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神子様は未来が視えるらしい  作者: 黒本聖南
第二章 冬女御
6/7

伍 春露様の母上

 食事を終えると、案内係である花房を先頭に、花霞と数人の女官と共に外に出た。

 外、と言っても、扉を出てすぐ、長い廊下が先の方まで伸びている。床は艶が出るほどに磨かれ、上には屋根があった。壁はなく、周囲の様子を歩きながら眺められるようになっている。

 壁の代わりとばかりに、世継と世継の正室が住まう花ノ舎の周囲には、桜がいくつも植えられており、微かに桃色に染まっている。満開になればどれだけ見事な光景になるだろう。

 実家でもいつ桜が咲くのかと、両親と楽しみにしていたが、これからは春露とそういう時間を共有できるのかと、そう考えただけで、花霞の胸は温かいものに染まっていった。

 そっと胸元を押さえる花霞に、花房が咳払いと共に話し掛けてくる。


「本来であれば、今上天子様の正室である天子妃てんしひ様に最初にご挨拶するべきですが、去年の暮れに亡くなり、今はいらっしゃいませんので、次の方に……」


 そこまで口にしてから、花房は顔をしかめ、酷く苛立たしそうに足を小刻みに揺すっている。

 周囲の女官達を見ると、彼女達も隣の人物とそれぞれ顔を合わせていた。……いや、一人だけ、じっと花霞を見ている者がいる。彼女と目が合うと、ばれた、と言いたげな顔をして、こっそり手を振ってきた。

 花霞の従姉にして侍女の紅白だ。女官達に紛れていたらしい。二人の立ち位置は少し離れてしまっているが、彼女の顔を見ただけで、春露のいない心細さが少し薄くなった。


「……次の方、なのですが」


 花房がようやく口を開き、花霞は女官らと共に花房に視線を合わせる。

 頭を乱暴に掻いて、花房はその重い口を開いた。


「正室である天子妃様の次の方、というのが、今上天子様の上級妃である方々、春女御様・夏女御様・秋女御様・冬女御様なのですが、冬女御様以外の方も、揃って今年の初めにお亡くなりになっておりまして……」

「……そうなのですか」


 正室が一人に、側室が三人。

 四人もの人間が同時期に亡くなっているというのは、何か、違和感を覚える。

 今上天子の年齢を考え、その妃が老衰で亡くなったということもないだろう。何が原因なのか、はて、この場で訊いていいものか。

 花霞が迷っている内に、話はどんどん進んでいく。


「ですので、花紫はなむらさき冬女御様へのご挨拶が最初になるのですが、世継様たっての希望で、花紫冬女御様へのご挨拶は最後になります。ですがそうなると、今上天子様の下級妃である方々へと先に挨拶することになりまして……」

「それは、冬女御様の面目を潰してしまいますね」


 そうなのですよ……と俯きながら、花房は肯定した。

 春露も、その方をどうして後回しにするよう言ってきたのか。理由があるなら聞いておけば良かったと思いながら、花霞は花房の次の言葉を待った。


「……花紫冬女御様は、世継様のご生母様でいらっしゃいます。それは同時に、先代世継様のご生母様であったということでもあります」

「お二人のお母様、ですか。それなら尚更、一番最初にご挨拶に行かないといけませんね」

「そうですとも!」


 ばっと顔を上げるなり、花房は花霞に詰め寄ってきた。

 驚いて花霞は一歩後退したが、それにも構わず花房は距離を詰めてくる。


「ご生母様へのご挨拶を一番に! そう思われますよね!」

「は、はい」

「それは、雪月院世継妃せつげついんせいしひ様のご意志ということで、お間違いありませんね!」

「そう、ですね」

「──では、そういうことなら仕方ありませんね! 最初に花紫冬女御様にご挨拶に行きましょう」

「……はい」


 どういう考えがあったのかは分からないが、これは、自分を言い訳にして、春露の意思が無視されてしまったということで。


「……いいんでしょうか」

「それが雪月院世継妃様のご意志ですもの、仕方ありません」


 そのように言い切って、花房は歩き出してしまった。女官達も動き出すが、どことなく不安そうに見えるのは気のせいか。

 花紫冬女御、春露を生んだ女性。

 ──そして、春霧を失った女性だ。

 未来の天子母てんしぼに会うことに緊張しながら、花霞も歩き出した。


◆◆◆


 花紫冬女御が住むという冬ノ舎は、廊下を進んだ先にある最初の建物のことらしい。

 妃達の住む殿舎や女官達が住む官舎は、長い長い廊下でそれぞれ繋がっており、基本的には徒歩で目的地に向かうのだが、足が悪かったり、体調が悪かったりすれば、籠で運んでもらうこともあるのだと。

 籠の必要がないくらい近い場所にあって助かったと思いながら、こんなに近いのならどうして後回しにしようとしたのかと、再度同じことを花霞は考える。

 花房が冬女御付きの女官と話している間に考えてみたが、答えは出なかった。花房に誘われ、中に入っていく。

 屋根があって冬ノ舎の全体像はよく見えなかったが、中はどうやら、花ノ舎とそこまで変わらない広さのようだった。飾られている調度品は白で統一され、落ち着いた美しさを花霞は感じ取る。


「侍女が花紫冬女御様をお呼びになるとのことで、もう少しの間、こちらでお待ちください」

「分かりました」


 白い石が綺麗に埋め込まれた広い玄関にて、先頭に立つ花房の横に花霞は移動し、お付きの女官達が後ろに並ぶ。冬女御に会える瞬間を待ちながら、しばし、花霞は物思いに耽る。

 春露の母なら、優しい人だろうか。

 だが、春霧の母でもある……。

 春霧に良い思い出がない花霞は、緊張の度合いを強め、その時を待つ。

 待つ。

 待つ。

 待って、いると──慌ただしい足音が近付いてきた。


「──雪月院世継妃ですって!」


 どこか怒りを含む声で叫びながら現れたのは、派手な見た目の女性であった。

 艶やかな黒髪は盛りに盛り、髪の至る所に紫色の花飾りが咲き誇っている。黒地の振り袖には彼岸花の刺繍がだいたんに施されていた。

 怒りに染まった顔はきつい印象を受けるが、十分美しい女性である。彼女は凶器のように鋭く伸びた艶やかな爪の先を花霞に向けた。


「遊び女風情が世継妃なんて! 天子様のお考えは本当に分からないわ!」

「えっ」

「可愛い春霧がいなくなったらその弟の妻に収まるなんて……汚らわしい! 慎みがない所は母親譲りね!」

「何なんですか、貴女! 母の悪口はやめてください!」

「遊び女風情が私に反論するだなんて……!」


 女性は懐から何かを取り出す。それの正体を花霞が認識した瞬間、隣にいた花房が花霞の前に素早く立った。


「──花紫冬女御様! 正気ですか!」

「退きなさい! 汚らわしい遊び女を排除しないと!」


 花紫冬女御と呼ばれたその女性が取り出したのは、鞘や柄に宝石が散りばめられた──短刀であった。

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