013 三ヶ月の変化
二話同時更新
開拓者ギルドは街の中心に本部があり、東西南北の町外れにも支部が存在する。私は南支部のギルドの扉をくぐると受付に向かう。窓口が沢山並ぶ其処はいつも通り空いていて少し安心する。
本日は休日なので一日を通して考えるならギルドにやってくる人間は非常に多い。だが、昼の12時付近はとある事情で人が一気にいなくなるのだ。逆に言えばそれを狙えば並ぶことなく受付を済ます事が出来る。定住組のちょっとした知恵だ。
「今良いかね?」
「あ、教授。お久しぶりです。
今日も買い取りで宜しいですか?」
「ああ、また沢山採ってきたんでよろしく頼むよ」
「はい、査定させていただきます。いつも通りトートバック毎お預かりで宜しいですか?」
「ああ」
そういってトートバック毎窓口に渡す。ファンタジー世界よろしく獲物を取り出して渡したりはしない、もし直接渡す場合は受け付け終了後に屠殺場兼加工工場に移動して獲物を渡す事になる。
ファンタジー世界じゃ受付で獲物の死体のやり取りをするのはある意味定番の設定だが、当然ここはそう言うファンタジー世界じゃないので架空の常識は通じない。
何故窓口で獲物を渡さないのかも単純な理由だ。誰もが死体を見たい訳ではないし、ここはあくまでギルドの受付であって血の滴るような食品を裸で取引するには不衛生極まりないと言う理由だ。
「では此方が番号札になりますので、番号が呼ばれるまでしばらくお待ち下さい」
「あいよ」
さて、20分は掛かるだろうから暇つぶしに依頼掲示板も見ておくか。
◆◆◆◆
ここは開拓星フロンティア日本向け解放区。開拓事業が始まって三ヶ月が経過した。
しかし、たった三ヶ月だというのに入植者は既に一千万人となり、更にこれが休日ともなるとフロンティアに訪れる人間は更に増え、五千万人の人間であふれかえる事になる。
これ程急激な人口増加にはもちろん理由がある。一つは思ったよりも簡単にはじまりの街で生活ができる事だ。狩りをするのもはじまりの街周辺では危険度は殆どなく、身体強化さえ行っていればまず安全に狩りを行える。そして何より重要なのが食事だ。
フロンティアでの食事はそのまま霊能力の増加につながる事が知らされたからだ。
実は、フロンティアの物質は地球における認識の化学式や元素番号が同じでも霊的な影響を受けやすい様に変化しているらしい。
精神や霊魂が物質に影響を及ぼす際に、素子へのレセプターに干渉が行われるのだが、このレセプターの受け入れ口が長年の霊能特化生態系によって地球の物と比べ、感度がかなり違うのだそうだ。例えた言い方をすれば穴に何度も強力な霊力を注がれる事で穴自体が大きく広がった状態。
これにより新陳代謝によって身体内のフロンティア製の物質比率が上がると、より精神や霊魂の影響をダイレクトに受け取れるよう身体も変化する。結果として霊感が上昇するのだ。この現象は強力な霊力を操る魔物の肉ほど顕著となる。
そのため手っ取り早く特殊能力を得たい人間は休日だけでもフロンティアで食事をしようとやってくる。ほかにも休日だけ遊び感覚、バイト感覚で狩りにやってくる人間も大勢いる。
ところが、五千万人と言えば日本の人口のおよそ半分である。これは一つの都市に入りきる人口ではない。それにそんな人数で狩りを行えばあっという間に周辺の魔物を狩り尽くしてしまう事になる。
これを緩和するために、はじまりの街に相当する街を100都市にまで一気に増やし、人口を分散する事になった。
だがそれでも、街周辺に生息する魔物に対し、狩人の数が多すぎる状態だ。街の住人が食べるだけの獲物を捕るだけで、周辺の魔物を狩り尽くしてしまう。
そもそもはじまりの街周辺はまともな水場も無く、あまり肥沃な土地とは言えない。肥沃な土地ではないから、それを食べる昆虫や草食動物もあまり発育せず、小型の魔物が多く、数もそれ程増えない。そしてそれを補食する肉食獣も同じ理由で強力な個体は少ない。だからこそはじまりの街周辺では最強種であっても野犬程度の強さで済んでいるのだ。ぶっちゃけて言えば痩せている土地だからこそ安心して狩りの出来る土地となっている。
