静寂を破る絶叫
ケビンがリリアンに抱き枕にされていることに気づいて叫ぶ数秒前、真下の階にある別のアパートでは、もう一組のカップルが静かに眠っていた。
スミス夫妻は、まさに典型的な中年夫婦だった。夫はごく普通の仕事に就き、平均的な給料をもらいながら働いていた。妻は専業主婦で、料理、掃除、洗濯をこなす毎日。まるで『アイ・ラブ・ルーシー』のルーシー・リカルドのような存在だ。
子どもはいなかったが、それは望んでいなかったわけではない。どちらに原因があるのか確かめるために医者に行ったこともない。妻は、夫が自分のことを「不能」だと知って傷つくのを恐れ、夫は、妻が「不妊」だと知って心を痛めるのを避けたいと思っていたのだ。
そんな2人は、今まさにベッドで穏やかな朝を迎えていた。空気は静かで、何の障りもない心地よい時間が流れていた。
その時――
「ぎゃあああああああああああああっ!!」
突如響き渡った、凄まじい悲鳴。
スミス夫妻は飛び起きた。あまりの恐怖と混乱に目を見開き、辺りを見回す。あれほど心底怯えたような叫び声は、今までに聞いたことがなかった。それはまさに“絶望の具現”ともいえる叫びだった。
もしここが異世界か、別の現実だったなら…叫び声の正体を知ることもなく、2人はまた静かに眠りについたことだろう。だが、残念ながらここは異世界でも、別の現実でもなかった。
「リリアン!なんでソファで寝てるんだよーっ!?」
スミス夫妻はまばたきをした。しばしの沈黙の後、何か話している声がかすかに聞こえたが、くぐもっていてはっきりとは聞き取れなかった。
「ベッドよりあったかいとか関係ない!あれは君のために用意したんだからな!」
さらにまばたき。
「絶対にベッドには戻らないってば!」間。
「『なんで?』って……理由は分かってるはずだろ!」また間。
「質問に質問で返すなーっ!」
大量のまばたき。
「ねぇあなた、上の部屋で何が起きてると思う?」とスミス夫人。
「シャワーに一緒に入る!?絶対ダメだってばーっ!」
ドンドンッという激しい音が何度も鳴り響いた。誰かがドアを叩いているような音も混じっている。数秒間続いた後、その音はぴたりと止んだ。
スミス夫人の顔は真っ赤に染まり、スミス氏はただ一言、うなり声をあげてから言った。「知らん。知りたくもない。朝っぱらからこんなの聞かされるとか勘弁してくれ。」そう言って彼は再び横になり、寝返りを打った。
夫のいびきを聞きながら、スミス夫人はしばらく起きていたが、何も起こらないことを確認すると、自分も横になって再び眠りについた。あの恐ろしい叫び声も、その後の奇妙な会話も、彼女が夢の国へ旅立つ頃にはすっかり忘れ去られていた。
こうして、スミス夫妻の生活は何事もなかったかのように続いていくのだった。
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