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シルヴァンは知恵と共に歩みて  作者: 金崎イチル
1章 ドライアドの森
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4.シルヴァンの集落

アルナと共に歩き、たどり着いたのは、背の高い樹々に囲まれて、少し開けた場所だった。

樹々の根本には苔がびっしりと付き、木の枝が覆いかぶさらないところには、背の低い草が生えていて、所々、花も咲いている。

ロウェンナが裸足の足で踏むと、柔らかく彼女の体を支えた。

まるで若草色の絨毯のようなその場所には、穏やかな雰囲気の他のシルヴァンたちの姿もいくつか見える。


ロウェンナが目線を上げると、絨毯を囲む樹々の枝に支えられている、葉の塊がいくつか見えた。

よく見ると、葉を敷いた上に枝と葉で織られた傘を被せている様だった。

(なるほど、これは『家』ではなく『傘』かもしれない…。ここが日本なら、『笠』の方が相応しいのだろうけれど…。)

アルナやアイスリンは、北欧系の顔立ちの様に思えたので、笠よりは傘の方が似合うだろう。

住処に掛けられた傘は、大きさも場所もバラバラで、中を伺うことは出来なかった。


あまり見つめていると、だんだん首が痛くなってきたため、視線を下に戻した。

ロウェンナの背はまだ小さく、幼児体形のため、高い所を見つめるのも苦労するのだ。

(『前』は、あまり背が伸びなかったけど、『今回』は、もっと背が高くなると良いなぁ。)

足元をぼんやりと眺めながら、思わず目を細める。

ファンタジー生命体に囲まれ、流されるようにここまでたどり着き、どうにも足元がふわふわしているように感じてしまう。

未だ鈍く感じる首の痛みは、これが夢ではないことをひしひしと伝えてきた。

そう、ロウェンナは、私の『夢』ではなく『今』なのだ。


ふと気が付くと、ロウェンナたちに近づく人影が見えた。

ナラの巨木の洞で出会った男性よりも、がたいが良い男性に見える。

アルナと同じ淡いグリーンの柔らかそうな服の上に、剥いだ木の皮を繋いだ帷子のようなものを付けている。

灰褐色の硬そうな髪が、風に吹かれて僅かに揺れており、背には弓矢を担いでいた。

その人は、こちらに歩いてきているのに、小さな足音しか聞こえない。

先程まで、アルナと共に歩いていた時には、もっと葉を踏みしめ、土を押し込める音がしたのに、と不思議に感じる。


「アルナ。」

「グラー、迎えに来てくれたの?ありがとう。」

「境界の見回りは、俺の仕事だ。」

「はいはい、そうね、いつもご苦労さま。」

グラーと呼ばれた男は無表情を崩さないが、アルナは慣れているようで、微笑みかけている。

大きな背格好の男性が無表情で立っているのは怖く感じるものだが、それよりもロウェンナの興味は、アルナに向いた。

アルナの気安い笑みを初めて見た気がして、思わずまじまじと2人を見つめる。


「グラー、彼女が私たちの一族に新たに加わった若木よ。ほら、自己紹介を。」

「グラーだ。新しい若木を歓迎する。」

「はじめまして、ロウェンナです。よろしくお願いします。」

癖で、思わずぺこりと頭を下げてしまったが、グラーの表情はぴくりとも動かない。

ただただ、こちらを観察するように、じっとロウェンナを見つめている。

「……」

「……」

反応が無いため、何を言って良いか分からず、とりあえず顔を見たが、表情は全く変わらない。

能面のような無表情。

普通の幼児なら泣いている。

じっとこちらを見つめる目から、目を逸らすタイミングを失い、ロウェンナとグラーは、ただ無言で見つめ合い続ける。

「…………」

「…………」

誰か、フォローを。

「……………………」

「……………………」

なるべく、早く、至急、さっさと、切実に、頼みたい。


「もう、いつまでも無口が治らないんだから。」

焦りがロウェンナの顔に現れそうになった時、彼女が切に望んだ救いは、アルナから与えられた。

ところで、そんな『無口』などという単語1つで片付けないでいただきたい。

「ごめんなさいね、ロウェンナ。グラーと私は芽生えが近くて昔から知っているのだけれど、グラーの口数の少なさは治らないのよ。慣れてもらえると嬉しいわ。大きいから怖く見られがちだけれど、別に、怖いシルヴァンではないのよ。」

「…あぁ。」

「全くもう!」

アルナは、ロウェンナに向けてグラーのフォローをしながらも、軽い口調のやり取り(一方的)は止まらない。

グラーの背に軽く手を当てて話をする姿から、本当に親しい関係なのだろうと察し、ロウェンナは、無意識に止めていたらしい息を吐いた。

自分で思っていたよりも、緊張していたらしい。


「でも、初めて会った若木は、大体みんなグラーを怖がることが多いのだけれど、ロウェンナは落ち着いているわね。もしグラーと仲良くなってくれるのなら、嬉しいのだけれど。」

確かに、『以前』から、顔に感情が出にくい質であるため、落ち着いて見られがちだが、グラーに何も思わなかった訳ではない。

別にグラーを怖いと思った訳では無いが、助けては欲しかったのだ。

感情が出にくいことは、良い事ばかりではないことに、ロウェンナは、この生を受けて気付いた。


「さっき、ロウェンナと一緒にアイスリン様のところに行ったのだけれど、そこでもロウェンナは、とても落ち着いていたのよ。」

「…普通だろう。」

「そうじゃないの!何といえば伝わるのかしら…。ちょっと不思議な子だけれども、大人びていて、素敵な子なのよ。きっとグラーとも気が合うと思うわ。後で詳しく話すわね。」

「…そうか。」

気まずいので、あまり人の詳細解説予告を、本人の前で堂々としないでいただきたい。

救いは、予告されたグラーが嫌がっているようには見えず、落ち着いてアルナに返事をしていることだろうか。

ただ無表情なだけとも言うが。

それにしても、アルナの口調が生き生きとしていて、最初に森で出会った時とは違い、驚くばかりだ。

しかし、それも理解は出来よう。

確かに、先程のアイスリンとの邂逅は、ロウェンナにとっても奇妙な体験だった。

これまで何度もシルヴァンの名付けを見てきたであろうアルナにとって、ロウェンナのそれは、口調を崩してまで誰かに共有したいほど、印象的な光景だったのかもしれない。


「普段、グラーは、この集落の周りを警戒する仕事をしているの。きっと、外で出会う機会が多いだろうから、もしも外で何かあったら、すぐに彼に言うのよ。」

「はい、わかりました。よろしくおねがいします。」

「…あぁ。」

きっと、ロウェンナにとって、頼りになる人を紹介してもらったのだろう。

アルナにどれほどフォローされても、グラーの口数の少なさも無表情なのも変わらないが、ロウェンナと見つめ合った目は、確かに家族を見守る優しい目をしていた。

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