これまでの開拓の常識に照らし合わせれば、入植地の候補として真っ先にあげるのは水場が近くにある事だ。水がなければ作物を育てる事が出来ないし、人間だって暮らす事が出来ない。
しかし当然のことながら、フロンティアにおいても、水場の近くは土地が肥えており、植物の植生も豊かで、それを食べる昆虫や草食獣も多く存在し、肉食獣も餌となる草食獣が沢山いれば大型で強力な魔物が増える事になる。即ち植生が豊かである事はそれによって支えられる魔物も豊かになる事であり、結果水場の近くは魔物も強力である事を示す。
よってこれまで通りの開拓のセオリーを守ると、いきなり強力な魔物と相対する訳で危険だ。だからこそ、はじまりの街は安全性を最重要とし、敢えて水場のない痩せた土地が選ばれているのだ。
本来の常識では、水場のない入植地など有り得ないのだが、我々入植者にはその土地における水場を確保する必要がそもそもない。タイムストレッチボックスがそうであるように、水は無料サービスでDimension Corp.製の蛇口をひねれば幾らでも無料で提供される物だからだ。
しかし、何度も言うように本来痩せた土地である以上、大量の入植者の食事を支えられる程、野生の魔物は周囲に存在していない。その為、苦肉の策として農業の発展と、魔物の家畜化等で食糧供給が安定するまで、ゲームで言うPOP処理が行われる事になった。
具体的な方法としては真夜中の0時と昼の12時に生態系の記録が行われ入植者によって魔物が狩られると、0時もしくは12時に殺された魔物が再生され復活するようになったのだ。
ちなみにゲームのように経験値がたまってレベルアップ!なんて事はないので、無駄な殺戮を行うと非常に顰蹙を買う事になる。だが休日は一日開拓者という名の観光客が無茶な狩りをしていく。殺し方も下手くそな上に、死体処理も雑なので食べられる箇所も少なく、ゴミとなる屍肉も狩り場にそのまま放置だったりと、休日明けの街の周辺は腐敗臭がけっこう酷いことになる。まぁ街の中に入ってしまえば腐敗ガスは排除されるので気には成らないのだが……
ただ、この放置された死体のおかげで雑食や肉食系の昆虫がかなり増え、それを食べる動物も増えているようなので悪い事ばかりでは無いのだが、小さい虫がワラワラと死体に群がる様はやっぱり見ていてあまり気持ちのいいものではない。
これだけを見ると定住組にとって一日開拓者は迷惑な存在であるのだが、全てが悪い事ばかりでもない。結局、彼らは観光客と同じなので街にお金を沢山落としていってくれるのだ。狩人以外の一般的な商売を行っている人間にとっては休日の度にかき入れ時となり、それなりに歓迎されているようである。
他にも開放当初から比べると変化した事がある。大きな変化としては、休日限定でinfinityによる飛行機能が解禁になった事だろうか。考えてみればinfinityにおける最大の特典はやっぱり飛行機能による快適さと言っても過言ではない。ところが幾ら交通機関や流通を保護するためとはいえ、開拓に従事すると飛べなくなると言うのは頂けない。
その不満を解消するためなのか、休日限定で飛行機能が解禁される事になった。これはかなり良い改善だと思う。飛べる事へのありがたみを実感できれば将来の自力飛行への意欲も増すと言うものだろう。
この改善は観光客にとっても好評で、空から銃などで一方的に攻撃するといった温い狩りを楽しむ事が出来る。その為、休日に開拓星を訪れる観光客は更に増える事になったのだ。
その他にも人口が増えた事によって一部のinfinityの制限も解除された。具体的にはフレンドリーファイアの防止である。街の中では生活補助システムは有効なので怪我をする事はないのだが、休日などで観光客が増えると銃などの飛び道具による誤射で怪我を負う人間が続出したのだ。(ちなみに誤射ではなく故意の者は当然傷害罪で逮捕拘留され、アトランティス領内より閉め出される事になった)
そもそも開拓星の目的は開拓もそうだが、本質は研究であり、学習であり、修行なのだ。infinityの機能制限も生身で実地に近い状態で学ぶ事がより深い学習となるからだ。開拓民を虐めたり殺す事が目的なのではない。よって馬鹿馬鹿しい理由で怪我や死亡などの状態になってもつまらない。
