~Episode13主君に奉仕~
「暑い…………」
5月21日、春特有の暖かな、夢へと誘う光は見る影もなく、僕達は梅雨の湿気と微かに暑い気温の元、軽くダウンしかけていた。しかも先程まで雨が降っていたらしく、湿気は普段よりも高く、まだ周辺にはジメジメした土やコンクリートが放つ臭いが鼻についていた。
「依頼主の店はこの辺りの筈なんだがなぁ…」
駅から徒歩10分、の筈なのだが、僕達はその3倍の30分間歩いていた。いや、違うな。正しくは「歩いている」、現在進行形である。当然、約束の時間からはもう何分もたっていて遅刻決定なのだけれど、今は正直そんなことより早く涼しい部屋に行きたいと全力で願っていた。
―――もういっそ倍以上の金がかかってもいいからタクシーで行けば良かった…。
僕は後悔の念を抱きつつ、その後もしばらく彷徨っていると、
「「「あったぁ!………ん?」」」
三人全員で声をそろえて喜んだ。が、この時、僕はお店を見つけると同時に二つの事実を知る事となってしまった。まず第一に具体的なお店の位置。教えてもらっていた地図はどうにも尺がおかしくてよくわからず、解読しようと孤軍奮闘していたのだが、到着する事でそのナゾを解くことができた。のだが、
「「「「お帰りなさいませ、ご主人様っ」」」」
―――あぁ、そういう事か…。魅蓮が僕達に行かせた理由がわかったよ…。
中には「the・メイド」的服装の女性が何人も立っており、こちらに笑顔を向けていた。本当ならうれしい気持ちが湧き上がるのだろうけど、少し冷房の効いたその部屋はこの後の展開が見えてきている僕にとっては、どちらかというともう「寒気」しかしなかった。
「あ、あの。依頼を受けて来たんですけど………」
僕が近くにいたメイドさんに小声で言うと、そのメイドさんは「あ、ちょっと待っててくださいね~、店長呼んできますので」と言い、小走りで裏に戻って行った。少したって、「店長~」と声が聞こえたかと思うと、今度はメイド服を着ていない、髪を後ろで結んだ女性が走ってきた。歳はまだ20前半っぽくて、とてもきれいな人だった。
「あぁ~、君達がそのお助けのスタッフさんって事?」
少しまだ呼吸が乱れていて、かなり活発そうな見た目とは裏腹に、体力はあまりなさそうな人だった。
「私は店長の村雨小春。時間も無いから自己紹介は省いて、こっちに来てッ」
村雨さんは足早にそう言うと、急に僕達の手をつかんで裏へと引っ張って行ったのであった。その時にチラッと店の反対側にもドアがあるように見えたのだが見間違いだろうか?と僕は頭の隅で少し考えていた。
「え~と、今昼休み中だし、準備しようかっ」
一片の埃も見逃さない様な手入れのしてある店内とは違い、裏の方は服や道具がかなり散乱しており、そこにはメイド姿で煙草を吸っている人がいたり、メイド姿で「マジ?」とか言っていたり、なんというか色んな意味でショッキングな絵であった。普段入る事の出来ない場所に多少の高揚感を抱きながら周りを観察していると、僕にとって最悪の物が目に飛び込んできた。
―――あれは、もしかして、もしかすると、もしかしなくても、
―――――執事ィ!?
恐る恐る視線を村雨さんに戻すと彼女は2着のメイド服を持っていた。
「ま、言葉遣いは後にして、お二人さん、これ着替えて来て。たぶんサイズは大丈夫だから」
「さぁさぁ早く早く」と言いながら紅葉、優里の両名を女子更衣室に押し込むと、村雨さんはニタリと笑い僕の方に近づいてきた。もうこの後の展開は僕には容易に想像できていて、殺される時とはまた別物の恐怖を味わった事を僕は一生忘れないだろう。
「君は、これ、ね♪」
村雨さんは型のしっかりした黒いスーツにも似たそれを僕の体に押し付けてくる。僕が嫌がっているのとは反比例に村雨さんは僕の執事姿に超興味があるようだ。
「やっぱり、着なきゃダメっスかねぇ……?」
「う~ん、それじゃあ依頼は無しって事になるのかなぁ?」
僕の疑問を疑問形で返す。いっその事「ダメ」と言えばいいのに、この人は僕の意思でこれを着せたいらしい。この人、人が悪いなぁ。
数秒間の見つめ合い(変な意味ではなく)が終わると、僕は半分吹っ切れて諦める。
「…………はぁ~」
「ふふっ。素直でよろしいっ」
僕は諦めついでに、この事実をはっきりと脳に認識させるために質問、というよりは確認をとる。
「ここって…、やっぱ、ただのメイド喫茶じゃなくて………」
「そうっ、ここはメイド、執事、どちらも扱う「メイド執事喫茶」なのですっ。…っと時間が無いから早く着替えてっ」
