朝ごはんと不思議な狐
ケビンには確信はなかった。だが、それでも彼女が「うん」と言っているのは間違いないと思った。
あの首の動き――まるで人間のように上下にうなずく仕草――が、その証拠だった。
「よし、それじゃあベーコンをもう何枚か追加してやるよ」
「キュッ、キュキュッ!」
朝食が出来上がると、ケビンはテーブルに座り、自分の皿から食事を始めた。隣では狐が、彼女専用の皿に顔を近づけ、満足そうにベーコンを食べている。
そしてまた――彼女の食べ方は驚くほど綺麗だった。
一滴の油も、肉のカスすらも毛に付かない。
こんなに優雅に食べる動物がいるだろうか。いや、普通はいない。
(やっぱり普通の狐じゃないよな、こいつ……)
そう思いながらも、ケビンはその奇妙さに目をつぶることにした。
朝食が終わると、皿を食洗機に入れ、歯を磨き、リュックを背負って登校の準備を始める。
だが――そこで問題が発生した。
「キュッ! キュキュッ!」
狐はケビンの後をついてきた。
「ごめん、でも学校には連れて行けないんだ」
彼の言葉に、狐は耳をしょんぼりと垂らし、床にぺたりと頭を落とす。
「キュゥゥ……」と漏れるか細い鳴き声には、明らかに悲しみが込められていた。
その姿を見て、ケビンの胸に罪悪感がじわりと広がる。
だが、ここは心を鬼にしなければならない。
すでにアパートのペット禁止ルールを破っている身だ。
これ以上、学校のペット禁止ルールまで破るわけにはいかない。
「もし君を学校に連れて行ったら、俺の部屋に狐がいることがバレて、大家に見つかっちゃうかもしれないだろ? そうなったら、もうここにはいられなくなるよ」
そう、ここはペット禁止のアパート。
金魚すらも飼えないほど厳しいルールがある。
だが、そんな事情など関係ないとでも言いたげに、狐はうるんだエメラルドグリーンの瞳でじっと彼を見つめてきた。
「うっ……っ、か、かわいい……!!」
内なるオタク魂が悲鳴を上げる。
もう無理! 可愛すぎて理性が崩壊する!
「君って、本当に今まで見た中で一番かわいい動物だよ!」
たまらず、ケビンは狐を抱き上げて頬ずりした。ふわふわの毛並みに顔を埋めると、狐はぺろりと彼の頬を舐めた。
「今日は半ドンで部活もないから、早めに帰ってこれると思う。だからあんまり寂しがるなよ? すぐに帰ってくるからさ」
彼はそっと狐を床に戻し、再び背を向ける。
狐はまだ少し元気がなさそうに見えた。
きっと、彼の「出発」よりも、「なでなでタイム終了」にしょんぼりしているのだろう――ケビンは、そう思いたかった。
「じゃあ、お利口にしててくれよ? 近所の人とか大家さんには絶対に見つかるなよ?」
彼はわざと真面目な顔をして言うが、その表情はあっという間に笑顔に崩れた。
可愛さが強すぎて真剣になれない!
「キュッ!」
「よしっ。じゃ、行ってくる!」
玄関の扉を開けて、ケビンは学校へ向かった。
その背中を、扉の隙間からそっとのぞく小さな影があった――
彼がそれに気づくことは、なかった。