だいたい死亡時復活の1000ポイントがフレンドリーファイアで消費されたら目もあてられないし、遺恨だって残る。結果、それを防ぐために開拓民同士のフレンドリーファイアに限り、生活補助の防護フィールドが働くようになった。
まぁおかげで、ダメージを受けないならと馬鹿みたいにマシンガンをぶっ放す輩が増えて困りものなのだが……
そもそもマシンガンなんかで狩りを行っても意味はない。毛皮は無駄に穴だらけだし、肉だってズタボロで食えたものではないし、まともに血抜きも出来ないため無事な部分の肉も美味しくならない。結局、殺傷能力は高くても本当に殺すだけで、食材や資源としての価値も大きく失われ、本当の意味で無益な殺生となってしまう。
無駄を少なく魔物を仕留めるなら、剣などで太い動脈が通っている場所を一撃で切り裂くか、心臓や脳に当たる重要基幹を一撃で仕留めるのが望ましい。そして仕留めた後は素早く木などに吊して、血抜きと腑分けを行う必要がある。これが正しくされている、されていないでは、肉の味が全く異なってくる。
所がマナーのなっていない一日開拓者になると、殺した後に解体も行わず死体を放置する者もいる。以前見かけた女観光客は散々銃をぶっ放して殺しておきながら「解体するの気持ち悪~い」とか「ダメ~!やっぱ無理~」と言って、そのまま死体を放置して街へ戻っていった。ゲームであるなら単純に殺せば経験値が入りレベルアップするのだろうが、フロンティアにおいてそんな都合の良い設定はない。
一応開拓星開放当初は、ザコな魔物でも数多く狩る事で多少なりとも開拓ポイントが発生する筈だったのだが、こういった開拓に繋がらない無駄な殺しがあまりに多いため、『脅威指定の排除』というギルド依頼が発生しない限り、魔物討伐それ自体での開拓ポイントが発生しないように変更された。
ギルドとしてはこの措置により無駄になる殺生をしないように呼びかけてはいるが、遊び感覚で狩りを楽しむ者は未だに居る様だ。
他にもノーマナーな観光客の行いとしては、地道に狩りを行っている人間の上空に後からやって来て銃を乱射し獲物を台無しにする、なんて事もある。そのため、休日ではマナーの悪い観光客との関わりを避けるため、定住組は狩りをお休みする者も多い。
該当者のヘルプアシスタントには是非開拓星におけるマナーという物をマスターに忠告し、改善に努めて欲しいものである。
とはいえ、恐らくこの問題は、街の設置場所がもっと強力な魔物が生息する地域に移らなければ無くならないと思われる。魔物を狩るために、自身が怪我をしたり命を落とす危険性がある状態になれば、狩りが『遊び』では無いと実感できるからだ。
だが、そんな新しい街が出来るまで待てない人間も多く存在する。そのため、はじまりの街から遠出をする狩人も最近増え始めた。実は私もその一人だ。
もっともこの開拓星において遠出はさほど難しいものではない。なにせタイムストレッチボックスで何時でも快適に休息ができるし、食料や水の補給も容易だ。得た獲物を捌いて食べるでも良いし、遠出をする前に食事や食材を買い溜めておいても良い。どれだけ大量に購入しても箱に入る範囲なら荷物の量は増えないのだし、かなり温いサバイバルだと思う。
特に動物植物図鑑を購入しておくと、何かを発見した時に見たままを思考検索に掛ければ、すぐさま詳細が判明する。ゲーム的に言うと「鑑定スキル」と言われる物と同等の事が可能になる。それが食べられる物なのか、毒なのか、脅威レベルはどれ程の物なのかがわかり、更にそれらをどう捌くべきか、栄養価や簡単な調理法までも知る事が出来る。
まぁ調理法と言っても本当に基本的な事で、地球的な例を挙げるなら「豚肉は火を通さないと駄目」とか「バナナは皮は剥いて中身を食べよう」的な常識的な事だ。だが、それでも食べると言う行為で困る事がなくなる。
