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神子様は未来が視えるらしい  作者: 黒本聖南
第一章 世継と世継妃の出会い
4/7

参 不在の説明

 天子宮内の奥地にある、天子の安らぎの為に、そして次代の天子を宿し育む為に存在する、後宮・花園殿。


 後宮の玄関口扱いとなっている殿舎があり、その殿舎の名前が花園殿。

 客人はそこまでなら後宮内に入ることができることから、後宮といえば花園殿となり、気付いた時には全体の総称となっている。

 花園殿内に足を踏み入れると、用意された部屋に花霞、春露でそれぞれ分かれて入り、婚礼衣装から動きやすい服へと着替えさせられる。

 花霞は淡い黄色の生地に緑色の花が咲く様が刺繍された小袖を身に纏い、春露は花霞よりも長い髪をお団子にまとめ、真っ黒な着流しに着替えていた。

 花園殿からは三つの長い外廊下が続いており、着替え終えた花霞達は合流すると、真ん中の廊下を進んでいく。途中、女官達とすれ違うが、今上天子の妃と遭遇することはなく、花ノ舎に辿り着いた。

 花ノ舎は縦に長い木造建築で、居住空間は三階まであるのだと、春露が花霞に説明する。

 一階は食事をしたり余暇を楽しんだりできる空間となっており、二階は世継とその正室のそれぞれの私室があって、三階は寝室となっているらしい。


「私と花霞様の私室は荷物の運搬やら整理やらで落ち着けないから、寝室に行こう。あそこは昨日までに片付いているはずだから」

「分かりました」


 雨が降り続く空では分かりづらいが、間もなく時刻は夕方となる。夜ご飯もまだな上に、初夜を済ませるには時間が早い。

 いくら事前に覚悟していたとしても、花霞としては、夫となる人が変わったことについて説明してもらわないと、とても受け入れる気分にはなれなかった。

 階段で三階まで登っていき、窓掛けが閉められて薄暗い部屋に辿り着く。洒落た照明と寝台がある以外には何もない部屋で、寝台はすぐにでも横になれるように整えられていた。


「座る所もないから、あそこに……」


 春露に言われ、共に寝台へと近付くと揃って腰を降ろす。再会して間もないこともあり、花霞は春露との間に人一人分の隙間を空けた。

 身体を彼に向けると、さっそく花霞は訊ねた。


「私の相手は春霧様のはずです。それがどうして、春露様に?」

「……その、あなたを振り回すことになって悪いんだけど、知っておいてほしいことがいくつかあって」


 そして春露は、花霞に頭を下げながら、その言葉を口にした。


「──春霧は死んだ」

「……え、死んだ? 死んだってどういう」

「今朝、花園殿の庭に植えた桜の木の下で、亡くなっているのを女官が発見した。表向きには突然の心臓発作ということで誤魔化すらしいけど、実際には、その……」


 春露はひどく言いづらそうにしていたが、春霧の許嫁であった花霞としては、真実を知る義務があるとして、「言ってください」と続きを促す。

 何度も躊躇いながら、それでも結局、春露は双子の兄の死因を口にした。


「胸を刺されたみたい。何ヵ所も刺されてたって。傍には首を刃物で掻き切った女官の死体もあって、多分、その女官による無理心中なんじゃないかって」

「……っ」


 女にだらしのない男であったと聞いているが、女に刺し殺されるほどのろくでなしであったとは。


「今はもう女官の遺体は片付けられて、春霧の遺体は、私達の母上が寝起きしている冬ノ舎に一旦送られた。葬儀の日取りや、世間への公表時期をどうするかとか、大臣達が話し合っているみたいだけど、誰も彼もかなり頭抱えてるよ」

「正室を迎える大切な日にそんなことが起きては、まあ、そうなりますね。……その、春霧様は亡くなった、それは分かりましたが、どうして、わたしは春露様と」

「……気持ちの悪い話を聞く覚悟はできてる?」


 そう言われてしまっては、答えを聞かされたようなものだが、花霞は顔をしかめながら頷く。


「父上は、自分の血と、花霞様の母上の血を、どうしても交わらせたかった。春霧が亡くなっても、私がまだ残っている。だから、私の正室を花霞様に変更し、元々私の正室になるはずだった方は側室にしよう。……なんて話もあったけれど、そっちは私の方で断った」

