狐妖怪(キツネヨウカイ)
「耳もあるのよ、忘れないでね」
リリアンは笑顔でそう言った。
「耳?」
ケヴィンの注意が彼女の頭に移った。
美しい紅髪を分けるように、頭から突き出したふたつの長い、ふさふさした赤い動物の耳――先端は白く染まっていた。
クーラーの風に当たって、左右それぞれがぴくぴくと動いている。
(なんで今まで気づかなかったんだ……?)
「それ、キツネの耳じゃん……」
動物好きのケヴィンには、それが何の耳かすぐに分かった。人間の女の子の頭についているのは不自然だったが、これは……もしかしてコスプレか?
「それに、その尻尾も……キツネの……」
「もちろんそうよ」
リリアンはケヴィンの言葉に頷いた。
「私はキツネ妖怪――つまり、“狐”なのよ。耳も尻尾もあるのが当たり前でしょ?」
「キツネ妖怪? つまり、日本の神話に出てくる……あれか」
ケヴィンは思い出す限りの知識を引っ張り出す。
「人間に化けることができて、いたずら好きな妖怪……だよな?」
ケヴィンはキツネについて少し知っていた。
日本の民話に頻繁に登場する、霊的な存在――人の姿を取ることができる超自然的な生き物。
キツネは高い知能と長命、そして魔法のような力を持つと信じられていた。
彼はそれらが『犬夜叉』や『幽☆遊☆白書』、そして『神様はじめました』といったアニメやマンガに登場していたのを見たことがある。
「なんでみんな、私たちが日本出身だって思うのかしら?」
リリアンはむくれて、両腕を胸の下で組んだ。
その拍子に、二つのメロンがぽよんっと揺れ、ケヴィンはごくりと唾を飲み込んだ。
「別に、全てのキツネが日本にいるわけじゃないのよ。世界中にいるの。うちの家族はギリシャ出身。まあ……」
リリアンはふと思い出したように上を見た。
「ママはイギリス出身だけど、私が物心ついたときにはギリシャに住んでたわ」
「そ、そうなんだ……?」
ケヴィンは必死に、聞かされた情報を脳内で整理しようとした。
「じゃあ……君は、本物のキツネ妖怪なの?」
リリアンは満面の笑みで頷いた。
「うんっ!」
「ほんとに、本物の……キツネ妖怪?」
「もちろんよ、バカ♡」
リリアンはくすくすと笑った。
「他に何だっていうの?」
「……そっか」
ケヴィンはぼんやり頷いた――そのまま、バタンとその場に倒れ込んだ。
今日二度目の気絶である。
このとき彼はまだ、その意味を本当に理解していたわけではない――けれども、後に気づくことになる。
この日を境に、彼の人生は永遠に変わってしまったのだ。
――ようこそ、妖怪たちの不思議な世界へ。




