現実に戻れ、ケビン
ケビンは驚きのあまり、思わず目を見開きそうになった。
……お咎めなし？
それとも、後でもっとひどい罰が待ってるだけ？
……どっちにしろ、もらった好意に文句をつけるのはよくない。
ここは静かに、嵐が過ぎるのを待つのが一番だ。
なるべく自然に――焦っていないように見せながら、ケビンは自分の席へ向かった。
あまりに急いでしまえば、ヴィス先生が“まだ叱れる”とでも思い出してしまうかもしれない。
席に座ると、隣の女子生徒がくるりと体を向けて、面白そうに笑った。
「遅刻なんて珍しいね、ケビン。」
その笑みには、彼の不運をちょっと楽しんでるような余裕すらあった。
が――ケビンは、それどころじゃなかった。
彼の頭の中は、別のことでいっぱいだった。
「家で何かあったの？」
リンジーの声が耳に届いた瞬間、ケビンは呼吸が止まりそうになった。
彼とリンジーは、ほとんど授業が一緒じゃない。
唯一の例外がこの数学と、もうひとつ、放課後の最後のクラスだけ。
だからこそ、彼女と隣り合って過ごせるこの時間は、彼にとってとても貴重だった。
嬉しさ半分、地獄半分――
嬉しいのはもちろん、こうして話しかけてもらえるから。
でも地獄なのは、毎回、何を話せばいいのか全く分からず、自滅するから。
リンジーはとても小柄な女の子だった。
学校の他の女子たちほどグラマラスでもなければ、リリアンの豊満なプロポーションには到底及ばない。
でも、彼女には彼女の魅力があった。
サッカーをしているおかげで、彼女の体は引き締まっていて、
腕や脚はしなやかに鍛えられ、腹筋は無駄なく整っていた。
体に余計な脂肪は一切ない――
それが、ケビンが彼女のことを好きな理由のひとつだった。
……あくまで、“スポーツ好きなところ”が、である。
体じゃない。断じて違う。
「もしもーし？ケビンくーん？現実に帰ってきてくださーい？」
顔の前でひらひらと手が振られ、ケビンはハッと目を瞬いた。
またしても…見とれていたことに気づいた。
ビクンと体を引く。まるで頬を叩かれたかのように――
その時点で、もう顔が熱くなり始めていた。
またしても、自分の片想い相手の前でやらかしたのだ。
彼女から見た自分の顔がどれだけ赤くなっているか、想像するだけで死にたくなる。
リンジーはまだケビンの方を見ていた。
急げ、ケビン！何か言え！なんでもいいから言葉を！
「えっと……あの……ひ、ひぃ……こんにちは……？」
……ダメだ、ケビン。死ぬほどダサいぞ。
「やっほー。」
くすくす笑いながら、リンジーは軽く片手を挙げた。
「やっと現実世界に戻ってきた？ここは天国じゃなくて教室だよ、ケビン。」
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