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シルヴァンは知恵と共に歩みて  作者: 金崎イチル
1章 ドライアドの森
7/8

6.耳の赤さは隠せない

(眩しい…)

ロウェンナは、高い位置にある壁の隙間から差し込む光で目を覚ました。

傘の中の壁は、枝で細かく組んだ枠に、土や枝葉を重ねて作られており、傘に近い上の方は、枝葉のみが重ねられている。

夜には、空気が適度に室内を流れ、葉擦れの音が子守唄となって、心地よく眠れた。

外側だけを見たときは、古代人の住処か鳥の巣かと思ったが、なるほど、よく考えられた造りである。

ロウェンナの顔に当たった光は、枝葉のみが重ねられた壁の隙間から漏れ入ったようで、風に揺れる葉と共に、光が軽やかに踊っていた。


ロウェンナに与えられたローベッドから降りて、少しめくれたワンピースの裾を払い、目に入った髪の跳ねを撫でつける。

同じ部屋にある他のベッドは既に空になっており、部屋の外からは、声や物音が聞こえてくる。

部屋を出て、傘の中央にある部屋ーダイニングに向かうと、そこには既にスースともう1人、シルヴァンの若い女がいた。


「あら、おはよう、ロウェンナ。よく眠れたかしら。」

「ロウェンナ、おはよう。」

スースの笑顔は、今朝も一点の曇りもなく、朗らかだ。

眩しい。

続けて声をかけてきたのは、もう1人のシルヴァンの女で、凛々しい光を湛えた目を真っすぐにロウェンナに向けている。


昨日、日が暮れると、ロウェンナとスースの待つ傘に、続々と、同じ傘に暮らすのだろう、シルヴァンたちが帰ってきた。

皆、帰ってきて早々、初めて見るロウェンナに驚き、全身全霊で歓迎されると共に、「小さい」と「可愛い」を連呼された。

大変遺憾である。

皆、日中は外で何かしらの仕事に就いているようで、今日は何があったとか、何を聞いた等、暫く、賑やかにおしゃべりに興じていた。


見たところ、50代に見える者から10代に見える者まで、様々なシルヴァンがいたが、その中では、スースが最も年嵩に見えた。

とりあえず、見た目では宿親が最も年嵩のようだが、見た目と実年齢は一致するのだろうか。

もちろん、ロウェンナが最も新参のシルヴァンではあるのだが、悲しいかな、ロウェンナほど幼い姿の者はいなかった。

なるほど、認めたくはないが、「小さい」と「可愛い」を連呼される訳だと理解した。

断じて認めたくはないが。


「スースさん、ヴィンダさん、おはようございます。」

シルヴァン2日目、初日よりも、多少は滑舌が良くなった気がして、少し気分が上がる。


「みんなもうお出かけされたのでしょうか?寝坊してしまい、すみませんでした。」

「全然寝坊じゃないわよ!うちの傘のみんなが早いだけ!まだ朝の光が差しているもの。」

「そうよ、特に私たちの部屋は、早起きが多いだけだから、気にしないで。ちなみに、私は、朝はゆっくり過ごしたい派よ。」

昨夜、同室として紹介されたヴィンダは、足を組んで、カップを手に、ゆったりと座っている。

壁の隙間から差し込んだ陽の光が髪を照らし、艶やかに輝いている。

カップに伏せた鋭い瞳、姿勢よく組んだスレンダーな足。

まるでモデルのような出で立ちで、昨夜もロウェンナと同じ部屋で休んだというのに、まだ、ドキドキしてしまう。


「そうね。今日も今日とて、フラウヴルがうちの傘で一番遅起きなのは変わらなかったわね。まったく、格好つかない奴。」

「もう、そんな言い方しないの。フラウヴルったら、ロウェンナが来てとても張り切っていたもの。きっと、昨日は興奮して寝付けなかったんだわ。」

「そんなの分かりきったことじゃない。だから、格好つかないって言ってるの。昨日はロウェンナがみんなに囲まれてたから、あいつは喋れなくてジリジリしていたもの。今ならいくらでも話せるのにね。」

中々、ヴィンダははっきり言うタイプの様だが、その声は明るい。

本当の家族のような関係なのだろう、少し懐かしく感じる。


「ほら、ロウェンナ。外に水を溜めてあるから、顔を洗ってらっしゃい。洗い方は分かるかしら?その間にお茶を淹れておくからね。」

「はい、大丈夫です。行ってきます。」

スースに見送られて外に出ると、陽の光がロウェンナを照らし、眩しくて思わず目を細めた。

穏やかな風が吹いて、周りの樹々の葉が風に揺れ、葉で陽の光が反射し、光がチラチラと踊っている。

周りの樹々の上には、ポツポツと他の傘が見え、数人のシルヴァンが話し込んでいる姿も見える。

昨日は、いきなりファンタジー世界に迷い込んだ気分だったが、今になって、急に現実感が増した。

戸の脇に置かれた木樽に溜められた水で顔を洗うと、心の曇りも綺麗さっぱり洗い流されたような気がした。

拭くものが無いため、濡れたままに晒した顔を、風が柔らかく撫で、涼しさを強く感じる。

朝の爽やかな空気を肺いっぱいに吸い込めば、森の匂いを感じた気がした。

私は、今、ここに生きているーーー




「…ほら、ぼーっと突っ立ってないで、早く中に入りなさいよ。」

「ッッップェア!!!」

突然掛けられた声に驚いたロウェンナの口から、何語とも解さない破裂音が発せられた。

勢いよく振り返ると、ヴィンダが戸の枠に寄りかかってこちらを見ている。

2人の間に広がる、気まずい沈黙。

風に吹かれて、ロウェンナの濡れた顔が軽く乾いた頃、ヴィンダは無言で傘の中に入っていき、ロウェンナも無言で後を追った。

何もコメントしないヴィンダの不器用な優しさに、只々感謝するばかりである。

柔らかな風は、ロウェンナの肌を優しく冷やしたが、残念ながら、耳の熱は冷めなかった。


ーー尚、この間、ヴィンダもロウェンナも、真顔である。


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