最近街には元自衛官が開催するサバイバル講習所なる物も出来たが、ここで教えている事は獣道の探し方やら罠の設置方法、危険を避けるための注意事項に終始していたりする。本来のサバイバルの本領である水場の探し方や方角の認識、樹海や砂漠の抜け方は地図とナビを購入する事を勧められるし、生き抜くために何が食べられるかなどの知識も、図鑑の購入を勧められる状態で、結果としてサバイバル講習はイマイチ人気がないようだ。まぁ武術訓練教官も兼用だったりするので、彼らも食べるのには困っていないようではあるが。
ともかく、ある程度狩りに慣れた人間は自分が安全に倒せる範囲でそうそうに遠出を始める。自分も2週間分のフロンティア製の野菜と米を保存庫に入れ、肉は現地調達を見込んで、はじまりの街から200㎞程離れた水場のある森を狩り場に選んだ。休日は飛行機能が解禁されているので、ヘルメットなどで視界と呼吸を確保すれば二時間で現地にたどり着く事が出来る。
もちろん森ともなると地球で言うクマや虎に相当する猛獣も出てくるし一部魔法攻撃もしてくる魔物もいるのだが、身体強化+100円回復のある状態ではまだまだ安全である。だが、死なないのと怪我をしないとは別物だ。そして怪我をすれば当然痛い思いをする。
おかげで怪我をする可能性のある狩り場は人がとても少ない。個人的な意見を言わせて貰えば、痛みなどはその発生の意味を理解し、割り切ってしまえば幾らでも我慢の効く物だと思っているのだが、それが出来ないという人間はそれなりにいる。まぁこういうのも科学的な認識からすれば食べず嫌いに近いものだと自分では思っているのだが理解したくない人は理解できないようだ。
結局痛みを我慢できない人間は、狩人の道をスッパリ諦め、農業や商人としての道を模索するか、狩りを諦められない人間ははじまりの街付近で安全に狩りを行う事になる。
◆◆◆◆
「ふむ、2週間前に比べて更に街内の依頼が増えたな」
掲示板にて最新情報をざっとみると、食材確保の募集や、家畜や栽培を行うための魔物の捕獲、飼料となる植物の苗の募集等が目立つ。現時点においてフロンティア独自の動植物の栽培及び飼育はまだまだ確立されておらず、試行錯誤を繰り返している状態で、その手の依頼が増えているのだ。
簡単な調理時の注意まで載せている図鑑ではあるが、栽培や飼育方法迄は載っていない。というか敢えて載せていないのだろう。おそらく神崎氏の思惑は『それは自分たちで生態を調べ研究しろ』と言う意思なのだと思われる。
ちなみに依頼掲示板と言っても、ファンタジー世界の様な板に紙が貼り付けてある訳ではなく、思考検索も可能な情報端末が複数置かれているだけだ。もちろんこれらの操作はinfinityでも可能であり仕事依頼や受領もinfinityで行える。ただし物品を伴う完了報告などは当然品物を指定場所に持ってこなくてはいけないために、指定場所の一つとしてギルドの窓口が存在する。
ある意味ギルドの役目は問屋業も含まれている訳だ。成果物を集め一カ所で受け取れるようにする事で集荷がしやすくなる。
ちなみにinfinityで受付が出来るのであれば、ギルドに設置されている端末が要らないんじゃ?と思うかもしれない。実際この端末を使用する人間は殆ど居ない。だが何故あるのかというと、infinityを持たずにフロンティアに来ている者がそれなりに居るからだ。例えば家族で移住した際に家族の全員が持っている訳ではないのだ。
まぁたった二万円なので買えよと思わなくもないのだが、逆にあえてinfinityを使わずにギルドを使用する者もいる。ただ、端末はinfinityと同じく、基本となる操作方法は思考操作なので、思考操作が有効に働くように個人個人の思考パターンを登録したギルドカードが1000円で発行できる。
ギルドカードにはinfinityにある様々な便利機能や通信機能、アプリ等は一切存在しないし、当然ヘルプアシスタントも居ないのだが、ポイント機能と銀行機能だけは有効だ。特にフロンティアでの買物は基本現金を使わない事が殆どで、例えinfinityを持っていない小さな子供であっても、住基カードの変わりにギルドカードを取得しているのが普通だったりする。
ちなみにinfinityが意思を持ったヘルプアシスタントのおかげで絶対に無くす事がないように、ギルドカードも絶対に無くす事はない。『カード』と言えば出現し、もう一度『カード』消える代物であり、他人が使う事も不可能だ。
