~Episode12新生活~
「あぁ。やっと、やっとかぁ」
僕は今、家の前に立っている。まぁ当然僕の家なわけなのだが、なんだろう、この気持ち。最近殺し合いなんてやったからか、もう軽く感動で泣きそう。
「たっだいま~~♪」
僕は自分のキャラとは不相応なテンションで、もうなんかスキップするような感覚で、盛大にドアを開けた。が、
「「「あ……………」」」
………これほどのデジャヴを感じた事は無いだろう。その時、僕はそう思いながらゆっくりとドアを閉めた。
―――あれ?あれあれあれ?ちょっ、ちょっと落ち着こうか。状況を整理しよう。
僕は必至に自分に言い聞かせ、無理矢理に心を落ち着かせる。
―――今は午前10:13で、僕は朝退院して家路についた。こ、ここまではいいとして、その後、久しぶりに我が家に帰ってきて感動しながらドアノブを握った。そこも問題ない。
おかしいのはその次だ。な、なぜ、なぜに紅葉と優里が、し、下着姿で一緒にいたんだ?い、いや、いやいやいやいやいや、無い、それは無い。少し前まで殺し屋と標的の関係だった奴が、そんなわけ……………。
正直、僕と優里だって少し前、というか5日前まで敵対関係だったので人の事を言えないのだが、そのような事はこの時の僕には考えもつかず、というよりは必死に自分が見てしまった光景を否定するためにそのような考えは脳が勝手に除外していた。
―――…………疲れてる、そう!疲れてるんだッ!
後から冷静に考えると、なんとも根拠も理論性の欠片も無い言葉なのだが、いいわけを探していた僕にとってこれほど都合の良い理由は他に無く、「疲れている」という言葉で全力で自分に言い聞かせた。
「ふぅ~~~~」
僕は息をゆっくりと吐くと、自分の中でリスタートをした。
「た、たっだいま~~♪」
少量の変化はあったが、なんとかリピートできて安心しながら、視線を上に上げる。
僕の視界には、普段通りの暖かな黄色い光を帯びた廊下があり、そこに2人の美女が立っていた。まぁ当然の事ながら下着姿などではなく、しっかりと服を着ているのだが。紅葉はいつも通り、どこかのモデルのような佇まいでいかにも「女子」という感じ。一方優里は、いつも通り、といえる程あまり見たことが無いのだが、やっぱり「動きやすさ」を重視したような、きっぱり言ってしまうとサバサバした感じだった。
「「………………………………………」」
返ってこない。というのも当然の事ながら「おかえり」を待っているのだが、2人は顔を赤くして軽く俯いていた。
―――ヤバイ。このまま無言が続くとさらに空気が重くなるっ!
危険を察知した僕は、もう言葉を待つ体制をやめてとりあえず会話に持ち込もうとする。
「…あ、あの、紅葉さん、ゆ、優里…さん…?」
なぜか疑問形になってしまったと反省をしながらも相手の機嫌を窺う。すると、
「…………が……ぃ」
極々微小な声で優里が何かを言っていた。僕が「え?なんて?」と返すと、優里は「キッ」という擬態語が似合いそうな程に僕を睨みつけた。
「き、貴様が悪いんだッ!ひ、人の、は、裸をみ、見てっ!こ、この変態ッ!」
「い、いやいや。事故、事故だって。た、確かに僕が悪いけど、変態じゃねぇよッ!」
優里はもう顔が真っ赤で、涙目で、正直目の焦点が合っていなかった。僕が全身全霊で弁解するも、その願いは通じず。そして終いには
「も、もういいッ!き、貴様も脱がしてやるぅッ!」
こんな調子。
「お、おい。おおおおお前、そんなキャラじゃねぇだろッ!お、おい、やめろ、やめっ、やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」
朝、家に着いて30分後、僕はお年頃の女性2名の前でパンツ一丁になる羽目になったのであった。
「…で、この仕事内容なんだが」
朝の騒動の後、僕、紅葉、優里の3人はリビングのソファに座り、魅蓮からの仕事内容の書かれた、いわゆる指令書と呼ばれる類のものを読んでいた。僕はその指令書の内容を読み上げようとしたのだが、
「ふんっ。何が『で、』だ。何の脈絡があってそのような言葉を使っているのだ。貴様本当に日本人か?日本語の使い方もわからないのであれば、もういっそのこと小学生からやり直したらどうだ?」
優里が異様に突っかかって来る。やはり先程の出来事が優里の機嫌を損ねているらしく、事件後からはずっとこんな感じである。ちなみに紅葉はというと
「しゅ、集。で、し、仕事っ、内容は、な、何なの?」
…………普通では無い。普段からあまり目を合わせることは無いのだが、それを差し引いても、やっぱりおかしいのであった。目は基本下向き、顔は微妙に赤く、言葉、っていうか文章もろくに話せる状態ではなかった。まぁそれでも、優里と違って、しっかり本題を進めてくれるだけありがたい。
「あ、あぁ。え~と今回は表の仕事みたいだな。なになに……依頼内容は……と、『うちの喫茶店で花粉症の影響が酷く、たくさんの人が急に休んでしまい、とても困っています。2、3名でよろしいので、スタッフさんを手配お願いします。なお報酬とは別に時給もしっかりと出させて頂くのでよろしくお願いします。』だって。魅蓮からは『煤良木、鮮紅、諷刺、3名は迅速かつ速やかに依頼主の元へと向かい、到着しだい依頼を開始せよ』だとよ。…で『時給代も報酬の一部なので、各自勝手に使用することは禁ずる』。はぁ、これ、あいつが金欲しいだけだろ」
自分で読んで自分で自分の感想を述べたところで、僕は、残る不機嫌美少女&赤面美女に話しかける。
