玖、深夜の公園
シャワーなんて常識的に考えて5分もあれば余裕。
そう考えてた時期もありました。
ええ。
中学二年の時からだろうか、リンスなんて使いだしたのは。
それまでは、リンスインシャンプーという時間短縮に画期的なものを使っていたが、色気付くとはこの事か、シャンプーとリンスを別けるようになった。
それからというもの、シャワーは5分では終わらなくなった。
もともと、風呂に入るという行為が嫌いな人種なので、長い時間風呂場にはいたくないのだ。全く持って、未来のロボットにお世話されているメガネの彼女さんとは分かり合えない。もちろん、俺が何を言ってるのかも良く分からない。なんていったって、今は西暦2152年ですもの。
ささっと効率良く体を拭いた後、下着と寝巻きを着る。
寝巻きと言っても、寝やすいだけの服だけど。
短髪ってほどでもないけど、ある程度短い髪の毛は基本自然乾燥。
ドライヤーを使ってた頃もあったけど、自然乾燥との差が見当たらないし、別にいいかなと思い始めたのが去年の夏。
あの頃は、親に受験勉強をしろと言われ続けて常に居た堪れなくなって、リビングには顔を出さなくなったな。
なんて、過去に想いを馳せながら急ぎ気味に部屋に帰還。
桜が余計な所に手を延ばしていませんようにと願いながらドアを開けると、すでに就寝されていた。
俺のベッドのど真ん中で。
スヤスヤと寝息をたてて眠る桜は絵になった。いや、どんな有名な絵画よりもきれいだ。ほら、ムンクとかモナリザとかよりは圧倒的にきれいだよね。うん。
ここで、キスとかするものなのかな、普通に考えると。
そしたら、実は狸寝入りで、そのままラブラブイチャイチャ展開に…
こんなところで遠坂が持ちこんだ本の知識が台頭するとは。
いやしかし、寝込みを襲うみたいじゃないか。
いやでも、寝てないかもしれないし。
とりあえず、寝ているかどうかの確認だけしよう。
「さ、桜、起きてる?起きてるなら返事して欲しいのですけれども。」
壁に頭突きした。
特にこれが情けないという訳ではなく、全体的に通して情けない。
ホラー映画で8人くらいの大所帯でいるのに、一番最初に消える役くらい情けない。
なんか消えてしまいたいくらいのセンチメンタリズム。
すぐに部屋を出た。
リビングに何の用もないもので、夜の散歩と洒落込むことにした。嵐の後の静けさって、何かいいじゃん…?
こんな時間の夜空は万点の星空ってわけではなく、先ほどまでの嵐の影響か、少しばかりの雲が空を覆っていた。
少し肌寒く、まだ5月ではないのではないかと疑いたくなる。ただ、風呂上がりの俺には心地良かった。
優雅に歩くのも趣があっていいものだけど、見つかったら速補導というスリルを楽しみながらそろりそろりと歩くのも趣があるだろう。
いや、そう言うと格好良いけど、ただビクビクしながら歩いてるだけです。
でも、心地良いだけに帰る気になれず、あてもなく町を徘徊する。耄碌はしてない。
たまに車道を通る車を警戒する。警戒と言っても、車が通る度に近くの電柱に身を隠すだけだけども。
気が付くと、というと少し語弊があるものの、なんとなくこの公園にやって来た。
この公園は、砂場、滑り台、ブランコ、鉄棒、ベンチ。公園と言えば?という街角質問コーナーでもあればTOP10には入るであろう遊具はだいたい揃っている。故に、広い。
俺も小さい頃はよく遊びにきてたなー、独りで。
いや、友達がいなかった訳じゃなくてね?
どうもクラスの男子は電子機器系の遊びがお好きだったようで。と言っても、俺を含めて6人くらいしかいなかったけど。
まぁ、そんなこんなでよくここに来ていた。
だからと言って、今来た理由が明確にあるわけじゃないけどね。
ほら、なんというか運命に引かれてと言いますか。例えば、授業中。5問出された問題を先生が5人当てて答えさせるとする。自分は、その内4つの問題は分かったけど、1つだけ分からない問題があったとする。分からないところだけは当たるな当たるなって、心の中で祈らない?それと同時に、このパターンは当たるパターンのやつだ…とか、思ったこと無い?
俺は良くある。
これは何というか、心理学じゃなく本能に準ずるものじゃないかと思う。予感がする。野生の勘ってやつ。
嫌なことに関しての予感は本当に当たる。
嫌な予感というわけじゃないけど、なんとなくそんな勘に引き込まれて、と言いますか。
兎に角、公園にふらっとよることにした。元々目的のない散歩だったし。
入口を通り過ぎて真っ直ぐ、そして右折するとブランコがある。
夜のブランコって、不気味なイメージと青春の背景みたいなイメージがあるけど、物は考えようだね。今回は、あそこに見える人が幽霊の類じゃないなら、青春の一ページさ。
最近目が悪いせいか、誰がブランコに座っているのか、今は何時なのか明確に見えない。因みに、時計は公園に設置されているし、街灯で照らされてもいる。けど、ボヤけてしまうのはこの雰囲気に呑まれているせいなのか、単に目が悪くなったのかの判断は自分には出来ない。午前2時半から3時の間じゃないですようにと祈りながら時計を見たのだが、答え合わせのしようがない。俺がシャワーに入ったのが3時少し前だった気がするから少なくともその間ではないとは思うけど。思いたいけど。とりあえず仕方ないので、そのままブランコ少女とご対面。多分、少女でしょ。比率的に。男だったら、とりあえず全力で帰ることにする。
とりあえずって大事だよね。俺は後悔しない生き方をしてるんだ。とりあえず、とりあえず。
恐る恐る近付くにつれてはっきりと姿が見えるようになる。
同じ学校の制服で、女子と確定。幽霊かどうかの判断は今だ未確認。
俯いているよう。顔は見えない。なんというか、負のオーラを撒き散らしてる。
ブランコの周りには落ちても大丈夫なようにと、申し訳程度に砂場チックな作りになっている。
だから、ジャリジャリと足音をたてる。
そんな訳で、俺の存在に気付いたらしく、顔を上げる。
見覚えのある顔。割と毎日。
「今日は、田無君か。」
なんて、呟くこの人とは顔見知り程度。
こんな深夜の公園で何をしてるんだろうか。
まさか、青春の予行演習?