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シルヴァンは知恵と共に歩みて  作者: 金崎イチル
1章 ドライアドの森
8/8

7.姉妹の契りは甘い香り

「ほら、早くいらっしゃい。スース特製ハーブティーが入ってるわよ。」

傘の中に戻り、ヴィンダを追って、まっすぐスースのいるダイニングに向かう。

ダイニングテーブルには、まだ淹れたばかりで湯気が立っているハーブティーの入ったカップが置かれていた。

先に入ったヴィンダは、既にテーブルに着き、同じく湯気の立つカップを傾けていた。

スースにおかわりでも貰ったのだろうか。


ヴィンダの隣の椅子によじ登り(ロウェンナにとっては背の高過ぎる椅子だが、テーブルも高いので仕方ない)、ハーブティーの入ったカップを握った。

木製のカップは厚く、想像より熱を穏やかに伝えてきた。

温かなハーブティーを啜ると、顔を洗った冷たい水で締まった気持ちが緩やかに解けていく。

心地よい緩みに、思わず息を吐いた。


「そうだ、蜂蜜を入れても美味しいのよ。良かったら試してみて頂戴。」

差し出された木の容器には、金色に透き通った蜜が入っていた。

蜂蜜の容器をロウェンナに渡したスースは、何か取りに行くのか、部屋を出て行ってしまった。

甘いものは嫌いではない。

ロウェンナは、スースの申し出に感謝しつつ、容器に手を伸ばすーーが、途中で手を止めて、ヴィンダを見た。


「ヴィンダさんも、蜂蜜欲しいですか?」

「要らないわ。」


目が合わない。

違和感があった。


「……本当に?」

「……………要らないわ。」


では、その長い間は何だ。


「……全部、私のカップに入れちゃいますよ?良いんですか?」

「…………………。」


目が合わぬまま、無言でカップが寄越される。

ロウェンナは、自分のカップに蜂蜜をスプーンに2杯入れ、残りを全てヴィンダのカップに注ぎ入れた。

スプーンで2つのカップの中身を軽く混ぜると、内1つが無言で回収されていく。

そのまま、それを口元に持って行ったヴィンダの目が、確かに輝いた。



「どう?私特製ハーブティーはロウェンナの口に合ったかしら。」

聞こえた声の方に目をやると、先程出て行ったスースが、かごを抱えて戻ってきた。

かごの中には、野菜や木の実が見えるため、食事に使う材料を取りに行っていたようだ。


「はい、美味しかったです。」

「それは良かった。ロウェンナは蜂蜜入りの方が好みだったかしら。……あら?蜂蜜全部使ったの?多くなかったかしら?」

スースの見つめる先には、テーブルの端に目立たないように置いた、空になった蜂蜜の容器がある。


拙い。


「私、この蜂蜜の味、とっても大好きです。」

「あら、ロウェンナは甘党なのかしら。でも、最初のうちは、色んな味を試してみましょう。もっと好きな味があるかもしれないわよ。」


隣から、目に見えない圧を感じる。


「ハーブティー、そのまま飲んでみてから蜂蜜を入れたんですが、たくさん入れたらどんどん美味しくなりました。とても気に入りました。」

「あら、そうなの?じゃあ、ロウェンナ専用ハーブティーは、蜂蜜たっぷり付きにしましょうか。でも、食べ過ぎると口が痛くなっちゃうから、気を付けなさいね。」


隣からの圧が消えた。


「…ありがとうございます。楽しみです。」


「…そろそろベリーを摘みに行ってくるわ。どれくらいあれば良い?」

「カップの中身をしっかり綺麗にしたヴィンダが、立ち上がった。」

「そうねぇ、今日はジャムを作りたいから、かご2つ分お願い出来る?」

「分かった。ロウェンナも一緒に行きましょ。」

急に話を振られて、ロウェンナは驚いた。

「あ、はい、ぜひ。」

まだハーブティーがカップに残っていたため、煽って飲み干す。

少し冷めたカップの底には蜂蜜が若干溜まっており、こってりした甘さが舌を刺激した。


かごを抱えたヴィンダについて傘を出ると、慣れた動きで、スムーズに木から垂れ下がるツタを滑り降りるヴィンダの後ろ姿があった。

急いで彼女の後を追う。


ただでさえ、ロウェンナの身体は幼児体型なのだ、傘の入口の梯子を登るのも、ツタを滑り降りるのも、一苦労であり、当然遅い。

