0.走馬灯1
普通の人生だった。
普通の夫婦の娘として生まれ、普通の姉と普通の弟を持ち、普通の家庭で育った。
普通の学校に通い、普通の友人を持った。
高校では程々に勉強して、自分に合った学力の大学に通った。
一人暮らしをしつつ、普通に学業とバイトに勤しんだ。
大学を卒業して、普通の会社の事務職に就職した。
平日は普通に働き、休日は溜まった家事や気晴らしをした。
何も特筆すべきことのない、普通の人生だった。
いつか、恋人が出来て、時々デートする。
いつか、恋人を家族に紹介し、結婚する。
いつか、子どもが生まれる。
いつか、子どもが独り立ちする。
いつか、会社を定年退職する。
いつか、家族に看取られて死ぬ。
何も特筆すべきことのない、普通の人生。
愛すべき、普通の人生。
普通の人生のはずだった。
いつからだろう、意識せず表情が動くことがなくなったのは。
いつからだろう、ささやかな夢を描くことすら無駄なことだと諦めたのは。
いつからだろう、アスファルトのように色褪せた景色をぼんやりと眺めるのが日常となったのは。
気が付けば、いつも足元を見つめていた。
気が付けば、流す涙もなかった。
気が付けば、笑い合う喜びを忘れていた。
その日、私の視界はぷつりと途絶えた。
まるで、テレビの電源を落とすように、いとも簡単に。
結局、その日まで思い出すことはなかった。
あんなに、遠くの空は青かったのに。