負傷
キツネにそっと近づくにつれ、ケビンはある“異変”に気づいた。
「……え?」
それは――尻尾だった。
一本ではない。
その小さな体の後ろに、ふわふわした赤い尻尾が――なんと、二本も。
どちらも先端が白く染まっており、まさに絵に描いたような“キツネの尻尾”。
しかし、二本同時に存在しているなど、今まで一度も見たことがない。
(……え? キツネって、尻尾って一つじゃなかったっけ?)
ケビンの頭は一瞬フリーズした。
(政府の実験……か!?)
突拍子もない考えが浮かぶ。
キツネに尻尾を二本生やすような実験――
意味があるのかどうかは置いといて、
政府の非人道的な人体実験についての陰謀論なら、いくらでも聞いたことがある。
人間にできるなら、動物でも……ないとは言い切れない!?
――そのとき、またしても小さな鳴き声が耳に届いた。
「……クゥン……」
(そうだ、怪しいとか言ってる場合じゃない。こいつ、怪我してるんだった)
今さらながら、本来の目的を思い出すケビン。
改めてキツネの体を見ると、真っ赤な毛並みに混じって、どこか異様に光る部分があることに気づく。
粘ついた艶。
そして、濃い赤。
――血だ。
(……やばい)
足元には、ゆっくりと広がっていく血の水たまり。
その後ろには、真紅の痕跡――
おそらく、ここまで自力で這ってきたことを示すような、痛々しい“軌跡”が残されていた。
もはや忍者ごっこをしている場合ではなかった。
ケビンは、隠密行動も何もかも忘れ、キツネのもとへ駆け寄った。
(こんなに近づいてるのに、逃げないなんて……)
普通なら、キツネは非常に敏感な生き物だ。
少しでも人間の気配を感じたら、すぐに走り去っていく。
怪我をしていたとしても、本能的に逃げようとするはずだ。
だが、この子は――動かない。
(……まさか)
膝をつき、そっとその体を覗き込む。
やはり、反応はない。
ぐったりと力を失った体。
それは、意識を失っている証拠だった。
(……やばい、本当にやばい)
不安が一気に広がる。
ケビンは、できるだけ優しく、慎重に小さなキツネを抱き上げた。
すると――
「……くぅっ……」
わずかな呻き声が、ケビンの腕の中で漏れた。
「ごめん……」
思わず謝ったが、この子に届いているはずもない。
急いで自転車のところまで戻ると、ケビンは少し考え――
自分のシャツを脱ぎ、即席のクッション代わりに丸めた。
そのシャツの上に、キツネをそっと乗せ、前カゴへと入れる。
あとは、全速力で帰るだけだ。
頭の中には、ただひとつ。
――この小さな命を、助けたい。
その一心だった。
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