異次元ストレージスペース2
「異次元ストレージスペースよ?」
当然のように繰り返すリリアン。
ケヴィンは頭の横をかきながら、ますます混乱した。
「それって……キツネ特有の能力とか?」
そう訊ねると、リリアンは「はぁ~?」という声で呆れたように言った。
「違うわよ。そんなの常識でしょ?」
ケヴィンのこめかみがピクッと跳ねた。
「女の子ならみんな持ってるの。ちゃんとこの本に書いてあるんだから」
そう言って、リリアンはどこからともなく分厚い赤い本を取り出した。
表紙には『アニメ100の法則とルール』と書かれている。
ページをめくりながら、彼女はぶつぶつと呟き出す。
「えーと……“逆殺傷力の法則”……違う、“一時的恋愛不安定の法則”……あ、これ私たちのことかも!……あ、違う。これはミンメイっていう子の話か。ただ“恋愛”って書いてあったから勘違いしちゃった。で、次は……あった!」
リリアンは咳払いしてから、朗読を始めた。
「『異次元容量の法則』。すべてのアニメ女子は、瞬時にアイテムを取り出せる変動容量の異次元ストレージスペースを身体のどこかに保持していることが定められている』って書いてあるわ!」
彼女は本をケヴィンの顔の前に突き出す。
「ほら、証拠!」
「ここアニメじゃねぇからあああああ!」
ケヴィンは本をバシッと払いのけた。
「そんなの知ってるよ?」
リリアンはあっさりと言いながら、その本を胸元にずぶずぶと収納した。
ケヴィンの目が、否応なくその動きに釘付けになる。
「だから、他にも用意してあるの」
彼女の手には、どこからともなくさらに2冊の本が出現していた。
右手の本はまるでRPG世界から飛び出してきたかのような装丁で、『ダンジョンマスターズガイド』とタイトルが書かれている。
左手の本は悪魔像の表紙で、『プレイヤーズハンドブック』というタイトル。
ケヴィンの右目がピクピクと痙攣し始めた。
こんな年齢で神経性チックを獲得するのは、絶対身体に良くない。
「ここ、ダンジョンズ&ドラゴンズの世界でもねぇからな!」
「そんなの知ってるもん!」
リリアンはむくれ顔で言い返す。
「でも、役には立つの。ここ一週間、ずっとこの本たちの知識を使ってきたけど、全部うまくいってるし!」
ケヴィンは、本気でこの子の頭の中を覗いてみたくなった。
これまでの展開を「完璧だった」と本気で思っているなら、何かが絶対におかしい。
それに、そもそもあの本にはどんなアドバイスが載ってるっていうんだ?
ただのD&D(ダンジョンズ&ドラゴンズ)のルールブックじゃなかったっけ?
「スウィフト!」
「やっべ!」
ケヴィンの顔色が真っ青になる。
振り返れば、コーチ・デレテインがスタンドの階段を鬼の形相で駆け上がってきていた。
終わった……これは完全に詰んだ。
「コ、コーチ―」
「コーチとか呼ぶんじゃねぇ!」
コーチ・デレテインの顔は怒りで真っ赤だ。
「お前、なにやってんだ!? 誰だこの子は? ストレッチ始めろって言っただろうが! なんで女とイチャイチャしてんだ!?」
返答の暇もなく、怒りの矛先がリリアンに向いた。
「それとお前! 誰だか知らんが、うちの選手の邪魔すんな! グラウンドから出ていけ! わかったか!?」
ケヴィンは脂汗ダラダラ。
今まで見た中で一番キレてる。
いつもの“ムカついてる”じゃなくて、本気で“ブチギレてる”。
ちなみに、コーチがムカついてるだけでも地獄だ。
その場合、罰として延々とグラウンドを走らされる。
……本気でキレたらどうなるんだ?
幸いなことに、今日はその結末を体験せずに済んだ。
「ごめんなさい、コーチ」
リリアンは、ありえないほど大きなウルウル瞳でコーチを見上げた。
その目に宿る光は、なぜか不自然にきらめいていた。
でも、コーチはそれに気づかず――いや、気づけるわけがない。
「邪魔するつもりはなかったんです。ただ……彼氏を応援したくて来ただけなんです」
ズギュウゥゥゥン!
コーチ・デレテインが一歩後退。
顔を赤らめながら、頭をかいた。
「そ、そうか……そういうことなら、まあ……構わん。だがもう生徒のトレーニングを邪魔するんじゃないぞ」
ケヴィン、目を見開く。
……え?
まさかの許された!?
リリアンはニッコリと天使のように笑った。
「はい、気をつけます♡」
コーチが放心したように階段を降りていくのを見送ったあと、ケヴィンはリリアンの方を向いた。
「お前のその“魅了スキル”、都合良すぎだろ……」
すると、リリアンは得意げに鼻を鳴らした。
「でしょ?」
「マジで、あれだよ。ゲームで言うところの“都合の良いご都合主義イベント”とか“無限回避カード”ってやつだ」
「だから言ったでしょ?」
リリアンは胸を張って宣言する。
「アニメ法則と、ダンジョンマスターズガイドと、プレイヤーズハンドブック――この三種の神器は最強よ!」
ケヴィンは沈黙した。
否定したい。でも……無理だった。
完全論破。




