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神子様は未来が視えるらしい  作者: 黒本聖南
第一章 世継と世継妃の出会い
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弐 婚姻の儀

 花霞の前に三人、後ろに三人、天子宮から遣わされた女官がいる。それとは別に、斜め後ろに紅白が立っていた。

 前にいる三人は拳くらいの大きさの鈴を持ち、赤と白の糸で編み込まれた紐で吊るされる鈴を、歩くごとに鳴らしていく。後ろにいる三人は赤い桜が描かれた旗を持ち、風にたなびかせながら歩いていた。紅白は大きな蛇の目傘を持ち、それで花霞の身を雨から守っている。

 あれから紅雪には会えていないけれど、彼のことだ、こっそりついてきていて、後で落ち着いた時にひょっこり出てくるかもしれない。そう考えて、花霞は気を紛れさせながら、花嫁行列を続けていった。

 通行人、いや、花嫁行列の観覧者達はそれぞれ歓声を上げ、遠慮なく花霞のことを見てくる。それとなく紅白が傘で隠そうとしてくれているが、あまり意味はないだろう。

 もうすぐ、天子宮の門の下を潜る。ここから先に進めば、花霞に自由はない。

 実家で使っていたすまほも、両親に渡している。もう解約の手続きをしているだろうか。

 花霞が生まれた頃にはあった、すまほことすまーとふぉん。手のひらほどの大きさの板みたいな見た目で、それを操作してねっとわーくというものを利用することができ、国内はもちろん国外の人間とも繋がることができる。

 物心ついた頃から花霞もねっとをよく使っていた。ねっとには小説を読んだり書いたりできる場がいくつかあり、花霞は『書読しょどくの森』という場を好んで利用し、幾人かそこで友人もできた。


『あなたの感想はどれも素敵な言葉が綴られていて、いつかあなたが書いた小説も読んでみたいです』


 そんな風に言ってくれた人もいたのに、結局、花霞は小説を投稿することなく、嫁に行くこととなる。

 花霞は門の下を潜る直前、ちらりと門の上部に視線を向けた。

 天子宮。そこは花霞にとって、全く無関係な場所ではない。

 母である桜子が出産をしたのは、花霞の地元である奥楽冬だが、桜子が花霞を受胎したのはここなのだ。


 雪月院冬雫──元の名を、秋風天子第二神子・冬雫という。


 今上天子の双子の弟であった冬雫は、この天子宮で生まれ育ち、今上天子が即位した後に、名字と公爵位を得て天子宮を出た。桜子と一緒に。

 桜子も元は冬雫の側女そばめ、正室ではなく側室の身分にあったが、冬雫が臣籍降下するのに合わせ、正式な妻となり、花霞を生んだ。

 花霞は世継の正室──世継妃せいしひとなる。やがて春霧が天子となれば、天子の正室である天子妃てんしひとなり、ここに母がいた時よりも身分が上になるわけだが、そのことに誇らしさなど感じられない。

 両親には愛があった。けれどきっと、夫となる春霧の間に愛は芽生えない。昔の記憶と流れてきた噂話に、春霧への好感度すらないのだ。春霧の側だって、求めるのは母によく似た容姿と、母の遺伝子だけなのだ。花霞の人格など興味もないだろう。


 今上天子は、弟の女である桜子に横恋慕し、即位してすぐに求婚したと花霞は聞く。


 冬雫だけを愛する桜子は必死に抵抗し続け、一瞬、今上天子の魔の手に落ちそうになったこともあるが、花霞が生まれる前に、無事に冬雫と天子宮から脱出できた。

 天子宮には天子の為の後宮が用意され、そこには彼の為の女達がいるが、今上天子は桜子に固執し続けた。彼女の美しさに、春のような穏やかさに、それほど惹かれていたのだ。

 桜子が娘を生んだことを知ると、ぜひとも我が物にしたいと策を練り、そうして、息子が生まれると、自分の息子と桜子の娘を娶せることにし、何度も何度も執拗に交渉し続け、相手側を折れさせたのだった。

 婚礼の儀は、今上天子に誓いを立てる。

 母に固執する男は、きっと花霞越しに桜子を視るのだろう。ほんのり吐き気を覚えながら、花霞は門の下を潜り、前を歩く三人の後をついていった。


◆◆◆


 先導されるままに辿り着いたのは、大広間と呼ばれる場所。ここで臣下は今上天子に謁見できるのである。

 部屋の最奥は畳が二段高くなっており、そこには今上天子と思われる男が、肘掛けに偉そうに肘をついているのが見えた。粘着質な視線を感じ、慌てて花霞は視線を逸らした。

 部屋の中央には座布団が二枚敷かれている。内一枚には既に誰かが腰を下ろす後ろ姿が見えた。天子宮の紋章が刺繍された、黒い紋付き袴を着ているようだ。

 あれが春霧か、と思いながら進んでいく内に、花霞に一つの疑問が浮かぶ。

 今回の婚礼の儀は、双子の神子が合同で執り行うと事前に聞いていた。それなのに、ここには花霞と春霧しかいない。

 春露とその妻は、どうしたのか。

 簡単に口を開けるような状況ではない。前後にいた女官達、それに紅白もいなくなり、花霞は一人、中央に向かい、座布団に正座した。

 少し気になったが、これから嫌になるほど見ることになるのだからと、春霧のいる方へ視線を向けたりはしなかった。かといって天子を見るのも嫌なので、花霞は畳を凝視する。

 段取りは聞いている。それが済めば、この後は花園殿と呼ばれる後宮へと足を踏み入れ、そこに用意された世継と世継の正室が住むことになる花ノ舎に行き……夜を過ごすのだ。


 逃げたい。


 そう思う気持ちを打ち消すように、花霞は下唇を強く噛んだ。

 春霧は女好き。見た目だけで自分を選ぶような奴なのだ、すぐに飽きて別の女の元に行くだろう。春霧の妻でいれば、花霞のいた領地は安泰だ。だから我慢しろ、我慢しろと、何度も何度も心の中で呟いていると、今上天子のいる辺りから咳払いが聞こえ、次いで、このような言葉が耳に届いた。


「ではこれより、我が息子の『春露』と、桜子の娘である……何だったか?」

「花霞様です、父上」

「そうか、花霞の婚礼の儀を執り行う」

「……え?」


 名を忘れられていた不快感よりも、違う名前が気になった。

 春露、今上天子は『春霧』ではなく『春露』と言わなかったか?

 花霞の相手は、春霧であったはず。

 彼女は状況も忘れ、勢いよく隣を見た。真っ直ぐに今上天子を仰ぐ彼の横顔は、どこか冷ややかで、けれど、不快感を誰かに抱かせるようなことはない。それに──在りし日の顔を、思い出す。

 兄に和菓子を横取りされていた子供の顔を。

 花霞の視線に気付いたか、春露は彼女と目を合わせ、途端に申し訳なさそうな顔をした。


「詳しい話は花ノ舎に行った時に話すから、今は……」

「……あ、はい」


 狼狽えながらも、儀式を続行していく花霞。

 今上天子の言葉を聞き、誓いの言葉を立て、神酒を口にし、そうして大広間を後にし、女官に先導されるまま花ノ舎へ。

 どういうこと?

 花霞の頭の中はそれでいっぱいだった。考えすぎて足がもつれ、転びそうになると、春露が支えてくれた。


「ごめん、触っちゃって。平気?」

「ああ、いえ、そんな。ありがとうございます」


 花霞が礼を口にすると、すぐに春露は離れていく。

 ゆっくりと消えていく熱に、ほんのり淋しさを覚えながら、花霞は足を動かし続けた。

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