壊れはしないが、人の物を放り投げるのは感心しないな」
「す、すみません……」
「まぁまぁ教授。こんな女の子ならありがちでしょ。なんせ魔物の目玉だし」
ちなみに長耳というのははじまりの街周辺に住む草食動物の一種だ。名前から連想されるようなウサギ………ではない。というかこの星の動物は地球で言う脊椎動物が殆どいない。もっと言うなら、地球とはまるで違う進化形態を取っているようだ。
この星を動き回る物は甲殻類や軟体動物から進化したと思われる生物が主体であり、地球のでいう脊椎動物に相当する動物を地上では見かけない。話に出た長耳も恐らくタコに近い。但し地球のタコとは全く異なる。タコっぽいのだが足に骨はあり、身体も強力な固い皮と筋肉で覆われておりしっかりと内臓が守られている。タコが骨格を持つように進化した感じだ。そして体表は獣よろしく毛も生えている。地球の常識からすると何とも奇妙な生き物だ。
そしてこの星の生き物の大きな共通点として、目の数が多い事だ。
例えば地球の生き物の殆どは二つの目を持っている。たまにゲンゴロウなどの昆虫に4つの目を持つ者が居るが、基本的には二つだ。(複眼も左右1個ずつと言う意味では二つになる)
所が、この星の生き物の殆どが4つ以上の目を持っている。この四つの目を前後左右に配置する事で死角を無くすのだ。特に長耳は索敵に特化した個体のようで、耳も4つ持っている。そして10の内4つの目は霊を見るのに特化した霊視角膜を備えている。霊視によって暗闇でも生命の存在を認識できるし、魔法などの発動も事前に予測できるようになる。
配置としては、筒状の頭|(胴体?)の前後左右に通常の目が四つ。その上に霊視角膜を備えた目が四つ、頭のてっぺんに上空を警戒するための目が一つ。口は8本の足?の内の一本がそうなのだが、その口の付いている足の隣に目が付いた足がある。恐らく上側の目と四つの耳で外敵を警戒しつつ、下の目で餌になる物を探し、口のある足で物を食べると言う形式なのだろう。ちなみに肛門や、生殖に相当する足もあるが良く見ないと区別は付けられない。その辺はたこの擬態に近い。
そう言った色んな意味で、女の子がこの星の魔物を気持ち悪がるのも解らんでもない。
人間が可愛らしいとおもう条件の一つに「つぶらな瞳」というのがある。「目は口程の物を言う」と言う言葉もあるが、目に自分との類似性を認める事で親和性を感じ、可愛いと思うのだ。実際には解ったような気にさせてくれるという錯覚なのかもしれないが、この辺がこの星の動物には通用しない。目が2つ以上ある時点で気持ち悪い。しかも鼻や口は側にないのだ。ハッキリ言ってしまえば、奇形、奇異にしかみえない。まぁ開拓星の暮しに慣れ、この星の生物にも慣れれば愛着が湧いてくるのかも知れないが、今のところこの星でムツゴロウさん的に魔物に抱きつく輩は居ない。ただ一応毛皮はちゃんと洗えばモフモフなのではあるが……
同様に、森で遭遇した虎や熊に相当する猛獣も脊椎動物ではない。この骨と毛皮のあるタコから肉食系進化したようなものだ。恐らく地球とは違って脊椎動物である魚が地上への進出を果たさなかった星なのだろう。よってこの星で空を飛ぶ鳥に相当する動物もずいぶんと違う。まず飛び立ち方が全く違う。風船のように身体を膨らまし、それをロケットのように吹き出して飛ぶ。滑空は身体を拡げてフリスピーのように回転させて飛ぶ。恐らくこの星で人類のような知的生命体が居たら、飛行機はこの生き物に準ずる円盤のような形になっていたに違いない。
ただ、植物と虫に関しては地球の物と比べそれ程の違いはない。もちろん見た事のない植物や虫なのだが、これは植物で、これは虫だな、と判別はつく。ただ、地球での昆虫の定義が頭・胴・腹で足が6本という括りがあるが、そう言った括りがもっと緩やかになった感じだ。むしろ蟹やエビ、ムカデに近い虫が昆虫に分類される物よりも沢山いる。これについても普通の女の子なら気持ち悪いと思うかもしれない。
となると……
「君は開拓星に、フィットネス目的で来ている方かな?」
「は、はいそうです」
現状、開拓星の行き来は無料で行えるしギルドの訓練施設も色々充実している上に、一日の利用料金が300円とフィットネスクラブに支払うよりも安かったりする。そして開拓星で珍しい霊感が上がる料理を食べて帰れば、万々歳と言う所なのだろう。まぁ霊感が上がった所で修行してなければ意味はないのだが……
「なるほど。観光業は思った以上に成功しているのかもしれないな」
「………?」
「ああ、すまん。とにかく君が魔法具を使えるようになるには、最低限霊感修行が必要なんだよ。だから今の君にはこの魔法具は使えないかな」
「そうですか……
あの……」
「なにかな?」
「あなた達はこの星に住んでらっしゃるんですか?」
「そうだね。私は開放初日からこの星にいるかな」
「俺は、一週間後からっスね」
「………魔物とか気持ち悪くないんですか?」
「私としては有り難いね。下手に脊椎動物と類似してたりすると罪悪感湧きそうだし、今の状態なら魚やタコを捌いているようなものだ」
「あーそれはあるッスね。人型のモンスターとか出たら引いちゃいますもんね」
「………なるほど」
「だから私にとって魔物は今のところ研究資料であり食料という見方しかしてないな」
「俺もッス。結構美味しいッスよね。捌いて直ぐに食うのにも大分慣れたッスよ」
「さ、捌いちゃうんですか」
「仕留めたら直ぐに血抜きをして捌かないと肉が血なまぐさくて食えたものじゃなくなってしまうからね」
「あれ? もしかして現代女性にありがちな包丁使わない女性?」
「う…… い、今は魚も野菜もカットされた物を売ってるから良いんです!