ファンタジー的にちょっとカッコイイと言う事もあって、単純にコレクション的な意味でギルドカードを購入する者もいる。ちなみにポイントや銀行の口座などはinfinityを持っている場合、共通の扱いになる。
一部のマニアでは、あえてinfinityを使用しない不便な状況を選択し「ハードモード」とか「リアルハンターモード」と称して楽しんでいる者もいるようだ。彼らの言で「ベリーハード」となると四次元トートバックもタイムストレッチボックスも身体強化さえも使わずに狩りを行うらしい。正気の沙汰ではないと思うが、まぁはじまりの街付近なら完全に生身であっても武器や防具さえしっかり揃えれば死ぬ事は無いとは思う。だが、若いなぁとつい思ってしまう。
しかし、彼らにしてみれば、この環境をじっくり楽しみつつ、Dimension Corp.の補助を最小限にする事で、本当の意味で自分の力を鍛えつつ、霊学を学ぶ事を目標にしているらしい。なにせポイント特典の強化などは所詮、霊学をしっかり学べば自力で達成可能な物でしかないからだ。ぶっちゃけた話、ポイント交換は若返りだけでも学習には十分と言える。
実は霊学教本についても、駅ビル内の巨大図書館内に限り、紙媒体や専用端末で閲覧可能だったりもする。もちろん、図書館内で教本を読みながら検証実験など出来るはずもないので、図書館ではあくまで知識のみの習得で検証は家に帰ってからとなる為、微妙に学びにくくはあるのだが、学校に通う感覚で真面目に霊学の勉強を行えば4~5年で初級解説本を交換できる5000ポイントぐらいは溜められるらしい。もっと言えば、初級がマスターできれば500万ポイント程加算され、中級本にも楽に届くようになるのだ。
そう言う状況を鑑みるに、彼らがのんびり学習するという選択は人生を十分に楽しむという点であながち間違っては居ない。私が様々な強化を有効にしたのは知識欲に狩られたせっかちな行動とも言えるかもしれない。まぁ人生は人の数だけそれぞれの楽しみがある訳だ。
ところで、端末の横には所謂「アルバイトニュース」等でおなじみの求人情報誌も置いてあったりする。infinityがあれば必要なさそうな代物だが無料と言う事で置かせて貰っているらしい。この雑誌は週毎に更新されるのだがその度に厚みを増していることから、雇用の需要は順調に増えているようだ。まぁ情報という物は紙媒体で確認したい時もあるし、雑誌自体に需要がない訳でもないのだろう。ちなみにこの雑誌は当然のごとく街の本屋やコンビニでも無料配布されている点は地球と変わらない。
だが、同じような物で「ハンターズクエスト」と言う地球では見かけない雑誌も一緒に置いてある。この雑誌はギルドの掲示板で調べられるハンター向け依頼を紙媒体で調べられる物……では無かったりする。実はコレ「アルバイトニュース」を出しているリク○ート社がギルドの肩代わりをしようと画策した雑誌だ。ぶっちゃけて言えばギルドの依頼をこなす事で生じるポイントを何とか掠め取り、支配できないものか?と企んだ結果の産物とネットで話題になっている。リク○ート社の言い分では最終的に他の公共施設を人間の手に委ねるなら、開拓ポイントを総括するギルドも人間が行っても良いのではないか?という言い分らしい。
ギルドの仲介業務ぐらいなら別に民営化しても問題ないだろうが、ポイント管理までとなると、造幣局を民間の一企業に任せろと要求しているに近いものであり、もちろん認められる筈がない。当然リク○ート社は「ポイント管理に一口かませろ」等と表だっては発言していないが、実績さえ作ってしまえば、なし崩し的に「もしかしたら棚ぼたがあるかも?」とくじ引き感覚で保険を掛けているようだ。
現状ではハンターズクエスト経由で依頼を達成した場合、依頼者は改めてギルドに依頼を申請し、その場で達成者が依頼を受理し、完了報告を行う流れらしい。リク○ート社も依頼達成の協力者として多少のポイントが発生するようだ。
なんともまどろっこしい事をしているが、これは商魂たくましいと褒めるべきなのだろうか?