「え?」


 花霞様、と彼女の名前を口にし、春露は真っ直ぐに花霞の目を見てくる。気恥ずかしさに花霞は目を逸らしたくなったが、春露の目が、それを許してはくれないだろう。


「父上の都合で好きでもない男の妃にさせられたこと、父上に代わり謝罪したい。この通り」


 春露に急に頭を下げられ、花霞は狼狽えながらも発言した。


「そんな、頭なんて下げないでください。覚悟の上です、お気になさらず」

「そして正直、この展開を好都合と思っている自分を恨んでほしい」

「……好都合?」


 はい、と口にして、春露は顔を上げる。やはり彼は真っ直ぐに花霞を見つめてきた。


「幼き頃に一度、私達、会ったでしょう?」

「春霧様も一緒でしたが、そうですね」

「私は春霧に何度も茶菓子を奪われて、まあ、それはいつものことだったけど、そんな私を見て、あなたは私に、桜餅をくれようとした」

「……美味しい桜餅でしたから、あなたにも味わってほしくて。結局はそれも奪われましたが」

「それでも──それでも、その優しさを忘れたことは一度もなかった」


 ふいに、花霞の両手に温もりが宿る。外側から力をほんのり込められたことで、花霞は見なくても分かった。

 自分の両手は、春露の両手に包まれているのだと。


「私の妻になってほしい。春霧に奪われても、あなただけは諦められなかった」

「……春露、様」


 頬に熱が溜まっていく。そこは触れられていないというのに。


「あなたと一緒になれるのなら、他の女なんていらない。生涯、側室を作らず、あなただけを愛すると誓う」

「……っ」


 花霞の目は見開かれ、頭の中では色んな思いが駆け巡る。

 今上天子の唯一の神子となった春露は、今や世継、つまり次代の天子だ。天子の務めの中には、神子を多く残すことも含まれている。

 自分がたくさん生まなくてはいけないのか、とか、後々のことを考えれば側室も必要なのでは、とか、そんなこと天子宮の者は、今上天子や春露の母親は許すのか、とか、考えて考えて、何も言えずにいた。

 そんな花霞に、何を思ったのか。

 春露は途端に笑みに悲しみの色を混ぜ、花霞の両手から自分の手を離す。

 花霞はその表情を、見たことがある。一度会った際、春霧に茶菓子を奪われるたびに、春露はこんな表情になっていた。


「あなたは、私を愛さなくていい、恨めばいい。そこまで望むのは贅沢だ。可能な限りのあなたの自由を尊重する。そして……あなた自身を守っていきたい」

「はる、つ」

「絶対に守るから」

「……っ!」


 世継の正室となることに、嫌悪感しかなかった。春霧が相手の時は。

 だが、実際に花霞が正室になる相手は、春露だ。

 桜餅を渡し損ねた相手──花霞が選びたくても、選べなかった相手。そんな男から、熱烈な愛を告げられて──嬉しくないわけがない。

 これ以上、春露に悲しい顔などしてほしくない。花霞はすぐに動いた。


「春露様!」


 花霞は彼の名を叫ぶように口にしながら、彼の手を取った。今度は花霞が彼の両手を包む番だ。


「わたっ……僕、僕の自由を尊重してくれるというのなら、この先、一緒に桜餅を食べる時間を作ってください!」

「……っ!」

「一度だけではなく、何度でも。桜餅や、他の美味しいものも、一緒に食べていきましょう」

「……いいの、私なんかと、そんな」

「春露様がいいです」


 春露の両手を包む手に、力を込めながら、花霞は彼に告げた。


「春露様を恨むなんてこと、絶対にありませんから。僕だけを愛してくれるというのなら、僕も生涯、春露様しか愛さない」

「……無理、してない?」

「ありえませんよ、するわけがない。……春露様、春露様のこと、教えてください。愛したいと思う人のこと、僕はまだ、何も知りません」


 花霞も春露の目を真っ直ぐに見つめた。彼の目は、意外と丸みを帯びているようだった。


「……それなら、花霞様のことも、教えてもらっていい?」


 春露の瞳は潤みだし、その声も震えていたが、花霞はそれらの点に触れることなく、力強く頷きながら答えた。


「もちろんです、いっぱい知ってください」

「……ありがとう」


 後に春露しゅんろ天子と呼ばれる男と、雪月院天子妃(てんしひ)と呼ばれる女の、夫婦最初の日は、こうして始まることになる。

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