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神子様は未来が視えるらしい  作者: 黒本聖南
第一章 世継と世継妃の出会い
1/7

序 別れの前に蕾を見よう

 和国・桜花。


 極東に位置するその島国では、代々、天子てんしと呼ばれる者が国の統治者となり、天子は、選りすぐりの優秀な臣下と協力しながら、日々、政務に励むもの。


 なの、だが……。


 当代の天子である冬雨ふゆさめは、あまり政治に興味のない男であった。

 もう中老と言われるような年齢であるにも関わらず、女の尻ばかり追い掛けており、臣下達はそんな天子を諦め、最後に書類に承認印を押させるだけにし、ほとんど全て自分達だけでまつりごとをしている。

 今上天子は本当に優秀な臣下に恵まれた。即位して十七年──和暦・冬雨とうう十七年、年が明けて三月となる花見月はなみづき、拾伍ノ日となった本日も、変わらず国は存在していた。

 最近では国中の桜の木に、うっすらと蕾が見られるようになった。それは、国の北に位置する北黒ほくこくの地の、最奥にある奥楽冬おくらくとうという領地でも同じことで、領主の娘である雪月院せつげついん花霞はながすみも、朝起きた時に庭の桜の木を眺めるのを毎朝の楽しみにしていた。

 まず窓越しに桜を眺め、身支度を済ませて食堂に向かう途中にも、侍女に断りを入れて桜の木の近くまで寄り、すぐ傍から見上げる。

 毎年毎年、桜が咲く頃の朝は、何かと行動が遅くなる。花霞自身も──彼女の両親も。


「おはよう、花霞」

「……お、おはようございます、花霞」


 桜の木の傍には既に、花霞の両親が寄り添って桜を見上げていた。

 母である桜子さくらこの肩に腕を回していた、父である冬雫ふゆしずくは、花霞の存在に気付くと慌てて腕を引っ込めようとしたが、桜子がすぐに冬雫の腕をそっと掴んだ。


「いいじゃないですの、娘相手に恥ずかしがらないでくださいな」

「ですが、こんな、年甲斐もないですし……」

「私は、冬雫様がいくつになろうと愛おしいです。そんな冬雫様にされることは、何も恥ずかしいことなどありませんから」

「桜子……」


 中老と呼ばれる年齢の冬雫と、四十を間近に控える桜子。

 彼らの相思相愛ぶりは、年々増しているように、娘の花霞には感じられる。

 自分が邪魔者のように感じ、その場を離れようとしたが、それを察した桜子に呼び止められた。


「来たばかりじゃないですの、あなたもこちらにいらっしゃい」

「……僕は邪魔かと」


 一応、花霞は領主の娘として、人前での一人称は『わたし』にしているが、両親や気の許せる相手の前では、昔ながらの『僕』を使っている。


「最愛の娘が邪魔だなんて、そんなこと、あるわけないでしょう? それに……もう明日からは、一緒に桜が咲くのを見届けられないのだから」


 ほら、おいでと言われ、それ以上抵抗することなく花霞は桜子の隣へ寄った。すると、桜子は自分と冬雫の間に花霞を立たせ、桜子は空いた手で花霞の癖っ毛気味の長い黒髪を優しく撫でた。


「早いものね。こないだ生まれたばかりのあなたが、十七歳でもうお嫁に行ってしまうなんて」

「桜子の言うとおりです。ずっと一緒にいられるような気がしていました」

「……」


 明日、花霞は嫁に行く。

 今日はこの後、まとめた荷物を業者に引き渡し、その後は侍女と共に結婚後に住む土地へと移動する。そこは飛行機を使わないといけなかった。容易に実家に帰れる距離ではないし、嫁ぎ先は里帰りを許してくれるような所ではない。

 生きている内に、何度会えるのかは分からない。両親としては今の内に、娘と触れ合っていたいのだろう。花霞としても、嫁ぐ不安がある。彼らの優しさにしばし甘えた。


「お嫁に行っても、あなたは私と冬雫様の娘。耐えられなくなったら我慢しないで。どんな手を使っても助けますから」

「立場を失うことになっても、国を出ることになっても、必ず助けますから」


 両親の力強い言葉に、花霞の不安な心が少しだけ和らぐ。


「ありがとうございます……」


 別れを惜しむように、時間の許す限り、三人は桜を見上げた。


◆◆◆


 当代の天子には六人の子供がいたが、四人が成人することなく亡くなった。

 生き残った二人の子供は双子の兄弟であり、こないだ揃って、成人となる十五歳となり、国中で彼らの成人を祝った。

 天子の子供は神子みこと呼ばれ、成人を迎えた神子は、正室を迎えなければいけない。

 双子の神子にはそれぞれ、幼き頃より許嫁がおり、明日、合同で婚姻の儀を執り行うことになっている。


 今上天子第三神子・春霧はるぎり

 今上天子第四神子・春露はるつゆ


 花霞は──春霧の許嫁であり、明日、彼の花嫁となる。

 彼は、次代の天子となることを約束された世継せいしなのだが、父譲りのぼんくら・女好きと、悪い噂は北の地にまで届いている。

 桜子と冬雫としてはこの婚姻を拒みたかったが、天子の命令であることと、抵抗するごとに疲弊していく両親の姿に、幼き花霞が折れ、この話は進んでしまった。

 幼き頃に一度だけ、顔を合わせたことがあるが……あまり良い思い出は、少なくとも、春霧との間にはない。

 それ以後、一度も会うことなく、噂話ばかり耳にして、婚姻の日が近付くにつれて不安は増していくが、もう決まったことなのだと諦め、戦に臨む気持ちで花霞は嫁ぐ。


 幸せには、なれないかもしれない。


 だが両親と、それから弟妹達、領民の幸せは続いていくはずだ。──自分一人の犠牲で、大切な人達が幸せになるなら、それでいい。


 花霞は、確かに、不幸になる覚悟をしていたのだった。

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