そもそも開拓ポイントについても基本ヘルプアシスタントによる自動計算である。(キルドカード単体の場合は専用の補助AIが仕込まれているらしい)
よって実はポイントに関してギルドへの報告義務などはないのだ。でなければ食堂の職員に開拓ポイントが付くはずがない。ギルト経由依頼であっても双方が依頼達成で納得すれば、ヘルプアシスタント経由で依頼達成処理が行われる。即ちやる事さえやっており、それが開拓に役立っていると認識されればギルドに報告しなくても開拓ポイントはちゃんと付くのだ。だが、開拓ポイントの性質上得られた素材によって、実際に開拓が達成されて初めてポイントが発生するので、基本、依頼の終了と同時にポイントが発生する事はまず無い。
だからこそ、不安に駆られて必要のない報告をギルドにし「我々は開拓に貢献しています」と言うアピールをしているのだろうが、どうにも滑稽に思えるのは私だけだろうか。
まぁ仲介料という商売で考えれば、成り立っているのだけど、ギルドに依頼した場合に比べ、手間も増えるし割高になる。しかも、ギルドの依頼審査は精霊たんによる絶対の信用で審査され、あくどい依頼、不確かだったり裏のある依頼はギルド目録に載る事はない。
だがリク○ート社のハンターズクエストでは審査はあくまで人の手による物であり、依頼の内容も依頼者の自己申告に頼る部分が大きい上に、人が審査をしている以上、人件費が掛かる。そのためにどうしても割高になる。さらにハンターズクエストで受けた依頼であっても、報酬が発生すれば当然その報酬から税金を払わなくてはいけない訳で、本当に手間と費用だけが余分に掛かる意味のない物に成っている。
リク○ート社という社名の有名さにだけ捕らわれて依頼をする人がそれなりにいるようだが、いずれ実態が知れ渡れば衰退していくように思える。まぁ昔の日本のように職安のサービス及び利便性が悪い状況であったならリク○ート社もつけいる隙があり、両立も可能だったのだが、いかんせん相手がDimension Corp.ではその隙を見いだすのは難しい。
実際ギルドの依頼システムは良くできていて使いやすい。それに情報整理のための専用アプリを新規作成すれば検索条件やインターフェイスも自分の好みにどんどんカスタマイズと言う名のバージョンアップを行う事ができるため使いにくいと言う事は有り得ない。infinity上から依頼主に連絡を取るのも簡単だし、携帯電話に掛けるような気軽さで、仮想物質空間による面接だって可能だ。少なくとも不自由はまるで感じない。
今後これらの雑誌が生き残ったとしても「アルバイトニュース」の延長程度までにしかならないだろう。あるいはブラック企業専門の求人雑誌になるかもしれないが……
そんなやくたいもない事をつらつらと思いながら、霊学関連の依頼をチェックしていく。自分がこれらを受けたり依頼する訳ではないのだが、ライバルとなる探求者達がどのレベルの素材を求めているのかで彼らの習熟度がある程度予測しようと言う訳だ。
「まだ素材依頼は周辺の長耳の霊視角膜だけか。そろそろ他の生態魔法陣の収集依頼があるかと思ったのだが……」
先程まで活動していた森では火というか熱を吐く中型猛獣、火獣も出現する。霊学的に判断するなら火獣には魔術回路を独自にあみ出す程の知能はないはずなので、生態的に魔力を流すだけで熱エネルギーを増大させる生態魔法陣が構築された体内基幹が何処かにあるはずである。
まだ自分の霊感、魔力の流れの認識力が甘いために何処にその基幹が存在しているのか理解しきれなかったが、街の魔法屋にある魔法具の理屈から考えれば、必ずそれに類似する基幹があった筈なのだ。
現状魔法具はとても高い。自身の魔力|(霊魂)コントロール、霊能もまだまだ微妙な状態で、熱量を上げる魔法具を使用しても何か暖かくなるかも?という気のせいの範疇を出ていない。まぁ反応があるだけマシなのだが、そんなものがなんと500万円もする。
実は正しく魔力を注ぎ込む事が出来れば、公園に生えているような5m程の木を一瞬で炭にする事も可能な程凄いものらしい。
自分にそれが出来ない理由は良く理解しているし、どうすればそれを為せるのかも解っているのだが、修行の道はなかなかに困難だ。ただ、先程の温い状態は2週間前の話だ。今の霊能ならライターぐらいの着火力は多分あると私のヘルプアシスタントである芳恵が太鼓判を押してくれた。
うむ、喜ぶべきなのかそうでないのか微妙な所だ。少なくとも戦闘では役に立たないのは間違いない。
ちなみに芳恵は二体目のヘルプアシスタントであり、その由来は元々一緒に研究をしていた仲間であり、三年前に癌で失った妻だったりする。容姿も妻の若い頃のそのままだ。見かけの年齢をどうすべきかかなり迷ったのだが、自分の今の若さに合わせて若い姿で選択した。最初のアシスタントはなんとなく人型を選ぶ事が恥ずかしく動物型を選択している。これも以前飼っていた犬のシロそのままであり、よくよく考えてみるとずいぶんと女々しい真似をしていると自分で呆れてしまうが、まぁ天国の芳恵も許してくれるだろう。
話が脱線したが、霊感を鍛えてもう少し魔力の流れがハッキリと解るようになれば火獣の生態魔法陣の場所を特定し、その部分を隔離できるはずである。そうすればその生態魔法陣が腐ってしまう前ならば500万円相当の発熱の魔法具と同等の実験を格安で繰り返す事が出来る訳だ。本当なら今頃は入手済みで思う存分実験していた筈なのだが、霊感認識がまだまだ甘く場所の特定に至らなかった。防腐のための保存液も用意していたのに無念である!
