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シルヴァンは知恵と共に歩みて  作者: 金崎イチル
1章 ドライアドの森
6/8

5.新しい家族

「こんにちは。スースは居るかしら?アルナです。」


グラーと別れて、アルナと2人、集落の傘へと続く『道』を進んだ。

ある場所では、樹々に巻き付く蔦を足場にして上り、ある場所では、絡み合った枝の上を歩き、ある場所では、渡された蔦を支えにしなる枝を渡る。

とんだ道もあったものである。

(…これ、もしかして毎日通るの?)

アスレチックと言った方が相応しいと思うが、これがシルヴァンの普段使う『道』らしいので、自分の常識を合わせる努力をする必要がありそうだ。


そんな道を進み、いくつかの傘を通り過ぎて、着いた先は、大きな葉が何枚も被せられ、低い位置に掛けられた傘だった。

良く見ると、一番表層には大きな葉が被せられているが、その下にら針葉樹の葉が敷き詰められている。

ロウェンナの目線のすぐ上に傘があり、他の傘に比べてとても低く感じる。


道の途中にあった傘は、近付いて見るとどれも個性的で、1つとして同じ形のものは無かった。

巨人が住んでいるのかと思う程、大きな入口が付いているもの。

葉ではなく、樹の皮を剥いだものを傘としているもの。

傘が枝に掛けられているのではなく、枝から垂れ下がった蔦に吊るされているもの。

何の樹種の枝か、傘から花が咲いているもの。

シルヴァンの文化に初めて触れるロウェンナにとっては、そのどれもが目新しく、目移りしてしまう。

ここに辿り着くまで、アルナに何度も、よそ見をして足を踏み外さないよう、注意を受けた。


(この傘の中には、どんな人が住んでいるのだろう?)

ロウェンナにはちょうど良さそうな高さの傘だが、少なくともアルナ程の背丈の人にとっては低すぎると思われる。

では、住んでいるのは、もしかして、いつか物語で見た小人のようなシルヴァンなのだろうか。

ロウェンナが妄想を膨らませて、意識を飛ばしかけていると、中から物音と小さな声が聞こえてきた。


「…アルナ?ちょっと待っていてちょうだい。」

中から背を屈めつつ出てきたのは、意外にも、普通の背丈のシルヴァンの女だった。

外に出て背を伸ばすと、アルナよりも少し背が低いが、成人女性として普通の身長であり、アルナよりは年嵩に見えた。


「スース、この子が、新しく私たちの森で生まれたシルヴァン、ロウェンナよ。」

「あら、とても小さくて可愛らしい子ね。初めまして。私はスース、トウヒのシルヴァンよ。よろしくね。」

スースがロウェンナに笑いかけた。

微笑んだ時に出来る目尻の皺から、ロウェンナに向ける親愛の情が、会ったばかりだというのにしっかり伝わってくる。


「はじめまして、ロウェンナといいます。ナナカマドの子です。」

シルヴァンにも樹種により違いがあるのだろうか。

スースの名乗りに合わせて、アイスリンより伝えられた自分の宿木も一緒に名乗る。

ただし、ロウェンナはナナカマドがどんな木なのか分からないため、ぼろを出さないためにも、早いうちに、自分の宿木を観察しに行きたいところである。


挨拶を返すと、ぽかんと驚いた顔をしたスースが、その目をぐるりとアルナに向ける。

「ちょっと、アルナ。この子、とても賢くない?あと、とっても可愛いわ。」

「そうですよね、スース。ロウェンナは、ドライアド様の名付けよりも早く、言葉を喋ったんですよ。あと、とっても可愛いです。」

「そうなの!?それは凄いわ!あと、本当に可愛いわ。」

語尾に繰り返される可愛いに、戸惑いしかない。

あと、したり顔をするアルナは良く分からないし、テンションが急に上がったスースはちょっと怖い。

第一、可愛いなどと言われたのは、以前、まだ幼い自分に家族から向けられた言葉が最後だろう、幼すぎてその記憶は無い。

中身は成人なので、気恥ずかしく、勘弁してほしいロウェンナである。


「私たちは、何人かで同じ傘に住んでいるの。今日から、スースがロウェンナの宿親となるわ。」

「こんなに可愛い子と同じ傘で暮らせるなんて、本当に嬉しいわ。これからよろしくね、ロウェンナ。」

スースの笑顔は、心からロウェンナを歓迎してくれていることが伝わってきて、ほっとする。


「さぁ、どうぞ中に入ってちょうだい。良かったら、アルナを一緒にどうぞ。」

「ありがとうございます。お言葉に甘えて、入らせてもらいますね。」

スースは、目尻の皺が消えぬままこちらに背を向け、傘の入口に掛けられた大きな葉をずらした。

「最初は危ないから、私が先に行くわ。2人とも、梯子に気を付けて入ってきてね。」

入口を入ってすぐに梯子がかかっており、床が大きく下がっている。

スースとアルナに続いて梯子を降りてみれば、葉の隙間から光が差し込む傘の中は、外の傘からは想像出来ない程、天井が高くなっていて、驚く。


「今はみんな外に出かけてしまっているけれど、いつもは、この部屋に家族が集まるのよ。早速ドゥブに言って、ロウェンナのための新しい椅子を作ってもらわないとね。」

スースが示すそこには、枝を組み合わせて作られた、大きなテーブルがあった。

テーブルの周りには、いくつも椅子が置かれている。

「ロウェンナは小さいから、特別に高い椅子が必要ですね。」

アルナが笑ってロウェンナの頭を撫でながら言うが、顔に出さないまでも、ちょっとムッとしてしまう。

事実なのは理解しているが、きっとこれから大きくすくすくと育ちたいところである。

いや、植物ならば、にょきにょきという表現が正しいだろうか。

せめて、過去の自分程度の身長は欲しい。

「そうねぇ。ナナカマドのシルヴァンだから、きっとゆっくり成長するでしょうし!暫くは高い椅子にする必要があるかもね。ドゥブと相談してみるわ。」

…是非ともにょきにょきと育ちたいところである。


「この奥に、食料の保管部屋と、私たちが横になって休む部屋があるわ。後で、どの部屋で休むか、家族と一緒に相談しましょうね。」

今度はスースが笑いかけながら、ロウェンナの頭を撫でた。

その撫でる手の優しさに、ぼんやり明るく輝く、いつかの家族の記憶を見る。

優しかった母の顔は、ぼんやりと滲んでよく見えない。

頭の上から母の優しい声が、隣から弟の自分もとせがむ声が聞こえる。

思わず息を止めた。


ロウェンナの様子に気付くこともなく、スースとアルナは喋っている。

「それじゃあ、今日はこれで失礼します。後日、様子を見に伺いますね。何かあったら、いつでも知らせてください。」

「その時には、是非、お茶でも飲んでいって頂戴。今日はありがとうね。」

アルナが入口の梯子を上り、傘から出ていくのを、スースと共に見送る。

アルナが出ていくと、スースはロウェンナの方を振り返った。


「こんなに小さくて可愛い子が、私と傘を同じくする家族になってくれるなんて、本当に嬉しいわ!ようこそ、私たちの傘へ、歓迎します!」


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