こよりセカンド・ラブ
わたしには将来を約束していた男の子がいた。
過去形だ。今はもういない。あの日、とつぜんに消えてしまった。
わたしの名前は百合崎百合。地域の中学に通う三年生の女子。
こよりくん、元気にしてるかな。いまはこよりちゃんか。考えてはいけない。もうお別れしたのだから。
それでも考えてしまう。だって彼のことが本当に好きだったから。そして彼もわたしのことを誰よりも愛してくれていた。
いけない涙がでてきた。まだ彼のことを忘れられない。情けないわね百合。いいかげん彼の事は忘れて前を向くのよ。
すべては世界に蔓延する奇病が原因だった。性転換症候群。男性が女性に性転換してしまう病気。
わたしの彼は女になってしまった。法律的にも結婚できない。子孫も残せない。普通の家に育てられた娘にとってこよりちゃんと生きる道はイバラの道だった。
前を向かなきゃ。でも彼のいない人生のどこが前向きと言えるのだろう。
今日もグルグルと答えのない問題に答えを求める百合だった。
やはり新しい道着はいい。気持ちがシュッとする。
ボクは神人こより。元男性だ。先週とつぜん性転換した。
女性化は体全体が小さくなる。男のときの道着はダブダブでとても着られない。そこで母さんに頼んで女子用の道着を新しく買ってもらった。
でも新しい道着ってゴワゴワして慣れるまで動きにくいんだよね。まあすぐに慣れるでしょ。
さあ一週間ぶりの稽古だ。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
「ちーっす!」
「「「こより!!」」」
「女の子になって戻って来ました!」
「ほんとだ」
「可愛くなっちゃって」
「来年は女子の部で全中制覇だな」
「女の子とじゃ勝負にならないよー」
後ろから百合ちゃんがやってくる。
「あ」
「こよりくん」
「百合ちゃん」
「久しぶり」
「うん久しぶり」
「これからは女子部になるけどよろしくね」
「うん」
準備運動のあと、型稽古に入る。そのあとは男女わかれて乱取りだ。
同い年でボクの相手ができるのは女性では百合ちゃんしかいない。
「「お願いします」」
「「阿!!」」
皇流拳法の極意は後の先にある。相手の攻撃を待ち、カウンターで返す考え方だ。
百合ちゃんは後の先が得意だった。あと寝技も。全中制覇したボクでも寝技にもちこまれたら百合ちゃんには勝てなかった。
二人とも後の先ではらちがあかない。せっかちなボクは百合ちゃんに向かって突っ込む。
ボッ
ホボッ
上中二段突きを打つ。両手でさばかれる。やはり受けが上手い。次は蹴りを繰り出す。
バッ
ババッ
中段前蹴りをフェイントに使い右脇腹への中段横蹴りへと変化させる。これも流される。本当に強い。
言葉はいらなかった。お互いの攻撃やさばきの一つ一つがこの二人には会話になっていた。
ハァハァハァ。
「楽しいね」
「うん、ほんと楽しい」
百合は悩んでいることが馬鹿らしくなってきた。体を動かすことで脳の血行が良くなり思考がクリアになっていく。
「ねえ、こよりくん」
「なんだい百合ちゃん」
「わたしが勝ったら一つお願いを聞いて」
「なんでも聞くよ」
百合ちゃんなら無茶なお願いはしない。それだけの信用が二人の間にはあった。
「いくよ」
「うん」
こよりくんが床を蹴って飛び蹴りを放つ。まったくお調子者なんだから。そんな大技、誰にも当たらないわよ。
着地した隙を狙って足払いをかける。こよりがバランスを崩したところに百合は足を絡めてさらに追い打ちをかけた。
ドシーン
倒れたこよりの体の上に百合は覆いかぶさり、関節を決める。さらに彼の道着で首を絞める。
勝負は決まった。
「いたたたた」
「まったく。悪いところを全然なおしてないじゃない」
「参った。降参」
「好き」
「わたし諦めきれない」
「ボクもだよ百合ちゃん」
「嬉しい」
百合ちゃんは寝技をかけるフリをして身体で隠しながらボクにキスをした。
二人の二度目の恋の始まりだった。
はい異世界シニアです。
ここにきて百合ちゃんルートにフラグが立ちました。小さい頃から幼なじみの二人。
お互いのことを自分よりも理解しています。
さて次回こよりトランスレーション。こよりアルバイト。
さぁてどう戦い抜くかな。ザザンザーザザン