押しが強い狐
狐は「キュッ」と鳴いて返事をした。たぶん同意の意志表示だろう――たぶん。
そのまま、遠慮なしにステーキへと食らいついた。
ケビンもその姿を眺めながら、自分の分に手を伸ばす。
ステーキを咀嚼しながら、彼は狐の食べ方にふと目を見張った。
手がなくてフォークもナイフも使えないはずなのに、
狐は信じられないほど上品に――いや、むしろ優雅に食べていた。
肉汁も飛ばさず、毛並みにも一滴のソースさえつけない。
普通の動物なら、顔中ソースまみれになってもおかしくないのに。
「おいおい……本当にお前、ただの狐か?」
ケビンはそんな疑念を胸に抱きながら、ふと心の中で決意した。
――明日の朝、ゾンビになってたら、二度と動物なんか拾わない。
食事が終わると、ケビンは皿を水で軽く流し、食洗機に入れた。
キッチンのカウンターを拭いてから、リビングのソファへ移動。
テレビのリモコンを手に取って電源を入れる。
その直後、彼の膝にぴょんっと乗ってきた毛玉が一つ。
「……なんだよ、お前」
ケビンは見下ろしながら尋ねた。
大きなエメラルドの瞳が、じっとこちらを見つめてくる。
「耳……撫でてほしいのか?」
「キュッ!」
「……やけに押しが強いな、お前」
ケビンは小さくぼやいたが、言いながらも自然と手が耳へと伸びていた。
ふわふわした赤毛の小さな塊は、気持ちよさそうに目を細めながら、力の抜けたような声でまた「キュッ」と鳴く。
そんな感じで、次の二時間は過ぎていった。
ケビンはテレビをぼーっと眺めながら、なんとなく狐の耳を撫で続け、
狐はというと、変な声――でもなぜか満足げな声――を出しながら撫でられ続けていた。
時計が夜の九時を示した頃、ケビンはようやく重い腰を上げた。
「そろそろ寝るか」
立ち上がると、狐もぴょんっと床に降りる。
ケビンが歩き出すと、ちょっと間をおいて、トコトコとついてきた。
そのまま一緒にバスルームへ。
歯を磨き、フロスを使い、マウスウォッシュで口をゆすぎ、いつもの就寝前ルーティンを終えたケビンは寝室に戻る。
黒いボクサーパンツに着替えて、ベッドへとダイブ。とはいえ、まだ布団には入らない。
狐も自然とベッドに飛び乗り、ケビンの横にちょこんと座った。
「さて、と。傷の具合を見てみるか」
狐の体にはまだ包帯が巻かれていた。ケビンは軽く息を吐きつつ、慎重にそれを剥がしていった。
「よし、ちょっとの間だけじっとしててな。包帯を取るから」
ケビンがそう言うと、小さな狐は素直に言うことを聞き、前足を伸ばして横たわった。
彼は手際よく包帯をほどいていき――そして、傷がほとんど消えかかっているのを見ても、さほど驚かなかった。
赤い線が一本、細く残っているだけ。しかも、それすら彼が見つめている間にもじわじわと消えつつあった。
明日には跡形もなくなるだろう――ケビンはそんな確信を覚えた。
「もう血も出てないみたいだな」
誰にともなく呟いてから、横目で狐を見る。
「じゃあ、もう包帯は巻かなくていいか。……巻いてほしかったりする?」
狐は首を横に振った。
「だよな」
ケビンはそっと彼女を抱き上げ、そのままベッドの奥へと潜り込んだ。仰向けになって胸の上に狐を乗せると、小さな生き物はふわりと体を丸めて、まるでそこで寝るのが当たり前のように落ち着いてしまう。
「おやすみ」
「キュ」
それはまるで、「おやすみ」と返してくれたかのような、優しく柔らかな声だった。
やがて、ケビンの瞼は重くなり、ゆっくりと意識が闇に沈んでいく。
――もし彼が、あと少しだけ起きていたら、
彼の胸の上でじっと見つめる、
あの翡翠色の瞳の中に浮かぶ、愛しさに満ちた光に気づけたかもしれない。
……彼の無事を祈ろう。