実際の所ヘルプアシスタント達はその場所もよく知っているらしいのだが、誰かがちゃんと発見し、一般に流通するまでは非公開なんだそうだ。まぁ確かに何でも上から教えて貰っているだけでは本当の意味での学習とは言えず正しい事なのだが……
先程の霊学関係の依頼検索も、実は部位が正しく解ればその部分がもしかしたら依頼として発注されているかも?と言う望みもあって絞り込み検索をかけていたのだ。しかし、霊学学習の最初の基本である長耳の霊視角膜以外の依頼が出てない所を見ると、火獣に限らず、他の生態魔法陣はまだ発見されていないのかもしれない。
実際の所、理屈に関する理解だけは初級本をひたすら読み進めているので大分理解出来てきていると思うのだが、何もない所に霊魂でもって魔法陣を構成する程の制御力もなければ、物質に霊的な魔法陣を刻める程の技術もなく、実際の実験をするには魔物に存在している筈の生態魔法陣を摘出するのが一番の早道と言う事になっている。
とはいえ……発熱の魔法具で今の自分の成長具合を確認してみたい気もしているのだ。
「1時間のレンタルで5000円か、悩む所だな」
「あなたは割と変な所で悩みますよね」
と、突っ込むのは芳恵だ。
「む、5000円と言えば食堂で5回も食事が出来るんだぞ、大金じゃないか」
「恐らく今日売りに出した肉や毛皮だけで50万円近くになる筈ですし、ちょっとぐらいの贅沢は宜しいんじゃないですか?
それに貯金をはたいて魔法具を買ってしまうのも一つの手だと思います」
「そうだワン。自力魔法陣なんて組めるのは当分先だワン。
自力魔法が組めても最初の内は魔法具使った方が威力あるワン。
だったら買って置いて損はないワン」
「ほんと、初級霊学本をぽんと交換した割には変な所でみみっちいですよね」
「しかしだな、500万円はやはり高い」
「でも生態魔法陣での実験では時間と共に劣化を免れませんし、劣化をすれば観測結果もブレ、正しい認識には至らないのでは?
そう言う意味では生態魔法陣による実験は精度や期間の伴わない検証に充てるべきで、今回のような場合は生態素子を使用していない劣化の少ない魔法具のほうが記録の精度も上がります。
そもそも物質に意図的な魔法陣を組む方法は自力魔法を使用するよりも更に時間の掛かる事です。おそらく魔法屋に売っている発熱の魔法具と同等の物を作ろうと思えば10年以上は掛かります。
その時間を先取りしていると思えば安いものでしょう。幸い貯金は退職金も含めてまだあるのですし」
「むう……流石に芳恵のツッコミは一理も二理もあるな」
「それに今の調子で稼げるのでしたら500万円なんて直ぐに取り返せますよ。そもそもお金は使ってこそ経済が回るという物です」
「でも今の魔法屋の店員は精霊たんだけだろう?
それって国庫に入れるのと変わらないから本当の意味で経済は回らないのでは?」
「大丈夫ですよ、担当の精霊も得られた収入は出来るだけ消費するように言われてますから。まぁ本来ならば売れた分の魔法具を再び作るために素材発注を掛ける所なのですが、素材となる鉱石がある鉱山は危険度ランクが高いので今のところ依頼は出せませんけどね」
「それじゃ結局駄目じゃん…」
「でも逆を言えば、そんな物を先取りできると思えば安いと思いませんか?」
「む、なるほど。それは確かに」
「個人的には霊感と霊能をもっと鍛えて欲しい所なのですが、その成果を実感する材料と言う事では魔法具購入にも意味があります。
修行の成果が目に見える形で実感できた方が、修行に身が入ると思いますし」
「もしかして自分の霊感も霊能も全然ダメダメか?」
「当たり前じゃないですか、産まれたばかりの赤ちゃんが三ヶ月ボッチで物をハッキリ見たり、身体を動かせますか?
