ケビンの上司
ケビンは自転車に鍵をかけることもなく、建物の前に立てかけた。
そして、以前もらった鍵で正面のドアを開ける。
この仕事を始めたばかりの頃は、毎朝マネージャーが出てきてドアを開けてくれていた。
それはまあいいとして――問題はそのあと。
新聞を自転車に積む間、彼はまるで獲物を狙う鷹のような視線でケビンを見つめてきたのだ。
正直、かなり不気味だった。
そんな状況が半年近く続いたころ、ようやくマネージャーも悟ったらしい。
「毎朝来なくても大丈夫だろう」と思ったのか、鍵を一つケビンに預け、それ以降は顔を出さなくなった。
ドアの内側には、いつものように新聞の束が置かれていた。
箱はそれなりに重いが、ケビンは問題なく持ち上げ、自転車まで運ぶ。
昔は非力で、一度に運べず六往復もしていたが、今ではその必要もない。
新聞配達を続けるうちに、それなりに筋肉もついたらしい。
すべての新聞を自転車に積み終えると、ケビンは出発した。
今日もまた、新聞配達の時間だ。
彼のルートは、二つの高級住宅街を通るコースだった。
どの家も立派で、まるで金持ちの見本市のような雰囲気。
ほとんどが二階建てで、白い外壁に赤い瓦屋根。
手入れの行き届いた芝生、綺麗に剪定された生け垣や木々、さらにはさまざまな種類のサボテンが庭を彩っていた。
ときどき、高級車がガレージの前に停まっているのも見かける。
まさに「ザ・富裕層」といった街並みだ。
「無駄遣いもいいとこだよな……」
高級車を横目に見ながら、ケビンは小さくため息をついた。
もしかすると、そう思うのは母親の影響かもしれない。
彼女も無駄遣いを嫌う性格だったし、ケビンもそう育てられた。
見た目がいいのは認める。
けど、あんな派手なカスタム車――維持費はバカにならないし、買った金額に見合う価値があるとは思えなかった。
そんなことを考えつつ、二つの住宅街をまわりきるころには、すでに二時間以上が経過していた。
新聞社に戻ってきた時点で、時刻は午前四時半を過ぎていた。
……もっと早く終わらせることもできたのだが、ケビンは途中で“ゲーム”を始めてしまっていた。
新聞を走行中の車に当てられるか――そんな遊びだ。
結果?
まあ、ほとんど外れた。
彼はバスケ部でもなければ、野球経験者でもない。
投げるという行為に関して、まるで才能がないのだ。
唯一まともに飛ばせるのはフリスビーくらい――
……といっても、それすら上手いとは言えなかった。
新聞社の建物に戻ったケビンは、自転車を再び入口の横に置き、中へ入る。
左側に伸びる最初の廊下へと足を向けると、目的の部屋はすぐそこ。
短い廊下の最初の扉――それが、彼が向かうべき部屋だった。
部屋の中は、どこにでもあるような普通のオフィスだった。
デスク、椅子、書類用キャビネット――必要最低限のものしか置かれていない。
まさに「質素」の一言。
壁には一枚の写真すら掛かっておらず、飾り気という概念が存在しない。
部屋が使われていることを示す唯一の証拠は、机の上に山積みにされた書類――
……と、もう一つ。
その机の奥に座っている、“非常に大きな”人物の存在だった。
いや、“大きい”という表現では足りないかもしれない。
“巨大”――いや、“怪物級”と言った方が、よほど正確だ。
まるで相撲取りのような体格。
いや、本当に元力士だったとしても、ケビンは驚かない。
それほどまでに、規格外の肉体を持つ男だった。
その男の名前は――デイヴィン・モンストラング。
ケビンの雇い主であり、この新聞社の管理人だ。
ずんぐりとした体に、短く刈られた茶髪。
小さな茶色の目がふたつ、顔の肉に埋もれるように存在している。
首はどこにあるのか判別不能。
顎は十重くらいあるんじゃないかと思うほどで、
彼の着ている醜いカーキ色のボタンシャツからは、脂肪がボコボコと溢れ出していた。
「配達、終わりました」
と、ケビンは淡々と報告した。
デイヴィンは書類から目を離さぬまま、低く唸るような声を漏らす。
「……で、給料が欲しいってことか?」
「はい」
「……」
再び、唸り声。言葉少ななのは、いつものことだ。
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