先程の二名と同じく僕は押し込まれた。違う所といえば「女子更衣室」が「男子更衣室」に変わった事ぐらいだろうか?何はともあれ、こうして僕達、煤良木集、鮮紅紅葉、諷刺優里の3名は今日1日限定でご主人様に仕えるメイドと執事になり、ご奉仕する事となったのだった。
「う~~ん」
着慣れない服ではあるが、所詮は男の服。着替えるのにはそう時間はかからなかった。のだが、とてつもなく恥ずかしい。周りも同じ格好をしていても、決して和らぐことは無い。僕は右手で左腕をつかみ、こうなんというか女子みたいなポーズでキョロキョロしながら女子更衣室の扉を気にしていた。というのも別に邪な思いがあったわけではない。
―――早くこの孤独感から助けてくれッ。
それだけを必死に念じていると、またまた問題の人がやってくる。
「似合ってるじゃないっ。いい感じよ♪」
「笑いながら言われても全くうれしくないんですけど」
ジト目&感情を押し殺したような声で僕は応答する。
「で、次は何をするんですか?」
昼休みに準備すると言いながらも、残り時間はあと10分弱、どうみても間に合わないのだが、っていうかこのまま時間が過ぎ去ってくれないかなぁと秘かな願いを抱いたのだが、やはり僕の願いはことごとく裏切られるわけで。
「二人が来てからやろうと思ってたんだけど、時間かかってるみたいだし先にやっちゃうかっ、言葉遣いの練習っ♪」
「は、はぁ」
結局抗うのはやめて、僕は純粋に言われるがままにする事にした。
「まず『お帰りなさいませ、お嬢様』。はいっ」
「お、おか、えり、なさい、ませ…お、お嬢、様…」
「もっとしっかり優しい声で、もう一度っ、はいっ」
「お、おかえりなさいませ、お嬢様ッ!」
「居酒屋でもないのにそんな声張り上げなくていいから。あと早口過ぎ、もう一回」
「お、おかえりなさいませお嬢様…」
「うんうん、形にはなってきたね。でも声がなぁ…」
「声はどうしようもないですよッ!」
僕は少しずつ溜まっていっていたストレスと共に吐き出す。「塵も積もれば山となる」とはこういう事を言うんだろうなぁと勝手に納得しつつ、練習を再開したのであった。
。
十数分後…
「畏まりました、お嬢様。今しばらくのご辛抱を」
僕は恥ずかしさの許容範囲を超えたためにもう自我は半分失い、今度は逆に楽しくなってきていて、自分からいろいろな言葉の練習をしてもう半分おかしくなっていた。
「うんっ、こんな感じかな?5分休んでていいから。その後表に出てね♪」
村雨さんは近くにあった椅子にドカッと腰かけた。
「あれ?さすがに遅くないか?」
村雨さんがふと思い出したように呟く。当然遅いと言うのは紅葉と優里の着替えの事なのだが、その呟きによって僕も思い出す。そしてそのまま視線を村雨さんから女子更衣室のドアに目を向けると、そこには
ドアが少し開いており、そこから既に着替え終えている二人が出ようとしている光景があった。
―――いや、「出ようとしている」では語弊があるな。正しくは「立ち往生している」だ。僕が視界からその光景を除外し、再び村雨さんを捉えると、彼女は僕の時と同じようにニタリと笑い、ゆっくりと女子更衣室のドアへとその足を進めて行ったのであった。たぶん村雨さんもその事に気付いたのだろう。この後どうなったかというのは言うまでもないだろう。二人はドアから引きはがされ、僕の近くに立たされていた。ポーズは十数分前僕と寸分違わず、例の形だった。
「お、おぉ」
僕の横にはメイド服を纏った天使としか表現できないような人が立っていた。優里については少し顔を顰めていたが、それを引いてもとんでもないものだった。
「じゃあ、練習しましょうかねぇ~。あ、煤良木君っ、もう時間だから出てっ」
―――見たかったなぁ。絶対おもしろいのに。
そう残念な思いを残し、僕はしぶしぶ腰を上げ、恥ずかしそうに練習をしている二人を横目に仕事を始めたのだった。
「お帰りなさいませ、お嬢様」
僕は新しく来店、いや帰宅なされたきゃ、ではなくお嬢様に優しく声をかけ、その後に他の席に移動し、
「お嬢様、紅茶をお取替えさせていただきます」
慣れない手つきだが、少し冷めたお茶を捨てて、新しい紅茶を注ぎ、ゆっくりとテーブルの上に置く。音がしないようにティーカップを置いたら会釈程度に頭を下げてまた次の席へ。
「え~と、じゃあこれで」
お嬢様達がメニューの一部を指して注文をする。
「はい、ではお嬢様、しばらくのご歓談を。すぐにお持ち致しますので」
僕は頼まれたメニューを覚え、一礼すると、ゆっくり姿勢を崩さないように歩き、キッチンの方へと足を運ぶ。
「はい、これ5番テーブルのお嬢様へ運んで」
