べ、別にキスしてほしかったわけじゃないんだからな!
皆が落ち着きを取り戻し、ケヴィンに事情を説明させようとするまでに、かなりの時間がかかった。しかし、彼がどれだけ頑張っても誰も信じてくれなかった。リリアンが語ったことすべてが事実だと、全員が思い込んでいたのだ。
しかも、ケヴィン自身が「リリアンと一緒に寝ている」と認めたことで、ますます言い訳が通じなくなった。
――泣きたい。
「いまだに納得できねえよな」アレックスが眉をひそめながらケヴィンを睨んだ。「ここにいる中で、お前が一番先に彼女を作るなんて。しかも、あんな美人。どう考えても女の子とまともに話せないヤツが恋人作れるとは思えないし」
「それな」アンドリューも頷く。「てか、超美人の彼女を最初に手に入れるべきなのは俺だろ。だって、俺ってこの中で一番ハンサムでダンディーでチャーミングなんだぜ?」
「ふざけんなよ!」アレックスがすかさずツッコミを入れる。「お前より俺の方がイケメンに決まってんだろ!」
「ハッ!馬鹿言うなよ、兄弟。誰がどう見ても、双子の中でイケメンなのは俺だっての!」
「やるかコラァ!」
「上等だッ!」
ケヴィンは深いため息をついた。「あいつら、どうしてあんなにケンカばっかしてんだろうな……」
双子ってもっとこう、テレパシー的なやつでお互いの気持ちを察して、言葉なんかなくても通じ合うもんじゃないのか?
少なくともこの二人に、そんな“ツインシンクロ”なんて期待できなかった。
「他のやつらのことなんてどうでもいい!」
エリックは突然怒りのこもった視線をケヴィンに向けて叫んだ。先ほどまでの男泣きと感動の瞬間は、もうどこにもなかった。
「お前が俺にこんな仕打ちをするなんて信じられない! 俺たちは小学校二年の時からずっと親友だったんだぞ? なんでも一緒にやってきただろ? しかも、お前とリンジーが付き合うことになったら、俺にもかわいい女の子を紹介してくれるって約束したじゃねーか! なのに今じゃリンジーと付き合ってもないくせに、そのかわいい女の子を自分のものにしてやがる!」
「声がでかいんだよ!」
ケヴィンは小声で怒鳴り、リンジーの方をチラッと見た。彼女が会話に夢中になっていることを確認してから、エリックに鋭い視線を返した。
「それに、そんな約束した覚えはない。」
「まあ、その部分は俺が勝手に作ったけどな。」
エリックはあっさりと認めた後、再び睨みつけた。
「でもな、お前なら俺の味方をしてくれると思ってたんだよ。いわゆる“兄弟優先、女は二の次”ってやつだろ?」
「何度お前が俺を置いて女の子を追いかけに行ったか、覚えてるか?」
ケヴィンは返答を待たずに言い放った。それは明らかに反語だった。
「そんなお前に、俺が女の子よりお前を優先しろなんて言われたくない。それに――」
彼はフォークでシュリンプ・サガナキを刺して口に運び、もぐもぐと噛みしめた。なかなか美味しかった。
(……そういえば、冷蔵庫にエビなんて入ってたっけ?)
「――別に、あいつに付きまとわれたいわけじゃない。何度も言ってるけど、俺はそういう意味で彼女のことを好きなわけじゃないんだ。」
「へっ、ウソつけよ」
エリックは腕を組んで顔をしかめた。
「じゃあ、あいつがキスしてきた時はどうなんだよ? お前、何も抵抗してなかったじゃねーか!」
「そ、それは不意打ちだったからだよ!」
ケヴィンの顔が真っ赤に染まった。
「そ、そんなの、望んでたわけじゃない!」
無意識に、彼の右手が口元へと伸びた。リリアンが情熱的にキスしてきた記憶――エリックですら知らない数々のキスが、彼の唇に幻の感触として蘇る。心地よいしびれが、彼の思考をかき乱した。
「信じられねぇ……」
エリックは唸るように言った。
「お前、今まで女の子に奥手なふりして、実は本性は女たらしだったんだな? ずっと影でチャンスをうかがってて、今になって可哀想な美少女をたぶらかそうって魂胆だったんだろ!」
「それって、お前自身のことじゃないのか?」
ケヴィンの言葉を無視して、エリックは勢いよく立ち上がった。その場にいた人たちは驚いて目を向けたが、双子はまだ喧嘩中だったし、ジャスティンは鼻歌を歌いながら食事に夢中だった。女の子たちもエリックだと気づくと、すぐに会話に戻ってしまった。結局、ケヴィンだけが彼の言葉に付き合う羽目に。
長身のエリックはケヴィンに向かって指を突きつけ、声を張り上げた。
「そうだろう!? お前はプレイボーイなやり方で、あの爆乳乙女を誘惑して、自分の欲望を満たそうとしてるんだ!」
「俺をお前と一緒にするなよ……」
ケヴィンは疲れたように呟いた。
「しかも、胸の話はするなって言ってるだろうが!」
だが、エリックの耳には届いていなかった――
「安心しろ、我が愛しの“爆乳メイデン”よ!」
エリックが大声で叫び、リリアン本人とリンジーの注意をまたも引き寄せた。
「俺がケヴィンの邪悪な色欲から君を救ってみせる! そうすれば君は俺に感謝して……へへへ……それから俺たちは……けけけけけ……!」
リリアンは眉をひそめ、目の前の変態ソフモアが下品な笑い声を漏らし始めた瞬間に露骨な嫌悪を示した。
バカが何を言っているのかなんて、考えるだけ時間の無駄だと判断した彼女は、すぐにリンジーとの会話へと意識を戻した。
――えっと、何の話をしていたんだっけ?
まあいい。どうせこの会話は“ライバル調査”みたいなものだ。
「座れよ、エリック」
ケヴィンがうんざりした声で言い、エリックの袖をつかんで強引にベンチへと引き戻した。
「見てて恥ずかしいんだよ、お前。」
エリックは不満げに文句を言いながらも、引き倒されるまま席に着いた。
幸い、再び立ち上がる気はないらしい。
ケヴィンはため息をつきながら、ぶつぶつと文句を言い続ける友人の声を聞き流した。
「くっそ……なんでお前みたいなクソ野郎が、あんな見事な“おっぱい”の持ち主を落とせるんだよ! 俺にない何を持ってるってんだ!? あぁん!?」
もはや慣れてしまったのか、ケヴィンは完全にスルー。
ジムの時から続く暴言、嫉妬、殺意、全部まとめて聞き流すスキルが身につきつつあった。
「お前なんて殺して道端にでも捨ててやる! そしたら俺がリリアンを慰めて……へへへ……で、そのあと俺たちは……けけけけけ……!」
ケヴィンの右目がピクピクと痙攣した。
周囲の狂気を無視して食事を続けるという苦行の最中、彼はふと思った。
――お願いだ。そろそろ普通の生活に戻ってくれ、俺の日常。
もちろん、そんな願いが叶うはずもない。
だが彼に残された唯一の希望は、現実逃避という名の“砂に頭を突っ込むストラテジー”だけだった。
「……まあ、今日はこれ以上ひどくならないよな。さすがに。」
そのときのケヴィンは知らなかった。
後に、この言葉を心の底から後悔することになるということを——。