霊視角膜で今の自分の霊魂の状態がどのようになっているのかも良く解っているでしょう?」
「まぁボンヤリと霧状だな」
「森の火獣はどうでした?」
「境界がかなりハッキリとしていたと思う」
「今の和義さんの霊感では霊視角膜を使用しなければ火獣の霊魂もボンヤリした状態でしか捕らえられませんし、霊魂を操る霊能もあやふやで、ちゃんと収束しきれていません。
今の段階で魔法具を動かすのは燃料を注ぐための給油口に霧吹きで補給するようなものです。火獣レベルに収束できてやっと水道水を注ぐ感じになります。
理想は徐々に段階を進め、単なる水道水の状態から、漏斗で使って確実に注ぎ込む段階に進み、最終的には、きっちり漏れないようにホースで直接繋げ、圧力を掛けて通常以上の給油が出来れば本当の意味で無駄なく最大のパフォーマンスを発揮できるようになります」
「むう……」
「ですが、今の和義さんでは自分の霊魂がどのような状態であるのかさえ霊感で把握できません。操る事が出来るのは霊感で認識できる範囲までです。今現在、霊感で感じ取れる範囲があやふやだからこそ、コントロールである霊能もどうなっているのか認識できず、其処までしかコントロールできない訳です」
「霊視角膜を使えば状態だけならしっかり確認できるんだけどなぁ……」
「まぁ霊視角膜の映像はあくまで疑似映像でしかないですから……
それでコントロールをしようとしても、実感として結びつけるのは難しいのです」
「確かに、しっくり来ない感じはする」
「もっと具体的に言えば霊視角膜は霊感の乏しい人にも霊魂の存在を光学変換と言う形で視認させてくれますが、霊魂の全てが変換されている訳ではありません」
「そうなの?」
「アレは変な言い方をすれば着ている服の表面だけが見えているような状態で、本当の意味での霊視ではないんですよ。
アレを参考にコントロールをしようとするのは服だけしか見えていないのに、服の動きだけで服を身につけていない指の動きを再現しようとするようなものです」
「あぁ、なるほど、そう言われると納得できる。霊視角膜で感じる足りない感じはそれか」
「それを朧気ながらでも理解できるのならば見込みは十分です。頑張って感度を上げて下さい」
「ふむ…… そう言えばポイント特典で霊感を上げるのはどうなんだ?」
「うーん、方法としてはもちろんありなのですが、アレは肉体の霊感の基幹の感度をあげる物なので、確かに今よりも細かく霊魂の存在を感知できるようになるのですが、ちょっとした副作用があるんです」
「副作用?」
「簡単に言うと、肉体への依存度が上がってしまいます。以前グランドマスターが仰っていましたが、今の人間種は肉体への精神の依存度が高すぎるんです。出来れば真の霊感、肉体の霊感基幹を介さない本当の意味での霊感を習得した方が応用が利きます。
例えば、複雑な魔法陣を組むためには霊魂の殆どを体外に出し、魔法陣を精製する事になるのですが、霊感を肉体に依存しているとその部分の制御を行うために一定以上霊魂が肉体から離れられないんです。
その為結果として強力な魔法が使えなくなります。そう言う意味では肉体側の霊感強化はこの星の食事で補える程度で十分なんです」
「……なるほど。
チョット気になったのだけど、ファンタジー物で魔法使いが詠唱中に動けないなんて設定が多かったりするけど、あれってある意味正しいのか?」
「まぁ、身体から霊魂の殆どを出して他の作業をしてれば、その状態における身体を動かす難度は格段に上がりますので、ある意味正しいです。ただこれは修行次第でどうにでも成る問題です。身体を自由に動かせる範囲までしか魂を剥離させないでも良いですし、最小限のコストで身体を動かす術を学ぶでも構いません」
「なるほどなるほど…… うむ、やはり新しい分野は興味深い! 早くまともな魔法を使えるようになりたいものだ!」
『74番の番号札をお持ちのお客様。集計が終了いたしましたので③番の窓口までおいで下さい』
「お、終ったようだな。 じゃぁ売り上げを貰ったら魔法屋に行ってみるとしよう」