それにチーズを切ったりもしますから!完全に使わない訳じゃないですから!」
「最近は果物さえもカット済みが多いしな。そういう事もあるだろう。
所でフィットネス目的ならポイント特典の身体強化系はもう採ったのかね?」
「え? いえ、なんとなーくもったい無い気がしてまだ何も採ってません。だって10万円分ですし……」
10万円は高い買物だから慎重になのか、10万貯めればポイント使わずに済むからなのか、どっちだろう?
まぁどちらにしろ、定住組にとって10万は割と短期間で稼げる額だけに、たかだか10万で……
と、ふと思ったが、地球での暮しが中心なら10万はやはり高い買物か。
「なら、細胞強化と神経強化だけでも取っておくと良い。それだけでダイエットになる」
「え? 本当ですか?」
「脳の消費カロリーが爆発的に上がるんだよ。実際私の体温の平熱は45度だ。触って見るかい?」
と言って、手を差し出す。
彼女は私の手をおそるおそる触れる
「熱っ! だ、大丈夫なんですかこれ!? 風邪とかじゃないんですよね」
「ああ、それが私の平熱だ」
「ちなみに俺っちはあんまり頭使わないから41度ぐらいっすけどね」
「確かに私も寝ている時は通常の人間の36度前後にまで下がるようなので、思考による熱量の差はあるようだがね。
ともかく、それだけの熱量を発すると言う事はそれだけカロリーを消費していると言う事だ。
ダイエットには悪くないと思うぞ」
「なるほど!」
「いや、でも教授。消費カロリー増えたんで地球にいた時よりも明らかに飯食う量増えましたよ。
つーかお腹の空き方も半端ないっす。
食堂のメニューだって開拓者用と観光客用で量が全然違うじゃないですか」
「む、言われてみればそうだな」
「ええ? それじゃ駄目じゃないですか!」
「む…… 確かに痩せる痩せないは本人の食欲にたいしての自制と運動の問題だから別物か……
済まなかった。さっきの話は忘れてくれ」
「あはは……」
「というか、単に痩せたいならinfinityの医療申請で脂肪除去すれば良いだけじゃないの?」
「あれも10万円するんですよ。派遣社員にはきついです」
美容整形の脂肪吸引に比べれば断然安いし安心だと思うが、そんなもんかね。
「派遣社員なんだ? ていうか向こうでちゃんと仕事続けられるのは良いよね」
「案外住み分けが進むかもしれないな」
「どういう事っすか?教授」
「開拓星でノウハウ通りに狩りをすれば多くの人は地球よりも稼げるだろう?
でも殺傷沙汰が苦手な女の子は多い。
すると、開拓星に狩りの為に移動する男性は増えても女性はそうでもない。
必然的に地球での仕事は女性中心の社会に移っていくかも知れないな」
「ああ、そういう事っすか。あるかも知れませんね。
すると彼女も派遣社員じゃなくて正社員に成れる可能性も大きくなるんじゃないですか?」
「そうかもな。
まぁともかくもう少し検証のデータ精度を上げたいから、検証を続けよう。
取りあえず10回程さっきと同じようにカカシを燃やしてくれないか?」
「了解ッス!」
話が雑談に移ってきたため、検証を優先して彼女との話も打ちきる。その後はひたすら浩一君と私で魔法具の検証をした。
燃やし方なども工夫しつつ、実に様々なデータを取る事が出来た。
うむ、今日もなかなか充実した一日だったと言えよう。
ちなみに、話しかけてきた彼女とは名前も聞かずにその場で別れた。
ちょっと質問する程度で自己紹介なんかしないし、ロマンスなんかもおきない。世の中とはそう言うものだ。
この話はこんな世界で研究と思考だけで暮らしてみたいという自分の妄想100%で出来ていますw