ロウェンナがツタを降りきると、少し離れたところに、森の方へ向かってすたすたと歩くヴィンダの後ろ姿が見える。


ロウェンナの見つめるヴィンダの背は、まだ近いところにあり、駆ければ追いつける距離である。

ヴィンダが振り向かない以上、体格差や慣れ故、本来ならば、ヴィンダとロウェンナとの間には、相当の距離が出来て然るべきである。

素直じゃない優しさに思わずクスリと笑うーー程は表情筋が動かないため、息を吐く。

一向に振り返らず、ゆっくり遠ざかる背に向けて、ロウェンナは駆け出した。




ヴィンダに着いて行った先には、背の高い樹々は少なく、ヴィンダの背丈程の木々が生い茂っていた。

集落からは少し離れており、周りの土にも砂利が混じっている。

落ち葉が重なっている場所を選んで、2人で歩いていくと、そこに生えている木々には、赤紫色や黄色の小さな実が成っていた。


「このベリーを摘んでいきましょ。ジャムに使うから、赤紫色の実を取るのよ。」

そう言って、ヴィンダは、目線の高さ辺りのベリーを、慣れた手つきで摘む。

ロウェンナもヴィンダの真似をしながら、自分の目線の高さ辺りのベリーを摘み出した。


「…私、甘いものは好まないの。塩味のナッツとか、ミートボールが好き。ロウェンナにはまだ早いけど、お酒も好きよ。」

ヴィンダは、手を休めずに独り言のように話す。

「これが、みんなが知っている私。」


「…ヴィンダさんは、甘いものが好きです。他のものは、食べている姿を見たことが無いのでよく分かりませんが、甘いものは大好きです。これが、私が知ってるヴィンダさんです。」

「…そう。」

ヴィンダが、手を止めて、ロウェンナを見つめる。


「ロウェンナは不思議ね。何だか、あんたには取り繕おうっていう気にならないの。」

ヴィンダの瞳が面白がるように、興味をそそられたように、いたずらに輝く。


「私が知ってる私は、甘いものが大好きで、ナッツはそこまで好きじゃないわ。お酒は嫌いじゃないというより、他のシルヴァンみたいに酔わないから、良く分からないのよね。ミードは甘いから好き。」

ヴィンダはザルらしい。

もしかして、お酒を良く飲むから、他の一般的な酒好きのシルヴァンの様な食の好みだと思われているということだろうか。


「私だって、自分がどう見られているとか、何が似合うかとかは察してるしね。何となく、それを否定する気も起きなくて、みんなが思う私になって、結果、みんなが知ってる私になった。」

ヴィンダの瞳に懐かしさを感じて、ロウェンナは、目を細めた。

『私』にとって、姉は、自分を守ってくれる存在ではあったが、『私』がする悪戯を、面白がって見守ってくれる、お茶目なところもあった。


「同じ傘に住んでいても、『私の知ってる私』のことを知ってるシルヴァンは少ないわ。…私にとっては、そこまで近しい関係じゃない。」

鋭い瞳に、寂しそうな朧気な光がぼやりと揺れる。


「ロウェンナ、あんたを妹って呼んでも良い?私のことは、姉と呼んでくれると嬉しいわ。姉妹だったら、いつも一緒にいても不思議じゃないでしょ?」

出会ってまだ短いロウェンナを心の近くに置いてくれることに、湧き上がる喜びを抑えきれない。

ロウェンナの頑なな表情筋が緩んだ。


「…私、ハーブティーの蜂蜜は2匙が気に入ったので、残りは全部あげますね。あと、ナッツ、私も食べてみたいから、蜂蜜と交換しましょ、姉さん。」

見つめ合う2人の目には、そっくりの悪戯な光が宿っている。


「私がヴィンダ姉さんの傍にずっといれば、姉さんはずっと私の知っている姉さんでいてくれますか?」

ついにヴィンダが破顔した。

その顔は、いつか見た『姉』の表情にそっくりだった。


「…そうね。私を私でいさせて頂戴、ロウェンナ。私の妹。」

ヴィンダが、傍に成っていた黄色いベリーを摘んで、ロウェンナの口と自分の口に運ぶ。

ロウェンナは、ヴィンダの差し出す手から、直接その実を食べた。


その実は、想像以上に甘く、口の中に広がった。



「それに、傍にいれば、あんたの愉快な姿を見逃さずにいられるし。」

……早々に第1回姉妹対抗レスバ王決定戦を開催することも、吝かではない。


※2人が詰んでいるベリーには、グースベリーをイメージしています。

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