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神子様は未来が視えるらしい  作者: 黒本聖南
第二章 冬女御
5/7

肆 朝食のやりとり

 春露と花霞の初夜は、夕食の後に滞りなく行われた。


 閨でのことは記録される。少し離れた場所から感じる他者の気配に、そして初めてのことに花霞は身体を強張らせながらも、春露にそれとなく助けてもらいながら、どうにか最後まで遂行した。


「ありがとう、花霞様……」


 頬を撫でられながら、そのような言葉を春露に掛けられ、花霞は静かに瞼を閉じ──そうして目が覚めると、既に春露は起きているようだった。

 上半身を起こした春露は、真っ直ぐに寝室の出入り口を見つめている。花霞も身体を起こし、そこで初めて、自分も、そして春露も、寝巻きに身を包んでいることに気付いた。誰かが着せてくれたのだろう。ほんのり恥ずかしさを覚えていると、春露が声を掛けてきた。


「おはよう、花霞様」

「お、おはようございます」


 花霞の顔を見るなり、春露は心から安心したような笑みを花霞に向けてきた。そんな顔を見てしまったら、つられて花霞の表情も柔らかなものになる。

 ちょっとごめん、と断って、春露の手が花霞へと伸びていく。拒む、なんて選択肢は欠片も思い浮かぶことはなく、花霞が待っていると、彼女の肩へと彼の手は回り、そっと抱き寄せられた。

 あったかい。

 ほんのりと固い春露の肩に頬を寄せ、二人は寝台の中で寄り添った。


「ずっとこうしていたい」


 うんと優しい声で春露に言われ、同じ気持ちになっていた花霞も頷く。だが、この時間が長くは続かないことも知っている。


「あとどれくらいで、人が来るのでしょうか」


 春露と花霞は、惰眠を貪ることを許されるような立場にはない。

 しばらくすれば女官が来て、朝の身支度をさせられることだろう。そうして、世継と世継妃の務めを求められるのだ。

 自由はない。けれど、一人ではない。

 邪魔されるまでの間、温もりを分かち合えたらと、花霞が瞼を閉じれば、そこでようやく春露は口を開いた。


「残り二十三分」

「……ああ、まだそれだけあるなら」

「あるなら?」

「……何をしましょう」


 本当に疑問に思ってそう花霞が口にすれば、それならと言って、春露は彼女の手に自分の手を重ねてきた。


「もう少し、このままで」

「はい」


 二十三分後、「おはようございます」と言って、女官達が数人入ってくる。その中には、花霞の侍女で従姉でもある紅白の姿もあった。花霞は思わず彼女の名前を呼びそうになったが、寸前で思い留まり、春露と共に寝台から出る。そして朝の支度の為に、それぞれの私室へと向かうのだった。


◆◆◆


 花霞のくせっ毛気味の長い黒髪は、紫色の髪紐で結ばれ、右肩から流している。

 用意された着物は、赤地に、見事な白い花が幾重も描かれた小袖。その上に桃色の羽織を纏い、女官達と共に朝食の場へと向かった。

 春露は既に着替え終わってそこにいた。長い髪を後ろでお団子にまとめた姿は昨日と同じだが、今日は赤い無地の着物の上に、茶色の羽織を身に纏った姿をしている。

 白い布が掛かった長机の上には朝食が用意されており、焼かれた食ぱんや炒り卵、じゃむに野菜の盛り合わせと、意外と外国風の朝食だったことに、花霞は心の中で驚く。もしかしたら、顔に出ていたのかもしれない、春露が説明してくれた。


「昔ながらの料理の時もあれば、外国の料理の時もある。英国も多いけれど、たまに華国や米国の時もあるよ」


 楽しみにしていて、と言われ、はい、と笑みを浮かべて答えてから、花霞は席に着いた。そうして春露と朝の食事をしていくわけだが、私語はさすがに許されない。女官達は壁沿いに立ち、二人が朝食を食べ進めていると、その中の一人が一歩前に出た。


侍従処じじゅうどころ所属の花房はなぶさと申します」

「侍従処……?」


 知らない様子の花霞に、春露が説明しようとしてくれたが、その前に花房が口を開いた。


「花園殿に勤める女官は、どこかしらの部署に所属しています。食事を作る食事処、衣類関係を担当している縫製処、庭の草木の管理をしている造園処というように。そして侍従処は、全ての女官を管理している部署になります」

「そうなのですね……。教えてくださり、ありがとうございます。これからお世話になります」


 花霞が頭を下げながら礼を言えば、職務ですので、という事務的な返事がきた。


「朝食を終えた後の予定についてお話させていただきます。本日はこの後、花霞様には花園殿内を案内させていただきます。そして昼食は、今上天子様と世継せいし様の三人で取って頂き、その後は自由にお過ごしください」


 婚姻の儀の翌日だからか、花霞のやることは少ないようだった。

 花園殿の中、どこに何があるのかなど、昨日来たばかりの花霞には分からない。少し楽しみになってきた。


「世継様には確認して頂きたい書類がございますので、昼食まではそちらに集中してください」

「私も行く」


 花房に言われてすぐ、春露はそう返した。

 はて、と思い花霞が視線を向ければ、春露は無表情に、花房のことを見つめている。


「私が一緒に行って、説明するから、女官もこれより減らしていいよ」

「何を言っているのですか、世継様。世継様には世継様のお務めがあるのですから、そちらに集中していただかないと」

「そんなの昼食の後でやるからいいよ。私も、花霞様と行く」

「あの」

「一緒に行くから。絶対に」


 ね、と同意を求めるように、春露が花霞を見てくる。

 花霞としては、春露と見て回るのは楽しそうであると同時に、安心もする。そのような申し出、乗りたい気持ちもあるが……。

 花房や他の女官を見れば、誰しも困惑した表情をしている。花房に至っては、苛立ちも混じっていた。

 困らせてはいけない。少し残念に思いながら、花霞はその申し出を断った。


「春露様、先にお務めを終わらせましょう」

「花霞様!」

「皆さん、困っているようですから、その……」

「でも花霞様」

「──世継妃様もこのように言っておりますし、世継様、ここは引いてはくれませんか?」


 何か言いたげな様子の春露。だが、周囲の人間の視線を感じ、やがては諦めた。

 女官達は安心した表情になり、その中でも花房は、どことなく勝ち誇ったような顔をしているのが、何となく花霞には気になった。

 俯く春露に、花霞はそっと声を掛ける。


「昼食までの我慢です。それまでお互いに頑張りましょうね」

「……そういうことじゃない」


 力なく言った後で、がばりと春露は顔を上げ、花房に向けてこう口にした。


「せめて、案内する順番は私に決めさせてほしい」

「え」

「それくらいは聞き入れてよ。絶対に変えないで」

「……分かり、ました」


 有無を言わせぬ様子に、首を傾げながらも、花房は頷いていた。

 花霞としても、順番に何か気になる所があるのかなと思いつつ、二人が話し合う横で、焼いた食ぱんにじゃむを塗るのだった。

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