キッチンへと伝えるのと同時に今度は出来た料理を受け取り、またまた姿勢を崩さないように、歩くスピードも一定にするように細心の注意を払いながら持っていく。
「失礼致します、お嬢様」
料理を置き、また一礼をして、以下略
ともあれ僕はこのようにいろいろと自分なりに頑張って働き、現在15分間の休憩をもらっていた。
「あっついな~」
僕は上着を脱ぎ、椅子にかける。まぁわかっているとは思うのだが、この執事の服、相当に暑いのだ。作るところもスーツを作る専門、いわゆる「仕立て屋」とは違い、どちらかと言うと「コスプレ」に近い。しかもその恰好で店内を常に歩き回る。これで「暑くない」と言える奴の方が超少数だろう。
「ん?」
僕が反対側のメイド喫茶の方を少し覗いてみると、あきらかに挙動不審な二人のメイドが目に入った。当然例の二人だ。
―――何やってんだよ、あいつら。
僕が呆れ果てているのは、次のような内容だからである。
カランカランッ
「ただいま~」
小太りのいかにもオタク臭漂わせた30代の男が来店し、慣れた感じでメイドさんに声をかける。のだが、それに対して
諷刺優里メイドの場合。
「はっ。誰が貴様みたいなまあるいゴムまりみたいな奴を待つものかっ。まぁ別に待ってなどいないが、職務上『おかえり』とでも言っておこうか。早く座って注文しろっ。このご主人様がっ!」
―――突っ込みどころはたくさんあるのだが、そこは自重。次に、
鮮紅紅葉メイドの場合。
「お、お、………お」
早くも顔をほんのりピンク色に染めあげ、軽くテンパっていた。そして静かに、消え入りそうな声で、
「お、おかえり、スン、なさいませ、ご、ご主人様。ご、スン、ご用、スン、ご用がおありでしたら、なんなりと、スン、お申し付け、下さい……」
―――途中、泣いてるような感じがしたのだが、気のせいだろうか?
ちなみに客、ではなくご主人様達の反応というと、
「もっと罵って~」
「萌え~」
などなど、まぁ盛況なのである。
僕は休み時間を観察に全て費やしてしまい、多少の後悔を残しながら仕事へと復帰する。
メイド、執事喫茶のいつがピークなのかは全くわからないのだが、その時ばかりはお嬢様の人数も少なく、自然に動く事も少なくなり、ただ立つだけとなる。
―――正直、立ってるだけってのも辛いもんだな。
と、足の痺れを程よく感じながら、玄関を見ていると。
カランカランッ
「はぁ、なんで私が………」
と、呟きながら髪をポニーテールにした美人の女の人が店内…ではなく屋敷に帰宅してきた。なぜだかその足取りは重そうで、「仕方なく」感がすごく出ていた。
それを見た僕はと言うと、全力で彼女の元へ早歩きをしていた。ずっと立っていたが故に、動きたいという衝動に駆られ、そのきっかけが出来たものだから僕はうれしくて演技も多少オーバーになる。
「お帰りなさいませ、お嬢様。この席にお座り下さい」
僕は丁寧に椅子を引き、お嬢様を座らせる。
「は、はぁ。どうも」
返答の困っている彼女をちらっと見てみると、綺麗な黒髪のポニーテールがゆらゆらと右へ左へとメトロノームのように揺れ、その度にラズベリーのような甘酸っぱい香りが僕の鼻を伝い、脳を刺激した。
この女性はこのような場所に不慣れなようで、注文だけでもかなり迷っていて、正直見ていてとても楽しかった。まぁ、僕も人間なので、ある程度堪能したら声をかけてアドバイスをした。
―――そして、その時が、その瞬間までが、僕の荒々しくも楽しい時間になる事になってしまうとも知らずに。
この至福とは言えなくとも楽しい時間は、この女性が帰る時に僕に告げた一言によって終わりを迎えた。
「お会計○○○○○円となります。いってらっしゃいませ、お嬢様」
僕がドアを開けてこの女性を通そうとした瞬間だった。耳元に息遣いがわかってしまうほどに口を近づけ、少しドキッとしたのも束の間
「――――――――――――――――――――」
その言葉を聞くと同時に僕の目は見開かれ言い終わって帰ろうとする女性に怒声にも似た声を浴びせた。
「お、おい、待てよッ!どういう事だッ!何でお前がそんな事を……。というかお前…何者なんだよッ!」
その女性は無言を貫き、スタスタと歩いて姿を消したのであった。
最近は忙しいですね………。いやホントに。新しい学校で慣れない事もたくさんあり、しかも部活も始まりもっと忙しく……。書きたくても書くための時間が取れないッ!というのが現状です。今思ったのですが、後書きって本来何を書くべきなんですかねぇ?僕の場合は何かつぶやく感じになってしまっているんですが…。