「依頼開始の時間は今から1時間後、ここからだとバスで20分だから、30分後に家を出よう。いいか?」
僕は合理的かつ安全性を重視した提案をする。紅葉は首を縦に振り、「うん」と言った後に自分の部屋にそそくさと支度をしに行き、僕も続けて部屋を後にしようとするのだが、そこにはまだ不機嫌度MAXの小柄な美少女が座っていた。
「なんで私が、貴様の言う事を聞かなきゃならないんだ。貴様は私の上司か?この世には上下関係というものがあって、今の私の上司は魅蓮だけ。決してお前などではない。この世の仕組みもわからないのか?もうジャングルにでも行って野性に戻った方がいいんじゃないか?」
なんという罵声の数々。よくもまぁ人の発言にここまでケチをつけられるよなぁ、と半分感心しつつ、やっぱり、少しイラッと来ているもう半分の自分がいるわけで。なんならもう、「うるせぇな、人の発言に文句ばっかつけやがって。お前もあの時(戦っている時)すんごく言葉づかい荒かっただろうがっ!あぁん?あれは訂正すべき対象にならないのかよォ?」と言ってしまいたいくらいなのである。まぁ僕も出来上がった人間であるからして、我慢くらいできるくらいの人格者なのだ。そこは感心している自分で、もう半分の自分を押さえつける。
―――ふぅ。なんとか落ち着いたか。
数秒後、僕は押さえつけることに成功し、軽く心で一息ついたのだが、その瞬間。
「ふんっ。貴様は社会人としてもう終わっているのではないか?というかまだチンパンジーの方が貴様より頭が優れているのではないか?」
―――前言撤回。僕はやっぱりただの高校生で、世間でいう、立派な「反抗期」がある標準の男の子。まだ大人ではないな、うん。
「………そうですね。そんなチンパンジーにも劣るわたくしめは優里さんとはご一緒に行動できませんね。依頼書には『2』、3人とありましたし、わたしは紅葉と依頼主のところに行ってきます。ではごゆっくり」
わざと「2」を強調しまくって、僕はわざとらしく執事のようなポーズと言葉遣いで嫌味ったらしく言った後、近くにあったバッグを手に取り、紅葉に支度が出来たか、優里にわかりやすいように呼びかけた。言い終わると同時にチラッと優里の方を見てみると、優里は立ち上がって、慌てた様子でこちらを見て完璧に焦っていた。
「えっ?い、いや、だ、だからと言って行かないとは言っていないっ。わ、私も当然行くに決まっているだろうッ!」
―――ktkr。僕はもうサイッコーに喜び、ほくそ笑んでいた。なんなら悪人と勘違いしても全くおかしくないレベルくらい。
僕はここぞとばかりにさらに復讐という名のイジメを開始する。
「いやいや、ここは低俗な頭の持ち主のわたしと紅葉で行ってきますから。天才的頭の持ち主の優里さんはここでごゆっくりお休みくださいよ。あ、た、ま、の、よ、ろ、し、い優里さん♪」
頭の隅で少しだけ紅葉に謝り、僕は心の中で優里に向かってクフフと笑う。
「し、しかし私の上司の、み、魅蓮はわ、私にい、行けと言っているっ」
「いえいえ、そこはわたしが伝えておきますので」
「んん~。あ、けど貴様だとこの仕事は手に余るだろう?だから私が手伝いに―――」
「―――その時は碧先輩か、文寺先輩を呼び、我々だけで対処いたしますので」
―――あ~~~、超面白いッ!
僕は心底楽しんでいて、だんだんエスカレートしていくのにもその時の僕には気付く事が出来なかった。
「~~~~~~~ッッッ!」
「さぁさぁ天才のお嬢様はここでゆっくり、いやここではご不満でしょうか?ならば碧先輩の屋敷までご案内させていただきますが」
「…………ヒック」
「…………………………あれ?」
よく見ると、優里は軽く泣いており、さらにしゃっくりも起き始めていた。キャラ的に、ていうかキャラ崩壊はさっきもあったわけだが、やはり泣くとは思わなかったわけで。
「優里?ハハハ、冗談だよ、冗談。ナニナイテンダヨ」
正直女の子に泣かれてキョドっている僕と、早くキャラを安定させてくれと願う僕がいて、どうにもなんともいえない空気になってしまう。
「お、おい?大丈夫、か?」
僕はやっぱり心配になり、子供をあやす時のように、そりゃあもう、溺愛している妹に話しかけるような優しい声で優里を包み込む。
「……………フフ」
「え?」
「フフフ、バカがッ!私がこんな事で泣くとでも思っているのか。ちょっと嘘泣きをしただけでこれとは、やっぱり貴様はバカだなぁ」
意地っぱりだなぁ。僕はホントそう思う。目の周りはほんのり赤くなっていて、まだ軽くしゃっくりをしていて、さらに声がもう「マジ泣き」を語っちゃってるよ。
「そうだな。もう時間もない。いくぞ」
もう予定時刻から2,3分過ぎており、僕は紅葉と優里に呼びかけて、家を出た。
「え?あ、あぁ」
あっさりと今の会話を終わらされた優里は行ける事に少し驚いていた。っていうか、こいつマジで行けなくなると思っていたのかよ。
何はともあれ、そのまま僕達3人は初の表の仕事に向かったのであった。その時の僕は入院ばっかりで曜日感覚がおかしくなっていたから気付かなかったのだが、その日は5月21日、水曜日である。なぜ学校に行かずにこんな事をやっていたのか。今でも心底不思議に思う。
コメディーです!!楽しいなぁ、いやホント。
今回は1話でまとめるには長いので微妙なところで切らせてもらいました。早めに出せるように努めますのでなにとぞよろしくお願いします。




